十分食べたあとにまだ食欲があるのは、体が欲しているのか、それとも高次神経回路をベースにした情感のせいなのか面白い問題だ。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は明らかに「体派」だが、「本当?」と言いたくなるような意表をつく話だ。論文はクリスマスイブに発行予定のCell Reportsに発表されたが、クリスマスに食べすぎるなという警告のプレゼントかもしれない。タイトルは「Microblia dictate the impact of saturated fat consumption on hypothalamic inflamation and neuronal function(飽和脂肪酸を消費すると視床下部に炎症が起こり神経機能が変化するのはミクログリアの作用だ)」。まずミクログリアだが、脳内に存在する貪食細胞で、胎児期に脳で形成され、炎症の起点となってサイトカインを分泌したり死んだ神経細胞を掃除したりしている。さて、これまでも短鎖脂肪酸が腸管から直接吸収され、脳内で食欲中枢に働きかけることは知られていた。この時働いている脳部位が視床下部だ。このグループの所属は糖尿病センターとあるので、おそらく短鎖脂肪酸の脳への影響を組織学的に調べていたのだろう。その過程で、短鎖脂肪酸を多く含む人工飼料をマウスに投与すると視床下部にミクログリアが集積することを発見し、これは大変だと研究を始めたようだ。ミクログリアが集まってくる場所での炎症反応を調べると、確かにTNFαやIL6などが上昇している。しかも、炎症は完全に視床下部に限られ、その結果として神経細胞にストレスがかかっていることも確認した。この効果は短鎖脂肪酸をチューブで投与したあと早期に発症するため、肥満、脂肪細胞による全身炎症、間接的な効果ではなく、短鎖脂肪酸が直接下垂体のミクログリアに作用した結果と考えられる。結果を総合して描いたシナリオは、「短鎖脂肪酸がミクログリアを刺激し炎症を起こす。この炎症で神経細胞にストレスがかかり、食欲中枢の興奮を抑えるレプチンに対する感受性が低下し、さらに脂肪を摂取しようと行動する」になる。ここまでくると、では本当にこの下垂体へのミクログリア集積が食欲などに影響しているのか調べるしかない。ただ、ここからの実験は大変なだけでなく、少し危なっかしい。実際には脳内のミクログリアだけをトキシンで除去し、再生を脳内にも届くマクロファージ増殖因子受容体抑制剤で押さえるといった複雑な系を使っている。しかし、これでは脳全体のミクログリアが除去されるはずだが、血流の関係から下垂体の細胞が先にトキシンで障害されると言い逃れをしている。ともあれ、下垂体のミクログリアが除去できたマウスをなんとか作って調べると、もちろん炎症は起こらない。そして期待通り、ミクログリアがないと短鎖脂肪酸を投与すると逆に食欲が落ちることを示し、シナリオを支持する結果が得られたと結論している。1980年ぐらいから、生活習慣病を炎症として見直す動きが拡がっている。この論文はこの流れの極端にあるのだろう。食欲までが炎症によって影響を受ける。さらに炎症があると普通は食欲が落ちるのに、逆に食欲が上昇する。知られているように短鎖脂肪酸発生に腸内細菌が重要だとするなら、私たちは細菌に操られているのかもしれない。そういえば、反芻動物を見るとわざわざ発酵用の体を発達させて、一日中食べ続けている。少しゾッとしてきた。
12月19日:脂肪中毒(12月24日号Cell Reports掲載論文)
2014年12月19日
カテゴリ:論文ウォッチ