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4月28日 良い短鎖脂肪酸と悪い短鎖脂肪酸(Nature Genetics4月号掲載論文)

2019年4月28日
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最近様々な媒体を使ったコマーシャルで、短鎖脂肪酸を作るXX菌をキャッチフレーズにしているのを耳にする。この背景には、腸内細菌のバランスを整えるとか、悪玉菌を追い出すとかといった宣伝を行ってきたものの、何百、何千種類もある細菌を本当にコントロールして、例えばヨーグルトの因果性をはっきりさせられるのかという反省がある。一方(私の研究室の大学院生だったということで、論文紹介を控えているが)、一つ一つの菌を地道に調べて、因果性のはっきりした素晴らしい研究を行なっている本田さんたちの論文を読むと、何が善玉で、何が悪玉かを決めるためには血の滲むような努力に裏付けられた最新のメカニズム研究が必要であることがわかる。もちろんまともな企業ならこんなことはわからないはずはなく、今度は因果性が大事だと思い直し、その結果糖尿病や肥満との因果性が明確な物質「短鎖脂肪酸」をキャッチフレーズにし始めたように思える。ただ、短鎖脂肪酸と一括りにすると、思わぬ落とし穴がある。

今日紹介する腸内細菌研究先進国と言えるオランダ・フロニンゲン大学からの論文は、短鎖脂肪酸でも糖尿を防ぐものと、促進する両方があることを示した論文でNature Genetics4月号に掲載された。タイトルはズバリ「Causal relationships among the gut microbiome, short-chain fatty acids and metabolic diseases(腸内細菌叢、短鎖脂肪酸、代謝病の間の因果関係)」だ。

この研究の目的は、膨大な細菌叢ゲノムデータから、特定の短鎖脂肪酸、そしてホストの代謝状態との因果性が明確な細菌を割り出そうとする研究と言える。基本的には、ビッグデータ処理研究だが、その結果明らかになったのは、

  • PWY-5022として知られるGABAを分解してブチル酸を作る経路とインシュリン感受性で、この経路に最も貢献している細菌としてEubacterium rectale, Bacteroides pectinophilus, Roseburia intestinalisと、あまりなじみのないバクテリアが並んでいる。中でもEubacteriumの貢献度は高く、その意味でこの指標については善玉菌と言えるのかもしれない。
  • 一方比較的測定が簡単な短鎖脂肪酸プロピオン酸と糖尿病を相関させると、プロピオン酸の合成が2型糖尿病の原因になること。

を明らかにしている。

要するに、短鎖脂肪酸といっても2種類あって、それぞれを作るバクテリアは違っているため、善玉、悪玉ということが言えることになるが、だとすると我が国の食品メーカーも、このレベルのデータを提供して、善玉だ、短鎖脂肪酸だと議論してほしいものだと思う。

しかも、プロピオン酸についてはもう一つ問題がある。腸内細菌叢でも作られるのだが、食品の保存剤として広く用いられている点だ。我が国の現状は把握していないが、この問題を警告する論文が先週号のScience Translational Medicineに掲載された(Tiroshet al, Science Translational Medicine 11:eaav0120(2019))ので短く紹介しておく。

なぜプロピオン酸が危険かというメカニズムを調べた論文で、最終的に人間でもテストを行った研究だ。まとめてしまうと、プロピオン酸は自律神経を介して、グルカゴンやFABP4の分泌を高め、その結果肝臓でのグルコース合成を高め、高血糖を誘導するという結果だ。この2型糖尿病を誘導する効果は、米国で通常食品保存に用いられる量でインシュリン抵抗性が高まり、逆に食事制限によるダイエットについてのコホート研究の参加者について、血中プロピオン酸とインシュリン抵抗性を調べると、プロピオン酸が低下によりインシュリン反応性が高まり、代謝が改善することを示している。

我が国の現状は知らないが、短鎖脂肪酸を食品メーカーが宣伝のキャッチコピーに使うなら、ぜひプロピオン酸の問題も指摘して、消費者が悪い短鎖脂肪酸を避け、良い短鎖脂肪酸を利用できるようにしてほしいものだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月27日 麻酔で興奮する神経細胞(6月5日発行予定Neuron掲載論文)

