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本日19時よりデニソーワ人の最近の論文についてのジャーナルクラブを放送します。

2019年5月16日
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今年に入って、デニソーワ人研究が急展開しています。そこで、今日夜7じから「西川伸一のジャーナルクラブ」で、このブログでも紹介した論文を中心にこれまでのデニソーワ人研究をまとめてみますので、ぜひご覧ください。(https://www.youtube.com/watch?v=p28x1f8Enoo)。特に今日は、いつもの吉田さんに加えて、神戸学院大学薬学部の藤井さんにもお越しいただいて、大いに盛り上がりたいと思います。

カテゴリ:メディア情報

5月16日:バクテリオファージを用いた感染症治療(Nature Medicine5月号掲載論文)

2019年5月16日
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私たちが医学部に入った50年前はちょうど最初の世代の分子生物学が最盛期を迎えていた頃で、それを牽引したのがバクテリオファージだった。私も様々な本を読んだが、中でも富沢、小関両先生が和訳したウォルマンの「細菌の性と遺伝」はバイブルといってもいい本だった。しかし、月面着陸機のような形をしたファージがバクテリアに遺伝子を注入している像は、自分の前に開ける生命の探求の象徴だった。

考えてみれば、このようにバクテリアを溶かしてしまうバクテリオファージはもっと臨床応用されてもいいと思うが、おそらくクリスパーをはじめとするバクテリア側の免疫機能が明らかになり、簡単ではないと考えられるようになったのだろう。今日紹介するピッツバーグ大学とロンドンオルモンドストリート病院からの論文を読むまで、ファージによる感染症治療の論文を見ることはなかった。タイトルは「Engineered bacteriophages for treatment of a patient with a disseminated drug-resistant Mycobacterium abscessus (全身に広がった薬剤抵抗性の非定型性抗酸菌症を遺伝子操作したバクテリオファージで治療する)」だ。

この論文を読むと、ファージを使った感染症治療についてはすでに昨年、一昨年と論文が出ているようだ。いずれも多剤耐性の緑膿菌やアシネトバクターなど、いわゆる現在最も問題になっている感染症の治療で、いずれも治療が成功していることからもっと真剣に使用を考えてもいいように思える結果だ。

今日紹介する論文は嚢胞性線維症の治療目的で肺移植を行なった患者さんに発生した全身に拡がる非定型抗酸菌症で、移植による免疫抑制で通常病原性の弱い非定型抗酸菌の感染が拡大するケースで、治療の手段はほとんど残されていない。実際、この論文の図を見ると、皮膚にまで肉芽を伴う膿瘍が拡大している。

通常お手上げと思ってしまうのだが、しかしこのグループは違った。すでにストックされているゲノムが完全に解読された1800種類のファージの中から、抗酸菌に感染することがわかっているファージを選び、さらに患者さんから分離した抗酸菌に感染し、溶血活性が高まるよう遺伝子操作や、培養での選択を行なって、3種類の異なるファージを分離し、皮膚病巣で効果を確かめた後、静脈注射している。

結果は素晴らしく、注入直後から効果がみられ、1ヶ月で腎臓、肺、肝臓、皮膚の膿瘍は全て消失し、また血中や痰からも抗酸菌は消失している。

3種類同時に投与することで早期の免疫を阻止するなど色々考えたのだろうと思うが、なによりも、ファージの可能性に思い当たった臨床医の知識水準の高さと、あきらめず究極のテーラーメード医療を短期間で成し遂げたことに感心する。

他のファージを使った論文も、患者さんのマネージができなくなった時点でファージを用意していることから、分子生物学の創生期、遺伝的変異のスピードから選ばれたファージの特徴を生かして、実際に治療が可能であることは示された。ぜひ拡大できる体制をとってほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月15日 PD-1とCTLA-4がつながった(5月10日号Science掲載論文)

2019年5月15日
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昨年のノーベル賞の受賞理由にも書かれていたが、PD-1とCTLA-4はそれぞれ全く独立したシグナルで、PD-1はPD-L1と、CTLA-4はCD80/86と反応することで、T細胞の免疫反応を抑制する。PD-L1は腫瘍細胞だけでなく樹状細胞にも発現しているが、この場合もCD80/86とは独立していると考えられてきた。

