過去記事一覧
AASJホームページ > 2016年 > 3月 > 12日

3月12日:磁気遺伝学(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2016年3月12日
SNSシェア
  21世紀に入って、自由に動く動物の脳活動を記録し、また活動を人為的に調節したいという神経科学の目標は急速に実現しつつある。特に、特定の神経集団を好きな時に興奮させて行動変化を調べるために開発された光遺伝学や化学遺伝学の発展は目をみはる。光遺伝学は光に反応するイオンチャンネルを脳細胞に発現するよう遺伝子改変を行い、光を照射した時だけその神経が興奮するようにする技術で、このため光遺伝学と呼ばれている。ただ、光を脳内に照射して神経を興奮させるこの手法は、光照射装置を脳に装着する必要があり、遺伝子改変した動物を完全に自由に行動させることは難しい。これを補うため、化学遺伝学が開発され、特定の化学物質を投与した時、目的の脳細胞が興奮する動物を使うことで、照射装置の装着が必要なくなった。ただ、物理的刺激ではないので、on/offを繰り返すといった実験には向かない。
   今日紹介するバージニア大学からの論文は、これらの問題を一挙に解決しようと、磁気で調節可能なイオンチャンネルを作成しようとした研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Genetically targeted magnetic control of the nervous system (遺伝的に改変した細胞を磁気で刺激して神経系をコントロールする)」だ。
   この研究では物理的トルクを感じるTRPV4チャンネル分子をこの目的に選んでいる。この分子に鉄と結合する分子フェリチンを融合させ、磁気に晒した時フェリチンと結合した鉄が磁気に引っ張られる時のトルクでチャンネルを開閉し、細胞を刺激するのが原理だ。ただ、アイデアはあっても利用可能な分子構造に到達するには試行錯誤が必要だ。この研究では20種類以上の様々な分子コンストラクトを試して、Magneto2と呼ぶコンストラクトにようやく到達している。あとは、本当にMagneto2を導入した細胞を磁気にさらすとカルシウムチャンネルが開くのかを細胞レベルで詳しく調べ、実際には細胞膜に高率に輸送されるように改変を加えたりして、使い物になるシステムを仕上げている。
 あとはMagneto2遺伝子を特異的に発現し、同時にカルシウム流入が可視化できるようにした透明なゼブラフィッシュを用いて、磁気刺激がカルシウムチャンネルを開け、それが神経刺激として変換され、最後に行動の変化を誘導することを確認している。そして最後にMagneto2をマウス線条体のドーパミン受容体陽性細胞に導入し、磁気刺激でこの細胞の活動だけが誘導できること、またその結果ご褒美回路興奮による行動が誘導されることを示している。
  私は専門でないので、完全に評価できないところも多いが、初めて自由に行動する動物の神経操作が可能になったような気がする。もちろん切れ味や特異性などまだまだ改変が必要だろう。また磁気をどの程度オンオフに使えるのかもわからない。しかし、脳操作を実現するために、あらゆる可能性が試みられ、研究が着実に進んでいることは実感できる。
カテゴリ:論文ウォッチ
2016年3月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031