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10月12日:REM睡眠を誘導する(Natureオンライン版掲載論文)

2015年10月12日
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私自身は脳研究の経験は全くないが、それでも睡眠の研究は難しいだろうなと思う。まず睡眠という行動には「疲れたから寝る」と言った受身的な印象があり、ポジティブな指標を見つけにくいだろうと思うし、またあまりに多くの脳領域が組み込まれているため、局在論的な研究手法が使いにくいと思ってしまう。そして何よりも、睡眠のスウィッチを入れたり切ったりして実験することは簡単でない、と思っていたら、REM睡眠についてはon/offを自由に誘導できるようにして、REM睡眠の行動分析を可能にしようとする研究が行われていた。今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文はREM睡眠を光遺伝学で誘導できるようにして、それに関わる神経回路を明らかにした研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Control of REM sleep by ventral medulla GABAergic neurons (延髄腹側部GABA作動性神経によるREM睡眠の調節)」だ。タイトルにあるREM睡眠とは、rapid eye movement睡眠の略で、睡眠中なのに目を急速に動かす一方、筋肉は弛緩している状態をさす。一種睡眠中の覚醒状態で、この時期に夢を見ていると考えられてきた。REM睡眠を中断して活動していた神経を調べる研究から、延髄の腹側部(vM)がREM睡眠と相関するのではと推察されていたようだ。この研究では、光遺伝学を使って光でこの神経細胞を興奮させられるようにしてREM睡眠を誘導できるか検討し、睡眠中このvMのGABA作動性神経を興奮させると、REM睡眠に移行し、またREM睡眠を延長できること、一方覚醒時に同じ細胞を刺激しても何の影響もないことを明らかにした。一方、この部位の神経興奮を抑制すると、REM睡眠が起こらない。すなわち、睡眠中にREMかnon-REMかを決める中枢としてvMが働いていることを示している。次に、この実験で光で興奮するようにした神経の活動を正常状態で記録すると、当然REM睡眠中に興奮するのだが、覚醒時には食事中と毛づくろいの最中に一番興奮する神経であることも分かった。この意味についてはこれからの研究が必要だが、食べる時に興奮する神経がREM睡眠を誘導できるとは素人目には面白い。最後に、vMの前部にあるGABA作動性神経が中脳の腹側部に、後部にある神経が脊髄神経へと投射していることを確認し、この神経の興奮が脊髄では筋肉弛緩と関わり、一方中脳のREM睡眠を抑制する部位と拮抗回路を形成することで、REM睡眠を維持していることが分かった。なぜこの部位が睡眠中に興奮しREM睡眠に移行するのか、あるいは覚醒状態がどう睡眠プログラムを凌駕できるのか(私の場合しばしばそうでないことがある)、さらに同じ神経の興奮が覚醒時と睡眠時で全く違った状況で見られることなど、未解決の問題は多い。しかし睡眠時ではあっても、ロボットのように二つの状態を自由に移行させられる実験系ができたことは、この領域の大きな発展につながると期待される。こんな成功をみると、間違いなく人間でこれを利用したいと思う人たちが出てくるはずだ。今からその可能性と問題について議論を初めたほうがよさそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月11日:パーキンソン病とインターフェロンβの意外な関係(10月8日号Cell掲載論文)

2015年10月11日
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一部の家族性例を除いてパーキンソン病の原因はよくわかっていないが、黒質のドーパミン産生細胞の進行的変性が共通の病理的性質として見られる。この時神経細胞にαシヌクレンというタンパク質が沈殿して大きな塊になったレビー小体が形成される。レビー小体は他にもアルツハイマー病の一部や多系統萎縮症など神経変性疾患にも見られることから、これらをひとくくりに「シヌクレン症」としてみていこうという考えの研究者も多い。レビー小体の構造的特徴からおそらくオートファジー活性が低下することで細胞内でのタンパク質の掃除がうまくいかず、沈殿してしまうと考えられてきたが、この異常が起こってくる原因については全くわかっていなかった。