これまで何度もこのホームページで取り上げてきたが、自閉症は遺伝的背景と環境が複雑に絡んで発症する。とはいえ、成長初期にその病態は固定することから、成長に従って完成していく脳内神経回路、特に扁桃体を中心とした回路の形成異常だと考えられている。一方で、自閉症発症と関連するとして多くの遺伝子が同定されているが、遺伝子と回路形成異常を結びつけるための研究の進展は遅い。今日紹介するニューヨーク州立大学からの論文は、自閉症のはっきりした原因遺伝子についての研究だが、この分子の機能探求を進めると、結局また焦点がぼけてしまい、症状と遺伝子異常の間の距離を縮めるには至らなかったという話だ。しかし、様々なことを考えさせる素晴らしい研究だと思う。論文のタイトルは「An AUTS2-polycomb complex activates gene expression in the CNS(AUTS2-polycomb結合体は中枢神経の遺伝子発現を活性化する)」で、12月25日号のNatureに掲載された。この研究の基本は、これまで自閉症に関連が深い原因遺伝子として知られているAUTS2(自閉症感受性候補遺伝子2)の作用メカニズム解明だ。AUTS2は自閉症だけでなく、知恵遅れなど多くの神経回路発達障害に関わっており、更にはリンパ性白血病から老化までその多様な機能が示唆されてきた。研究の発端は、AUTS2がポリコームと呼ばれる遺伝子複合体に結合していることの発見だ。ポリコーム遺伝子はDNAに結合しているヒストンを修飾して、遺伝子の発現をグローバルに抑制するエピジェネティック遺伝子調節機能を担っている。研究では、AUTS2と結合する分子を明らかにし、一つ一つの機能を追求した結果、次のようなシナリオにたどり着いた。まずAUTS2はCK2と呼ばれる分子をリクルートして、ポリコーム複合体のRING1Bと呼ばれる分子をリン酸化し、RING1Bの持つヒストン・ユビキチン化活性を抑制、これにより結果として遺伝子の活性化を行っている。さらに、AUTS2はp300と呼ばれる分子と結合してヒストンを活性型に変える。もともとポリコーム遺伝子は遺伝子抑制に関わるが、AUTS2によってこの抑制機能が抑制され、結果として遺伝子の発現が上昇するというのが分子メカニズムだ。すなわち脳回路形成には1000近い遺伝子の発現が上昇することが必要なことを示す。一方、AUTS2の発現が低下したり、あるいは突然変異が起こると、ポリコーム遺伝子の作用を抑えることができず、多くの遺伝子の発現が抑制されたままになり、正常な回路形成が進まないというシナリオだ。実際、マウスモデルでAUTS2をノックアウトすると、神経回路を含む多くの発生以上が起こることを示し、このシナリオが体の中で働いていることを証明している。AUTS2の分子メカニズム解明という点では完璧な研究だ。しかし、自閉症発症メカニズムから考えると、一つの遺伝子が結局1000以上の遺伝子の発現抑制に関わっているという結果で、遺伝子異常を神経回路形成と対応させることは現時点で難しいまま残った。遺伝子がわかっても、疾患の理解が進まないという典型だろう。とはいえ、私にとっては学ぶところの多い論文だった。治療の点から言うと、自閉症もキーポイントがあり、そこは治療標的になりうることを示している。これを手掛かりに研究が進展することを願っている。
12月20日:自閉症メカニズム理解の難しさ(12月25日号Nature誌掲載論文)
2014年12月20日
カテゴリ:論文ウォッチ