2019年6月21日
毎日論文に接していると、専門の医学に限っても、全く知らないところで新しい技術が生まれていることを実感する。今日紹介するアーカンサス医科大学からの論文は、1860年にグラハムベルによって原理が発見された光のパルス・エネルギーを音に変換する光音響効果を用いて、血中を流れるメラノーマを検出しようとする技術の開発で6月12日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「In vivo liquid biopsy using Cytophone platform for photoacoustic detection of circulating tumor cells in patients with melanoma (Cytophoe技術を用いた生体中のliquid biopsyによりメラノーマの患者さんの血中を流れるガン細胞を検出できる)」だ。
今回私が驚いた技術が、光音響効果を用いた技術なので、少し解説しよう。実際、我が国も含め世界中で研究が進んでいるようだ。分かりやすくいうと、超音波を照射し返ってくる音波を検出して体内の様子を画像化する超音波診断と同じようなものだ。ただ、超音波を照射する代わりに、パルスレーザーを照射し、レーザーがぶつかった細胞が温められた時に発するナノバブルの音を検出して、体内の様子を調べるものだ。したがって、特定の波長のレーザー光の吸収とそれによる超音波発生の細胞ごとの効率が検出されることになる。
ただ、超音波診断が聴診器の代わりになり始めている現状で、この技術の優位性を見つけるのは容易ではない。色々試行が重ねられて、ついにこのグループは血中を流れる色素を持ったメラノーマ細胞の数を血液を抜かずにカウントするという、ドンピシャの適用法を着想した。
最近になって血中を流れるガン細胞を検出して、ガンの状態をモニターする方法が続々開発されているが、流れていると言っても血中のガン細胞の数は少なく、採血可能な血液量では検出に限界があった。一方、直径1mmぐらいの血管を1時間近くモニターすると、なんと1リットルの血液に相当する量をモニターすることができる。
この研究では、最適なレーザー波長、エネルギー、データ処理システムなどを至適化して単一のメラノーマ細胞、メラノーマ細胞の固まり、メラノーマ細胞と白血球の塊、白血球などを、連続してシグナルを送る赤血球の中から区別して検出できるようになった。そしてこの方法をメラノーマの患者さんで試してみると、18例中17例で間違いなくメラノーマ細胞を検出することができた。
最後に同じプラットフォームでもう少し強いレーザーを当ててメラノーマを血中で殺せるかという実験も行っている。驚くことに、18例中6例でたしかに処理後、血中のメラノーマ数が減少したことを示し、治療にも役立つと結論している。
しかし、わざわざ2兎を追わなくても、持続的モニターだけでも十分価値があると思う。特にメラノーマはチェックポイント治療、ガンの標的療法など、最先端の治療法が使われている分野だ。しかも、皮膚に病巣があり、支配血管を特定することもできる。とすると、治療効果をガンの周りの血管で調べる新しい研究が可能だ。この分野でまず技術を磨いて、その後適用を拡大すればいいと思う。
2019年6月20日
真核生物は、次に植物が属するバイコンタと動物とカビが属するオピストコンタ、そしてどちらにも属さないアメーバに分かれる。動物をさらに菌類からわけてホロゾアと呼んでいるが、このホロゾアに属する単細胞生物が分化した細胞を持つ多細胞生物が生まれるが、この段階を代表すると考えられているのが単細胞の襟鞭毛虫と、この細胞によく似た襟細胞を持つスポンジだ。
今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文は、この襟細胞の類似性に着目し、発現遺伝子のパターンから、動物進化を読み解こうとした論文で、一種の機能ゲノミックスを絵に描いたような研究だ。タイトルは「Pluripotency
and the origin of animal multicellularity(多能性と多細胞動物の起源)」だ。
この研究ではまずスポンジから、襟細胞、上皮細胞、多能性の間質細胞(原始細胞)の3種類の細胞を目視で分離してきて、それぞれの発現遺伝子を解析している。この発現パターンをもとに主成分分析を行うと、襟細胞がほかの2種類の細胞から最も分かれていることがわかる。また、これまで知られていたように、スポンジでは原始細胞が増殖や分化に関わる遺伝子を強く発現してスポンジの幹細胞として働いていることがわかる。