その意味で今日紹介するデンマーク・コペンハーゲン大学からの論文は神経変性を起こす引き金について重要なヒントを与える、私には画期的な研究に思える。タイトルは「Lack of neuronal IFN-β-IFNAR causes lewy body and Parkinson’s disease like demintia (インターフェロンβ—インターフェロンα受容体シグナルの欠損はレビー小体形成とパーキンソン病様痴呆を誘導する)」だ。インターフェロンβ(IFNβ)はウイルス感染に対する抵抗の第一線として研究されているが、マクロファージへの刺激を介する抗炎症作用は多発性硬化症の治療に用いられている。この研究ではIFNβ欠損マウスの脳機能を調べて、週令が進むと記憶や運動障害が見られる様になり、病理的に神経変性が起こることを突き止めた。さらに、変性神経細胞にレビー小体が形成され、神経自体も多くの変性に関わる遺伝子が発現している。そこで、IFNβ欠損によりオートファジー機構の機能異常が起こり、レビー小体形成から神経変性が起こる可能性について細胞レベルで検証し、IFNβが欠損するとオートファジーの後期課程が障害を受け、それがレビー小体形成へとつながることを明らかにした。最後に、αシヌクレンの突然変異を持つパーキンソン病モデルマウスの片側の脳にレンチウイルスベクターを使ってIFNβを導入すると、ウイルスを導入した側だけ変性が抑制され、ドーパミン産生細胞が残っていることを突き止めた。これが本当なら画期的な発見で、多くの神経変性性疾患の進行を遅らせることが可能になる。IFNβはすでに多発性硬化症に使われているし、またパーキンソン病の遺伝子治療にレンチウイルスベクターを用いることもすでに臨床例がある。IFNβの性格上全身投与より、やはりウイルスベクターによる局所的遺伝子治療の方が患者さんの負担は少ないだろう。今回の研究では、ベクターを投与した側だけに効果が見られており、これも大きな朗報だと思う。今後期待して注目していきたい結果だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日:マラリア撲滅15カ年計画の効果(10月8日号Nature掲載論文)

2015年10月10日
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今年のノーベル医学生理学賞を予想したわけではないと思うが、10月8日号のNatureに2000年から2015年の15年という長期にわたって続けられてきたアフリカでのマラリア撲滅計画の効果を推計学的に調べたオックスフォード大学からの論文が掲載されていた。タイトルは「The effect of malaria control on plasmodium falciparum in Africa between 2000 and 2015 (2000−2015年にアフリカで行われたマラリア制圧計画の効果)だ。   ノーベル賞受賞理由を紹介した10月6日の記事にも述べたが、21世紀科学の重要な目標は格差の是正であるというメッセージが、NatureやScienceなどから頻繁に出されるようになっているが、この論文はこの傾向を代表するものだ。今回のノーベル財団の選考もこのトレンドに加わったと言える。格差是正の国際的努力にとって最も重要な地域はアフリカだ。Jeffery Sachsの「The end of poverty:economic possibilityies for our time」は優れた貧困の地政学分析だが、これを読むと、アフリカにはGNP上昇が停滞するどころか低下している国が多く存在する。そしてこの貧困の原因の大きな要因が戦争と感染症で、WHOを始め国際機関も感染症の撲滅に大きな努力を傾けている。マラリアに関しては2000年から発症を75%減らすという15カ年計画が進んでおり、今年はその節目にあたる。次の15カ年計画のためにも、これまでの計画の評価が必要になる。この科学的評価を行ったのがこの研究で、Natureもその意義を認めて8月に投稿された論文を9月1日にアクセプトしている。先進国だと感染症については届け出等をとおして正確な把握ができるが、アフリカでは様々な要因で観察は容易ではない。これをバラバラに実測されているデータを地政学的要因を統合し、ベイズと呼ばれる推計手法で感染率を計算したのがこの研究で(本当は数学的処理については私も完全に理解できているわけではない)。