2018年5月23日
ALSのメカニズムについては、様々な原因で運動神経自身が自発的に細胞死に陥るという考え方と、炎症反応により運動神経が障害されるとする考え方の2種類が並存しているが、実際にはどちらのタイプも存在しているのではと個人的には思っている。
炎症説を取る場合も、その原因には諸説あるが、免疫反応が関与すると考える人たちもいる。もしこれが正しいとすると、当然免疫反応を抑える調節性T細胞(Treg)を高めれば、病気の進行を抑える可能性が出てくる。実際マウスのALSモデルで、特異性を気にせずTregを増やしてマウスに注射すると、病気の進行を遅らせることが示されている。また進行の早い実際の患者さんではTregのマーカーFoxP3が上昇していることも知られている。
Tregは言わずと知れた、現在大阪大学の坂口さんの発見した細胞で、この細胞を診断や治療に使おうと、現在も多くの研究が進んでいる。もしTreg を注入するだけでALSの進行が少しでも遅らせられるなら、ALSはTreg発見が早くトランスレーションされた一つの例になると思う。
今日紹介する米国ヒューストンのメソジスト大学神経科学センターからの論文は、なんとマウスモデルで前臨床試験が終わったとして、実際のALS患者さん3例に、自己のTreg を移入する治療を行った第1相試験の報告で7月号のNeurology: Neuroimmunology & Neuroinflammationに発表された。タイトルは「Expanded autologous regulatory T-lymphocyte infusions in ALS(増殖させた自己調節性T細胞を 患者さんに移入する)」だ。
遺伝的要因の存在しないALS患者さんが三人選ばれている。それぞれALSの進行度を示すAALSスコアが162ポイント(最も症状が重い)のうち、50、65、68で、全て正常の30を超えているが、まだ初期段階を選んだと思う。
次に、注射するTregだが、患者さんの末梢血からTregを前以て調整、試験管内で増殖させている。こうして調整したTregを2週間おきに8回に分けて体重1Kあたり百万個注入している。3人ともこのプロトコルを最後まで完遂するだけの細胞数のTregが得られており、難しい治療方法ではなさそうだ。あと、注入後1週間に3回IL2を皮下注射し、体内でもTregの増殖を促している。
第一相試験の最も重要なポイントは、安全性だが、正直免疫反応が全体に抑えられることによる副作用は覚悟する必要がある。事実全員が何らかの感染性の炎症を経験し、特に脳神経症状が強い2番目の患者さんは誤嚥性肺炎を併発、50周目で治療を中断したが最終的には肺炎で亡くなっている。
全ての患者さんで、細胞移植後末梢血Treg数は上昇しているが、注射をやめると低下する。
さて肝心のALSに対する効果だが、注射を継続している間は確かにAALSスコアでみた進行が遅れていることから、著者らはポジティブな結果だと結論している。ただ、期間全体で見ると病気は確実に進行しているので、少しだけ進行を遅らせた程度の効果と言える。
以上が結果のすべてで、著者らはこの結果で十分第2/3相の臨床試験への基礎が固まったと考えている。今回は、全く無作為化されたコントロールをおいた実験ではないので、そのまま期待するわけには行かないことから、次の段階の試験を待つしかない。ただ、今後病気を防ぐ特異的Tregを特定し、増幅する可能性が生まれれば、かなり期待できるのではと個人的には考えている。幸い6月Tregの発見者坂口さんを呼んでシンポジウムを計画しているので、その際ぜひ可能性についての意見を聞いて見たい。
2018年5月22日
すでに何回か紹介しているが、腸内細菌叢の研究が、各細菌の比率を調べるだけの現象論から人為的操作法の開発へ軸足が移りつつある。具体的には体にとって有用な細菌を特定し、その菌の量を自由に調整するための方法の開発だ。これまでの研究で一番手っ取り早いのが、他の菌には利用できない餌によって特定の菌を増やすシステムの開発だが、何百、何千種類もの細菌の存在する腸内細菌叢でこれを実現するのは簡単ではない。
今日紹介するスタンフォード大学の研究はこれを実現するための一つの可能性を示した、将来を見据えた研究でNature オンライン版に掲載された。タイトルは「An exclusive metabokic niche enables strain engraftment in the gut microbiota (腸内細菌叢での特定の系統の移植を可能にする排他的代謝ニッチ)」だ。
研究のアイデアは極めててシンプルで、極めて特殊なポリサッカライドを利用できる細菌が含まれる細菌叢を持つ個体に、そのポリサッカライドを摂取させることで導入した細菌の増殖を人為的に操作できるかどうか研究している。この時、どのポリサッカライドを用いるかがカギになるが、この研究ではモデルとして、米国ではほとんど食されることのない、海苔に含まれるポリサッカライド(プロフィラン)を選び、それを利用できる細菌(Bacteroides ovatusの一種 NB001)を、蛍光遺伝子で標識し、人間の腸内細菌叢とともにマウスに移植した時、蛍光細菌の量を操作できるか調べている。