次にスポンジの遺伝子を、襟鞭毛細胞とメタゾアが分かれる時点から見て、新しい遺伝子と古い遺伝子(前メタゾア、後メタゾア)、そしてスポンジに特異的な遺伝子に分け、それぞれの細胞でどのタイプが発現しているか調べると、原始細胞では前メタゾア遺伝子が、襟細胞ではスポンジ特異的遺伝子の割合が多いことを見つけている。すなわち、襟鞭毛細胞とより近いのは、襟細胞ではなく原始細胞の方だ。
一見、矛盾するように見えるが、襟鞭毛虫は異なる生活サイクルを持っており、多細胞の集合体を形成することがある。この襟鞭毛虫の生活サイクルで現れる異なる段階と、スポンジの3種類の細胞とを比べると、原始細胞の遺伝子発現パターンが、襟鞭毛虫が細胞集合体を作った時の発現パターンに似ていること、逆に形は似ていても襟細胞や上皮細胞はこれらの単細胞生物とはほとんど似ていないことが明らかになった。
このパターンと、3種類の細胞の分化能を比べるため、細胞を標識して分化を追跡する実験を行い、スポンジの体を支える幹細胞が原始細胞で、全ての細胞へ分化すること、そして面白いことに、襟細胞は原始細胞と可逆的に分化転換を起こしていることがわかった。
以上の結果を総合して、可逆的に分化転換が起こっている襟細胞と原始細胞のセットは単細胞生物時期にすでに進化しており、このシステムを形態形成に使ったのが多細胞動物の始まりであると結論している。
単純にゲノムだけを比較するゲノム進化研究から着実に機能ゲノミックスが発展していることがよくわかる論文だ。この研究で使われたスポンジはqueeslandicaという学名がついており、大学と同じ名前のついた生物をわざわざ選んで研究する洒落っ気が感じられるのも好感が持てた。
2019年6月19日
おそらく人間の幼児の場合、好き嫌いはあっても、食べ物の安全性は習わないとわからないと思う。これは他の動物でも同じで、習わない場合は結局進化の過程で本能に備わった好き嫌いが、ある程度安全性を担保できるようになっているとおもう。実際、昆虫などは食性が極めて限定されている。
もちろん人間やサルに限らず、マウスのような動物でも他の動物の行動から食の安全性を習うと思われるが、食べ物の安全性を習うという行動を実際に実験するとなるとどのように調べればいいか、簡単ではない。今日紹介するジュネーブ大学からの論文は他の個体の行動からマウスが食の安全性を習う神経回路を調べた論文で6月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Social transmission of food safety depends on synaptic plasticity in the prefrontal cortex (社会的な食の安全性の伝達は前頭前皮質のシナプス可塑性に依存している)」だ。
この研究のハイライトは、食べ物の安全性が伝えられるプロセスを調べるための課題の設計に尽きる。この研究では同じ食べ物にクミンとタイムの匂いを染み込ませ、マウスに選ばせる実験系を用いている。それぞれの匂いに全く未経験の場合、マウスはすぐにタイムの匂いを選ぶようだ。ところがそこに、クミンの匂いを持つ食べ物になれたマウスを同居させると、初めてのマウスもクミン臭の食べ物を時間をかけて調べるようになる。よくまあこんな実験系を思いつくものだと感心する。
行動実験系が出来上がれば、あとは脳の反応を調べることになる。まず他の個体から学習した時に反応する神経を調べると、前頭前皮質で反応細胞が増えているのがわかる。そこで次にモティベーションに関わる側坐核への投射が機能しているか光遺伝学など様々な方法で調べ、側坐核へ投射する中型のスパインを多くもつ神経細胞(MSN)がクミン臭の食べ物の安全性を習うときに増えることを発見する。
全く初耳だったが、マウスはこのような状況では二硫化炭素を用いてコミュニケーションを行うらしく、実際マウスから習わなくとも、二硫化炭素を嗅がすと同じ回路のMSNが増加する。そして確かにこの匂いを感じる梨状皮質から側坐核へ神経投射している前頭前皮質の神経細胞へ神経投射があることを確認している。すなわち、習うときに二硫化炭素を感じて、それが前頭前皮質を介して側坐核を活性化する。
次に、こうして食の安全性を学習することが、梨状皮質、前頭前皮質、側坐核の回路の特性を変化させるか調べるため、行動実験時に光遺伝学で梨状皮質から前頭前皮質へ投射している神経を刺激すると、学習時の側坐核の神経興奮がさらに増強することを確認している。シナプスを化学的にブロックできるようにしたマウスをもちいて、この回路を特異的に遮断すると、学習が消失する。