2019年4月27日
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静脈麻酔や内視鏡手術が増加したとはいえ、全身麻酔による手術は今でも大活躍していると思うが、なぜ全身麻酔が可能かについては、実はよくわかっていない。生化学的な解析から、麻酔剤はGABA受容体を抑制することで脳の活動性を下げる可能性が示唆されているが、最近ケタミンがグルタミン酸受容体を抑えることが明らかになり、ともかく脳活動を全般に下げるのが麻酔と考えることができる。

この考え方に対し、生理的な眠りとの関係を重視する人たちは、麻酔剤により特定の神経細胞がまず興奮し、そこからのシグナルが眠りを誘導するという考えが最近注目されている。今日紹介するデューク大学からの論文はこの考えに基づき、視床下部の視索上核の神経内分泌系に属する神経群が麻酔剤により刺激され、眠りを誘導することを明らかにした研究で6月5日号のNeuronに掲載された。タイトルは「A Common Neuroendocrine Substrate for Diverse General Anesthetics and Sleep(様々な全身麻酔と睡眠を誘導する共通の神経内分泌回路)」だ。

この研究は最初から全身麻酔で特別に活性化される神経細胞があると決めて、活動したばかりの神経を標識するFOSの発現を脳全体で調べると、確かに全体の神経活動は低下しているが、視索上核に興奮細胞の塊が見られることを、組織学的、生理学的に確認している。

この細胞の特性を調べると、これまで考えられていたGABA神経ではなく、バソプレシン、ディモルフィン、オキシトシンなどのペプチドホルモン作動性の神経であることが明らかになった。

あとは本当にこれら細胞の興奮が麻酔状態を誘導するか調べることになる。ただ、ペプチドホルモン作動性といっても多様なので、遺伝学的操作が難しいが、この研究では麻酔によって一度活性化された細胞を永続的に遺伝的にマークする方法を用いて、麻酔で活性化(AAN)される視索上核の細胞だけを遺伝子操作することに成功している。

この結果、化学物質で視索上核のAAN細胞を刺激できるように操作したマウスでは、刺激により周期の低い脳波を特徴とする睡眠(SWS)が誘導される。また、光遺伝学でこの領域を短期間刺激するだけでも、睡眠が促進され、また麻酔の効果が高まる。

逆に視索上核AANを除去したり、活動を抑えると、麻酔効果が短くなり、また睡眠が阻害される。

重要なのは様々な麻酔剤で同じ領域が興奮し、しかも睡眠が誘導される前にこの領域が活性化されることだ。さらに、これらの神経が下垂体と連結する神経内分泌系の細胞で、この興奮により神経だけでなく、様々な身体状態の調整を下垂体を通して行うことが可能になっていることになる。

データを見ると、差が大きくなかったり、またなぜ神経が興奮するのかという点については明らかではないが、この歳になってようやく麻酔がどう効くのか納得することができた。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月26日 CD40L阻害剤の開発(4月24日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年4月26日
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T細胞依存性の抗体産生にはCD40とCD40Lの相互作用が必要で、ノンカノニカルNFkB経路も含めて、その生化学的基盤はよく解析されている。実際、CD40Lの欠損した患者さんではクラススイッチが起こらず、IgMの血中濃度が上昇する。当然この分子を標的にすれば、自己抗体の産生を抑えることができるはずで、PD-1と同じような抗体治療が考えられる。実際、昨年抗CD40抗体を用いた治験がドイツから報告された。

CD40Lに対する抗体も同じ効果を持つと考えられるが、血小板に発現しているため、抗体投与により血栓ができることがわかっていた。今日紹介するベンチャー企業Viela Bio社、アストラゼネカ社、Medimmune社から共同で発表された論文は、ファージライブラリーでCD40Lに対する中和ペプチドを特定し治療に使う研究で4月24日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A CD40L-targeting protein reduces autoantibodies and improves disease activity in patients with autoimmunity(CD40を標的にするタンパク質は自己免疫病の患者さんの自己抗体を低下させ病気を改善する)」だ。