期待通りNB001を含む細菌叢を移植した時、プロフィランをマウスに食べさせた時だけNB001が急速に増殖することがわかった。次に、プロフィランの有無で、特定の細菌の増殖のオン・オフをかけられること、さらにプロフィランの濃度を変化させると、NB001の腸内での数をある程度操作できることも示している。
海苔のプロフィランを用いるというアイデアを着想したことがこの研究の全てで、期待通りプロフィランで多様な細菌が含まれる細菌叢のなかで、極めて限られた種類のBacteriocidesの細胞数をほぼ自由に調節できることが明らかになった。さらに、すでに細菌叢が確立している動物に、後から菌を移植しても、増殖優位性を用いて菌の量を増やせることも明らかにしている。
そこで最後に、プロフィランにより増殖する性質を他の細菌にも導入できるか、NB001の遺伝子を導入する実験を行い、ポリサッカライドを利用するための遺伝子クラスターの中の21種類の遺伝子を同時に導入することで、増殖を操作する細菌へ転換できることを示している。
主な結果は以上で、見方によれば餌があればそれを利用できる細菌が増えるという、至極当たり前の結果が示されただけだと言える。ただ、このプロフィランの利用に関わる遺伝子を特定し、同じ性質を他のバクテリアに伝達できることが示されると、この研究の意味は大きく変化する。すなわちこの研究は、何か有用な菌が見つかった時、その菌にこの遺伝子群を導入してその菌を細菌叢内での量をコントロールすることを可能にする。現在腸内細菌叢を整えるとして宣伝されている乳酸菌でもビフィズス菌でも、どの程度腸内に定着しているのかはっきりしないことが多い。しかし、この論文のような比較的安全な増殖コントロール法が開発されると、菌と餌の両方入った食品などが開発できるかもしれない。
しかし、海苔を使うというアイデアには恐れ入ったが、海苔を食べ慣れている日本人には使えるのだろうか。
2018年5月21日
自分でプラナリアを飼って見たことが大学時代に一度だけある。どの本だったかほとんど記憶にはないが、当時話題になっていたRNAで記憶を他の個体に伝達するという研究を集めた本を見て、プラナリアでの実験を自分でもやってみようと思い立ち、当時出入りしていた生理学教室の入交先生のお許しを得て大文字山から採取してきたプラナリアを飼育、条件反射の誘導などを実験した記憶がある。結局、完全な実験をやる前に臨床実習などが始まり、追試できるかどうかもわからず実験をやめた。なぜその気になったのか全く思い出せないが、記憶RNAの単純さに惹かれたのかもしれない。しかし、記憶が持続するシナプスの生理学的、解剖学的変化であることが明らかにされてからは、記憶RNAを省みる人などいなくなった。
ところがデジャヴと言えばいいのか、eNeuroオンライン版にUCLAの研究者が記憶研究の原点ともいうべきアメフラシを使ってなんと「RNA from trained Aplysia can induce epigenetic engram for long-term sensitization in untrained aplysis(学習させたアメフラシからのRNAは学習していないアメフラシの長期感作に必要なエピジェネティックな記憶痕跡を誘導する)」という論文を発表した。タイトルの中の、epigenetic という単語を取り除くと、1960年代に行われたRNAによる記憶誘導研究のデジャヴになってしまう研究で、当時の論文を引用するなど明らかに昔の騒ぎを意識している。おそらく私たちの世代の研究者が含まれているグループによる研究だと思う。
研究はアメフラシの有名な水管反射を誘導した個体からRNAを精製し、それをただ血管系の一種といえるヘモシールに注射するだけだ。すると、水管反射が他の個体に伝達でき、この伝達は刺激を感じる感覚神経系だけに起こり、運動神経には反応性の増加は起こらない。では、記憶成立に重要なシナプスの伝達性は変化したのか調べると、平均で見ると変化はないが、学習個体のRNAを注射したグループだけで実験間のバラツキが高く、シナプスが変化する可能性も残っているという難しい結論だ。
ただ、著者らも1960年代と同じ主張を繰り返す気はない。DNAメチル化阻害剤により、この伝達が完全に阻害されることから、学習によりノンコーディングRNAが誘導され、それがDNAメチル化を通して感覚細胞をリプログラムしたと真っ当な話にしている。
さて感想だが、この結論を導く実験としては間違った順序のような気がする。というのも、おそらくこの方法ではどのRNAかを特定することは難しいだろう。実際には、学習による転写やエピジェネティックな変化を調べて、記憶誘導の分子メカニズムを解明した上で、それを伝達するという順序が正しいように思う。その意味で、ちょっと遊んで見たという印象が強い。
とは言え研究が進むと、生物には様々な可能性があり、簡単に「あり得ない」などと判断するのは間違っていることも確かだ。
