レンズを作る細胞をリクルートする幹細胞が存在し、少しは再生に寄与することは知られていたようだが、重症の白内障になるとレンズを完全に抜き取り、人工レンズに置き換えるのが普通だった。この研究では、人工レンズを使わず再生ができないか、基礎研究から、前臨床研究、そして臨床研究へと絵に描いたような道を辿って調べている。まず、幹細胞がレンズ前面を覆う上皮であることを示すため、心臓死の方のレンズを提供してもらい、その全培養を行って、増殖細胞をラベルする実験を行っている。また、細胞培養でもこの細胞の幹細胞性を示している。次に、様々な遺伝子改変マウスを用いて、Pax6/Sox2陽性細胞が幹細胞として体内で働き、レンズを再生していることを明らかにする。また、この自己再生に血液幹細胞でも働いているBMI1分子が重要な役割を演じており、この分子が欠損すると再生が低下し、白内障が起こることを示している。これでも十分面白い研究だが、次に幹細胞をできるだけ障害せずにレンズを抜き取り、元のレンズを再生する治療法を開発できるかどうか、まずウサギ、そしてアカゲザルで手術術式を確立し、最後に同じ術式を用いて12例の新生児白内障を治療している。上皮を極力残してレンズをぬきとる手術で、完全なレンズが再生するのは驚きだが、8ヶ月時点でこれまでの治療法と遜色ない回復が全例で得られている。重要なのは、この方法だと時間はかかるが、ほとんど副作用がないことだ。コントロールとして選んだ25例の人工レンズの患者さんの92%では何らかの不具合が発生している。これに対して、新しい手術方法では17%しか不具合は発生していない。今後改良を重ねて、一般の医療として確立する可能性が高いと思う。
繰り返すが、基礎から臨床まですべての過程が一編の論文にまとめられているのは圧巻だが、眼科医としてのセンスが前面に押し出され、結果としてこれまでよりずっと安価な治療法を開発できている。まさに臨床医冥利につきるだろう。臨床医でないとわからないことがあることを実感する論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