この結果、平均感染率は2011年の9%を最高に、年平均5%の割合で低下していることがわかり、感染が蔓延している地域は急速に縮小している。したがって、最初の75%感染率を減らすという目標はほぼ達成されたことになる。この間実際に行われた対策が、1)カヤの普及、2)持続性のある殺虫剤の家の中での散布、3)そしてTuさんの開発したアルテミシニンを中心とした治療で、この選択が正しかったことがこの結果からわかる。それぞれの対策の効力についても計算しており、減少の68%はカヤの普及によるところが大きく、次にアルテミシニンの治療が19%、そして殺虫剤は13%としている。基本的には、まず感染防御からという当たり前のことが実感できるが、Tuさんの貢献ももちろん大きい。では次のステージで何をすべきかだが、一番待たれているのがワクチンの開発だ。私がまだ免疫学会に属している時からずっとマラリアワクチンの開発が続けられ、特に最近有望なワクチンが開発されているように思う。新しい15カ年計画にこのワクチンが加われば、次は撲滅を目標にしてもいいような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月9日:記憶の想起の神経回路:進展する光遺伝学(10月5日号Nature掲載論文)

2015年10月9日
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このホームページで何度も紹介したが、クリスパー/CASによる遺伝子編集法と並び生命科学、特に脳研究を大きく変えているのがKarl Deisserothらによる光遺伝学だろう。今の所利用が遺伝子改変が行いやすいマウスにとどまっているが、それでもこれまで明確にできなかった様々な問題を、快刀乱麻を断つごとく解決している。しかし驚くのはこのグループが目的に合わせて新しい方法をまだまだ開発している点だ。今日紹介するスタンフォード大学Karl Deisserothたちの論文は記憶想起に関わる前頭前野の役割を明らかにした論文で10月5日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Projections from neocortex mediate top-down control of memory retrieval(新皮質からの投射が記憶想起をトップダウンに調節している)」だ。それぞれの記憶に個別の神経回路単位が対応しているのか、またそれを検索して想起するとき海馬以外の領域が関わるかについては実験的に明確になっているわけではなかったようだ。この研究はこの問題に絞って、自ら開発した様々な方法を駆使して挑戦している。まず、海馬と神経回路を形成する領域を、蛍光トレーサーを使った方法で調べ、前頭前野から神経投射が存在することを明らかにする。次に、この回路がつながっているかどうかを、光で興奮するチャンネル分子を導入した神経の入力が、相手型の神経興奮出力として観察できるかを調べ、前頭前野から海馬への投射があることを確認している。次に、この回路が記憶の想起に関連するか調べるため、まずマウスのコンテクスト記憶を電気ショックと光で誘導し、恐怖行動を前頭前野の光刺激で誘導できるか調べ、前頭前野の光刺激でマウスを立ちすくませられることを明らかにした。すなわち、前頭前野からの投射が記憶を検索想起するときのリード役になっていることを明らかにした。これだけでも十分面白いのだが、この論文ではさらに前頭前野から呼び起こせる一つの記憶単位にどれほど多くの細胞が関わるのか調べている。この目的のため、興奮により神経が蛍光を発するようにしたマウスの海馬神経を継時的に観察して記憶想起時に興奮する神経を調べ、記憶を想起するときはほんの一部が強く反応する一方、他の細胞の興奮は抑制して、特定の記憶回路を際立たせていることを示している。最後に恐怖行動誘導刺激の代わりに、前頭前野からの投射を直接活性化したときの海馬の反応を調べている。この実験のために、長い神経投射でも十分光で刺激できる光反応性チャンネルを新たに設計して使っているのは、さすがこのグループならではと思わせる実験だ。そして、前頭前野刺激により海馬神経細胞の2割が活性化される回路のなかにリクルートされることを明らかにした。理解が間違っていなければ、前頭前野からの刺激で一定の数の記憶回路単位がリクルートされ検索され、その中から少数の細胞からなる目的の記憶回路単位が選択されるようだ。このようにマウスの実験だけでも面白いが、将来遺伝子編集技術を使って大動物の光遺伝学が行われるようになると、脳研究は新たな段階に入るように思う。この論文では今後克服すべき技術的課題が最後に明示され、この分野をリードするという意気込みが感じられた。今後が楽しみだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月8日:内視鏡手術か開腹手術か?(10月6日号米国医師会雑誌JAMA掲載論文)