ところが今日紹介する徳島大学疾患ゲノム研究センターの岡崎さんたちの論文は、同じ樹状細胞内でPD-L1とCD80が結合してPD-1を効かなくすることを示す予想外の相互作用を示した研究で、この分野で最近我が国から発表された中では出色の研究だとおもう。タイトルは「Restriction of PD-1 function by cis-PD-L1/CD80 interactions is required for optimal T cell responses(PD-L1/CD80結合分子がPD-1の機能を抑制して至適なT細胞反応を誘導する)」だ。

イントロダクションからだけでは、なぜこのような着想に至ったのかは理解できなかったが、長年のPD-1に関する研究から生まれたのだろう。この研究では、同じ細胞でPD-1とCD80が相互作用をすることで、PD-L1のPD-1への刺激が減弱するのではという可能性を、まずPD-1の細胞外ドメインを多量化した可溶性タンパク質を用いてPD-L1やCD80を同じ程度発現している細胞を染色するエレガントな方法で調べている。

もちろんPD-L1を発現している腹腔マクロファージはPD-1で染色できるが、同じようにPD-L1を発現していても、同時にCD80を発現している樹状細胞では染色が低下することを発見する。そして、CD80ノックアウトマウス由来の樹状細胞を用いると、染色が正常化する。また、両方の分子を発現している細胞では、分子複合物が形成されていることも証明している。

以上の結果は、CD80がCTLA-4を刺激してチェックポイントを動かすと同時に、PD-L1と結合してPD-1チェックポイントが働かなくしているという複雑な反応が同じ樹状細胞で起こっていることを示している。とすると、最終的な免疫反応に対するPD-L1/CD80相互作用のネットの影響はどうなのか調べる必要がある。ただ、CD80をノックアウトしてしまうと、CTLA4への効果もなくなり、ネットの効果を見ることができない。

そこでこのグループは、それぞれPD-1やCTLA-4への刺激作用は正常だが、互いに結合できないPD-L1とCD80の突然変異を分離し、最終的にCTLA4と正常に反応できるが、PD-L1と同じ細胞状で反応できないマウスを作成している。こうして用意したマウスの卵白アルブミンに対する反応を調べると、変異を持つマウス、すなわちCTLA4は刺激できるが、PD-1は刺激できないマウスでは反応が強く抑制されることを示している。また同じ系で癌に対するT細胞の反応も低下することをしめしている。同じように、自己免疫性の脳炎も、PD-1がチェックポイントに関わっており、CD80/PD-L1の相互作用がおこると、このブレーキが聞かないことも明らかにしている。

以上の結果から、PD-L1/CD80相互作用が生理学的機能として免疫の調節に関わることが示されたと思う。全く予想外の新しい発想の研究で、創意と知識の感じられる丁寧な実験に裏付けられている。例えばこれまでよく理解できなかったPD-L1抗体とPD-1抗体の作用の違いをはじめ、この分野に新しい可能性を開いた重要な貢献だとおもう。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月14日 深海に適応した視覚進化(5月10日号Science掲載論文)

2019年5月14日
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網膜で光を感じる最初の入り口は桿体細胞と錐体細胞からなる視細胞で、それぞれには異なる波長に反応する色素が存在している。通常の場合、桿体細胞には一種類の色素ロドプシン1が存在し、光の有無を高感度で検出できるが、色は認識できない。一方、錐体細胞には様々な波長に反応する異なる色素が数種類存在し、明るい光の中で様々な色を感じられるようになっている。

今日紹介するスイスバーゼル・動物学研究所からの論文は、ほとんど光がささない深海での視覚の進化を、特にロドプシン1(RH1)に焦点を絞って調べた研究で、久しぶりに一つの分子に絞った進化の論文を読んだという気持ちがした。タイトルは「Vision using multiple distinct rod opsins in deep-sea fishes (深海魚は複数の異なるロドプシンを進化させて使っている)」だ。

