過去記事一覧
AASJホームページ > 2018年

6月29日:宗教は長生きの秘訣(Social Psychological and Personality Scienceオンライン版掲載論文)

2018年6月29日
SNSシェア
以前神の顔のイメージををモンタージュしようとした論文を紹介したが、このようなブログは宗教を敵視しているのではと批判を受ける。私自身は、進化論をはじめ科学を支える根本思想を教えている以上、時に反宗教的言動に至るのは仕方がないと思っている。17世紀近代科学の誕生時のカソリック教会について学生さんに講義をしていたとき、当時の教会が「捏造した」概念をガリレオに押し付けたと断定したことに、強く抗議を受けたことがある。今後も同じような経験を繰り返すと思うが、反宗教的と言われても自らの考えを正直に述べていくしかないと思っている。

そんな私でも、宗教が人間の思想に多くの重要な概念をもたらしたことは認め、個人の信仰を敵視することはないと思っている。例えば、平等や道徳の概念は、神という絶対的基準があると理解されやすい。たしかに現代世界を見れば、宗教が紛争と差別の根源になっていることが多いが、それでも多くの宗教が貧困や差別と戦い、苦しんでいる人に寄り添う活動を行なっていることは間違いない。そしてそれが個人の安心や救いをもたらすなら、利己的DNAの概念で有名なドーキンスのように自分は宗教と戦うとまで宣言することもないようには思う。

こんな話から始めたのは、最近オハイオ州立大学から発表された「信仰を持つ人は長生きする」という論文を紹介したいからだ。すなわち、信仰を持つことが必ずしも精神的なレベルだけでなく、身体的にも影響を及ぼすことを示す論文で、Social Psychological and Personality Scienceにオンライン掲載された。タイトルは、「Does Religion Stave Off the Grave? Religious Affiliation in One’s Obituary and Longevity(宗教は墓場に行くのを遅らせる?死亡記事に書かれた宗教と長寿)」だ。

何らかの宗教に属していると長生きするかもしれないという話は、米国ではこれまで繰り返し報告されているらしい。ただほとんどの論文でサンプリングなど調査方法に問題があり、信頼性に乏しいと批判されていた。この研究では、新聞の死亡記事の記載から、死亡年齢、性別、婚姻などとともに、宗教、社会との関係、ボランティア活動を拾い出し、寿命とその他の活動との相関を調べている。

最初はこの手法が使えるかパイロット研究としてアイオワ州のDes Moines Registerという新聞に掲載された死亡記事を集505例集め調べると、宗教を持っているとなんと7歳近く長生きするという結果が得られた。

そこで、米国の42都市を選び各都市から19−30記事を集めて、全国での傾向を調べると、宗教を信じる人の方が5歳以上長生きをすることがわかった。

この原因を調べるために、社会活動などと宗教との関わりを調べると、宗教を持っている方が社会との関わりが強く、またボランティア活動に従事している例が多い。さらに、住人の出入りの激しいオープンな都市で、カリフォルニアのように宗教を信じる人が少ない地域では宗教と長生きが強く相関し、逆に宗教を信じる人が少ない地域でも、人の出入りが少く地域の絆が強い町では、宗教と長生きの相関が薄れることがわかった。

すなわち長生きの秘訣は社会との接点を維持することで、米国では宗教が個人と社会と結ぶ拠点をになることが多いという結論だ。もちろん死亡記事がどこまで信用できるのかも問題だし、何と言っても米国での話だ。開発途上国に目を移せば、社会との絆自体の性質が全く違ってくるし、宗教が寿命を縮めていることすらありうる。とすると、この論文も一時の話題作りで終わるような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月28日 ガン増殖でRASを支えるシグナル(6月20日Science Translational Medicine掲載論文)

