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3月14日 アルツハイマー病は老化促進とは違う(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2018年3月14日
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記憶力が老化とともに低下することは、日々感じている。MRIをとると、確かに脳は萎縮しているのがわかるし、結局脳の老化もアルツハイマー病(AD)と同じで、脳細胞が失われて進んでいくのかとある程度覚悟している。確かに、ADの場合、内嗅皮質や海馬のように、早期から細胞の喪失が起こりやすい場所はあるが、我々はともするとADを老化が異常に促進している結果だと思いがちだ。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、クロマチン構造を決めるエピジェネティックな変化の一つの指標、ヒストン4の16番目のリジンがアセチル化されたH4K16Acが、ゲノム全体にどう分布しているかを調べることで、ADが決して老化の延長として捉えられるものではないことを示した研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Dysregulation of the epigenetic landscape of normal aging in Alzheimer’s disease (アルツハイマー病では、正常の老化に伴うエピジェネティックな構築の変化の調節異常が見られる)」だ。

この研究は最初からH4K16Acの分布に絞って研究を行っている。H4K16Acはオープンクロマチン状態に対応するヒストン標識で、老化とともに蓄積が進むことが知られている。また、老化を防ぐ遺伝子として知られるSIRT1はH4K16Acの脱メチル化作用があることから、このヒストン標識を追いかけることで、老化やADの進行を追跡できると考えている。

事故などで死亡して解剖される若者、老人、そしてADの外則側頭葉を採取し、H4K16Acに結合するゲノム領域を網羅的に免疫沈降して調べている。期待通り、老化とともにH4K16Acと結合する領域の数は約25万カ所から、35万カ所へと増える。ところが「ADではさらに結合部位が増えるのではないか」という予想に反して結合部位が2万5千か所ほど減っている。 これらの領域を詳しく調べると、 ADと正常老化ともに変化が見られるH4K16Ac結合サイト、老化で起こる変化と逆の変化が起こるグループ(dysregulatedと呼んでいる)、そして老化とは無関係に、AD特異的に起こる変化の3種類に分類している。また、各グループの領域ににより支配される遺伝子に一定の機能的傾向が見られる。とは言え今回グループ分けされた中のどの遺伝子が、AD発症に関わるのかは、明確には示されていない。 面白いのは、これまでゲノム解析でADと相関がわかっていたSNPの領域は正常老化や、AD特異的にH4K16Acの結合が見られる領域と相関するが、ADでdysregulatedされている遺伝子とは全く相関しないことだ。これは、Dysregulationが正常老化に重なって起こると考えるとある程度理解できるが、ゲノムとエピゲノムの関係を知るための面白い課題だと思う。一方、ADと相関する遺伝子発現調節領域と相関を見ると、Dysregulatedな遺伝子も相関を認める領域が見つかる。 残念ながら、これら様々な相関を示す遺伝子が、ADとどう関わるか、この研究からは全く明らかではない。ただ、老化による変化と、ADによる変化をエピジェネティックに明確に区別できるようになった点は重要だと思う。ADでは細胞死のみ注目されるが、それに至る前の細胞の変化を理解することはもっと重要だろう。その意味で、この研究は何かの手掛かりになる可能性がある。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月13日 食物繊維の効果を科学的に検証する(Scienceオンライン版掲載論文)

2018年3月13日
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2型糖尿病の治療の一つの柱は、食事療法だ。ただ、薬剤を用いる方法と比べると、糖尿病食を続けるのが最も難しい。私も糖尿病予備軍と言えるが、わかっていても毎日の食事を味気ないもので我慢する気にはなれない。そんな人たちに希望の光になっているのが、腸内細菌研究だ。これまでの研究から見えてきたシナリオは以下のようにまとめられる。