まず百種類の魚のゲノムを比較し、種とは別に深海に生息するように進化した魚では、まず海底まで届かない波長の長い光に反応する色素を失う。これは、どの種類でも同じように起こる。一方、他の短い波長に反応する色素はまちまちの変化が起こっており、ハダカイワシやステューレポルスでは緑に反応するRH2の数が増える。同時に、それぞれDH1のコピー数が増大している。すなわち、カメラと同じで、光吸収効率を高めて少ない光に反応できるよう進化したことになる。

中でも面白いのは、和名ナカムラギンメで、他の色素のコピー数は増えないが、なんとRH1については18コピーに増え、また同じ種の和名フチマルギンメではなんと38コピーと急速に増大している。

これも感度を高めるためと納得してしまうとそれまでで、著者らはこの遺伝子重複が、少しづつ異なる波長に反応する色素を生成し、その結果桿体細胞で波長の違い、すなわち色の違いを感じられるのではと着想し、ギンメのRH1遺伝子の配列を調べ、24種類の部位で反応する波長が変わるアミノ酸置換が起こっていること、またそれぞれの色素は網膜で発現していることを明らかにしている。また、ギンメではRH1でアミノ酸置換を起こす変異が他の種と比べて圧倒的に多く、深海での進化圧が強く関わっていることを示している。

話はこれだけで、本来なら行動や、あるいは一個の桿体細胞での色素発現様態など、もう少し深入りしたら面白いのにと思はないでもないが、まあ十分楽しめる論文だと思う。

魚の中にはアイスフィッシュのように、必要がなければヘモグロビンやミオグロビンまで失うと同時に、赤血球を作る仕組みも皆捨て去った種が存在する。その意味で、このような多様性は高等生命の生理について多くのことを教えてくれると思う。しかし、水族館で飼育されているギンメの色素遺伝子はそのまま存在しているのだろうか、興味がわく。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月13日 線維筋痛症にメトフォルミンが効く (5月6日Plos One掲載論文)

2019年5月13日
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Fibromyalgia (FM: 線維筋痛症)は、脳内での痛みの閾値が低下することで、他の人より小さな刺激でも強い痛みとして感じてしまう病気で、苦しんでいる人は多い。一番問題は、診断が確立しておらず、専門医の診断と自己診断が大きく食い違うことについては以前紹介した(http://aasj.jp/news/watch/9681)。このため、FMの診断を確定できなくとも、助けてくれる血液検査が求められていた。

今日紹介するテキサス大学ガルベストン校からの論文はFMの患者さんがいわゆるインシュリン抵抗性の状態にあり、メトフォルミンで痛みを軽減できるという、本当なら患者さんにとって画期的な研究で、5月6日号のPlos Oneに掲載された。タイトルは「Is insulin resistance the cause of fibromyalgia? A preliminary report (インシュリン抵抗性は線維筋痛症の原因か?:予備的報告)」だ。

このグループは、糖尿病による脳の微小循環障害を研究していたのだろう。その延長で、脳の痛みの閾値が下がるFMにも何らかの差があるのではないかと、様々な指標を検討していた。実際、これまでの研究でFMの人では糖尿病のリスクが高いことも知られている。

この結果出てきたのが糖尿病の診断に使われるHbA1cで、全体で見ると正常範囲に収まるように見えるが、年齢別にプロットすると、それぞれの年齢で正常よりだいたい0.6高いことに気がついた。

ほとんど詳しい検査が行われていないこと、および23人という小規模研究なので何とも言えないが、この傾向をインシュリン抵抗性による可能性が高いと結論している。

この上で、16人の患者さんに糖尿病に最も用いられるメトフォルミンを1日1000mg投与すると、なんと8人の患者さんで痛みが完全に軽減し、残りの患者さんも、通常の治療よりははるかに痛みが軽減したという結果だ。