おそらく今も、生物についてはパストゥールの「すべての生命は生命から生まれる」のドグマを習うはずだ。同じ時代に生きたHenry Charlton BastianはArchebiosisを唱え、地球上で新しい生命が現在も誕生している可能性を主張したが、この説はダーウィンの番人ハックスレーニより圧殺される。しかし、生命が無生物から誕生しないと、生物は存在せず、よく考えればパストゥールのドグマは間違っている。しかし、Bastianのドグマも、生命誕生の条件を考えると、彼が考えたほど簡単に起こることはない。おそらくさらに無生物から生物が生まれるA-biogenesisの研究が進めば、パストゥールのドグマも歴史の一コマとして思い出されることになるだろう。
2018年5月20日
昔も今も、痛みを止める切り札はモルフィネなどの麻薬だ。しかし、痛みだけを止めてくれるわけではなく、様々な向精神作用に加えて、呼吸や腸の運動などにも強い作用が見られる。現在では、このような麻薬がどの受容体を刺激し、どのようなシグナル伝達経路で作用を及ぼすのかについては、理解が進んでいる。そして、これらのシグナル経路は、決して外来の麻薬物質のために備わっているのではなく、私たちが本来持っているエンドルフィンやエンケファリンのような、脳内麻薬と呼ばれる物質を媒介することが明らかになっている。
様々な脳内麻薬が明らかになって新たに生じた疑問は、なぜモルフィネのようなアルカロイドはあれほど多様な作用を示すのかだ。一つの答えは、脳内麻薬がアミノ酸がつながったペプチドであるのに、モルフィネなどの麻薬はアルカロイドで、前者の作用が脳内に限局するのに、後者は全身に作用がでる点だ。ただ、脳内の反応だけに限っても、麻薬と脳内麻薬の作用は大きく異なっており、その原因解明が待たれていた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は両者の違いについて独自の新しい方法を用いて解析した研究で6月6日発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「A genetically encoded biosensor reveals location bias of opioid drug action(遺伝的に導入できるバイオセンサーにより麻薬の作用の局所的バイアスが明らかになった)」だ。
ほとんどの受容体分子は、リガンドと結合すると細胞内の立体構造を変化させ、この変化を通して下流の分子と特異的相互作用することでシグナルを伝える。この分子構造の変化は、変化前後の違いを認識できる抗体を用いて特定することができるが、抗体は細胞膜を通過しないため、生きた細胞で抗体を分子活性化のセンサーとして利用することは簡単でない。それを成し遂げたのがこの研究だ。
特にこの研究の売りは、抗体をラクダ科のラマで作ったことだ。免疫学者にはよく知られている事実だが、ラマの抗体はL鎖を持たない。すなわちH鎖だけのダイマーで出来ているため、一つのV領域で特異性が決まる。したがって、ラクダで活性化分子を認識する抗体を作り、その遺伝子を単離して、少し細工を施して細胞に導入すれば、生きた細胞で活性分子にだけ結合するセンサーとして使える。そして、L鎖遺伝子を気にする必要がないので、この過程が圧倒的に楽になる。しかし、実際に抗体のV鎖遺伝子がクローニングされ、神経科学の人に利用されているとは驚きだった。
活性化された分子を生きた細胞で特定できることのパワーは絶大だ。特にリガンドに結合し活性化された分子の細胞内局在を追跡することができる。そしてこの研究では、麻薬に対する受容体が刺激されシグナルを送る場所が、細胞膜上だけでないことを明らかにする。すなわち、脳内麻薬のような、細胞膜を通過しないペプチドがリガンドになる場合は、まず細胞膜上で受容体と結合し、その後エンドゾームに取り込まれて、そこでも刺激が長期間持続する。これまで、エンドゾームに取り込まれてからも刺激が続くことは間接的に示されていたが、今回新しい方法を用いて実際受容体が活性化状態にあることが証明された。
一方、細胞膜を通過できる麻薬の場合は、脳内麻薬による細胞膜からエンドゾームという経路に加えて、それよりさらに強い刺激がまだゴルジ体に存在する作られたばかりの受容体に加わっていることがわかった。ゴルジ体で刺激が入るのは、一般の麻薬が細胞膜を通過するためで、ちょっと驚くべき結果だが、細胞内で活性化した受容体を特定できるセンサーが出来て初めて明らかになった事実だ。
話は以上で、これがどれほど麻薬と、脳内麻薬の違いを説明できるのかはまだ研究が必要だろう。ラマで抗体を作るのがどの程度簡単かにもよるが、麻薬受容体だけでなく、様々なシグナル研究に使える気がする。
2018年5月19日
ダイエットというとカロリーを減らすことがまず頭に浮かぶが、糖尿病予備群と言われるようになると、インシュリン分泌が低下するとともに、脂肪細胞性の炎症によりインシュリンに対する反応性が低下し、糖の代謝が狂う。この狂いを正確に把握して、科学的に対処することが本当のダイエットで、トクホ商品などが宣伝しているように血糖に一喜一憂すること自体ほとんどナンセンスだ。