以上の結果から、クミン臭になれたマウスは硫化炭素を介した、匂いのシグナルでマウスの前頭前野から側坐核への神経細胞を増加させて、食の安全性を伝え、また学習することが示された。
脳生理学的には特に驚くことはない話だが、マウスが食べ物の安全性をしっかり伝えており、またその行動を調べるための実験系が工夫されていることを知って、感動した。
2019年6月18日
現在成功しているガン免疫治療は、PD-1抗体のように活性化T細胞に対するチェックポイントを抑制する治療か、あるいはガンに対して反応するよう遺伝子操作したT細胞(CAR-T)による治療だが、ガンに対する免疫を活性化させる方法はまだまだある。すなわち、様々な治療が次から次へと開発されてくることが予想され、現在行われている治療もいつ古くなるか気が気ではないと思う。
今日紹介するのはまさにそんな競争を繰り広げている製薬会社ロッシュの研究所からの論文で、ガンの近くにT細胞をリクルートしてそれを抗原とは無関係に活性化してしまうというガン免疫治療開発で6月12日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Tumor-targeted 4-1BB agonists for combination with T cell bispecific antibodies as off-the-shelf therapy (ガン組織に集まる4-1BB活性化分子と2種類の特異性を持つT細胞活性化抗体は誰にでも用いられるガン治療を実現する)」だ。
T細胞を刺激するためには抗原ペプチド+MHCによるT細胞受容体(TcR)の刺激と、CD28や4-1BBのような共刺激シグナルの両方が必要で有ることがわかっている。実際今話題のCAR-T治療で用いられるキメラ抗原受容体はシグナル部にCD3とCD28の両方の刺激が入るようにできている。
この研究のアイデアは、共刺激シグナルと、TcRシグナルをガン局所で、非特異的に刺激してやれば、そこにいる全てのT細胞を活性化してガンを攻撃できるというものだ。このために、ガン抗原やガンの間質に存在する抗原に対する抗体と4-1BB刺激リガンドを合体させたキメラ分子と、ガン組織の抗原に対する抗体とTcRに対する抗体を合体させたキメラ抗体の両方を用いて、ガン組織に存在するT 細胞だけを、全身の副作用なしに刺激できる治療法を開発している。繰り返すと、T細胞への刺激は非特異的だが、刺激分子が両方ともガン組織に集まるようにしてあるので、ガン組織だけで免疫反応が起こる。
他の組織で活性化が起こらないよう様々な工夫が行われているが全て割愛する。まだ動物モデルだが、両方の活性化分子を注射すると、CAR-Tのように白血病を根治できるのはもとより、ガンの間質に集まりやすくした共刺激シグナル活性化分子を用いると、様々な固形がんにも利用可能であるという期待の持てる結果だ。
すなわち、CAR-Tのように治療のたびに患者さんのT細胞を遺伝子操作する必要もなく、抗体だけの投与でCAR-Tと同じ効果が得られる方法だ。従って、やすくはないが、同じものを多くの人が使えるという意味で、CAR-Tよりはかなり安価に治療できる可能性がある。さらに、固形がんにも効果が示されていること、がん細胞上の抗原に限らず、がん組織に対する抗原で十分治療効果を得られることは、普遍的がん免疫治療に一歩近づいたのではと期待する。
2019年6月17日
パーキンソン病の運動障害はドーパミンを分泌する神経細胞が変性により失われることで起こるが、これを治療するための最も重要な薬剤がL-dopaだ。ドーパミンではなく、L-dopaにするのは、ドーパミンが脳血管関門を通過できないためで、L-dopaが脳内に入った後AADC と呼ばれる酵素で脱炭酸化されてドーパミンになる。問題は、末梢にもAADCが存在するため脳に入る前にドーパミンになるL-dopaの方が6割近くあり、脳内には1−5%しか到達しない。また、末梢でドーパミンが上昇すると血管緊張性を変化させ、立ちくらみや、不整脈がおこる。
このようにもともと摂取量の調節が難しいL-dopaの効果をさらに複雑にする要因として最近腸内細菌叢が着目されるようになった。今日紹介するハーバード大学からの論文は腸内細菌によるL-dopaの代謝経路を明らかにした研究で6月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Discovery and inhibition of an interspecies gut bacterial pathway for Levodopa metabolism (腸内細菌の種間が協力するLevodopa代謝経路の発見と阻害)」だ。
