研究は脳出血後の神経細胞死研究のプロであることがよくわかる論文で、出血による代謝や遺伝子発現変化についての深い知識に裏付けられた、重厚な研究だ。この研究では、出血により組織に漏出した赤血球が溶解して吐き出されるヘモグロビンから出る鉄イオンが、活性酸素としては最も活性が強いヒドロオキシラジカルを発生させ、神経細胞死を障害するという経路に注目して実験を行っている。まずこの経路で鉄の毒性が酸素感受性プロリルハイドロオキシラーゼ(PHD)を介していることを、試験管内での神経細胞死検出系で突き止めている(実際には候補として最初から頭にあったようだ)。次に、この酵素特異的な阻害剤を、PHDが活性化されると発光するように改変したマウスを用いて著者らがadaptaquinと名付けたキノリンが試験管内、マウス体内でPHDを阻害できることを突き止める。そしてadaptaquinを脳出血後2時間に投与すると、期待通り、出血による細胞死を防ぎ、回復が早まることを明らかにしている。
私たちにとってはこれで十分だが、著者らはadaptaquinが効果を発揮している経路が、PHDのハイドロオキシレーション活性による転写因子ATF4の活性化と、それに続く様々な遺伝子の転写、特に細胞死を誘導する分子を発現させる経路であることを明らかにしている。これらの細胞死遺伝子が上昇するのは出血後6時間であることから、adaptaquin投与が出血後6時間以内に投与すれば効果があることも示している。
このタイプの薬剤は現在アルツハイマー病の進行を遅らせる薬剤としてPhase IIまで進んでおり、少なくとも安全性があることは確認されている。したがって、脳出血に使うための治験プロセスもスムースに進むことが予想でき、かなり期待できる薬剤へと発展できるのではないだろうか。いずれにせよ、出血後6時間以内に投与するという臨床的問題は今後の課題となる。
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