これまでの研究で、カロリー制限の他に、空腹を繰り返すことによりインシュリン分泌能が上昇することが糖尿病予備群を治療するカギになると考えられてきた。しかし空腹の効果を調べようとすると、体重も低下し、脂肪細胞由来のインシュリン抵抗性も改善するので、何が直接効果で、何が間接効果かよくわからなかった。
今日紹介する米国ペニントン生物医学研究所からの論文は、食事を厳重に管理することで体重を維持する条件で、空腹を繰り返す影響を見た研究で6月5日発行予定のCell Metabolismに掲載された。タイトルは「Early time restricted feeding improves insulin sensitivity, blood pressure, and oxidative stress even without weight loss in men with prediabetes(糖尿病予備群の男性が早い時間から食べるのを制限すると、体重の減少なしにインシュリン感受性、血圧、そして酸化ストレスが改善する)」だ。
研究では12人のHbA1cが上昇し、ブドウ糖を下げる力が低下しているいわゆる糖尿病予備群のボランティアを集め、完全に管理された食事を1日3回食べさせ、5週間での様々な指標の改善程度を調べている。食事のメニューだが、鶏肉と野菜が中心の食事だが、朝昼晩としっかりとした食事で、実際に5週間で参加者の体重はほとんど変化はない。
この研究の目的は、夕食から朝食までの空腹時間を長くすることの体への影響を明らかにすることだ。そのために、コントロール群は朝7時、昼12時、夜6−7時という一般的食事間隔で過ごさせる一方(12時間空腹)、early time restricted feeding (早い時間から食事を制限する:eTRF)群では、朝7時、昼10時、晩御飯を昼の12時から2時までという極めて変則的な食事時間を守らせ、夕食から朝食まで18時間は空腹が続くようにして過ごさせている。
さて結果だが、面白い。まず体重だが両グループで1Kgほど下がるが、摂取カロリーは同じなため、大きな違いはない。これを厳密に実現するため、食事を残さず食べているかすら監視している。すなわち、体重の減少を除外して、空腹時間の影響に絞って調べることができる。
詳細を省いて5週目に調べた検査結果をまとめると、次のようになる。
1) 空腹時血糖には大きな差はない。
2) しかし、eTRF群では空腹時およびブドウ糖摂取後のインシュリンが50%程度低下している。すなわち、少ない量のインシュリンで血糖が維持できている。また、この変化は通常の生活に戻って7週間経っても維持できている。
3) この結果は、ベータ細胞の反応性が上昇していることと、体のインシュリン感受性が高まることによっている。
4) 不思議なことに、eTRF群では血圧が10mmHgも低下する (おそらくインシュリンレベルが低下したことだと推察している)
5) 血中のアイソプロスタン量から酸化ストレスが低下しているが、インシュリン抵抗性の指標になる炎症マーカーに変化はない。
6) あまり空腹を感じなくなる。
以上が結果で、体重が増え脂肪細胞由来の炎症には変化はないが、空腹によりインシュリンによる糖代謝制御システム全体がリプログラムされ、インシュリンをじゃぶじゃぶ出して疲れていた体が、元に戻るという結果だ。さらに言い換えると、動物の体は本来空腹が続くことを前提に作られているのに、規則正しい生活という名目で、空腹時間がほとんどなくなった現代人は、インシュリンを中心とする糖制御システムが完全に変化し、本来の姿からズレが生じていることになる。従って、動物時代に戻れという話になる。
なるほどと納得するし、人間だって規則正しい食事が取れるようになったのはついこの前のことだろう。とはいえ、今回の研究のプロトコルは、現代社会に暮らしながら実行するのは難しい。もし朝を抜いて、夜7時ぐらいから昼1時ぐらいまで18時間空腹でいても同じ効果があるなら、私のような酒好きの人間でもやってみる可能性はある。いくら酒好きでも、昼間仕事中に飲むわけにはいかない。次は是非現実的なプロトコルで実験してほしいと思った。
2018年5月18日
2016年11月、このブログでYork大学の若手考古学者Penny Spikinsの論文について紹介したことがある(
http://aasj.jp/news/watch/6064)。自閉症に関わる様々な遺伝子が、人類の多様な能力を維持するために必須の役割を演じてきたことを、考古学的に考察し、考古心理学、考古精神医学を開発しようとする意欲あふれる論文だった(
http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/1751696X.2016.1244949)。特に自閉症について、neurodiversityとして認める消極的容認を逆転させ、社会に必須の人たちとして認める彼女の積極的な評価に感動した。
実は私が初めて彼女の研究について知ったのは彼女が2015年に出版した「How compassion made us human(いかに思いやりが私たちを人間にしたのか)」を読んでからで、現代社会が失いつつある人間の優しさ、信頼、そして道徳性の起源を200万年にも及ぶ人類史を遡りつつ解明しようとする、熱い心が伝わってくる本だった。おそらくまだ翻訳されていないと思うが、推薦したい一冊だ。