研究ではまずデータベースからL-dopaの脱炭酸化能力のある細菌を検索し、E.Faecalisのチロシン代謝システムがL-dopaの脱炭酸化能力を持つ可能性を突き止める。そして、小腸に存在するE.Faecalisを培養して、この能力を確認している。
もし細菌叢により変換されたドーパミンがそのまま吸収されると先に述べた循環系の副作用の元になる。ただ、さらに脱水分解が進んでm-tyramineになれば問題はなくなるので、この経路を持つ細菌を腸内から分離することと次に試みている。
実際には、ドーパミンだけが電子受容体として働く培地で便を培養し、最終的にE lentaを分離し、この細菌がdopamin delydroxylaseを確かに持っており、ドーパミンをl-tyramineに変換できることを確認している。ただ、腸内に存在するこの種類の細菌のドーパミン脱水化の能力は極めて多様で、細菌の種類の検査だけではこの活性が予測できないことも明らかにしている。
次に人間の腸内でこれらの細菌が働いてL-dopaを分解しているかどうかを、便中の細菌叢の培養を用いて調べ、17例中12例の便でl-dopaがm―tyramineへ分解することを確認している。また、この活性がE.Faecalisの量と比例することも明らかにしている。またドーパミンからm-tyramineへの分解は、脱水化酵素の506番目のアミノ酸がアルギニンである系統のみが人間の腸内での分解と相関していることを示した。これにより、L-dopaを服用した時のドーパミン産生とその分解についてある程度予測可能であることが明らかになった。
最後に、L-dopaの脱炭酸化を阻害する薬剤をスクリーニングし、現在人間の脱炭酸化酵素を阻害する薬剤は細菌には効果がないこと、また新しく開発したAFMTでは腸内細菌叢特異的にL-dopaの脱炭酸化を抑えられることを示している。
以上の結果は、L-dopaが腸内細菌叢によりドーパミンになる経路を明らかにしただけでなく、患者さんたちが必要量のL-dopaを正確に摂取できるための腸内細菌叢の寄与度を確かめる臨床検査法開発、またこの活性を抑える薬剤開発までカバーした重要な貢献だとおもう。
2019年6月16日
昨日は抗体の膣腔への移行に、B細胞が膣組織へと移動する必要があることを示す論文を紹介し、全身を循環する抗体が必ずしも全ての組織に同じように浸透できるわけではないことを知った。
今日紹介する論文は母体から胎児への抗体の移行を決める条件についての研究で、6月27日発行予定のCellに掲載されている。同時にハーバード大学及びデューク大学から2編の論文が掲載されており、母親の抗体が必ずしも平等に胎児に移行できるわけではなく、移行しやすい抗体と、そうでないものに別れることを示す研究だ。
この多様性の原因についての解明についてはハーバード大学からの論文が進んでいるが、胎児の感染症予防という臨床研究として見ると、デューク大学の方が苦労がにじみ出ているのでそちらを中心に紹介することにした。タイトルは「Fc Characteristics Mediate Selective Placental Transfer of IgG in HIV-Infected Women (Fc部分の特徴がHIVに感染した母親のIgGの胎盤通過の選択性を媒介する)」だ。ちなみにハーバード大の論文では「Fc Glycan-Mediated Regulation of Placental Antibody Transfer(Fc糖鎖が抗体の胎盤通過の調節に関わる)」と、より明確だ。
さてデュークの論文に移ろう。この研究では、米国とマラウィで行なわれているHIVに感染したエイズの妊娠女性のコホート研究を利用し、出産時に母親の血清と臍帯血中の血清を比較して、抗体の胎盤通過性に差があるのか、差があるとしたら何により差が生まれるのかを調べている。
まず様々な抗原に対する抗体を母親と胎児で比較し、母親により胎盤通過性が大きく変化していることを発見する。特に重要なのは、比較的病気がコントロールされ、状態のいい米国の母親と比べた時、マラウィの母親では抗原にかかわらず、抗体の胎児への移行率が低く、新生児の抵抗力を伝えることができていないことがわかる。
このように、エイズの程度と抗体の胎盤移行度が反比例することがわかったので、この差を決めている要因を探っている。このために、抗原に対する抗体の移行率から、移行のしやすさを数値化し、それと母体の状態や抗体の性質との相関を順番に調べている。