2018年6月28日
SNSシェア
おそらく半数程度のガンはRASの活性化型変異を持っているのではないだろうか。実際、肺ガンや膵臓ガンの動物モデルを作るとき、必ずRASとp53の変異は導入してガンを発生させている。しかし、RASに対しては臨床に使える阻害剤が現在もなお存在せず、頭の中で「RAS変異なら仕方がないな」と諦めてしまう。そのため、変異型RASがガンで何をしているかについては、当たり前のこととして多面的な研究が行われてこなかったように思える。ところが、最近変異RASだけではガンの増殖が維持できないのではと考えざるを得ない結果が集まり始めている。すなわち、RASでさえも他のシグナルと協調しないとうまく働かないとする考え方だ。もしそうなら、RASに対する阻害剤が使えなくとも、ガンを抑制する方法が開発できるのではと、RASと協調するシグナルを探す試みが加速している。
今日紹介する英国グラスゴー大学からの論文はRASとEGF受容体ファミリー分子との相互作用を追求した研究で6月20日号のScience Translational Medicine に掲載された。タイトルは「The ERBB network facilitates KRAS-driven lung tumorigenesis (EGFRファミリー分子ERBBネットワークがKRASによる肺がん形成を促進する)」だ。

まずこの研究では変異KRASとMycを発現させて誘導する肺ガンの組織でErbb2とErbb3とそれに結合する増殖因子の発現が著明に上昇していることに気づく。そこで、ERBBファミリー分子に広く効果があるneratinibで処理すると増殖を強く抑制できることがわかった。すなわち、変異型KRASと Mycの組み合わせでもERBBシグナルが必要であることがわかった。そして、ガンを継時的にサンプリングし、細胞質内のシグナルを調べると、増殖因子シグナルの基本中の基本、ERKが強く活性化されていることが明らかになった。以上のことから、KRASとERBBが協調して肺ガンの増殖を支えており、ERBBは肺ガンの進行とともに発現が上昇し、この活性によりERKシグナルが活性化することを明らかにしている。

つぎに同じことが人間でも起こっているのかを確かめるため、RAS変異が確認された人の肺ガンにneratinibを添加してERBBを阻害すると完全ではないがガンの増殖を抑制できる。

以上の結果は、ERBBがKRASの機能を高め、最終的にERKの活性を高めて細胞の増殖を維持していることを強く示唆している。そこで最後に、発ガンしたモデルマウスを1週間だけ様々な阻害剤で処理する実験を行い、neratinib と同時に下流シグナルの MEK阻害剤を組み合わせると、最も効率よくガンの進行を遅らせることができることを明らかにしている。要するに、両方のシグナルに依存しているポピュレーションが増殖していく。

話はこれだけで、阻害剤を組み合わせればいいというだけの結果に見えるが、同じシグナル経路に集約されるように見えても、ERBBが加わることでメインの経路の活性を高めることができること、そしてMEK阻害剤とERBB阻害剤も協力してより強くガンを抑えることができることを示せたのは、臨床的にも重要だと思う。これまで当たり前と思っていたことを再検査して、新しい治療戦略を提案しており、人でも治験を進めてほしいと思う。免疫療法は根治に最も近いが、効果がない人の方が多い。まだまだ分子標的薬も捨てたものではない。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月27日:経口インシュリンは実現するか(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2018年6月27日
SNSシェア
現役の頃から1型糖尿病の根治を目指す団体、日本IDDMネットワークとの付き合いが深い。最初会長の井上さんに神戸でお会いしてからもう10年以上が経っているが、毎年着実に活動が前進していることにいつも敬意をもっている。とはいえ、現在も1型糖尿病の患者さんは、食後にインシュリンの皮下注を欠かすことができない。この状態から解放される方法として、今は人工膵島や細胞治療などに注目が集まるが、経口でインシュリンが服用できれば、根治に匹敵する大きな前進になる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンタバーバラ校からの論文は、ラットを用いた動物実験とはいえ、データを見ると経口インシュリン実現に大きく近づいたのではと思わせる素晴らしい研究だと思った。タイトルは「Ionic liquids for oral insulin delivery(イオン液体を用いた経口インシュリン)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。

この論文を読むまで、イオン液体を薬剤のデリバリーに使えるとは夢にも思わなかった。イオン液体とは融点の低い「塩」と考えればいい。例えばNaClを液体にするには800度に温度を上げる必要があるが、有機塩の中には室温で液状を保てるものが数多く存在する。このグループはこのイオン液体を薬剤デリバリーに使う研究を続けていたようだ。

この研究ではすでに皮膚を通過する効率の高いイオンの組み合わせとして開発した、陽イオンのコリンと陰イオンのゲラネートの共結晶からなるイオン液体とインシュリンをミックスしたCAGE-インシュリンを作成し、経口投与で腸内で吸収され、血糖を下げるか調べている。