そのSpikinsさんが年一回発行されるオープンアクセスの雑誌Open Archeologyにまたまた意欲的な論文を発表したので紹介することにした。タイトルは「How do we explain autistic traits in European upper palaeolithic art(ヨーロッパの旧石器時代の美術に見られる自閉症的特徴をどう説明すればいいのか)」(Open Archaeology 4: 262-279, 2018 *
https://doi.org/10.1515/opar-2018-0016)だ。
自閉症児の大半は社会性の問題から言葉の発達が遅れることはあっても、知能は正常だ。そして中には、私たち一般人が失った高い能力を持っている人たちが多い。例えば2014年のMuthらのメタアナリシスによると、Block designやFigure Disembeddingと呼ばれる視覚能力で調べたとき、自閉症児は明確に一般児より優れていることが報告されている(J.Autism Dev. Disord 44:3245, 2014)。そしてこの中には、一度見ただけで空間的イメージを明確に記憶し絵として再現できる特殊な能力がある。このような子供についてはDrakeらの多くの研究があるが、彼女がScientific Americanに書いた論文で紹介されている絵を見ると、様々な視覚認識能力が自閉症児では現れやすいことを理解することができる(Mind Scientific American Special edition, Spring 2017)。
この論文でSpikinsは自閉症児が示すlocal processing bias (部分的情報処理バイアス)とよばれる、全体にとらわれることなく細部を表現する能力に着目する。この能力は決して自閉症特異的ではなく、一般人にもこの能力は存在しているが、自閉症児では社会との付き合い方が違ている結果、より強く現れることを様々な文献から確認している。また、これまで自閉症児のlocal processing biasに基づく能力は、向精神薬で再現できるという考えを否定し、neurodiversityとして人類進化で獲得し維持されてきた、人類の発展にとって必須の遺伝子プールの結果であると結論している。
そして返す刀で、ではフランスショーべ洞窟で発見された世界最古の壁画や (
https://www.flickr.com/photos/44919417@N04/7887319298 参照)、ドイツ・シュターデル洞窟で発見されたライオンマン(
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3#/media/File:Lion_man_photo.jpg参照)のフィギャーのように、現代から見てもリアリズムの粋と言える作品は、誰が作成したのかと問う。
彼女にとって、答えは明白で、これらのリアリズム、local processing biasの強い作品は決して旧石器時代の人類の誰もが書いたわけではない。すなわち、特殊な能力を支える遺伝子プールを持っていた一部の人間のみ、描く能力と衝動を持っていたと考えている。これは言葉と大きく異なる。そして、この能力こそ、私たちが自閉症スペクトラムとして診断している人たちに間違いなく濃縮していると結論している。現在ネアンデルタール人の洞窟で見つかる絵画と、ショーべ洞窟の絵画を比べると、その違いは一般児と、Drakeが紹介している自閉症児と同じ程度の大きな差がある。ひょっとしたら、ネアンデルタール人のゲノムと現生人類のゲノム比較から、この差についてのヒントが見つかれば、大発見になること間違いない(と勝手に私が興奮している)。
いずれにせよ、自閉症児がもつ能力を理解しつつも、社会への適応性を理由に子供たちを排除したアスペルガーと異なり、自閉症児の持つ可能性をもっと発掘し、石器時代に人類が行ったように、社会を自閉症児の性質に合わせていくことが、新しい人類発展の鍵になるという彼女の主張にエールを送りたい。一度会って見たいと思う注目している研究者の一人だ。
2018年5月17日
卵巣癌は肺がんと同じで、病理組織学的にさまざまなタイプに分けることができる。その中でも数の多い漿液性腺癌のhigh gradeタイプ(HGSC)は、すい臓がんに勝るとも劣らぬ悪性の癌で、早くから腹膜を含む転移を起こし、治療が困難だ。これまで、原発巣と転移巣を比べるなど、がん細胞の進化を調べる研究が行われ、癌の進展とともに卵巣癌が多様化しやすいことがわかっているが、この進化の速さにおそらくガンの周りの組織が関わるのではないかと想像されていた。
環境によるガンの変化というと、エピジェネティックな要因に頭が行くが、ゲノム自体の多様化はあくまでもダーウィン進化の問題で、環境による選択圧が重要になる。今日紹介するカナダ・バンクーバーBC Centerからの論文はガン細胞集団に起こる多様化したゲノムの環境による選択を扱った研究で、6月14日号に発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Interfaces of Malignant and Immunologic Clonal Dynamics in Ovarian Cancer(卵巣癌の悪性度と、免疫クローン動態の接点)」だ。