2015年10月8日
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「傷が小さく回復が早い」を売り物に、内視鏡手術は様々な分野に浸透している。外科医としても腕の見せ所も多く、おそらくインセンティブの高い手術ではないだろうか。また、技術だけでなく、新しいアイデアに基づく機器開発への要求も大きく、イノベーションが目に見える分野として今も注目されている領域だ。ただ、どうしても不自由な中で手術を行うため、手術が完全だったかどうか、事故がないかは患者としては気になる。幸いこれまで多くの臨床研究が行われ、大腸・直腸ガンに関しては、成績の上では十分開腹手術に匹敵できることがわかっている。ただ手術の性格上、内視鏡にするか開腹にするかを完全に無作為化して両者を比較する様なことはなかなか行えないので、これまでの結果は患者さんを選ぶときバイアスがかかっているのではと指摘されてきた。今日紹介するテキサス・ベーラー大学を中心としたアメリカ・カナダからの論文はこの乱暴な(?)無作為化を行って両者を比べた臨床研究で10月6日号の米国医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Effect of laparoscopic assisted resection vs open resection of stage II or III rectal cancer on pathologic outcomes.The randomized clinical trial(ステージII及びIIIの直腸ガンに対する腹腔鏡下摘出術と開腹摘出術を病理学的結果から比べる。無作為化臨床治験)」だ。   手術というと、誰にどうやってほしいか患者さんの希望もあるはずなのに、無作為化で術式を決める治験に同意する患者さんが500人近くもよくいたと感心する。もちろん、腹腔鏡下手術は熟練が必要なので、術者の能力を精査し、また手術はビデオで撮ってミスを犯していないか調べるという念の入れ様だ。患者さんはステージII,IIIで局所的には進行しているが転移はない直腸ガンに揃えている。もちろん手術だけでなく、化学療法や放射線を組み合わせて治療が行われている。この研究で調べたのは、手術による合併症の有無、そして切除した組織を精査して取り残しなく完璧な手術ができたかどうかを評価している。もちろん今回治験に参加した患者さんは今後も追跡されるはずで、将来長期生存率についての結果が出てくるだろう。結果だが、まず外科手術としては両者にまったく差がなく、腹腔鏡下手術も完成の域に達していることがわかる。ただ、手術にかかる時間は40分ほど腹腔鏡下手術の方が長くかかる。意外だったのは、入院期間も両者で差がないことで、腹腔鏡7.0日に対し、開腹7.3日という結果だ。これはステージの進んだ直腸ガンで、他の処置も行ったからかもしれない。この様に両者で差がないという結果を受けて、この論文の結論は、今回対象にしたステージの手術では腹腔鏡下手術は勧められないという結果だ。我が国ならどちらでもいいという話になるのかもしれないが、すでに行われている方法を凌駕しない限り伝統的な方法を選ぶという思想が感じられた。さて私ならどうするだが、もともと保守的な方で、この結果を読まなくとも、健康状態さえ良ければ開腹でやってもらいたいと思っている。ともあれ、乱暴と言われることを恐れずここまでやる外科魂には感服した。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日:糖尿病から起こる腸症状の原因(10月1日号Cell Stem Cell掲載論文)

2015年10月7日