昨年のノーベル化学賞受賞者の一人はWinterだが、彼はファージウイルスの表面にランダム配列を持ったペプチドを表現させ、目的のタンパク質に結合するタンパク質を特定する方法を開発してきた。この研究でも基本的にこの方法でCD40Lの機能阻害をするタンパク質を探索し、最終的に342と名付けたタンパク質を特定している。

このペプチドはCD4Lの機能を阻害するが、血中ではすぐに分解されてしまうので、この分子を血清中で安定なアルブミンに結合させ、VIB4920と名付けた阻害剤を開発している。

あとはVIB4920の安全性と効果を確かめるための臨床試験を行い、

  • VIB4920は血清中の半減期が9.27日で安定している一方、血小板の凝集作用はなく、1500mgまで問題なく利用できること。
  • VIB4920に対する抗体が100-300mg投与では誘導されるが、これは3000mg投与群ではほとんど見られなかった。
  • T細胞依存的抗体産生を抑制する。
  • リュウマチ患者さんの症状を改善し、自己抗体を抑制する。

ことを明らかにしている。

以上の結果から、ファージライブラリー法を用いて開発した機能阻害タンパク質も、今後抗体治療を補完する方法としてかなり有望であることが示されたと思う。完全に把握しているわけではないが、これが臨床で利用されるようになれば、このファージライブラリーから生まれた薬剤としては早い方ではないだろうか。個人的にはこの方法にあまり期待していなかったが、考えを改めることにする。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月25日 NASA双子研究(4月12日号Science掲載論文)

2019年4月25日
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宇宙飛行士はもうすでに何百人にも達しており、今や一般の人の宇宙飛行も視野に入ってきているようだ。まだまだトップジャーナルを賑わすというところまではいかないが、宇宙飛行による医学実験の論文も着実に増えてきている。それでも宇宙飛行士の数は人口のほんの一部で、また特殊な訓練を受けているため、宇宙飛行自体の影響を純粋に取り出して調べるのは簡単でない。

今日紹介するコーネル大学を中心とした研究グループからの論文は、一卵性双生児で共にNASAのミッションに参加しているペアのうち、一人が1年の宇宙飛行、もう一人が地上勤務についているという条件を選んで、宇宙飛行の身体への変化を調べた論文で4月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「The NASA Twins Study: A multidimensional analysis of a year-long human spaceflight (NASA 双生児研究:1年にわたる宇宙滞在の影響を多面的に解析する)」だ。

一卵性双生児で、共に宇宙飛行士の訓練を受けているという2人なので、かなり純粋に宇宙飛行の影響を調べることができそうだ。実際、飛行前の検査では、ほとんどの項目で違いはない。しかし、よくここまで徹底的に解析を行ったと思う。生化学、脳科学、エピゲノム、遺伝子発現、免疫機能、代謝機能、腸内細菌、プロテオミックス、循環生理、テロメアまで飛行前後は言うに及ばず、飛行中まで詳しく調べており、大変な研究だと思う。実際、長い長い論文で、データも多く、読むのに苦労した。