母親側の問題としては、エイズの重症度を示すCD4T細胞の数、及び高ガンマグロブリン血症との相関は見つかったが、これは予想されていることで、メカニズムを示すはっきりしたものは見つかっていない。
そこで抗体の生化学的性質との相関を調べ、最終的に胎盤に発現するFc受容体との結合性を決める、サブクラス(IgG1とIgG4が移行しやすい)、そして糖鎖修飾の差が移行度に影響することを示している。そして糖鎖が、フコース化、2分化、シアル化されていると、胎盤を通過しにくいことを発見している。
これらの結果から、胎盤移行は一つの要因だけで決まるのではなく、様々な要因が重なって抗体の胎盤通過が決まると結論している。
エイズ患者に絞った目的のはっきりした研究だが、はっきり言って明確な答えを出すという点ではフラストレーションの残る論文だった。一方、ハーバードの方は、出産時の母親と臍帯血の血清の解析から、NK細胞を活性化する抗体が胎盤通過をしやすいことに着目して、抗体の糖鎖に2つのガラクトースが結合した場合に通過しやすくなることを明確に示している点で、結論は明確で、今後の臨床応用への目標は設定しやすい。
今後、それぞれの結果はさらに検討されると思うが、この研究により、母親へのワクチン接種で子供を守る際の免疫方法へのヒントが示されると期待している。
2019年6月15日
抗体の機能など、もう研究することはほとんどないように思っていたが、実際にはまだまだわかっていないことがあるようだ。最近それを認識する論文を相次いで読んだので、今日・明日と2回に分けて紹介したい。
今日紹介するエール大学、Iwasaki Akiko研究室(おそらく日本の研究者なのだろう)からの論文は抗体の膣腔への浸透についての条件を調べた論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Migrant memory B cells secrete luminal antibody in the vagina (膣への抗体は組織に移行してきた記憶B細胞により分泌される)」だ。
この研究の第一次的な目標はヘルペスウイルス2型(HSV2)により起こる性器ヘルペスの予防だ。もちろん成人にとっては決して致死的な感染症ではなないが、出産時に子どもに感染すると、重篤な問題の原因になる。これまでワクチンはほとんど効果がなかった。この原因として、ワクチンで抗体ができても、膣への抗体が移行できないため感染が防げないのではと考え、抗体が膣へ移行する条件を探ったのがこの研究だ。
しかし、抗体が作られれば身体中どこにでも浸透できるのかと思ったがそうではなかった。抗体はできても膣にはどのクラスの抗体も検出できない。そこで、このグループは膣に抗原を投与して免疫が可能か調べている。そして、1回免疫では、全身の抗体価は高まるのに、膣組織のB細胞やプラズマ細胞は全く上昇できない。ところが、もう一度免疫を繰り返すと、今度はほとんどのクラスの抗体が膣腔に分泌され、しかも記憶B細胞が大量に膣組織に浸潤していることがわかった。
さらに多発性硬化症に使われるリンパ球の血管からの遊走を止めるフィンゴリモドを用いて記憶B細胞の膣組織への移行を止めると、血中には抗体があっても、抗体が膣腔に分泌されないことを発見している。すなわち、2回目の免疫で、膣組織に抗体を作るB細胞が移動することが抗体分泌に必須であることを示している。
次にこの記憶B細胞の移行を誘導するメカニズムについて調べ、膣組織に1次免疫で形成されたT細胞と樹状細胞のクラスターが、2次免疫により刺激され、インターフェロンを介したCXCR3ケモカインを分泌することで、記憶B細胞が膣組織にリクルートされ、これが抗体を膣腔へ分泌するという結果になる。
特に最先端のテクノロジーを使っているわけではないが、必要な実験を積み重ねてシナリオを仕上げるという極めて好感の持てる研究だ。なんといっても、女性生殖器の感染予防のためのワクチン開発という点では、組織に抗原得意的T-樹状細胞セットが存在すること、B細胞が組織に移動してきて抗体をそこで分泌すること、の2つの条件が明らかになったことはワクチン開発にとって大きな進展ではないだろうか。
この影響はヘルペスワクチンにとどまらない。子宮頸部での抗体分泌と、膣とが同じかわからないが、パピローマウイルスワクチンも、実際には免疫ルートを膣に変えればさらに効果を高められるかもしれない。他にもエイズワクチンも出産時の子供への感染を防ぐために使えるかもしれない。淡々とした論文だが、多くの人を救える基礎研究だと思う。