繰り返すが、この研究の目的はガンの遺伝的多様性を選択する環境要因を探っている。このため、さまざまな分泌因子を通してエピジェネティックな多様性を誘導する間質細胞ではなく、最初から選択圧としての免疫系に焦点を当てている。
ガンを進化させる選択圧を解析するために末期の卵巣癌患者さん38名から、原発巣や転移巣を200箇所以上集め、それぞれのサンプルに浸潤するリンパ球の種類や状態を組織学的および遺伝子発現から解析するとともに、、それぞれの場所のがん細胞の性質を全ゲノム解析を使って調べている。いうのは簡単だが、インフォーマティックスも含め大変大掛かりな研究だ。
まず組織上のリンパ球の浸潤パターンと、浸潤しているリンパ球の遺伝子発現を調べ、組織像と遺伝子発現が相関していることを確認する。わかりやすく単純化すると、リンパ球浸潤ががん細胞内部まで到達しているケースでは、キラー活性が強く、浸潤が少ない場合はキラー活性が弱い。一方、ガンの周りの間質に浸潤が限局している場合の活動性は両者の中間になっている。
ガンに対するリンパ球の活動性をガン進化の選択圧として考えると、組織学的浸潤パターンと、ゲノム解析から計算されるがん細胞の多様性が相関すると考えられるが、予想通りガン内部まで浸潤しているキラー活性が高い場合に、ガンの多様性が最も低下していることが明らかになった。すなわち、キラー細胞によりがん細胞が選択され多様性が低下している。不思議なことに、浸潤の少ないケースでも多様性はある程度低下することから、卵巣癌の場合、常に免疫反応が起こっていることがわかる。しかし、浸潤が間質に限局されている場合は、キラー活性は存在しても、それががん細胞の選択圧として機能しないことがわかった。はっきり言って、この結果がこの研究のメッセージで、後の結果は免疫がガンの選択圧として働いているという結論の延長と言える。
すなわちガンに対する免疫系の選択圧力は、ガンのネオ抗原の低下や、免疫を逃れるためのMHC 抗原のロス、さらには免疫反応を弱めるチェックポイント分子の上昇からも確認できる。結局、免疫系の圧力に対して、ガンの方もさまざまな方法で進化していることがこの研究の結論だ。このように確かに癌は選択圧から逃れようと進化するが、それでも免疫が強いほど予後が良いことも分かった。
結果は以上で、予後が改善したと言っても、治癒に至るほどの改善ではなく、ガンに対する免疫が成立しても、ガンのしたたかさのみが強調される研究だ。しかし、ガンも免疫も、ともにダーウィン進化の正当性を教えてくれる重要なシステムだが、それぞれの関係を進化の観点から調べることは観点でない。その意味で、最後に強調したいのは、この研究は200箇所の組織のゲノムと、遺伝子発現、さらに組織を調べるという大掛かりな研究でこの問題にチャレンジしている。まだまだ解析は不十分だが、おそらく集まったデータの中には多くの重要な発見があるように思っている。
2018年5月16日
Rett症候群はX染色体上にコードされているMECP2遺伝子が欠損する病気で、完全欠損では発生が進まないため男性患者さんはいないが、女性の場合片方のX染色体が正常で、(少し難しい話になるが)この結果体内の細胞は正常と異常のX染色体のどちらかを使うよう振り分けが起こり(X染色体不活化と呼ばれる現象)、原則として体内はMECP2を持つ細胞と、持たない細胞の混合になる。このため、正常の細胞の働きで発生は起こるが、半分の細胞が MECP2を欠損しているため、神経系を中心に様々な異常が生じる。
根本的な治療は遺伝子導入でMECP2遺伝子を回復させる必要があり、現在MECP2の数が増えるMECP2重複症とともに、遺伝子治療法の開発が進んでいる。幸い、最近の研究は根本治療だけでなく、これらの病気に効果のある対症療法が開発できる可能性を示唆しており、時間的にはこちらの方が実用化が早いのではと期待されている。
今日紹介するスペイン・バルセロナの研究機関からの論文は動物モデルを用いてRett症候群の一部の症状を抑えることができる薬剤があることを示した研究で5月8日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Inhibition of Gsk3b reduces Nfkb1 signaling and rescues synaptic activity to improve the Rett Syndrome phenotype in Mecp12-knockout mice(Mecp2遺伝子ノックアウトマウスのRett 症候群の症状をGsk3b阻害剤がNfkb1シグナルを介して改善する)」だ。
Gsk3bはWntなど発生に必須のシグナルを伝達するリン酸化酵素で、様々な組織の発生には必須の分子だ。神経細胞ではこの分子が阻害されると、シナプス結合の強さが低下し、様々な機能異常が誘導される。この研究では、Mecp2が欠損することで脳細胞内に起こってくる変化を探索し、MECP2欠損モデルマウスの脳、特に小脳でGsk3bの活性が強く上昇していることを発見する。