もちろん全部紹介する気は毛頭ないので、興味を惹いた話だけを列挙しておこう。

  • リンパ球の遺伝子発現の変化を見ているが、フライト中に遺伝子発現は確かに変わるが、地上に戻ると正常化する。さらに、ワクチンに対する免疫反応は、ほぼ同じレベルで保たれる。
  • 驚いたのは、フライト中にテロメアが長くなることだ。この原因はよくわからないが、フライト中に血中の葉酸値が低下するので、これが原因かもしれない。
  • 大便を採取して細菌叢まで調べており、フライト中にバクテリア種の変化が見られるが、これは地上に戻ると元に戻る。
  • 無重力状態で骨のカルシウム代謝が変化する事は予想されているが、尿中のコラーゲンの分泌も上昇する。特に血管の構成成分であるCol3Aが分解されているとすると、注意が必要。
  • 当然のことながら、体液代謝の変化が起こり、そのバイオマーカーとして尿中のアクアポリン2の量が上昇する。他にも、レニンアンギオテンシン回路に関わるタンパク質の尿中の上昇も見られる。
  • 一旦長くなったテロメアは、地上に戻ると今度は急速に短くなり、これはなかなか回復しない。原因も含めて今後追及が必要。
  • テロメア同様、ゲノムの不安定性を示す転座や欠失はフライト中に上昇し、帰還後も元に戻らない。
  • これまで指摘されていたように、乳頭浮腫、遠視、綿様スポット、脈絡膜のシワなど様々な眼科的変化が起こる。特にいくつかの症状は地上に戻っても継続するので、今後の重要な問題になる。
  • 無重力による循環動態の変化は最も研究されている重大な問題で、普通下肢に停留する2リットルもの体液が上部に移行する。この状態が続くことで、血管の慢性的変化が誘導されることになり、同じ変化が今回も見られている。
  • 驚くことに、帰還後炎症性のサイトカインの上昇が見られる。
  • 認知機能が帰還後低下する。ただこの長期の影響については不明。

短くと思ったが、すでにこんなに長くなった。はっきり言って、一般の人にはあまり関係のない話だが、要するに宇宙飛行には健康リスクが伴うことを、一卵性双生児の宇宙飛行士ペアという稀有の機会をとらえて調べ抜いた研究グループに脱帽。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月24日 ウイリアムズ症候群に関する画期的研究(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2019年4月24日
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ウイリアムズ症候群(WS)は、言語と脳が話題になる時必ず言及される病気だ。というのも、知能の発達の遅れにも関わらず、言葉を話す能力が極めて高い不思議な特徴を持つからだ。これと並行して、「天使のように愛くるしい」と形容される人懐っこさ、そして初めて人でも不安を持つことなく近づく社交性を同時に持っていることから、言語能力が社会性と強く相関していることを示す一つの例になっている。

病気の原因は7番染色体の一部が大きく欠損するため、片方の染色体で26種類の遺伝子が欠損するため、実際には様々な身体の発達障害を示す複雑な疾患だ。最近、同じ領域の小さな欠損を持つWSが発見され、GRF2I転写因子の欠損が特徴的な顔貌と精神発達障害に関わることが明らかになった。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はマウス神経細胞のGtf2i遺伝子を欠損させたモデルマウスがWSのモデルとして利用でき、さらに発達障害の治療も可能であることを示した画期的な研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Neuronal deletion of Gtf2i, associated with Williams syndrome, causes behavioral and myelin alterations rescuable by a remyelinating drug (ウイリアムズ症候群に関わるGtf2iの神経細胞特異的ノックアウトは再ミエリン化薬剤で治療可能な行動とミエリンの変化の原因)」だ。

この研究では前頭葉の興奮ニューロン特異的にGtf2i遺伝子をノックアウトしたマウス(cKOs)を作成し、WSと比べながら調べ、以下のような結果を得ている。

  • WSでは大脳皮質の縮小が見られるが、同じような皮質の現象が見られる。
  • WSは高い社交性と、不安の欠如が見られるが、cKOsの行動解析でも、同じように、他のマウスに対する高い社交性と不安行動の低下が見られる。
  • cKOsの遺伝子発現を調べると、なんと低下する遺伝子の7割がミエリン合成に関わる分子で、実際脳のミエリンの厚さが低下して、神経伝達速度が低下していることがわかった。そこで、WSの脳の遺伝子発現とミエリンを調べると、cKOsと似たミエリン厚の低下と、ミエリン関連遺伝子の発現低下が見られた。
  • カリウムチャンネルをブロックして神経伝達機能を高めるアミノピリディンを投与すると、運動機能が正常化し、さらに社会性が高いという変化も正常化する。
  • オリゴデンドロサイトの文化を誘導しミエリン形成を高めることが知られており、現在はアレルギー症状改善に用いられるクレマスチンを投与すると、ミエリンの厚みが増し、社会性も元に戻る。
  • Gtf2iを片方の染色体のみ欠損させた、よりWSに近いモデルマウスでもWSと同じような症状とミエリン形成異常が起こる。