この研究では全て正常ラットが用いられ、糖尿病を治療する実験ではない。ただ、結果は素晴らしい。様々な投与法がテストされているが、ここでは最も臨床使用に近い、腸に達してから吸収されるカプセルにCAGE-インスリンを詰めて服用した結果だけを紹介しよう。実際には、体重1kgあたり10Uを経口で服用させ、やはり体重1Kgあたり2Uを皮下注射したラットと比較している。

効果だが、皮下注射と比べると、血糖の低下は1時間程度遅れ、最低値も皮下注射の7割程度で止まる。このことは、インシュリンで最も危険な低血糖の危険は、皮下注射より少ないことを意味する。さらに素晴らしいことに、皮下注射では4時間で完全に元に戻ってしまうが、CAGE-インシュリンでは12時間も血糖を持続的に抑えることに成功している。そして、経口投与した後、小腸の組織を調べて、組織障害はほとんど起こっていないことを確認している。

結果はこれだけで、今後1型糖尿病ラットの長期治療を行うときの、量や副作用について調べる必要があるだろう。論文では、イオン液体によりインシュリンはタンパク分解酵素の作用から守られ、また細胞と細胞の間を抜けて血中に入り、多くが門脈を通って最初に肝臓に運ばれることでこのような長期の持続効果が得られると議論している。ただ、このシナリオだとだと食事中の栄養分の吸収が阻害されないかなど、まだまだ前臨床研究を行う必要がある。とはいえ、この論文に示された効果が副作用なしに見られるなら、インシュリンの皮下注射から患者さんが解放される時期は近いのではと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月26日 T細胞の機能はできた時期で異なる(6月28日号Cell掲載論文)

2018年6月26日
SNSシェア
論文を読んでいると、現役の頃には考えもしなかったような着想が生まれ、果敢に研究が行われているのを実感する。そしてこのような世の中のダイナミックな変化に、自分はついていけただろうかとも思う。老人としては、ただただ驚くしかないが、いつも本当かなと少し心配もする。それでも、基本的には肯定的評価を優先することにしている。

そんな論文の一つが今日紹介するコーネル大学からの論文で、体の中に存在するT細胞は、それが胸腺で作られた時期によって、反応性が違う事を示した研究だ。タイトルは「Developmental origin governs CD8+ T cell fate decisions during infection(感染に対するCD8+T細胞の運命決定は発生起源により支配される)」で、6月28日号のCellに掲載された。

タイトルからもわかるように、この研究はCD8+T細胞の誕生時期によって感染に対する反応性が違うことを示そうとしている。これは私にとっては考えもしなかった新鮮なアイデアだが、イントロダクションを読んでみると、この着想は急に出てきた荒唐無稽な妄想ではなく、これまでの研究で徐々に醸成されていた考え方のようだ。

着想があれば、それを確かめる方法はいくらでもある。この研究ではCD4/CD8両方の分子を発現している未熟T細胞が胸腺で作られるときに、CD4を発現する細胞を標識し、そこから由来したCD8+細胞だけを追跡するという戦略で、生後1日目、生後7日目、あるいは生後28日目に胸腺で作られたばかりのCD8+細胞を追跡している。

まず表面マーカーの発現から、生後すぐに造られたT細胞の多くが、抗原刺激なしに(これについては最終照明はないが)メモリー型の細胞へと分化していること、そして発現している分子も成熟型の細胞に近く、抗原とは無関係に分化が進んでいることを発見する。

そして、標識細胞を移植して比べる実験などから、機能的にも感染に対して迅速で強い反応を示すことも示している。また、感染抗原だけでなく、炎症刺激や自然免疫を刺激するサイトカインにも強い反応性を示す。

以上の結果から、生後すぐに作られたT細胞は、自然免疫系と同じメカニズムを共有するおかげで、メモリーやエフェクターへ抗原とは無関係に分化することができ、抗原に対して迅速に反応する最初の第一線として働き、その後成長してから形成されたT細胞サブセットが抗原に反応できるまでの間のブランクを埋める働きがあると考えている。

あとは、この遺伝子変化の違いは、染色体構造の変化により決められていることをAtack-seqを用いて示しているが、紹介はいいだろう。

この研究は着想が全てで、用いられる実験方法などは特に新しいものではない。しかし、もしこの結果が正しいとすると、これまで全ての末梢に存在する、抗原に触れていないT細胞は同じとして研究している前提が崩れ、多様なT 細胞の存在を前提とした免疫反応のシナリオを構成し直す必要があることになる。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月25日:膵臓癌で痩せる理由(Natureオンライン版掲載論文)