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膵臓のβ細胞が自己免疫反応で消失してしまう1型糖尿病の患者さんの多くに、腹部膨満、過敏性腸症候群などの腸疾患が併発することが知られている。実際には1型に限らず、糖尿病で高血糖が長期に続くことによる合併症で、糖尿病性腸疾患と名付けられている。糖尿病による合併症のほとんどは血管障害がその背景にあるとされており、糖尿病性腸疾患も同じように理解されていた。ところが今日紹介するハーバード大学からの論文は糖尿病性腸疾患が大腸の幹細胞の機能不全によって引き起こされることを示した研究で10月1日号Cell Stem Cellに掲載された。タイトルは「Circulating IGF-I and IGFBP3 levels control human colonic stem cell function and are disrupted in diabetic enteropathy(血中のIGF-1とIGFBP-3はヒト大腸の幹細胞機能を調節しており糖尿性腸疾患ではこの機能が障害される)」だ。タイトルにあるIGFはインシュリン様増殖因子のことで様々な細胞の増殖を誘導する。一方、IGFBP-3はIGFと結合してIGFの増殖作用を調節している。まず驚くのは、このグループは患者さんの大腸の幹細胞機能を、慶應の佐藤さんとオランダのCleversらが開発した試験管内での腸上皮オルガノイド形成法を用いて調べている点だ。恐らく研究者にとっても患者さんにとっても大変な実験だったと思う。論文ではまず、糖尿病性腸疾患の患者さんの大腸は組織学的に上皮形成が障害されており、また幹細胞が減少していることに気がついている。そしてこの原因が血管障害ではなく、細胞増殖に関わるIGF-1とIGFBP-3のバランスが乱れることが原因であるという可能性にたどり着く。すなわち、患者さんではIGF-1が低く、IGFBP-3が上昇している。あとはこの分子の大腸幹細胞への作用、高血糖との関係、これを標的とした治療可能性などについて様々な実験を行い、次の様な結論に達している。高血糖は食物摂取を抑えるためのシグナルとなって肝臓のIGFBP-3産生と分泌を誘導する。分泌されたIGFBP-3はIGF-1と結合して作用を抑え、幹細胞の増殖を抑える。さらにこの研究では、フリーのIGFBP-3がTMEM219と呼ばれる受容体に直接結合して幹細胞の細胞死を誘導することを発見している。この様にIGFBP-3の過剰生産は幹細胞抑制のための2重効果を持っている。IGFBP-3異常分泌は膵臓移植を受けた患者さんでは完全に正常化し、また幹細胞の活性も正常に戻る。最後に、IGFBP-3分子のTMEM219への結合を阻害すると、幹細胞が正常化することをヒト大腸幹細胞培養およびマウスモデルで確認している。糖尿病の異常は血管だと決めつけず、新しい可能性を追求、証明した面白い研究だ。特に、今回明らかになったシグナルを標的に薬剤が開発され、1型糖尿病の患者さんが合併症から解放されることを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月6日:2015年ノーベル医学生理学賞受賞理由:格差問題解決の科学への期待

2015年10月6日
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今年のノーベル賞は日本の大村智、アイルランド生まれのアメリカ人William C. Campbellさん、そして中国人としては初めての受賞者になる屠呦呦さんの3人が受賞した。日本人が受賞したこともあるが、今年から受賞理由として出されるプレスリリースをこのページで解説することにした。今年はその最初になる。   今回の賞金は、半分が大村智さんとWilliam C. Campbellさんによる円形動物による寄生虫感染症(象皮症と河川盲目症)に対する薬剤アベルメクチンとその誘導体の開発、残りの半分が屠呦呦さんにマラリア原虫に対する新しい薬剤アルテミシニンの開発に対して与えられている。受賞理由の出だしに、この3人が開発した薬剤が世界のもっとも貧しい人たちを救っていることが強調されている。現在、分子標的薬や抗体薬など高価な薬剤が続々開発され、先進国の医療保健システムが崩壊するのではないかと懸念されている時、科学はその本来の姿に帰るべきではないかと意思表示をしたのではないだろうか。 次に「寄生虫がおこす悲惨な病気」という見出しで、それぞれの薬が効果を持つ病気について解説している。まず未だ世界の三分の一の人たちが寄生虫病に苦しんでいること、中でもフィラリアによるリンパ管炎症からくる象皮病や陰嚢水瘤、オンコセルカによる角膜炎症からくる河川盲目症が一生続く苦しい病気であるかを述べている。次にマラリアについて、もっとも弱い人たちが感染し、年間45万人、特に子供達が命を落としていることを述べ、この業績の意義を強調している。 次に「細菌や植物から新しい抗寄生虫薬の開発」という見出しで、それぞれの開発研究について述べている。まず大村さんが、ワックスマンがストレプトマイシンを発見しノーベル賞に輝いたストレプトマイセスに注目し、土壌からの培養方法を開発したこと、その中から50種類の系統を分離して抗生活性を調べられるようにしたこと、そして寄生虫の専門家キャンベルさんがその中からアベルメクチンを抽出した経過を述べている。