以上の結果から、WSの精神発達障害のかなりの部分はGft2i遺伝子の欠損で説明でき、しかも薬剤による治療可能性があることを示した画期的研究だと思う。臨床試験がうまく進むことを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月23日 扁桃体での社会性に関わるサーキット(5月2日号Cell掲載予定論文)

2019年4月23日
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絶対的な善悪が神により決められるとされていた時代に、人間の善悪の判断は好きか嫌いかの感情に深く根ざしていることを率直に指摘したのはスピノザだが、この好き嫌いの感情に関わる重要な脳領域の一つが扁桃体だ。例えば自閉症スペクトラムの子供が、他人の目を見たときより、口を見たときに強く反応するといった不思議が起こるのも扁桃体で、多くの研究者がこの領域の解明にしのぎを削っているという印象がある。

そんな中で今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は単一神経の記録から扁桃体で自分の行動と他人の行動をどのように処理して社会性を学習するかを調べた古典的な研究で、クラスター電極や光遺伝学などを多用した研究が圧倒的多数を占める中で、不思議な新鮮さを覚えた。タイトルは「Primate Amygdala Neurons Simulate Decision Processes of Social Partners(サルの扁桃体ニューロンが社会的パートナーの決断過程をシミュレーションする)」だ。

この研究では、大きな褒美をもらえる確率が一方は85%、もう一方は15%という2枚の絵を選ぶ課題を、テーブルを挟んで2匹のサルに行わせ、相手がうまく選んで満足するのを見ている時と、自分が選んで満足するときの扁桃体のニューロンの活動を一個一個比べ、それぞれの過程に関わるニューロンの特性と場所を記録して、自分の判断と、他人の判断をどのように統合して、社会性を獲得するのかを理解しようとしている。課題はあまりにも単純だが、実際には課題を行なっている途中で確率がスイッチするようにして、この急な変化にどう対処しているかも記録している。

一つの神経を記録しながら、いくつかの課題を行わせ、行動と単一神経の興奮との関係を解析、これが終わるとまた次の異なる場所の神経を記録して行動との関連を記録するという、気の遠くなるような実験を繰り返し(サルも大変だと思う)、最終的に以下の結果を得ている。

  • 行動と神経活動の記録から、異なる過程に関わる3種類のニューロンが特定できる。
  • まず絵を見たときにその価値を判断するとき反応する神経細胞で、自分が課題を行なっている時も、他人が課題を行なっている時も同じ神経細胞が反応する。
  • 絵を選ぶとき、相手が選んでいるときに反応する神経と、自分が選んでいるときに反応する神経は異なる。すなわち、自己と他の区別がはっきりしている神経。
  • そして、ある対象に対して他人がこれから行う判断を、自分の頭の中で予想するときに反応するシミュレーションを行う神経。
  • 自己と他の価値判断に共通に関わる神経は、外側に偏るが、あとは扁桃体の中で混ざって存在している。

そして、自分と他の選択を区別するニューロンと、対象物の価値を共有するニューロンの統合により、他人の行動をシミュレーションする神経が生まれることで、他人の考えを想像できる社会性が生まれるとしている。

同じような研究は、他の動物でも行われている。ただ、古典的な方法でこの問題にアプローチしている新鮮さからこの論文を紹介した。しかし、どのような系を用いるようにせよ、価値を決め、行動を選択する過程が扁桃体の神経活動に表象されていることは、自閉症スペクトラムの治療や理解にとってもとても重要だと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月22日 初期の心房細動発作は治療が必要か?(4月18日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2019年4月22日
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この歳になると、なぜか周りに心房細動でアブレーション治療をしたという人が増えてくる。実際、心房細動の最も重要なリスクファクターは加齢だ。実際には急な生活の変化や疲労の蓄積などで一過性に起こるAFは多くの人が経験しているのではないだろうか。もちろん、弁膜症や心筋梗塞など、血行動態の変化を伴う基礎疾患のある人に心房細動が起こる場合は、すぐ治療が必要だが、初期の一過性の心房細動の治療が必要かどうかは議論が分かれているようだ。