2018年6月25日
SNSシェア
翁長沖縄県知事は最近膵臓癌であることを公表したが、最近のニュース映像を見ると、急速に痩せて来ているのがわかる。確かに自分の乏しい臨床経験から考えても膵臓癌の場合とくに病気の早い時期から痩せ方が激しいような印象がある。もちろん他のガンでも痩せるのは普通のことだが、膵臓癌はガン自体の作用以外に何か特殊な要因を持っていると考えられる。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、まさに私が長年持っていた疑問にチャレンジした研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Altered exocrine function can drive adipose wasting in early pancreatic cancer (早期の膵臓癌に見られる脂肪組織の消耗は外分泌機能の変化により起こる)。

読み通してしまうと、ちょっと拍子抜けの研究で、大事な課題だとは言えよくNatureに掲載されたなというのが正直な印象だ。とはいえ、目的ははっきりしており、なぜ膵臓癌で早くから痩せるのかを理解することだ。研究では、まず同じことが実験動物で再現できるのか確かめるため、マウス膵臓癌モデルで痩せ方を調べ、人間と同じように筋肉よりはるかに脂肪組織の喪失が大きいことを確認している。

繰り返すが、普通最も悪性の膵臓ガンなら痩せるのが当然だと思ってしまうが、この論文の著者は、ガンそのものではなく、膵臓にガンができるということが問題の核心ではないかと考えた。この研究のハイライトは、これを確かめるために行った実験の単純さだろう。なんと、がん細胞を正常マウスの皮下と、膵臓内に注射して、どちらが脂肪細胞の消耗が激しいかを調べるというきわめてナイーブな実験を行った。そして予想通り膵臓に直接ガンを注射した時だけ強い脂肪細胞の消耗が生じることを発見する。すなわち、脂肪細胞の消耗は、ガン自体が大きくなることで起こるのではなく、ガンの作用で起こる膵臓の変化により起こっていることを示唆している。

膵臓にガンができたマウスの便を調べると、脂肪やタンパク質の消化機能が低下している。そこで、消化酵素を食事に入れて食べさせると、脂肪細胞の消耗を止めることができることがわかった。結局、膵臓が圧迫され、消化酵素が出ないため、脂肪細胞が消耗するという平凡な話になってしまった。

著者らも、これでは満足できなかったのだろう。最後に、痩せの激しい患者さんと、そうでない患者さんを比較して、予後に違いがあるか調べ、今回の研究から治療可能性が見つからないか調べている。ところが皮肉なことに、膵臓癌の場合痩せの程度は予後に関わらないことを800人近い患者さんの検討から明らかにしている。これも意外だった。

話はこれだけで、結局研究手法のナイーブさに一番新鮮な驚きを感じるとともに、痩せているからといって必ずしも予後が悪いと決めつけることはないと学んだ論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月24日:腸内細菌でてんかん発作を抑制する(6月14日号Cell掲載論文)

2018年6月24日
SNSシェア
てんかんの発作に対しては現在抗けいれん薬が用いられるが、てんかん発作を示す小児のかなりの部分で治療に反応しない、「難治性てんかん」と呼ばれるグループがある。これまでは手術的にてんかんが起こる場所を取り除く以外方法がなかった難治性てんかん治療に、最近になって新しい治療法が開発され期待されている。一つは、大麻の使用で、子供にも使えるよう大麻成分を用いた治験が進んでいる。もう一つの方法が、糖質制限を中心にしたいわゆるケトン食による治療で、様々なタイプのてんかんに効くことがわかってきた。

ただ大麻成分を用いる治療と比較した時、ケトン食によるてんかん治療は効果のメカニズムが明らかでなく、また多くの家庭にとっては導入が難しいため、普及が遅れていた。今日紹介するUCLAからの論文はケトン食により腸内細菌の構成が変わっててんかん発作の閾値がたかまることが効果のメカニズムではないかと着想し、それを確かめた研究で6月14日号のCellに掲載された。タイトルは「The gut microbiota mediates the anti-seizure effects of ketogenic diet(腸内細菌叢がケトン食の抗けいれん作用を媒介する)」だ。