「糖尿病は慢性炎症によるインシュリン抵抗性が一つの基盤になっており、この炎症状態は腸内細菌による短鎖脂肪酸の分泌を上げることで、ある程度軽減することができる。食物繊維を多く含む食事は、腸内細菌の短鎖脂肪酸の分泌を促すので、インシュリン抵抗性の軽減に大きな効果がある。」
ただ、このシナリオを厳密な臨床治験で確かめた研究はほとんどない。

その意味で、今日紹介する上海交通大学からの論文は食の科学的研究とはどうあるべきかを示した見習うべき論文だと思い紹介することにした。タイトルは「Gut bacteria selectively promoted by dietary fibers alleviate type 2 diabetes(食物繊維により選択的に促進される腸内細菌は2型糖尿病を緩和する)」で、3月9日号のScienceに掲載された。

この研究の目的は食物繊維が糖尿病に効果があることを示すことではない。食物繊維が、腸内細菌の短鎖脂肪酸の生産を促し、インシュリン抵抗性を改善して糖尿病の症状を軽減するというシナリオを臨床治験で証明するとともに、食物繊維がどの細菌に影響するのかを明らかにすることだ。

この研究ではこの目的のために、通常の食事とともに全粒穀物を中心に食物繊維が通常の2倍以上取れる副食を用意し、あとは両群とも糖尿病食を3ヶ月続けるというプロトコルを作成し、薬剤も両群グルコバイに限定して服用させることで、食物繊維の量の効果を特異的に調べられるようにしている。研究に当たっては、糖尿病患者さんを無作為に食物繊維の多い群と、普通の群に分け、科学性をできるだけ確保しようとしている。

さて結果だが、糖尿病食の効果で全患者さんでA1cの改善が見られるが、食物繊維が多い食事の場合、改善度合いが大きい。また、便に含まれる短鎖脂肪酸の濃度を測ると、酢酸には変化はないが、酪酸は1.5倍で、さらにGLP-1の含量も2倍に上昇している。

これらの結果は、確かに食物繊維により腸内細菌叢の短鎖脂肪酸の産生が高まることで、インシュリン抵抗性が改善、GLP-1分泌刺激などが起こって、糖尿病が改善されるというシナリオが確認されている。

このように無作為化試験で効果が確認された患者さんを対象に、次に食物繊維により腸内細菌叢にどのような変化が起こったのか、またどの細菌が短鎖脂肪酸の生産に関わるのか、便に含まれる細菌の全ゲノム解析という高度な方法で調べている。

膨大な量のデータをインフォーマティックスを駆使して計算し、食物繊維により増殖が促進する細菌を特定するだけでなく、実際にマウスへの菌移植により糖尿病の症状を軽減する直接の因果性の有無を調べる実験を組み合わせ、最終的に食物繊維により一部の細菌の絶対数が高まり、この中に短鎖脂肪酸を生産する酵素ネットワークを持つものがあることを確認している。

以上、これまでのシナリオを、実験疫学的に確かめ、さらにそれに関わる腸内細菌まで特定した点で、この分野ではかなり大きな貢献だと思う。北京ゲノム研究所からの論文でこの分野の中国の力は知っていたが、予想している以上の実力を備えたグループが存在していることを改めて実感した。
カテゴリ:論文ウォッチ

パーキンソン病の患者さんの歩行を容易にするレーザーポインターの使い方

2018年3月12日
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1月11日、このHPでレーザーポインターを組み込んだ靴が、パーキンソン病患者さんの立ちすくみを取り除くというNeurologyの論文を紹介した。ただ、この靴は我が国ではまだ手に入らない。ところが、この記事にヒントを得たパーキンソン病患者さんの一人、神戸の中井さんが、色々実験を繰り返して、簡単なレーザーポインターで同じ効果があることを、身をもって実験されました。その効果をビデオに撮り、Youtubeにアップしたので、ぜひご覧ください。サイトは https://www.youtube.com/watch?v=WbG0vW1d1g0 ご覧になれます。
カテゴリ:活動記録