特に基礎疾患がない場合でも、心房細動になると1)胸の不快感が続く、2)当然新機能が低下する、3)血栓の危険性が高まる、ことから、初期であっても積極的に薬剤や、電流によるリズムの調節などで正常化させる方がいいことは間違いない。そこで、最近ではカルディオバージョンと呼ばれるいわゆる電気による除細動が行われる。今日紹介するオランダ・マーストリヒト大学からの論文は、このときも最初からカルディオバージョンを行うべきかどうか調べた研究で4月18日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Early or delayded cardioversion in recent-onset atrial fibrillation (最近始まった心房細動のカルディオバージョンはすぐにすべきか、待つべきか?)」だ。

一般的に除細動というと、心室細動に対して行ういわゆるカウンターショック治療を思い浮かべるが、心房細動でも心臓の拍動(QRS)に同期させて通電してリズムを元に戻す治療が行われ、これを除細動ではなく、カルディオバージョンと呼んでいる。少しでも早く細動を止めるため、最近では救急でのスタンダードになってきている。

この研究では、最近始まった心房細動の症状で救急にやって来た患者さんの中から、発症後36時間以内で、他の心臓基礎疾患がない患者さんを選んで、カルディオバージョンを行わず、薬剤のみで様子を見、もし次の日に来てもらって治っていない場合はカルディオバージョンを行うグループと、最初からカルディオバージョンによる治療を行う群に分け、4週間後に心房細動が再発しているかどうかを調べている。最初様子を見る群でも、48時間経っても心房細動が止まらないグループは、もちろん薬剤やカルディオバージョン治療を行なっている。したがって、最初の段階で様子を見たか、すぐに介入治療を始めたかどうかだけの差を調べている。

最初、3700人の心房細動患者さんがリクルートされているが、そのうち上に述べた条件に合うのは、1125人で、残りの患者さんは診察前36時間以上細動が続いていたり、これまでも細動の発作が繰り返していたり、基礎疾患を持っていたため対象から除外されている。

結果だが、最初からカルディオバージョンを行わない場合でも、行なった場合もどちらも90%以上の患者さんが、4週目で再発はなく、両群に差はなかった。また、副作用でも特に差はなかったという結果だ。ただ最初薬剤からスタートした様子見群では約3割の人で薬剤のみでは治らず、次の日に結局カルディオバージョンを行う必要があった。

以上が結果で、最近始まった心房細動の場合、まず薬剤を処方して帰らせて、治らない場合次の日カルディオバージョンを行うので十分だという結果になる。もちろん、患者の立場から言えば早く直してもらったほうが安心できる。一方、救急の立場で考えると、カルディオバージョンには鎮静剤の投与など、時間と人手がかかるので、できたら薬剤処方だけでとりあえず帰ってもらって問題なければ、その方がいいことになる。この研究のモチベーションは、おそらく後者だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月21日 クリスパーCasを用いた胎児期の遺伝子治療(4月17日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年4月21日
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最近は当たり前の技術になってしまって驚きが無くなったためか、このブログで、クリスパー自体や、それを用いた研究について紹介する回数は減ったが、実際には利用の裾野は広がり、何らかの形でこの技術を使っている論文数は増加の一途をたどっている。また、この系の臨床応用についても、前臨床研究の数が着実に増えてきており、医療として使われるのも近いことが実感される。

臨床応用を目指した研究に関しては、さらに安全な技術に改良するとともに、現在ある技術でも十分メリットが期待できる病気を選ぶための探索研究が中心になっている。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文もそんな例の一つで胎児期に羊水へベクターを注射して直接つながる肺の遺伝病を治すという面白い試みだ。タイトルは「In utero gene editing for monogenic lung disease(子宮内での遺伝子編集により肺の単一遺伝病を治療する)」だ。

胎児は羊水に浸かっており、消化管や肺は羊水に直接接している。従って、羊水に遺伝子編集ベクターを注射することで、これら器官に関わる遺伝病を治療する可能性がある。この研究では、羊水への遺伝子注入法がどの程度の効率で遺伝子を編集できるのか、ストップコドンをノックアウトすると蛍光が赤から緑に変化する遺伝子を導入したマウスを用いて調べている。