幸いGsk3bには比較的特異的な阻害剤が存在しているため、次にMECP2欠損マウスに投与して症状を抑えることができるか調べている。MECP2欠損マウスは4週目から認知機能や運動機能が低下し始め、その結果10週程度で死亡してしまう。ところが阻害剤を0.5mg/Kg/dayで投与すると、治ることはないが、発症が遅れ、さらに20日以上長く生存できることがわかった。
さらに、遺伝子発現や組織染色から、Gsk3bが活性化されると炎症シグナルの核になっているNFkb1が活性化され、様々な炎症性サイトカインの発現が脳内で上昇するが、これらの異常をGsk3b阻害剤で抑制できることも確認している。すなわち、多くの神経症状が神経炎症に起因することを示唆している。
最後に、Gsk3b阻害剤投与により、脳組織が正常化するかどうか脳外に取り出した組織のスライス培養で調べると、樹状突起の形成不全をかなり正常化できること、そしてシナプス結合の強さの指標となるPsd95分子の低下をGsk3b阻害剤がほとんど正常レベルに戻ることを確認している。しかし、生理学的なシナプスの伝達性の改善は最小限で、これが全身症状の改善をどこまで説明できるかは疑問に思える。実際、行動や運動能の検査でも、阻害剤によりある程度の改善が見られるが、私が見ても大きな改善とは言えない。
しかし、阻害剤投与による実際の脳組織の改善は試験管内での変化より大きい。例えば神経結合の指標になるスパインの数は2倍近くに上昇しているし、海馬のシナプス形成も改善は大きい。おそらく、小さな変化でも時間が経つと、明瞭な改善として現れているのではと考えられる。
以上が結果で、小脳起源の運動障害が改善するなど一見期待が持てそうに思える。ただ、Gsk3b阻害剤は様々な細胞に効果をもち、病気でもガンやアルツハイマー病に至るまで、治療薬としての可能性が検討されている。ということは逆に、副作用なども強いことを示唆し、この結果がこのまま病気の子供の治療へと直結するとは考えにくい。それでも、MECP2欠損がNFkb1を介する神経炎症を誘導することが神経発生障害の一因であるなら、治療標的の選択肢は広がる。その意味で次の段階に期待したい。
2018年5月15日
地球温暖化で種の絶滅の危機に最もさらされている種が爬虫類だ。亀、ワニ、トカゲなどの一部の種は、性が卵が孵化するときの温度で決定される。この温度による性決定を行う種がどれぐらい存在するかについては、私が顧問として勤務している生命誌研究館の季刊誌、「生命誌」24号に詳しく書かれているのでぜひ参考にしてほしい(
https://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/024/ss_1.html#2)。この記事では、少なくともカメ類で47種、全てのワニ類(8種)、そしてトカゲの17種が温度に性が決定されることが紹介されている。もし地球の寒冷化や温暖化が進み、発生時の温度が特定の閾値を越えると性比が大きく変化し、場合によってはオスあるいはメスが生まれなくなり、種の維持が不可能になる可能性すらある。ワニについては全てのワニが絶滅する危険性すら存在する。ただ問題は対策を打とうにも、温度による性決定のメカニズムが完全に明らかになっておらず、研究の進展が待たれていた。
今日紹介する中国の新しい大学・浙江万里学院と米国デューク大学が共同で発表した論文は、カメの温度による性決定に関わる分子を特定し、絶滅を防ぐ対策の可能性を示した研究で5月11日号のScienceにオンライン出版された。タイトルは、「The histone demethylase KDM6B regulates temperature-dependent sex determination in turtle species(カメの温度依存的性決定はヒストン脱メチル化酵素KDM6Bにより調節されている)だ。
この研究ではアカミミガメと呼ばれるアメリカ原産のカメを対象に、その性決定のメカニズムを調べている。このカメは、発生の特定の期間に温度が26度ではオス、32度ではメスへの決定が行われる。温度で性が決定されるということは、遺伝的に決まるのではなく、遺伝子発現の(エピジェネティックな)調節により性が決定されることを示唆している。このグループは、ヒストンの27番目のリジンのメチル基を外す脱メチル化酵素の一つKdm6bの生殖原器での発現が、オスになる温度26度で上昇することを発見する。この発生のステージに温度を26度から32度、あるいは32度から26度に変化させると、迅速にこの分子の発現が変化することも明らかにしている。
次に、Kdm6b がオスへの分化を指令する決定因子かどうか調べる目的で、オスになる26度で卵を孵化させるとき、RNAiを用いてこの分子の発現を抑制する実験を行うと、期待通り80−87%の個体がメスへと転換することを明らかにする。またこの転換に応じて、最初発現していたオスの性決定に関わる遺伝子の発現が抑えられ、メスの性決定に関わる遺伝子が活性化されることを明らかにしている。
