今日の勉強会に向けて何か素晴らしい論文を紹介できないか探していたところ、8月17日号のNeuronにRETT症候群(MECP2欠損)とMECP2重複症のモデルマウスを用いて脳の活動を調べた優れた研究を見つけることができたので、このテキサス・ベーラー医科大学からの論文を紹介する。タイトルは「Loss and gain of MeCP2 cause similar hippocampal circuit dysfunction that is rescued by deep brain stimulation in Rett syndrome model (MECP2遺伝子の欠損及び重複はよく似た海馬神経回路異常を誘発するが、この異常はRett症候群マウスモデルでは深部脳刺激で回復する)」だ。
この研究では、MECP2遺伝子の欠損及び発現上昇を操作できる様々な遺伝子改変モデルマウスを用いて、記憶や学習障害に関わる海馬の神経活動を調べている。作成されたマウスは、実際の患者さんと同じでてんかん症状が発症する。これを避けるため、研究ではてんかん発症以前(12週)マウスを用いて調べている。実験の詳細は省いて結果だけを以下にまとめる。
1) 海馬のCA1領域神経の自然興奮を記録すると、欠損症では興奮回数が減り、重複症では興奮回数が上昇する。
2) ところが興奮のパターンを調べると、欠損症と重複症ともに普通バラバラに興奮する個々の神経細胞が同期して興奮するのがわかる。脳を試験管内で調べても、生きた脳内で調べても同じ結果が認められる。
3) この同期はGABAを阻害すると、同期が強くなる。
4) 大人になってから、神経細胞の種類別にMECP2欠損、重複を誘導できる遺伝子操作技術を用いて調べ、同期に関わる神経細胞を調べると、非刺激時の同期には興奮性ニューロン、一方、GABA抑制による同期は抑制性ニューロンが関わっていること、
5) 神経の同期した興奮は慢性的深部刺激を2週間繰り返すことで改善すること。
が明らかになっている。生理学的には他にも重要な結果が示されているが、今日の勉強会の話題には十分だろう。要するに、同期を防ぐために常に維持されている海馬CA1の興奮と抑制のバランスがMECP2欠損でも重複でも同じように起こることをこの結果は示している。
おそらく、同じメカニズムが、記憶や学習の遅れだけでなくてんかんの症状にも関わっている可能性は高い。さらに、この論文では興奮性ニューロンと抑制性ニューロンでMECP2の機能が異なることも示している。今後の治療戦略にも関わる研究が、トップジャーナルに続々掲載されているのは勇気付けられる。
この研究からわかるように、MECP2についての研究は欠損と重複を一つのセットとして研究することが重要になっている。私自身、MECP2を研究するなら当然両方の材料を同時に扱うだろう。今厚労省が力を入れている疾患のiPSでも片方だけ作って研究しているだけでは、優れた研究にならないと思う。それなのに、2005年MECP2重複症が特定されてから10年経つのに、これまで難病指定として研究されているRETT 症候群をMECP2重複症も含めて扱うという提案が難病班から全く出されていないのは、我が国の研究者と役所の馴れ合いの悪い臭いがして嘆かわしい。今からでも遅くない。是非両方をMECP2発現異常症として扱おうという提案が難病班から強く要望されることを願っている。このままでは、また我が国は世界から取り残される。
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