今日紹介するアメリカ国立衛生研究所からの論文は肺転移が起こりやすいのは肺の高い酸素濃度により免疫反応が抑えられるのも一つの要因であることを示す論文で8月25日号のCellに掲載された。タイトルは「Oxygen sensing by T cells establishes an immunologically tolerant metastatic niche (酸素を感知するT細胞によって免疫的に転移に対して寛容なニッチが形成される)」だ。
この研究は最も高い酸素濃度に晒される肺で免疫反応はどうなっているのか調べるところからスタートしている。これまでの研究でプロリル・ハイドロオキシダーゼ(PHD)がT細胞の酸素センサーになっていると考えられていたが、3種類もの分子が存在し、互いに補い合うので研究が難しかった。この研究では3種類の分子が全て欠損するマウスを作成して酸素センサーの機能を調べ、炎症や細胞障害に関わるエフェクター機能が高まる一方、それを抑制する制御T細胞が低下することを見出す。すなわち、酸素を感知するPHDシステムは炎症を抑え、免疫反応を抑える方向にT細胞を分化させることがわかった。
次になぜこのような肺特異的な反応の仕方があるのか探るために、抗原刺激実験を行い、もともと様々な外来抗原に晒される肺で免疫のバランスを整えることで、炎症を抑える役割があることを示している。
また、この抑制優位の分化を誘導するメカニズムを探り、PDHがFoxp3やTbetなどのT細胞分化プログラムを直接変化させることで抑制優位の反応を実現していること、そしてこのプログラムの変化は酸素センサーとしてのHIF1αだけでなく、PHDが関わる糖代謝を介して起こることを明らかにしている。
以上の結果は、このPHDによる抑制を外せば肺への転移を抑えることができる可能性を示唆している。これを確かめるために、メラノーマの肺転移実験系を使ってPHDの影響を調べると、PHD欠損により元のガンの大きさは影響されない一方肺転移が強く抑制できることを示している。タイトルにあるように、もともとは抗炎症システムとして出来上がった肺の酸素感知システムが、ガンの転移がしやすい環境を作っていることになる。
この結果は、PHD抑制により肺転移が抑制できる可能性を示すが、問題は他の原因の炎症も高まることだ。 この問題への一つの回答として、ガンに特異的な抗原受容体を持ったT細胞を試験管内でHIF分解阻害剤のDMOGと培養してから移植することで転移を抑制し生存期間を伸ばせることを示している。
免疫には数多くのチェックポイントがあり、2重3重に免疫の暴走を止める仕組みがあることがわかる。したがって、免疫全体でこのメカニズムを外すと取り返しがつかないことになる心配があるが、利用が進み始めているガン抗原に対するキメラT細胞受容体を持った細胞療法(CART)での治療には重要なヒントとなる気がする。期待したい。
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