そこで、Kdm6bにより活性化されるオス決定分子を探索し、ほぼ全ての脊髄動物種でオスの性決定を決めているマスター分子Dmrt1が、Kdm6b発現と相関して転写され、さらKdm6bをノックダウンした個体に強制発現させると、オスへと性決定する分子であることを見出している。すなわち、Kdm6bはヒストンの脱メチル化を通していくつかの遺伝子発現のスイッチを入れる役割を持っているが、最終的にオスへの性決定を行う分子は、Kdm6bにより転写が上昇するDmrt1であることを明らかにしている。
最後に、Kdm6bがヒストン脱メチル化酵素として働いて、Dmrt1の発現を上昇させているのか調べるため、Dmrt1遺伝子領域のヒストンの27番目のリジンのメチル化を調べ、オスになる26度だけでヒストンが脱メチル化されていることを明らかにしている。
以上から、
「温度の違いでまずKdm6bの発現が誘導され(このメカニズムについてはまだはっきりしない)、これによりオスへの性決定分子Dmrt1領域のヒストンが脱メチル化され、抑制が外れてオスへの分化が決定される」がオス決定のメカニズムで、この過程が誘導されないと、メスが生まれる」
と結論している。
今後本当に温暖化でオスが生まれないという心配が出てくれば、Kdm6b、あるいはDmrt1の発現を外部から調節することで、性を操作し、絶滅を防げる可能性があることがよくわかった。他の爬虫類種でも同じようなこと起こっているようなので、古典的だが、重要な性決定に関する研究と言える。
2018年5月14日
ビタミンDで私たちの頭に浮かぶのは、カルシウム代謝を通して働く骨のビタミンとしての機能だが、その核内受容体は様々な遺伝子の調節に関わっており、最近では慢性炎症を抑制する重要な分子ではないかと考えられている。だとすると、骨だけでなく様々な病気に関わる可能性がある。
今日紹介するソーク研究所からの論文は、ビタミンD(VD)が膵臓β細胞を炎症やストレスから保護し、糖尿病の治療標的として用いる可能性を示した論文で5月17日号のCellに掲載された。タイトルは「Vitamin D switches BAF complexes to protect βcell(ビタミンDはBAF 複合体をスウィッチさせてβ細胞を保護する)」だ。
この研究は極めて重厚で総合力の高い研究で、読み終わって著者を見直すと、核内受容体研究のパイオニアR.Evansの研究室からで、なるほどと納得した。
研究ではインシュリンを分泌するβ細胞の維持に関わる分子をバイアスなしに探索する研究から始まっている。ソーク研究所はiPSの研究も盛んで、これを利用してヒトiPS由来のβ細胞からCRISPR/Cas9を用いて遺伝子を網羅的にノックアウトし、細胞の生存に必須と思われる分子のトップランクにビタミンD受容体(VDR)があり、この分子がIL-1による炎症性のストレスからβ細胞を保護することを発見した。これが発端で、VDが糖尿病に一般的に関わるという発見がこの論文の第一のメッセージだ。
しかしもっと面白い現象がメカニズムを追求するうちに明らかになる。VDR受容体と結合する分子を調べると、なんとBAF複合体の一つBRD9と、PBAF複合体のメンバーBRD7と結合することがわかった。BAFとPBAFはともにヒストン修飾を通して染色体を調節するが、BAFは染色体を閉じて転写を抑える方向、PBAFは染色体を開いて転写を高める方向に働くことがわかっている。VDRがこれら両方に関わるということは、VDによりVDR結合サイトの染色体の構造を閉じたり、開けたりする可能性を示唆している。
さすが核内受容体のパイオニアと言える膨大な実験を行なっているが、詳細を省いてまとめると次のようになる。
1) BRD9はVDと結合とは関係なく、VDRの91番目のアセチル化されたリジンの存在する領域と結合する。
2) BRD7はVDと結合したVDRのやはり同じ91番目のアセチル化リジン領域に結合する。すなわち、VDRの同じ領域をBRD9とBRD7が競合し、VDが存在するとBRD7の結合が高まり、BRD9は遊離する。
3) 以上の分子構造から想像されるように、VDが存在するとVDR結合部位の染色体構造は開く。
4) しかし、染色体を閉じる働きを持つVRD9はVDとは関わらずVDRに結合しているので、VDの効果を上げるためにはBRD9がアセチル化リジンを認識するブロモドメインを選択的に抑制する阻害剤を加えると、完全にBRD9がVDR結合領域から追い出され、VDの効果が高まる。
5) VDR結合部位の染色体が開くと、細胞をストレスから守る多くの分子の転写が長期間続く。
以上のメカニズムを明らかにした上で、最後は様々な糖尿モデルで、原因に関わらずVDとBRD9阻害剤の組み合わせがβ細胞を守ることを明らかにしている。繰り返すが、iPSを用いた実験系の構築から、分子メカニズムの解析、そして治療手段の全臨床研究と、普通なら何編もの論文になるデータがつまった大変な研究だと思う。Evansも随分な歳になったと思うが、この仕事は自身の経験と若い考えが融合した研究の典型だと思う。