導入した遺伝子の蛍光をスイッチするには、2箇所の正確なカットが必要だが、約20%の上皮細胞で蛍光のスイッチが認められる。また同じ上皮でも、SCGB1A1を分泌する細胞では特に遺伝子発現効率が高いことを示している。上皮には様々なタイプがあり、それぞれ遺伝子導入効率は異なるが、羊水からのアプローチで上皮特異的に遺伝子編集が可能であることが示された。

次に、この技術が使える疾患選びになるが、肺胞のAT2上皮細胞が分泌するサーファクタント分子の変異により胎児内で肺胞細胞が障害されて、生後死亡する突然変異を標的に、この技術で治療が可能か調べている。

まず切断場所を決めるガイドRNAを至適化した後、同じように羊水にアデノ随伴ウイルスでCASやガイドRNAを導入して出生前の肺を調べると、毒性のある変異サーファクタントの量が低下して、肺胞細胞への分化も正常化していることが明らかになった。

その上で治療としての効果を調べると、通常生後すぐに死亡する胎児の6%が168時間を超えて生存できることを示している。

もちろん、この前臨床データでそのまま臨床試験へゴーサインが出るとは思わない。もともと、マウスを使う実験系では、羊水への注射自体が高い危険性を伴う。したがって、効率をより高めること、羊水注射の容易な大型動物で確認することなどが重要だと思うが、現在のままでもこの技術を利用できる病気のリストが一つ増えたこと、そして皮膚、肺上皮といった、胎児期の治療の可能性がはっきりと示せたことは重要だと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月20日 化学遺伝学の新しいプラットフォーム(4月12日号Science掲載論文)

2019年4月20日
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光を感知する分子を用いて生体機能を調節する光遺伝学は、何も神経操作に限った手法ではないが、何と言ってもチャンネルロドプシンを特定の神経細胞に導入して神経興奮を短い時間間隔で変化させる技術のインパクトはダントツで、クリスパー/Casと並んで、ノーベル賞を受賞するのが時間の問題だろうと思える研究領域だ。

光遺伝学の難点は、光で刺激するためどうしても動物を光ファイバーで繋ぐ必要があり、自由に動けるといっても限界がある点だ。そのため目的によっては、光刺激の時間的特性を犠牲にしても、動物を拘束しない方法、例えば磁場を用いて神経を刺激したり、化学物質を用いる「化学遺伝学」などが開発されてきた。

今日紹介するハワードヒューズ財団の独自研究施設、ジャネリア研究所からの論文はこの化学遺伝学による神経操作法を飛躍的に高めるための開発研究で4月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Ultrapotent chemogenetics for research and potential clinical applications (研究及び臨床応用を目指した超高性能の化学遺伝学)」だ。

もちろんこれまでもcloza;ine-N-oxideに反応する受容体を用いた化学物質による神経操作法が開発されていたが、特異性も含めて様々な問題があり、新しいプラットフォームが待たれていた。この研究では、1)人間に投与してもほとんど副作用がない、2)脳へ速やかに移行する、3)血中濃度を長期間維持できる、という条件で、α7アセチルコリン受容体をベースに突然変異を導入し、最終的に禁煙のために使うVareniclineに極めて特異的に反応できるプラットフォームを開発した。

あとはこのシステムがどのように使えるかを示す目的で、マウスやサルを用いた実験を行なっている。

まずこのシステムが一番期待される、神経活動の抑制効果を調べる目的で片側の黒質のGABAニューロンにこのシステムを導入し、遺伝子興奮が下がるとマウスがくるくる回り出すという行動を用いてこのシステムの効果を調べ、低い濃度でも注射後20分で効果が発揮され、4時間続き、濃度が下がると行動は完全に元に戻ること、他の神経作用はほぼないことを示している。

次にvareniclineの方を改変して、新しいシステムにより高い結合力を持つリガンドを開発し、彼らが817と番号をつけたこのシステムにさらに100倍以上高い特異性を持つリガンドを開発している。