第5回 ドイツへの眼差し: 廣渡清吾先生による 「現代ドイツにおける市民社会論」講演をAASJチャンネルにアップしました

2018年3月12日
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AASJチャンネルシリーズ 「ドイツへの眼差し」第5回は、東大名誉教授の広渡清吾先生の「現代ドイツにおける市民社会論」の講演です。東京ドイツ文化センターまで収録に行きました。2015年の安保保証関連法案に対して厳しい批判を展開され、多くの共感を集めた先生ですが、今回は極めて学問的な構成で市民社会概念の成立と変遷についてお話しいただいています。ぜひご覧ください。YouTubeサイトは https://www.youtube.com/watch?v=buFTh5JhSyA  です。
カテゴリ:セミナー情報新着情報

3月12日:TGFシグナルはRNAのメチル化に関わる(3月8日号Nature掲載論文)

2018年3月12日
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RNAのメチル化が様々な生物学的過程に関わることが続々明らかになり、このブログでもすでにすでに6回この関係の論文を紹介している。ただ、研究はどうしてもメチル化に関わる酵素をノックアウトした時に何が起こるかという話にとどまっており、特定の生物現象全体への関わり方についてのシナリオを提案するまでにはなかなか至っていないようだ。

その意味で、今日紹介する英国ウェルカムトラスト・MRC幹細胞研究所からの論文は、このシステムの新しい側面を示した力作だと思う。タイトルは「SMAD2/3 interactome reveals that TGFβcontrols m6A mRNA methylation in pluripotency(SMAD2/3結合タンパクの網羅的解析によりTGFβが多能性でのmRNAのメチル化を調節していることが明らかになった)」だ。

このグループはヒト多能性維持メカニズムを長年研究しており、多能性にとってactivin/nodalシグナルが必須であることを示してきた。この研究はその延長で、このシグナルと多能性をつなぐシグナル経路を明らかにしようとしている。ともすると、入り口がactivinと決まると、あとは典型的下流を思い浮かべてそれで終わらすのだが、著者らはactivin受容体が活性化するSMAD2/3と反応する分子をすべてリストしてシグナルの全像を捉えようとしている。

そのためにSMAD2/3を免疫沈降して、これらの分子と複合体を形成する分子をリストしている。この結果、SMAD2/3がDNA転写因子として働く時に協働する様々な分子以外に、DNA修復系をはじめとして、これまで示されたことのない様々な分子経路と結合していることをまず明らかにしている。

その上で、著者らの目を最も引いたのが、mRNAのアデノシンをメチル化する酵素群で、この研究ではこの経路に絞ってさらに研究を進めている。

まず、多能性幹細胞でactivin-nodalシグナルをブロックして、内胚葉系への分化が進むと、SMAD2/3とRNAメチル化酵素群の結合が外れ、メチル化RNAの量が低下することを示し、確かにmRNAのメチル化調節がactivin-nodalシグナル下流で働いていることを示している。

この結果を手掛かりに、多能性の維持と分化誘導にactivinに始まるこの経路の分子過程と、生物学的意義について調べている。おそらく最も重要な発見は、SMAD2/3がRNAメチル化酵素複合体と結合することで、ゲノム上で転写が起こる時にメチル化する標的RNAを決めているという発見だろう。詳細を省いて最終的なシナリオについて紹介すると以下のようになるだろう。

SMAD2/3が標的DNAに結合して転写が始まると、これにRNAメチル化酵素群が結合し、転写したmRNAをメチル化する。このメチル化されたRNAの中には、アクチビンシグナルで発現が維持されているNANOGも含まれるが、このような多能性を維持するために必要なRNAの分解が早まることで、多能性はより持続的シグナルを必要とするようになる。逆に、シグナルがなくなると多能性に関わるRNAはすぐに分解され、分化が速やかに誘導されるという、納得のシナリオだ。おそらく今後、このシナリオを他の過程にも当てはめる試みが進む予感がする。一つ勉強したという論文だった。