食を通した治療の効果や副作用はまず腸内細菌叢を疑うのが今の常識になっている。この研究ではまず、ケトン食が効果を示すてんかんモデル系を作成した上で、効果が見られたマウスの腸内細菌叢を調べ、アッカーマンシア(AK)とパラバクテロイデス(PB)が著明に上昇していることを発見する。

あとはこの細菌が発作の抑制に関わるか因果性を確かめる必要がある。まず細菌叢がケトン食の効果に関わることを調べるため、無菌マウスや抗生物質で腸内細菌を除去したマウスにケトン食を食べさせる実験を行い、ケトン食の効果には細菌叢が必要であることを確認する。

そしていよいよ、細菌叢を移植する実験を行い、最終的にAKとPB両方の細菌を移植すれば、普通食でも発作の閾値を高めて、発作の回数を減らせることを発見する。すなわち、ケトン食はこれらの細菌の選択的な増殖を促すことで、発作の閾値をたかめていたことになる。

では、なぜこの2種類のバクテリアが多いと、発作の閾値を高めることができるのか?腸内や血清中の代謝物を調べ、ガンマグルタミン酸化されたアミノ酸の低下が激しく、この結果海馬の神経伝達因子でGABAの方がグルタミン酸より高まることを突き止めている。この結果は、アミノ酸のガンマグルタミン酸化を止めることで、発作を防げる可能性を示唆しているので、普通食のマウスにガンマグルタミン酸化を阻害する分子を食べさせると、発作を減らすことができることを示している。

話は以上で、マウスの話とはいえ難治性てんかんを抑える新しい切り口が間違いなく見えたように感じている。例えば、AK+Pbのプロバイオ、さらには腸内最近にのみ効果があるガンマグルタミン酸化阻害剤など、素人が考えてもすぐリストができる。臨床治験が早く行われ、ご両親の負担が少しでも軽くなることを願っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月23日:なぜアルコールに呑まれるのか(6月22日号Science掲載論文)

2018年6月23日
SNSシェア
初めての人をもてなす時、「左党?甘党?」とまず聞くように、嗜好品でアルコールと甘みはいつも対比される。実際には、私のように両方好きという不健康な人間も多いと思うが、両者を比べて絶対に違うと思うのが、アルコールには呑まれてしまう人が出てしまうことだ。私自身も、ずいぶん飲む方でアルコールなしで暮らせないと自認するが、朝からアルコールが欲しいと思うことはない。しかしどの民族でも、一定の割合でアルコール依存症が出てしまう。また、一旦依存症になると、抜け出すことは至難の技になる。

このように一部の人だけがアルコールに呑まれてしまう原因を探った極めて面白い論文がスウェーデンのLinköping大学から6月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「A molecular mechanism for choosing alcohol over an alternative reward(他の楽しみよりアルコールを選んでしまう分子メカニズム)」だ。

この研究ではWister系統のラットに甘いサッカリンとアルコールを交互に経験させたあと、両方自由に選べるようにして10週間行動を観察し続け、甘いものも選べてもアルコールを選ぶことが多くなるラットがいるのか調べている。ほとんどのラットは甘党で結局サッカリンを選ぶが、1割程度はアルコールを選ぶ方が多い左党のラットが出てくる。こうして選ばれたラットは、左党というよりアルコール依存症に近く、アルコールを選んだら電気ショックで罰せられる状況でも、アルコールを選ぶようになる。

正直、この研究のハイライトは数が少ない左党のラットを選ぶ方法を開発し、実際に選ぶことに成功したことに尽きる。使用したラットは遺伝的背景を揃えてあるので、この差は遺伝的多様性とは別の違いを反映している。

こうして選んだアルコール中毒ラットと甘党のラットについて、薬剤中毒に関わる遺伝子の発現を脳の様々な場所で調べると、感情に関わる脳領域、扁桃体で神経伝達因子の一つGABAの細胞外濃度を調節するトランスポーター分子GAT-3が低下していることを発見する。この分子は細胞外のGABA濃度を低下させる働きがあるが、この機能が落ちることで、左党ラットの扁桃体の興奮が常に高まっている。以上の結果から、何らかのきっかけでGAT-3の発現が低下すると、アルコール中毒になりやすいというシナリオが出来上がる。

これを確かめるため、ウイルスベクターを使って扁桃体にGAT-3遺伝子の発現を抑えるRNAを注射すると、そのラットでは注射後2週間ぐらいから急にアルコールを選ぶ率が高まる。すなわち、100%ではないが、明らかにGAT-3のレベルとアルコール好きは因果関係がある。