この説明に使われた図が意味深だ。日本を象徴する富士を見上げるゴルフコースとゴルフボールのある地上に対し、その地下深くに存在するストレプトマイセスを対称させている。深読みかもしれないが、これも格差問題の科学への期待の表明に思える。最後に、アベルメクチンが人間から家畜まで多くの寄生虫の特効薬として広く使われていることを述べている。 次に中国屠さんの業績に移って、まだ中国が貧困に喘いでいる時、中国の漢方に基づいてマラリア薬開発に乗り出し、Artemisia annuaオウカコウにその作用があることを発見、その後古い漢方の医学書を参考にしながらアルテミシニンの開発に成功したこと、そしてこの薬剤がクロロキンやキニーネと比べ格段に優れた薬効を示したことを述べている。 そして「アベルメクチンとアルテミシニンは世界の健康に貢献する」という見出しで、アルベミクチンとその誘導体イベルメクチンが寄生虫の特効薬として世界のもっとも貧しい地域で人々を救っていること、そしてアルテミシニンの開発によりマラリアの死亡率が20%以上改善され、特に児童の健康に役立っていることを強調して終わっている。 もともと大村さんはガードナー賞、屠さんはラスカー賞を受けており、当然の受賞と言っていい。特に今回は、サイエンスやネーチャーといったトップジャーナルも、格差問題のための科学を後押しする姿勢を見せている。このような中で、今回のノーベル賞も同じメッセージを世界に送ったように思える。経済学賞もこれに続くのか、興味がある。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月5日:大腸・直腸ガンが抗EGFR抗体治療に耐性になるメカニズムの大規模探索(Natureオンライン版掲載論文)

2015年10月5日
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ガンのゲノム解析から発ガン遺伝子を割り出し、それを標的にした治療が始まった頃、その効果に多くのガン研究者は驚いた。全身に広がっていたガンが、瞬く間に消えてしまうという例が続出したからだ。しかし、時間が経ってみると、ほとんどの分子標的薬治療は効果が一時的で、まずほとんどが再発してくることが明らかになってきた。もちろん延命効果は明確なので、進行ガンでは重要な治療法であることは間違いがないが、高価な分子標的薬をむやみに使わないよう、治療を根治可能性のある治療と、延命に限られる治療に分類して保険適用の仕方を変えようとする動きが欧州で始まっている。一方、がん研究でも、これまでのように治療標的を洗い出して薬剤を開発するという単純な方向性から、がんの根治可能性という観点から薬剤開発を進めることが始まっている。現在この方向の研究開発では、これまでのように単剤で効くというより、薬剤を組み合わせた時に根治が可能な薬剤の探索が一つの主流になっている。今日紹介するイタリア・トリノ医大からの論文はこの方向を目指した研究の代表例でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「The genomic landscape of response to EGFR blockade in colorectal cancer(大腸・結腸癌の抗EGFR抗体治療抵抗性のゲノムレベルの解析)」だ。この研究自体には新しいアイデアや発見があるわけではない。ただ、進行性大腸・結腸癌の症例を集め、治療前後、あるいは腫瘍の動物への移植実験を愚直に繰り返し、進行ガンで現在使われているEGFR抗体による治療に耐性を示すガンに共通の遺伝的原因を探索している。この研究では、このガンで多く見つかるras遺伝子変異を持つ例をすべて除外しているのは、現在のところ変異rasに対する有効な薬剤が存在しないからだ。詳細は割愛するが、様々な遺伝子変異が抗EGFR抗体治療抵抗性の背景としてリストされている。重要なのは、同じ変異を動物にガンを移植するモデルでも確認できることだ。さらに、こうして見つかった変異遺伝子が抵抗性獲得に一枚噛んでいるかどうか調べるため、抗EGFR抗体治療に反応性する細胞株に候補遺伝子を導入する実験も行っている。これらの多くの結果から、臨床にとって重要な幾つかの結論に到達している。
1) 受容体型チロシンキナーゼの下流でシグナル伝達に関わるIRS2の増幅があるガンでは、治療に対する反応性が高い。したがって、IRS2が発現しているかどうか、この薬剤の効果を予測するマーカーとして利用できる。
