ヒトES細胞はヒト胚から誘導する必要があり、生殖補助医療の過程で作成された胚を提供してもらわなければならない。我が国ではこの研究に関する指針の見直しが行われるまで、すべての計画を文科省の専門委員会で審査していた。そこにヒト胚を使わない山中iPSが登場し、多能性幹細胞を指針による審査を経ずに自由に研究することが可能になった。しかし私が座長をしていた当時の委員の多くが懸念したのが、ヒトiPSから精子や卵子が作成され、試験管の中で体細胞から胚が作成されることだ。特に我が国では京大の斎藤さんを始め、この分野に世界をリードする研究者が多い。しかし、彼らの研究の進展を阻害しないよう考えることも重要だ。結局、基本的には研究の進展を注意深く見守ることになったが、もう一度議論を始める節目としては、始原生殖細胞が試験管内で誘導された時点だろうと考えた。今日紹介するケンブリッジ大学Surani研究室からの論文は、ついにヒト多能性幹細胞から始原生殖細胞を誘導する方法が開発できたことを報告している。タイトルは、「Sox17 is a critical specifier of human primordiall germ cell fate(Sox17はヒト始原生殖細胞への運命決定に決定的な役割を果たす)」だ。筆頭著者はNaoko Irieとあるので、ひょっとしたら慶応の松尾さんのところで研究していた入江さんかもしれない。研究ではNanosと呼ばれる遺伝子を標識し、始原生殖細胞(PGC)の出現をモニターできるようにしてPGCの誘導条件を調べている。結局わかったのは、普通のES細胞からは誘導が難しいが、昨年ここでも紹介したJacob Hanaの方法を使って培養した多能性細胞(http://aasj.jp/news/watch/664)を使うと培養4−5日目をピークにNanos養成細胞が誘導できる点だ。この研究の半分は、この培養法を開発できたところで完成したと思う。あとは、本当にPGCか?誘導に必要な分子メカニズムは?に関する実験が着々と進められている。胎児生殖臓器にある生殖細胞や、精巣がんなどとの比較から、十分PGCと結論できそうだが、ここは慎重にPGC様細胞と名付けている。この論文では、この分化課程を追求するとき、CD38と呼ばれる表面抗原が特異的マーカーとして利用できることを示しており、これは重要な発見だ。このおかげで、どの研究室でもアルカリフォスファターゼとCD38を用いて、PGC誘導をモニターできる。最後に分化誘導メカニズムだが、これは正直驚きの結果だった。マウスで内胚葉誘導に関わることが知られているSox17が、ヒトでは多能性幹細胞段階からPGCへの初期運命決定にかかわっているという予想もつかなかった発見が示されている。この分子がBLIMP1と呼ばれる生殖細胞を他の系列から分ける転写因子の上流で働いていることも、遺伝子ノックアウトES細胞を用いた実験で明らかにしている。このように最初の段階が、その鍵となる分子も含めて明らかになることで、おそらくこの分野は大きく進展するだろう。この研究のおかげで、マウスとヒトでは使われる分子のレパートリーが大きく違うこともよくわかった。マウスで研究を行えばいいという暴論はもう出ないだろう。次は、実際の生殖細胞の誘導だが、我が国の特定胚・ヒトES細胞研究小委員会の議論はどの方向に進むのか、明らかに重要な節目に差し掛かったと思う。しかし、Suraniさんは今も優秀な日本人研究者を育ててくれているようだ。
12月28日:ヒトES細胞から始原生殖細胞を誘導する(1月15日号Cell誌掲載論文)
2014年12月28日
カテゴリ:論文ウォッチ