私事になるが、この論文を発表したウェルカムトラスト・MRC幹細胞研究所が合併する時期、私はウェルカムトラスト研究所のアドバイザリーボードを務めた。合併してからは、ウェルカムトラストのアドバイザリーがそのまま全体のアドバイザリーに移行した。ウェルカムトラス研究所はより基礎的な幹細胞研究のために設立され、MRCの方はより臨床に軸足を置いた研究所だった。したがって、それぞれの文化が上手く融合できるか、アドバイザーとして色々議論したが、辞めてから論文を通してこの研究所の業績を見ていると、両者が本当に上手く相乗効果を発揮できているように思っている。当時を振り返ると、英国にはあって、残念ながら我が国にはない成功の秘密がよくわかる。我が国の研究力が低下しているのは、決して予算の問題だけではない。科学者からの声を聞いていると、なんとなく人任せに聞こえるが、日本科学の再生には、全員が自分のこととして、何が必要で、自分はどうか関れるのか問い直す以外に方法はないだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月11日:スマートフォンに血圧測定機能を持たせる(3月7日Science Translational Medicine 掲載論文)

2018年3月11日
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全世界のスマートフォンユーザーがなんと30億人を超えたと聞く。もちろん便利だからこれだけの人が使うのだが、コンパクトなモニターと様々なセンサーを内蔵していることで、その用途は拡大し続けている。特に、健康管理分野はライフログのアプリを始め、各社最も力を入れている分野だ。ところが、健康管理の入り口と言える血圧測定はスマートフォンでは実現していなかったようだ。今日紹介するミシガン州立大学からの論文はスマートフォンに正確な血圧測定装置を実装することが可能であることを示した論文でScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Smartphone-based blood pressure monitoring via the oscillometric finger pressing method(指を押し付けて血流振動を計測することでスマートフォンを用いて血圧をモニターする)だ。

血圧がスマートフォンで測定できていないと聞いて驚く方も多いだろう。私も最初この論文がどうしてScience Translational Medicineのようなトップジャーナルに掲載されたのか驚いた。実際、この研究で開発された装置では、光プレスチモグラフ(PPG)と呼ばれる方法を用いた脈波センサーと圧力センサーを組み合わせて血圧を測定しているが、例えばサムソンギャラクシーではそれぞれを実装した機器が発売され、例えば心拍数測定に利用されている。またPPGを使った血圧モニター存在するようだ。特に新しいデバイスが開発されたわけではない。

しかし血圧測定では収縮期圧と拡張期圧の両方を測定する必要があるが、これまでPPGを使った血圧測定と称するものは、収縮期圧と相関するだけの便宜的なものだった。血圧が健康管理の最初の入り口だとすると、30億人のユーザーの血圧を瞬時に測れるならトップジャーナルの興味を引くのは当然だと納得した。

この研究では、PPGセンサーの上に圧力センサーを重ね、指の第一関節を押し付けた後、圧力を加えながら動脈を流れる血液量の変化を測ることで血圧を測っている。要するに、これまで別々に実装されていた二つのセンサーを組み合わせれば血圧も測れるというアイデアだ。一般の血圧計で、カフを膨らませて圧力をかける操作そ、圧力センサーに自分で指を徐々に強く押し付けるという操作に代え、拍動音を聴診器で聞く代わりに、PPGセンサーで動脈の血液量の振動を測ることで代えている。

この研究ではスマフォに装着できる薄い測定装置を製作し、それをスマフォに内蔵されたものと見立てて、通常の方法で測った血圧と比べながら実用性を検証している。結果として、現在病院で利用されている指で測る測定器と同等の性能を持っている事を示している。

もちろん、更に改良は必要だが、簡単で、今のスマートフォンメーカーなら、明日からでも薄い装置の中に実装できるシステムである点がこの論文の売りだろう。ある日、日本全国で同時にスマフォユーザーの血圧を測定して集められる日が現実になりつつあると思うと、これは革命だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月10日 心臓発作と活性脂肪酸