最後に、人間のアルコール依存症の患者さんの脳を、解剖例から集めてGAT-3の発現を調べると、このシナリオから予想される通り、扁桃体で最も発現が抑制されていることも確認し、この結果が決してラットだけの特殊な話でなく、ヒトにも当てはまると結論している。

繰り返すが、この研究は左党ラットを選ぶための実験プランを着想した時にほぼ終わっている。この研究では、遺伝的背景が揃っているのにどうしてGAT-3の発現に差があるのかの原因についてはわからないままだが、今後この点が明らかになると、酒に呑まれる人と呑まれないひとをあらかじめ予想することもできるようになるかもしれない。左党の私にとって特に面白い論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月22日:脳死議論50年(米国医師会雑誌掲載論文)

2018年6月22日
SNSシェア
南アフリカ・ケープタウンで行われた世界初の同種(人間同士)心臓移植はわが国でも大きく報道され、医学部を目指していたこともあり、個人的にも新しい時代が来るのかと強い印象を受けた。その時移植が成功しても、結局免疫拒絶反応で定着しないことを知り強く興味を惹かれた。1968年入学後、特に免疫学に興味を持ったのも恐らくこの時の強い印象から来ているのかもしれない。

私が医学部に入学した1968年は札幌医大で和田心臓移植が行われたが、和田さんが殺人罪で告発されたこともあり、その後我が国では「脳死は人の死か?」についての国を2分する議論が続いた。この結果臓器移植法が制定されるのは1997年まで実に30年近くかかることになる。

医学部を目指していたからか、私自身は脳死を人の死とすることは当然のことだと考えていたし、移植という医療に特に違和感を抱かなかった。その後、今度はヒトES細胞樹立の条件を議論する側に回って、科学技術会議の「ヒト胚研究小委員会」の委員として、胚は人間かの議論に参加した。この際、受精卵を滅失するという行為を脳死議論と比べる機会があり、改めて日本が死体を大事にする儒教文化に強い影響を受けていることを認識した記憶がある。

いずれにせよ心臓移植は、身体の死、すなわち心臓死を前提としては成り立たない。これは、動物を用いた前臨床研究が進んだ頃から認識され、脳死を人の死とする議論が各国で始まったようだ。今日紹介する米国ハーバード大学Troug博士の意見論文は、米国で脳死という概念がどのような歴史をたどって今に至るかをうまくまとめた論文で、6月7日米国医師会雑誌にオンライン出版された。タイトルは「The 50-year legacy of the Harvard report on brain death(脳死についてのハーバード大学レポートの50年の遺産)」だ。

この論文を読むまで米国で最初に脳死を正式に定義したハーバード大報告が1968年8月に発表されたことを知らなかった。この意見論文はハーバード大報告が50周年になるのを記念して書かれたものだが、私が医学部に入学した年と重なることを知り、感慨が深い。

今日は書かれた内容を淡々とまとめる。

脳死の定義の必要性は、1)人工呼吸器の発達で脳幹の機能が失われても身体を生存させることができるようになり、生命維持装置を外す判断が求められたこと、2)心臓以外の臓器移植の成功が続き、心臓移植の前臨床研究がほぼ終わったこと、の医学的理由から始まった。

これに対応して1967年Beecherを議長とする委員会が研究者主導で形成され、「蘇生の可能性のない昏睡とは何か」についての1年間の議論がハーバード大報告として発表される。

この時、「24時間、患者さんが刺激に反応せず、自発的に動かず、呼吸せず、反射がないという症状に、脳波で脳の活動が全く記録できない場合を脳死とする」と定義される。

アメリカは合衆国なのでこのようにまず民間主導で話が進むのだろう。その後、この脳死定義を基礎に、1970年のカンサス州を皮切りに、各州で脳死の定義と、臓器移植に関する法整備が進んでいく。報告が発表されて2年で州レベルの議論が進むというのは迅速だ。

1981年になって初めて、国として死を一律に定義する法律UDDAが成立し、死は、1)心肺機能の不可逆的停止、2)脳全体にわたる完全機能停止、と定められる。ただこれはあくまでも国の方針で、この法律を運用しやすいよう様々な条項を加えた独自の法律を制定している。

