11月28日号のScience誌にCRISPR/Casシステムの発見者として名高いCharpentierさんとDoudnaさんが「The new frontier of genome engineering with CRISPR-Cas9(CRISPR-Cas9によるゲノム工学の最前線)」という総説論文を発表している。ノーベル賞が視野に入ってきたのだろう。私ももう時間の問題だと思う。来年でも全くおかしくない。iPSもそうだったが、優れた技術は多くの研究者のインスピレーションを刺激し、開発者が予想もしなかったスピードで発展する。これに対し開発者も、本家としての経験に裏付けられた新しい方向性を提示する。そんな素晴らしい競争が今進んでいることを、今日紹介する論文を読んで実感した。この技術の開発者の一人Doudnaさんの研究室からの論文で、12月11日号のNatureに掲載された。「え!こんな使い方もあるのか」と思わず膝を打つ意表を突かれた研究で、タイトルは「Programmable RNA recognition and cleavage by CRISPR/Cas9(CRISPR/Cas9によるプログラム可能なRNA認識と切断)」だ。このホームページで紹介してきたこの分野の研究とは一味も二味も違っている。まず、遺伝子(DNA)の編集ではなく。RNA編集にこの系が使えるかどうかを調べた研究だ。そして実験では全く生きた細胞を使わず、試験管内での生化学的研究に終始している。そして、論文の隅々からCRISPR/Cas系の生化学を知り尽くしていることがひしひしと伝わってくる。研究内容だが、DNAにしか働かないと考えられていたCRISPR/Casが、RNAと結合し、切断するための条件を探っている。実際には、PAMと呼ばれているCRISPR/Casの標的DNAが必ず持っている印(CASによって違うが普通使っているCasはNGGという3塩基が並んだ配列(NはATCGどの塩基でも良いという意味)を先端にもつ、標的 RNAに相補的な1本鎖DNAを使うことで、RNAにCRISPR/Casがガイド特異的に結合し、PAMの上流を正確に切断できることを示している。すなわち、うまく条件を設定すればCRISPR/Casシステムを使ってRNAを編集することも可能であることが示された。あとは、RNAと高い親和性を持って結合するための条件や、ガイドRNAの役割など、RNAという新しい基質に今後適用するための条件検討が行われているが、詳細は割愛する。要するに、DNAを標的にするのとほぼ同じメカニズムでCRISPR/CasはRNAに対応することが示されている。その上で、RNAを基質にすることで生まれる、DNAにない特性をうまく生かした使い方の開発を行っている。特に、PAMが標的RNAと相補性の無いように設計しておくと、Cas9の切断活性のスウィッチが入らないが、特異的な結合は保たれる。これを利用すると、細胞から抽出したRNAの中に存在する目的のRNA特異的にCRISPR/Casを結合させ精製することが簡単にできることを示している。全く新しいcDNAクローニング法を開発だ。同じような考えで他のRNA結合分子を使う方法が開発されていたが、今日紹介した方法ははるかに簡便で、特異性が高い。おそらく、最終的にはこの方法に置き換わっていくだろう。一般の方にこのプロの仕事を的確に伝えるのは難しいが、プロの仕事とは何かを理解するには最適の仕事だと感心している。繰り返すが、ノーベル賞は時間の問題だろう。
12月18日:プロの教える意外なCRISPR/Casの利用法(12月11日Nature誌掲載論文)
2014年12月18日
カテゴリ:論文ウォッチ