2018年3月10日
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一般の方々は別として、研究者や医師の間では、糖尿病や動脈硬化を炎症という枠組みで捉えることが一般的になっている。しかし、一般の方も最近オメガ脂肪酸が体にいいという話はよく聞かれると思うが、これもオメガ脂肪酸が炎症を抑える様々な脂肪代謝物質の原料になっていると考えられているからだ。特に最近、白血球により作られるこのような脂肪代謝物資SPM(specialized pro-resolving mediator)が強い抗炎症作用を持っていることが注目されるようになってきた。
今日紹介するロンドン大学からの論文は、このSPMの中のRvDn-3 DPA(n-3 docosapentaenoic acid-derived D-series resolvin)の血中レベルが大きな日内変動を示し、心臓血管病の発症に強く関わっていることを示す研究で、Circulation Researchオンライン版に掲載された。タイトルは「Impaired Production and Diurnal Regulation of Vascular RvDn-3 DPA IncreasesSystemic Inflammation and Cardiovascular Disease(RvDn-3 ドコサペンタノイックアシッドの日内変動の異常が全身の炎症を高め心臓血管病に関わる)」だ。

研究では健常人の血液を定時的に採取し、含まれるSPMを測定し、その中から最も日内変動の大きいSPMとしてRvDn-3 DPAを選んでいる。このSPMは朝7時前に最も高く、午後2時ごろに最も低くなる。この日内変動を調節する直接の要因を調べ、血中のAch濃度と最も高い相関があること、および試験管内で血液にAchを加えると、RvDn-3 DPAが上昇することから、脳内でのAchのリズムがRvDn-3 DPAのリズムの原因であると結論している。

次に血中の白血球の活性化マーカーを調べると、RvDn-3 DPAの変動と逆相関する。即ち、生体内でRvDn-3 DPAが低下すると白血球が活性化される。そして、活性化された白血球に血小板が凝集する。即ち、RvDn-3 DPAの低い時間帯では梗塞の危険性が高まることを示唆している。

そこで、例えばカテーテル治療を必要としたような心臓血管病の患者さんについてRvDn-3 DPAを調べると、日内変動が壊れ、持続的に低くなっており、これに対応して白血球が活性化されている。ただこの異常は、心臓血管障害によりアデノシンの血中濃度が持続的に高まることが原因ではないかと結論している。

最後に動脈硬化モデルマウスを用いた動物実験で、RvDn-3 DPA投与が白血球と血小板の凝集を抑える働きがあることも確認している。
朝にRvDn-3 DPAが最も高く、炎症が抑えられているのは少し意外な気がする。しかし、様々な外界からの刺激を受ける昼間に低下して、炎症が起こりやすくするのは理にかなっているように思える。

ただ心臓病の方から考えると、この結果も理にかなっているように思えてくる。心筋梗塞などは朝起きてからに起こりやすい。そんな朝にRvDn-3 DPAを高めて白血球と血小板の凝集を避けることで、このような発作を防いでくれているなら納得だ。そして、動脈硬化が進んでアデノシンが多く血中に流れ、この防御機構が壊れると当然発作は起こりやすくなる。とすると、RvDn-3 DPAは発作の魔の時間を防ぐ重要なメカニズムに思えてくる。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月9日:心臓再生:Simple is the best(3月22日Cell掲載論文)

2018年3月9日
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心筋梗塞で失われた細胞は再生することなく瘢痕化して、命は取り止めても機能は回復しない。この状況をなんとか克服できないかと、様々な試みが行われている。例えば、瘢痕化したファイブロブラストを心筋にリプログラムする方法は10年近く前から多くの論文が発表されているが、臨床応用については把握していない。他にも、このブログではマトリックス分子を用いた再生方法も紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4115)。

要するに心筋細胞は成熟すると細胞増殖を開始できない。このメカニズムを研究するより、細胞周期に関わる分子を導入して分裂させればいいという発想の研究が今日紹介するグラッドストーン研究所からの論文だ。タイトルは「Regulation of cell cycle to stimulate adult cardiomyocyte proliferation and cardiac regeneration (大人の心筋細胞の増殖と心臓再生を細胞周期調節を通して刺激する)」だ。