おそらくわが国でもそうだが、アメリカでは移植を別にすると厳密な脳死判断なしに生命維持装置を外すことが一般に行われるようになり、この法律はもっぱら臓器移植のための法制度として機能するようになった。その結果、現在では8000例を越す脳死による移植が行われている。

ただ、脳死の概念自体はその後も議論され、アップデートされている。なぜ脳死と身体死を統合する試みが行われ、1981年にはBernat委員会では、「脳が身体の複雑な機能を調整する唯一の臓器である」とする考えが示される。

しかし、その後脳死と診断されて蘇生するケースはなかったものの、生命維持装置だけで20年生物学的生命が維持されるケースが出たため、脳と身体の関係がもう一度議論され、最終的に「有機体」としての人間にとって脳は欠かせないという考えが受け入れられるようになった。

以上が論文の内容で、ハーバード大報告は米国医療を支える一つの重要な概念として、大きな遺産を残したという結論だ。

個人的には医学部入学と重なって、特に感慨が深いが、議論をよく読んでみると、17世紀デカルトが二元論で心と体を別々の人間の条件として定義したことから議論が始まり、ライプニッツを皮切りに両者を新たに統合するための議論が始まり、18世紀「有機体論」の概念が生まれた歴史が繰り返されることに気づき、この背景にヨーロッパの長い歴史遺産があることにも驚いた。倫理問題は、各国の歴史から切り離しては存在しないことが改めてわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月21日:パピローマワクチンの効果の検証(International Journal of Cancerオンライン版掲載論文)

2018年6月21日
SNSシェア
私が研究を始めた頃、ウイルス感染が原因で起こるガンの研究はかなり盛んだった印象がある。おそらく、ヒト成人白血病がウイルス感染によることを明らかにした高月先生をはじめ、淀井さんや内山さんと付き合いがあり、その印象を持っていたのだと思うが、同じ頃ドイツではZur Hausenが子宮頸ガンとパピローマウイルス (HPV)との関わりについての研究を進め、ノーベル賞に輝いた。特に、Zur Hausenらによる子宮頸癌の発症を防ぐHPVワクチンの開発は、現在も多くの女性が亡くなる原因になっている子宮頚ガンを減少させることにつながると期待され、ノーベル賞につながったのだと思う。

もちろんFDAが認可する根拠になったワクチンの効果を示す治験研究は存在するが、接種対象が15-26歳と、現在の思春期前に行われる接種とは時期がおおきくずれているため、現在普通に行われる接種方法については、新たな検証が必要だった。

今日紹介するコペンハーゲン大学公衆衛生学教室からの論文は、デンマークでHPVワクチン接種が行われる前の女性と、行われるようになった後の女性を比べることで、ワクチンのがんの予防効果を調べようとした観察研究だ。タイトルは「 Impact of HPV vaccination on outcome of cervical cytology screening in Denmark- A gegister based cohort study.(HPVワクチンのデンマークでの子宮頸部組織スクリーニング検査への効果)」だ。

公衆衛生の先進国デンマークでは、女性が20-23歳になると細胞診を行なって子宮頸がんの前段階の異型細胞の発生を早期に発見して子宮ガンを防ぐ努力が行われている。またデンマークでは2006年HPVワクチンが認可されてすぐから、無料で4系統のHPVが混合されたワクチン接種を提供され、7割の女性が15歳までに接種を受けている。

この研究では、20−23才時に子宮頸がんリスクを診断するために行われる細胞検査の結果を、1983年に生まれ、ワクチン接種を受けていない女性19461人、1993年生まれで92%がワクチン接種を受けている女性25478人で比べ、HPVワクチンが異形細胞の出現を抑えることができるか調べている。

我が国の現状を把握していないが、デンマークの女性のセックス初体験は16歳で、この研究の対象になった女性も15歳以前に性交渉を持った経験のある女性は37%に達している。この実情を踏まえて性交渉を持つより先にワクチン接種を行うため、15歳以前に2回目の接種が終わるよう計画しているようだ。

子宮頸がんはウイルス感染が継続している細胞が、まず前癌状態と言える異形細胞に変化することから始まる。この異形成状態は軽度異形(LSIL)と高度異形(HSIL)に分けることができる。ワクチン接種の有無で、それぞれのタイプの発生を比べると、軽度の異形細胞はワクチン接種にかかわらず4%程度で、特に変わりはない。ところが、高度異型細胞の出現は、ワクチン非接種群では1.8%に対し、ワクチン接種群は1.1%とはっきりとした効果が見られている。他にも様々な補正を加えて、有意の差があるかを確かめているが、高度異形細胞の出現が抑えられることは間違いないと結論している。