明日は抗体の胎児への移行についての論文を紹介する。
2019年6月14日
2016年の正月このブログで「サルも音楽がわかる」という論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4655)。 そして今日、サルには音楽がわからないというブログを書いているが、矛盾しているぞなどと言わずに、このまま読み進めてほしい。最後に、なぜ矛盾する結論になるのか、私の弁明も述べるつもりだ。
今日紹介するコロンビア大学のZuckerman研究所からの論文はサルにはハーモニーを持つ音階の認識ができないという研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Divergence
in the functional organization of human and macaque auditory cortex revealed by
fMRI responses to harmonic tones(人間とサルの聴覚皮質の機能的構成の違いがハーモニーを持つ音に対する機能的MRIの反応からわかる)」だ。
この研究ではヒトとアカゲザルに、ハーモニーを持つ様々な音階の音、およびピッチを合わせたノイズを聞かせて、脳の聴覚野の反応を機能的MRIで記録している。
アカゲザルもヒトもハーモニーを持たせた、ピッチの異なる音に反応するが、高いピッチと低いピッチに対する反応する領域分布はアカゲザルの方が複雑だ。次にハーモニーを持った音と、ピッチは同じだがハーモニーのないノイズを聞かせ、ハーモニーとノイズを区別する能力を調べると、サルではハーモニーのある音も、ノイズもあまり区別できない。この傾向は調べる領域を絞ってみたときにもはっきり確認でき、ヒトではハーモニーを持つ音に強く反応するのに、サルはノイズとハーモニーのある音に対する反応にはっきりした差はなく、逆に場所によってはノイズの方により強く反応する場所も見られる。
これらの実験では全てシンセサイザーによる合成音を用いているので、人間は慣れていても、サルは慣れていないためノイズとの差が出ない可能性がある。そこで、元の音をサルの27種類の鳴き声から合成し、様々なピッチの鳴き声とノイズとの区別ができているか調べている。サルも人間も鳴き声に反応する領域が存在するが、サルの場合はその領域も同じピッチのノイズに対する反応との差が大きくない。
以上の結果から、人間もサルも音のピッチの差を認識することはできるが、ハーモニーや声のような音の複雑なニュアンスを認識できないと結論している。
では2016年に紹介したマーモセットが人間と同じような音のピッチの変化を感知する能力があるという論文はどう考えればいいのか。このピッチのズレを感じる能力の中には、ハーモニーの乱れを感知する能力も含まれている。
これは私が考えているだけだが、2016年の論文は、ピッチのズレを感じたらレバーを押すよう訓練して認識できているかどうかを確かめている。一方、今回の論文は脳の反応を確かめただけで、それを認識できているのかどうかはわからない。おそらく、認識するという行為と脳の反応との両方を測定する研究が、この違いを説明するためには必要だろう。いずれにせよ、サルにわかるかどうかではなく、音楽とは何かを私たちはまだ解明できていない。
私のブログを音楽で検索すると33編の論文が出てくるが、人間の脳科学は着実に進んでいる。
2019年6月13日
個人的な話だが、フラれた経験はあっても、こちらが嫌になって付き合いをやめた経験はなく、このおかげで結婚してからすでに45年が過ぎた。振り返ってみると、これまで好きという感情を持った女性は、なんとなく似ているように感じる。
しかしもし嫌になって関係を解消した場合、次のパートナーは違ったタイプの人を選ぶのではないかと思う。しかし、この先入観が間違っていることを今日紹介するトロント大学の調査研究が米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Consistency between individuals’ past and current romantic partners’ own reports of their personalities (前と現在の恋愛相手の自己性格診断は似ている)」。だ。