おそらくこのような研究は何度も行われてきたのだと思う。ただ、あまりにも工学的な発想で、まともな生物学ではあまり注目しない手法だ。しかし、結果よければCellでも掲載してくれるようだ。

この研究では、成熟した心筋の増殖を誘導できる細胞周期分子を探索している。いろいろスクリーニングをやったように書いてあるが、結局到達したのがG1期の調節因子CDK4+CyclinD1と、G2期の因子Cyclin BとCDK1の4分子を導入すると、 G1もG2止まることなく回転する。さらに、過剰発現しても、周期に合わせてタンパク質が分解されるというごく当たり前の話だ。ただ、細菌や酵母の話と違って、心筋細胞でも同じように簡単にいくのが驚きだ。

この組み合わせは、人間の細胞も、マウスの細胞も同じように動かすことができ、生体内で心筋細胞の増殖を誘導できる。そして何よりも、心筋梗塞後1週間目の心臓に遺伝子を導入すると、コントロールと比べて再生が高まる。驚くことに、瘢痕に存在する線維芽細胞にはこの分子は効果がなく、心筋細胞特異的のようだ。

最後に、4分子を同時に導入するのはいかにも現実味に欠けるので、G2サイクリンの阻害分子Wee1を阻害する化合物と、細胞分化を誘導するTGFβ阻害を介したG1期抑制分子p27分子の抑制を組み合わせることで、サイクリンBとCDK1を2種類の阻害剤で置き換えられ、実際心筋再生もうまくいくという結果だ。

発想は、オーソドックスというか、古いというか、細胞周期の複雑な調節を知っていると到底うまくいくとは思えないが、それがすんなりうまくいったという話で、この意外性にCellも掲載することにしたのだろう。しかし、線維芽細胞は動かないのに、なぜ心筋細胞のみが動くのかなど、面白い話もある。いずれにせよ、臨床を考えるとSimple is the bestだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月8日:自閉症児の脳の活動と機能の関連を調べる(eLife掲載論文)

2018年3月8日
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児童特集4日目は自閉症児の脳波による脳内活動を、症状と相関させようとするジュネーブ大学からの論文でeLifeにオンライン掲載されている(DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.31670:これもフリーアクセスの論文でぜひ読んでみてほしい)。タイトルは「Early alterations of social brain networks in young children with autism(自閉症と診断された幼児の社会性の脳回路に早期から見られる変化)」だ。

自閉症スペクトラム(ASD)が主に発生時と発達時期の脳回路の形成の異常として発生することはほぼ間違いのない事実と考えられるようになっている。原因として複雑な遺伝子変化の組み合わせによる遺伝的要因が大きいが、母体が晒されている低栄養、アルコール、感染、発熱、炎症、そして神経刺激物質(治療薬を含むあらゆる神経刺激物質)などありとあらゆる外的要因もリスクを高める。従って、できる限りこれらの要因を取り除くことが現在私たちにできる唯一の予防と言える。

とはいえ、脳の可塑性を信じて、生後脳回路を一般児に近い形に変えられないかという研究は、ASDの頻度から考えても21世紀医学の重要な課題だ。そのためには、症状に対応する脳回路の変化を明らかにする必要があり、多くの研究が現在行われているが、なかなか決め手にかけることも事実だ。今日紹介するジュネーブ大学の論文もその典型だ。

この研究は決して試行錯誤を繰り返すという研究ではなく、最初から著者らが考える仮説があるが、脳研究では珍しいことではない。脳イメージング研究の場合、情報処理に強く依存するので、ROIと呼ばれる特に注目すべき場所がある方がモデルが立てやすい。