つぎにこのリガンドにフッ素18を結合させ、このシステムを導入した神経細胞を脳内でイメージングできるかを調べている。画像で見る限り、受容体が導入された領域だけでポジティブ画像が得られ、特異性が高いことが確認できている。

他にもサルの実験、海馬の神経興奮を抑える実験などを示しているが、割愛していいだろう。要するに、極めて特異性の高い、しかも副作用の心配が少ないリガンドを用いて神経を興奮させたり、抑制したりする方法が開発できた。

著者らは、この系を外科的に人間の脳に導入して、1)鎮痛剤では治せない痛みを抑制する、2)局所性の巣てんかんを手術なしで抑制する、3)舞踏病などの不随意運動の抑制などに利用できるのではと考えているようだ。この論文を読むと、確かに実現性は高いと思う。いよいよ、光遺伝学や化学遺伝学も臨床応用が始まる予感がする論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月19日 新しいインシュリンシグナル経路の驚き(4月18日Cell掲載論文)

2019年4月19日
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大きく分けて2型糖尿病は、インシュリン分泌が低下と、インシュリンに対する細胞の反応性の低下(インシュリン抵抗性)のメカニズムが関わる、多様な代謝機能が変化した状態と考えることができる。そして、インシュリンをシグナルとして細胞内に伝える受容体は、チロシンキナーゼタイプのインシュリン受容体だけしか存在しないことは確認されていた。従ってこの一つの受容体で生物のエネルギー代謝の根幹を全て調節することになるが、今日紹介するハーバード大学からの論文を読むまで、私はこの多様なインシュリンの機能がチロシンキナーゼの活性化に始まるPI3Kを中心としたシグナルカスケードで進むと思っていた。

この「Insulin Receptor Associates with Promoters Genome-wide and Regulates Gene Expression (ゲノム全体にわたってインシュリン受容体はプロモーターに結合し遺伝子発現を調節する)」と題された論文は、タイトルからわかるようにインシュリン受容体がチロシンキナーゼとしてではなく、なんと核内受容体のように働く新しい経路が存在することを示した研究で、4月18日号のCellに掲載された。

以前からインシュリン受容体が核内に移行する可能性は指摘されていた。このグループは細胞を溶解して核内タンパク質を調整する条件を工夫して、核内に存在するインシュリン受容体がどの分子と結合しているかを調べ、なんと転写を行うポリメラーゼ(PolII)と直接結合していることを発見する。この発見がこの研究のハイライトで、あとは核内へどのように移行し、どの遺伝子の発現を調節しており、これまでのシグナル経路とどこが違うのかを明らかにすればいい。

結果は、

  • インシュリン受容体はαβの2種類のタンパク質からできているが、それがそのまま核内に移行する。
  • この時、核膜はインポーティンを介して超える、
  • 転写されている遺伝子のプロモーター上でPolII複合体の一部になっている。
  • 多くの遺伝子のプロモーター上に存在するが、トップに来るのはインシュリンが関わるとされてきた脂肪代謝に関わる分子で、炭水化物の代謝に関わる遺伝子にはあまり関わらない。
  • インシュリンの作用で核内に移行し、転写量を促進する。従って、インシュリンが存在しないと転写は変化しない。
  • インシュリン受容体の作用は、全部ではないがほとんどの場合HCF-1の転写活性の調節を介して行われる。
  • インシュリン抵抗性の肥満マウスではこの経路が低下している。

とまとめられるが、この結果はインシュリン受容体が、チロシンキナーゼ活性と、核内ホルモン受容体に似た転写促進活性の両方の経路を介して、複雑な代謝機能を調節していることを示している。肥満マウスを用いた実験から、いわゆるインシュリン抵抗性がこの経路に関わることが示されたことは、糖尿病研究がまた大きく変わる可能性を示している。さらに、インシュリン抵抗性に関わる炎症との関わりで見たとき、自然免疫に関わる細胞でこの受容体がどの遺伝子を調節しているのかを知ることは重要なテーマになるように感じた。

しかし、思いもかけないことが続々明らかになる。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年11月
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