ヌードマウスで胸腺が欠損し、毛根の異常で毛が早く抜ける原因遺伝子Foxn1が特定されたのは二十年以上前の1994年だった。胸腺でT細胞の増殖と選択に関わる胸腺上皮細胞の増殖分化にFoxn1が関わることが示されると、なるほどと私も納得していた。
今日紹介するバーゼル大学からの論文はFoxn1の転写因子としての機能をさらに詳細にわたって追求した研究でNature Immunologyオンライン版に8月22日掲載された。タイトルは「Foxn1 regulates key target genes essential for T cell development in postnatal thymic epithelial cells(Foxn1は生後の胸腺上皮細胞でT細胞分化支持の鍵となる分子を調節している)」だ。
この研究は発生過程ではなく、成熟マウス胸腺上皮でのFoxn1分子の機能に焦点を当てている。これはFoxn1の発現が大人になっても続き、当然T細胞の教育に重要な機能を持っているからだ。この目的のためにFoxn1に標識をつけて免疫沈降できるようにしたマウスを作成し、交配によりヌードマウスに標識Foxn1を導入している。そして、この分子が欠損した時、片方の染色体で発現した時、両方の染色体で発現した時、それぞれの胸腺を調べ、Foxn1の転写因子としての機能と、標的遺伝子を関連づけようと試みている。
まず胸腺細胞の解析から、Foxn1が濃度依存的に胸腺内でのT前駆細胞の維持、T細胞のポジティブ、ネガティブセレクションに関わっていることを明らかにした。すなわち、胸腺上皮がT細胞分化のほとんどすべての段階に関与し、その際Foxn1が上皮の支持機能全体を調整していることを明らかにした。
後は予め導入した標識分子を使ってFoxn1と結合している断片をゲノム全体について調べ、
1) Foxn1がGACGCというモチーフに結合している。
2) ほとんどプロモーターの転写開始点近くに結合している。
3) Foxn1の機能が低下するマウスと、正常マウスを比較して発現に変化がある遺伝子と、Foxn1の免疫沈降からわかる標的遺伝子を比較すると、最終的にFoxn1が結合し、転写されたmRNAと相関する遺伝子が450程度見つかる。
4) さらにAtack-seqと呼ばれる開いた染色体を特定する方法と組み合わせて調べると、特定したほとんどの遺伝子が染色体の開いた場所に存在する。
5) 標的遺伝子リストができたが、この中にはポジティブ、ネガティブセレクションに必須のMHC分子の発現に関わる遺伝子や膜タンパクが含まれており、重要な例としてPsmb11, Cd83がFoxn1の直接の標的であることを示している。
今後、今回リストされた遺伝子を基盤として、胸腺でのT細胞の増殖と選択に必要な条件がより深く理解できるだろう。胸腺上皮に代わって、試験管内で狙った方向へT細胞を教育するヒトの細胞が作られる日もそう遠くないと思う。免疫学は今、30年の成果を刈り取り時期にあることが実感される。
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