まずASDにかかわる領域として、眼窩前頭野、内側前頭前皮質、上側頭皮質、側頭極、扁桃体、楔前部、側頭頭頂境界、前帯状皮質、そして島皮質をつなぐ社会脳と言われる部分に異常があると予想して研究を進めていると思う。

この研究の売りは、2−4歳という極めて早い段階のASDの子供を集め、麻酔なしで高密度の脳波を記録している点で、この時期の子供は静かにしないので、忍耐強く動きの少ない時の脳波を集めている。このため、集めた半分の対象は、動きすぎて研究から除外せざるをえなくなっている。

そして記録した脳波活動は、脳波の波長別に脳内各領域の結合を示す指標Summed Outflowに転換している。これは脳をネットワークとして各部位の活動を起こす神経的因果性を調べるGrangerモデルを用いて計算しているが、要するに各部位から様々な領域への情報の伝達量と考えればいい。

この方法でまず各領域から流れる情報の量を計算してみると、ほとんどの情報がテータ波とアルファ波により伝達されている。これまでの研究でテータ波は社会的刺激による反応で上昇することが知られており、期待通りだ。また、各波長でASD特異的にSummed Outflowが高まっている領域は、先に挙げた社会性脳のネットワーク内の6カ所に認めることができる。また、領域間での結合性を調べ、ASDでのSummed Outflowの高まりは、社会性脳のネットワークでの情報のやり取りの高まりの結果であることも示している。

最後に、ASDの症状を様々なガイドラインに沿って評価し、各領域の活動との相関を調べ、それぞれの領域の活動の上昇は、異なる症状の程度と逆の相関を示すことを示している。例えば、VABS-2と呼ばれる適応行動を総合的に評価する指標は、文字の処理に関わるLingual領域の活動と相関を示すし、遊びながら測定できるPEP-3と呼ばれる教育診断検査指標は、横側頭回や弁蓋部のsummed outflowと相関する。そして、自閉症児の目の動きを一般児と比べると、目の動きの変化は、帯状回と特に強い相関がある。

ここで用いられる指標は、高いと症状が重いことを示すことから、筆者らは今回示した領域の活動の高まりは、回路の異常を正常化しようとする補償的な活動ではないかと結論している。 まとめると、1)覚醒時の脳波記録によりASDを早く診断できること、2)ASDの個々の症状を別の領域の活動と相関させられること、などを明らかにした点がこの研究の重要性だが、治療へのアイデアが出るというところまでは到達していない。現在行われている様々な早期介入研究でも、同じような手法での評価が使われ、なんとか治療への道が開けて欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月7日 小児ガンのゲノム(Natureオンライン版掲載論文:Open Accessで自由に読めます)

2018年3月7日
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小児や思春期に関する論文の紹介3日目は、やはりNatureに掲載された1699例の小児ガンについて、ゲノムや網羅的遺伝子発現を調べた大々的な研究で、メンフィスにあるセントジュード病院を中心に行われた研究だ。タイトルは「Pan^cancer genome and transcriptome analysis of 1699 pediatric leukemias and solid tumors (1699例の小児の白血病と固形ガンの横断的ゲノムとトランスクリプトームの解析)」だ。

大人のガンについては、米国NIHのTCGA(The Cancer Genome Atlas)を始め、様々なデータベースの整備が進み、例えばTCGAでは3万人を超す患者さんのがん細胞と、正常組織のゲノムがペアで蓄積されている。結果、TCGAはほとんどのガンゲノム研究論文で参照されており、このデータベースなくしてガンのゲノム研究はありえないというところまで来ている。ちなみに、わが国で何例のガン患者さんのデータベースができているのか、調べてみたが外野からは把握できなかった。メディアで「ゲノム医療プロジェクト始動」などと報道されている割には、どこに行けばそのデータが見られるのか、外部からはほとんど見えない状況のようだ。おそらく我が国の研究者も、結局はTGCAを頼ることになるだろう。