2) 細胞株に薬剤抵抗性の候補遺伝子を導入する実験系は、治療薬選択のための実験系になりうる。
3) 抵抗性の原因になった分子に対する標的薬と抗EGFRとの併用療法は高い効果を示すことが多い。 だ。
読んでみて、この結果が根治治療法につながるかと問われれば、まだまだと答えざるをえないが、愚直に症例と動物への移植実験を積み重ねる研究スタイルには好感が持てる。我が国のがん治療研究もがんの根治に焦点を絞って研究を進めるときがきたように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月4日:アミロイド形成は悪いことばかりではない(10月8日号Cell掲載論文)

2015年10月4日
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今年の7月「長期記憶を担うプリオン型分子」というタイトルで、ノーベル賞受賞脳科学者エリックカンデルの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3720)。CPEB3と呼ばれる分子が神経刺激でプリオン型重合物を形成し、長期間記憶を維持しているという発見で、恐ろしいプリオン的性質にも本当は生理学的機能があることを示した驚くべき論文だった。今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文もこれとよく似た内容で、Rim4と呼ばれるRNAからタンパク質への翻訳を調節する分子のアミロイドを形成能力が減数分裂に必須であることを示した研究で10月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Regulated formation of amyloid-like translational repressor governs gametogenesis (調節された翻訳抑制分子のアミロイド様構造形成が配偶子形成を調節している)」だ。この研究の対象は、出芽酵母が飢餓に陥ったり、フェロモン刺激を受けたとき起こる減数分裂過程で、特に減数分裂調節の鍵となる過程の一つ、Rim4によるサイクリンBの転写抑制過程を解明した研究だ。減数分裂初期のサイクリンBの活性を抑えるのは、これまでRim4によるサイクリンBの翻訳抑制によることはわかっていたが、抑制のメカニズムは明らかでなかった。まず著者らはアミロイド様ファイバー形成分子が共通に持つ構造をRim4も持っており、減数分裂初期に細胞内で重合し、アミロイド様ファイバーを形成することを発見する。病気を引き起こすアミロイドファイバーと異なり、このアミロイドは減数分裂が次の段階に入ると分解できる。これにより、それまで抑制されていたサイクリンBを急速に細胞内で回復させることができる。次に、このアミロイド形成が減数分裂に必要かどうか調べるため、アミロイド形成に必要な領域を削った分子を作成してその作用を調べると、アミロイド形成能が落ちるとともに、翻訳の抑制活性も失われることが明らかになった。その他いくつかの実験から、1)Rim4が減数分裂刺激後アミロイド様ファイバーを形成する、2)この重合によりRim4に結合したサイクリンBのRNAが翻訳機構から隔離される、3)その結果減数分裂第1期にはサイクリンBの活性が抑えられる、という過程で減数分裂が進むことを示している、。最終的なメカニズムは不明だが、実際酵母を飢餓にさらすと、急速にRim4がアミロイド様ファイバーを形成する。その後第2期に入ると、この重合体は分解され、サイクリンBタンパクが作られ、細胞分裂が起こるというシナリオだ。減数分裂では、普通の分裂では並行して進む染色体の分離と細胞分裂を切り離して調節することが重要になるが、これをタンパクのアミロイド形成能を積極的利用してサイクリンRNAを隔離することで行うとは何と巧妙な方法かと驚く。まあ、これは酵母の話だからと思っていたら、最後に哺乳動物のDAZL分子も減数分裂時に重合物を形成する可能性があることを示している。新しいアイデアなので、おそらく様々な種の減数分裂過程で、同じような調節されたアミロイド形成が必要かどうか研究が進む予感がする。しかし、プリオンにしてもアミロイドにしても、人間側から見ると悪い話しか出てこないが、本当は生命にとって重要な機能として生まれてきた可能性が高い。思い込みを排し頭をフレキシブルに保つ必要を感じる今日この頃だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月3日:喘息につながる腸内細菌叢(9月30日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年10月3日