さらに数は少ないが、ワクチン接種が15歳以降に遅れた815人についても比べて、遅れたグループでは接種しないグループと差がないことを示している。これは年齢ではなく、性経験が始まるより前にワクチン接種を行う必要性を示しており、思春期の女性の性行動について正確に把握した上でワクチン接種計画を立てることの重要性を示した。予想されたとはいえ重要なデータだと思う。

今後同じグループは、さらに追跡され、子宮頚がんの発生頻度も20年後には発表されるだろう。ただ、今回の研究を含め、実際にワクチン接種がウイルス感染を防ぎ、異常細胞の出現を抑えるというデータは蓄積されつつある。これまで我が国では効果そのものも疑う議論が展開されていた。しかしそろそろ、効果については間違いなくあることを前提に、議論がでできる条件が整ったと言える。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月20日: 臨機応変能力を支える最初期遺伝子の量の調整(6月27日号Neuron掲載論文)

2018年6月20日
SNSシェア
Immediate early gene(最初期遺伝子)は、神経の興奮によって早期に上昇してくる転写因子やシナプスの伝達性を直接変化させる分子Arcなどが代表だが、これらの発現を指標にすると神経が興奮したのかどうか、後から知ることが出来る。哺乳動物でもっともよく使われているのはFos遺伝子だが、50近い最初期遺伝子がこれまで特定されている。

今日紹介する英国ワーウィック大学からの論文は、最初期遺伝子の中のシナプスの伝達性を直接変化させられる分子Arcの発現持続時間を厳密に制限することの重要性を調べたユニークな研究で6月27日号のNeuronに掲載された。タイトルは「The temporal dynamics of Arc expression regulate cognitive flexibility (Arc発現の時間的動体は認識能力の可塑性を調節する)」だ。

Arcは神経興奮により誘導されAMPA型グルタミン酸受容体の細胞内へのとりこみを促進し、シナプスの興奮性の閾値を下げる。海馬ではこの抑制が空間記憶にとって重要であることがわかっている。ただ、Arcは刺激後すぐに分解されるよう設計されており、タンパク質は短い期間だけ発現している。同じような例に細胞周期があるが、この研究ではなぜこれほど厳密に発現時間が調節される必要があるのかを明らかにすることを目的にしている。普通に考えれば、もしAMPA型受容体のシナプス上の量を抑えることが空間記憶の維持に必要なら、もっと長時間発現させたほうが良いように思える。

この疑問を調べるために、著者らはArc分子を分解するための印をつける部位(ユビキチン化部位)を除去した遺伝子で正常の遺伝子を置き換えたマウスを作成し、その空間記憶について調べた。この変異分子はユビキチン化されないため分解されず長期間発現が維持される。この変異を導入しても、マウスは正常に生まれて、外見的には異常は見当たらない。しかし海馬のシナプスを調べると、このマウスは期待通りArcの発現が維持され、グルタミン受容体が長期間抑制された状態が生じることが確認できる。

おそらく様々なテストを行い、このマウスの記憶に異常がないかどうか調べたと思うが、結局大きな異常は見つからなかったようだ。そして最後に、円形の部屋で出口を見つける課題を用いて2週間学習させた後、出口を急に全く反対側に動かした時マウスがどう反応するかという課題ではっきりした差が生まれることを発見する。

すなわち、新しい課題が生じると、正常マウスはこれまでの記憶にとらわれず、様々な試行を行うのに、Arcの発現が持続するマウスでは、すでに出来上がった記憶に囚われ、記憶に残る出口の場所から順番に出口を探す。要するに、臨機応変に行動を変化させることができない。逆から考えると、Arcは記憶が振れるのを抑えていると考えてもいい(勝手な解釈だが)。

ある意味では単純な実験だが、シナプスの調整にも細胞周期と同じぐらい分子の厳密な発現時間のコントロールが行われていること、そしてそれが狂うと記憶の書き換えがうまく行かないという結果を知ると、Arcが薬剤中毒の鍵になっているというこれまでの臨床結果もふくめて納得できた。
カテゴリ:論文ウォッチ
2024年11月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930