ちょっと脱線したが、大人のガンに対して、子供や思春期のガンゲノムを横断的に解析した研究にはあまりお目にかかったことはなかったが、セントジュード病院からようやく論文が出た。論文はオープンアクセスで、誰でもが読める。さらに、論文の最後にすべてのデータがNCIのデータベースとして公開していることも述べている。

この研究では、小児に多いがん、急性リンパ性白血病(B-ALLとT-ALL)、急性骨髄性白血病(AML)、神経芽腫(NBL)、腎臓のウイルムス腫瘍、そして骨肉腫の6種類、1699症例を、全ゲノム解析(WGS)、エクソーム解析(EA)、そしてmRNAの発現を調べ、個々のガンの特徴とともに、小児がん全体の傾向を掴もうとしている。

データの解釈をほとんどせず、淡々と結果を述べているので、はっきり言ってわかりにくい論文になっているが、ガンのゲノム研究としてやれることはほとんどやった力作だ。私の自分勝手な解釈を交えながら、結果を箇条書きにしてまとめてみた。

1) まず大人のガンと比べて突然変異の数は少ない。これは様々な理由で起こった突然変異が蓄積することで発ガンが起こることを考えると、当然長く生きた大人に変異が多いのは頷ける。
2) 次に突然変異のメカニズムを調べているが、最も目立つのは時間とともに蓄積する「時計型」と言われる内在的要因で蓄積する変異で、分裂時のエラーなどが主な原因になる。おそらく、発生過程での細胞増殖時に生じたものが中心になっているのだろう。他には、相同組み換え型変異も多い。面白いのは、普通は紫外線で誘発される変異がB-ALLで多いことで、圧倒的にCC>TT:ピリミジンダイマー形成による変異だ。B細胞にUVが当たるとは思えないので、おそらくB細胞の分化過程で発現する特殊な遺伝子編集システムのせいでこのようなことが起こると思われる。事実、このタイプの変異を持つB-ALLでは染色体のロスが必ず伴っている。
3) 6種類のがんの中で、B-ALLはほとんどのタイプの変異のメカニズムを持っている。おそらく、骨髄内で急速に増殖すると同時に、遺伝子再構成というゲノムストレスにさらされるからだろう。
4) トータルの突然変異の数は少ないものの、ほとんどのケースで増殖を刺激する遺伝子と、ガン抑制遺伝子の変異が揃っている。詳細は省くが、その半分以上は小児がん特異的で、これまでのTGCAやCancer Gene Censusなどのデータベースに見つからない変異が多い。
5) 小児がんの場合、変異遺伝子の組み合わせの種類は少なく、決まったセットの遺伝子が変異していることが多い。逆に、変異同士で排除する組み合わせもはっきり存在する。
6) ガンの増殖に関わると思われる変異は、幾つかのシグナル経路に対応させることができる。一般的に、シグナル伝達経路は、増殖因子から転写に至る上流から下流までの分子が支えているが、どの分子が変異するかが細胞の種類で決まっている。このことは、ガン発生の経路が小児の場合比較的限定されていることを意味しているように思う。
7) 転写と変異との関係も調べられており、認められた全変異のうち3割がガン細胞で発現している。そのうちの多くが、染色体同士で発現の差が認められることから、エピジェネティックな調節により、片方の染色体での遺伝子発現が変化することが、ガン発生に関わるケースが多いと考えられる。

詳細をすっ飛ばして紹介してもこのぐらいの量になってしまう内容だ。また、まとめには私の勝手な解釈が入っているので、間違っている場合は許してほしい。

いずれにせよ、小児のガンは、大人のガンとは全く違うというこれまでの常識が、改めてゲノムから確認できた。今後、治療法開発といった研究レベルだけでなく、がんの診療にあたっても重要な情報になると思う。問題は、現場の小児科のお医者さんにとっては、なかなかこのようなゲノム研究の結果が実感としてわかりにくいことだろう。若い学生さんの教育は言うまでもなく、ぜひ現場を担っているお医者さんにも、このようなデータをわかりやすく翻訳して伝えていく仕組みが欲しいと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ
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