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5月18日、乳児期の腸内細菌叢の発達を調べたスウェーデンの研究を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3444)。この研究によると、正常分娩で生まれた乳児の腸内細菌叢は、母親の皮膚や口内細菌層の移入により始まり、離乳時期まで徐々に多様性が増大するが、セルロース分解細菌などは離乳食が始まってから増殖することが示された。この過程で育って(?)くる腸内細菌と、アトピーなどの発症を比べた研究も盛んに行なわれ、離乳食が始まるまでの細菌叢の多様性が低いとアトピーの危険性があるなど論文が散見されるようになった。ただ、この分野は始まったばかりで、まだまだデータを集める必要がある。今日紹介するバンクーバー、ブリティッシュコロンビア大学からの論文は3ヶ月齢で腸内細菌叢検査を含むアレルギー検査を行った後3年間追跡して小児喘息の発症を調べたコホート研究で9月30日号のScience Translational Researchに掲載されている。タイトルは「Early infancy microbial and metabolic alterations affect risk of childhood asthema(乳児期早期の腸内細菌叢と代謝の変化が小児喘息のリスクに影響する)」だ。この研究ではカナダで大規模に行われている新生児のコホート研究参加者の中から319人のボランティアを募り、3ヶ月齢、1年齢の便腸内細菌検査、及び1年目のアレルゲン反応テスト、及び喘鳴の有無などを調べるアレルギーテストを組み合わせ、3年目で小児喘息の発症を調べている。これまでの研究から1歳でのアレルギー検査陽性で喘鳴の経験のある子供の77%が学童期までに喘息を発症することが知られており、このハイリスクグループと正常群を比較している。3歳齢での喘息発症を調べているなら、数は少なくとも実際の発症例のデータも示せたのではと少し残念に思った。さて結果だが、これまでの研究とは少し違って、喘息ハイリスクグループの腸内細菌叢が特に多様性が低いという結果にはならなかったようだ。ただ、定量的PCRで特定の細菌の量を調べると、3ヶ月齢のハイリスクグループで有意な低下が見られる4種類の細菌を特定することに成功している。この減少により腸内で様々な代謝経路が変化すると考えられるが、この研究ではリポポリサッカライドの合成経路が変化して免疫系をアレルギーの方向性へと引っ張ると考えているようだ(もちろん完全な証拠はない)。その上で、これらの代謝変化による尿中代謝中間物を調べて、幾つかの大きく変化する代謝中間物を特定している。特に、胆汁の分解物であるウロビリノーゲンの上昇は、腸内細菌叢の状態を調べるための指標として使えるのではと期待させる。最後に、4種類の細菌が減少しているハイリスクグループの便を移植したマウスに、この4種類の細菌を戻すことで宿主の免疫反応を正常化できるかマウスを用いた実験を行っている。実際の実験では、まず大人の無菌マウスに便を移植し、このマウスから生まれた子供が同じ細菌叢を維持していることを確認した上で、新生児期に存在する4種類の細菌の肺の炎症に及ぼす影響を調べている。この結果をそのまま人間に当てはめて良いかは判らないが、この4種類の細菌が新生時期に腸内に存在すると、肺の炎症が著明に抑制できることを示し、確かにこの4種類の細菌が喘息など気道炎症発症を抑制する効果があることを示している。考えてみると、私たちの子供の頃はアトピーも喘息もずっと少なかった。代わりに、寄生虫は誰もが持っていたし、様々な細菌とも共存していたはずだ。それが、現代まで環境はどんどん清潔になってきて感染症などは激減した代わりに、アトピーや喘息の子供が増えた。この意味で、細菌層の研究は極めて重要だ。今日紹介した研究は、喘息になるリスクを細菌層全体ではなく特定の細菌と相関させた点で、将来簡便な検査開発へと発展する可能性がある。また、尿中の代謝中間物がこの4種類の細菌と相関している可能性を示したことも、新しい検査法の開発につながる。今後、この結果をもとに新たなコホート研究が進むだろう。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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