この研究はドイツで進んでいる、家族や生活形態の変化を追跡するコホート研究の対象者の中から、一人の相手と恋愛関係を解消したあと、他の相手と恋愛関係を始めた332人を選び、その人と付き合っている今の相手と、前の相手の性格診断を行い、両方が似ているのかどうかを調べている。
心理学の人たちがどのように性格診断を行うのかがよくわかる論文だが、具体的にはBFI-Kとして知られる、外向性、率直さ、共感性、良心性、神経症的性格を個別に調べるテストを行い、この結果をさらに1)一般的な性格、2)相手と似ている点についての自己診断、3)そして特徴的な性格、にわけて調べている。
結果だが、全ての項目で前と今のパートナーの性格は似ていることがわかる。とくに、一般的ではないユニークな性格まで似ているということは、どんなに失敗しても、パートナーを選ぶ好みは変わらないことを示している。しかも、パートナー同士ではなく、自分とパートナーの間でも性格がよく似ている。いわゆる似た者カップルが多いことになる。もし似た者同士が付き合うのが正しいと、世界中で個人の性格の分離が続く可能性があるのは心配だ。
いずれにせよこれらは全て傾向で、もちろんパートナー選びの傾向は本人の性格に大きく左右される。とくに、共感性が高く、神経症的性格が少ない方が、パートナー同士の全般的性格が似ている。面白いのは、特殊な性格が一致しているかどうかで見ると、外交的で率直な人は浮気者の傾向があって、その結果パートナーは似ていないということになる。
話はこれだけで、まあよくやるなといった感じだが、自分の過去の恋愛体験を思い出させてくれる面白い論文だった
2019年6月12日
最近硬い話題が多かったので、今日はすこし気楽な論文を選ぶことにした。
私たちの生活環境には、夜も光が満ち溢れている。さらに、いつもテレビを見ながら寝たり、あるいは全く暗くして寝るのが嫌な人も多い。これまでの動物実験で、睡眠中も光にさらされていると、肥満が起こることが実験的に確かめられていたが、今日紹介する米国・国立衛生研究所からの論文はこの可能性をヒトで疫学的に確かめて研究で、れっきとした臨床雑誌JAMA Internal Medicineの6月10日号に掲載された。タイトルは「Association of Exposure to Artificial Light at Night While Sleeping With Risk of Obesity in Women(夜間の睡眠中も人工光に晒される女性は肥満リスクが高くなる)だ。
研究は単純だ。最終的に43722人の35歳から75歳の女性を、2003年から平均5.7年追跡し、体重・睡眠・食事などを中心に様々なデータを集めている。最初のインタビューで、夜就寝時の光の状態を、光なし、小さな光、部屋の外に光、部屋の中にテレビか明かり、の中から自己申告させ、この結果と様々な指標とを送還させている。
結果だが、全く光なしで寝ている人は7000人、逆に明かりかテレビをつけて寝ている人が5000人、残りが少し光があるという状態で睡眠している。様々な指標で比べても、全く光なしと、少し光がある場合ではほとんど差はない。しかし、テレビか明かりをつけて寝ている人たちは、BMI、ウエストとヒップ比、ウェストと身長比など全ての面で最初から肥満が見られる。
またその後の追跡で体重やBMIの変化を調べると、体重やBMIがはっきりと増加する人の割合が、光の下で就寝している人では5%近く高い。
この原因を様々な生活習慣と対応させると、たしかに光をつけて寝ている人は、睡眠が少なく、夜食を食べたり、独り住まいが多いなどの生活上の問題が存在する。しかし、これらを全て差し引いても、明かりをつけて寝ている人たちには肥満傾向が見られるという結果だ。
これに基づいて、光がメラトニンの分泌を慢性的に抑制することで、概日周期が壊れ、他の要因がなくとも肥満の危険が増す可能性も挙げているが、個人的には、光をつけて寝る習慣を持っていること自体、まだ気づかれない生活要因があるように思う。
ただこの論文により同じような研究がわが国でも行われていることがわかったので早速読んでみた。被験者が高齢者に限定され、数は537人と少ないものの、かなり丁寧な研究が奈良医大から2013年に発表されている(Obayashi et al, J.Clin.Endocrinol Metab, 98:337, 2013)。
この研究では、各家庭を訪れて体重などの様々な指標を調べるとともに、睡眠時の部屋の明るさを測定している。結果は見事で、就寝中の部屋の明るさが肥満や糖尿病の割合と比例することが示されている。とすると、この話は決して日本人には無関係というわけではない。
結局夜を失うことは、健康も失うことのようだ。