話はこれだけで、治験としては全く不十分なため、トップジャーナルには掲載できないのだろうと思う。しかし、この可能性はかなり短期間に大規模治験で確認できる。またメトフォルミンは、現在では糖尿病の予防にすら使われる、薬の中では長期間服用することに関するデータがしっかりある薬剤で、副作用は少ない。したがって、二重盲検無作為化試験もすぐに計画できる。もし治験結果がポジティブなら、治療だけでなくFMのメカニズムも含めこの分野の画期的なブレークスルーになるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月12日 CRISPR/Cas 阻害剤の開発(5月2日号Cell掲載論文)

2019年5月12日
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CRISPR/Casの研究も、徐々に成熟期を迎え、画期的な技術の開発にはかなり新しい発想の研究が要求されるようになっているが、一方技術の利用については人間への臨床応用も含め着実に身を結んでいると言える。ずっと前から言っているが、ノーベル賞はまちがいなく、またいつ受賞してもおかしくない。

こんな成熟度を反映して、Cas9とガイドRNAの結合を阻害する化学化合物の開発論文がハーバード大学から5月2日のCellに発表された。タイトルは「A High-Throughput Platform to Identify Small-Molecule Inhibitors of CRISPR-Cas9(CRISPR-Cas9を阻害する小分子化合物を特定するハイスループットプラットフォーム)」だ。

自分でCRISPR/Casを使っているわけではないので、Cas9の阻害剤が実際にどのぐらい必要なのか実感がないが、オフターゲットサイトへの活性や、さらに特異性を上げるためには活性を小分子化合物で調節できるようにすることは、この技術のさらなる発展に必須だというのが著者らの主張だ。

その上で、論文自体は現在の薬剤開発はどう行われるのかを知るための格好の論文になっているので、薬剤の開発過程の段階を追って紹介する。

この研究ではCas9とガイドRNAのPAM配列との結合を蛍光偏光法を用いて測定する方法を開発してる。様々な条件検討を行い最終的にPAMが12個繰り返すDNAを用いて安定した結合アッセイを確立している。

同時に、試験管内のスクリーニングで得られた化合物の活性を測定するための細胞システムを3種類用意している。例えばCas9が働いたとき蛍光が消えるような細胞を用いるアッセイを用意している。

このスクリーニングとアッセイ方法を確立した上で、まず約10万種類の化合物を試験管内の結合アッセイを用いてスクリーニングし、水溶性で活性の高い化合物BRD7087を突き止めている。また、細胞を用いた方法でも活性があること、細胞毒性がないことを確認している。

次に、いわゆるメディシナルケミストの独壇場とも言えるリード化合物を少しづつ変化させて更に利用しやすい化合物へと改良する過程を通して、最適化した化合物BRD0539を開発している。

その上で、結合メカニズムの解析を行っているが、この研究ではタンパク質と化合物の立体構造解析ではなく、化合物の方を少しづつ変えて結合状態を推定する比較的古典的な方法で決めている。このようなデータは、同じ化合物をさらに至適化するのに必要になる。

この研究では更に進んで、遺伝子ノックアウトだけではなくガイドで指定された場所で転写を活性化できるCas9を用いて阻害活性を調べ、このアッセイでは同じリード由来のBRD20322,BRD0048という化合物の方が活性が強いことを示している。

結果は以上で、なるほどご苦労さんと言った感じの研究だ。実際これらの化合物をどう使えばいいのかは、生物学者の発想にかかるだろう。ただ、転写を止めるというシステムは、可逆的なので、新しい遺伝子ON/OFFの系として広く使われるようになるのではと感じる。

いずれにせよ、化合物はこうして開発しますということを勉強するにはよく書けた論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月11日 バソプレシン系を標的にしたASD治療治験(5月8日号Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年5月11日
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自閉症スペクトラムの薬剤としてオキシトシンとともに期待されているのがバソプレシンだ。両者はともに9つのアミノ酸からできており、途中のシステインで同じような立体構造を取っている。またこれらが結合する受容体は複雑で、完全に特異性があるわけではない。

これまでの研究でオキシトシンと同じようにバソプレシンを鼻から投与する方法でASDの症状が一過性に改善すること、またASDの脳ではバソプレシンが低下しているという研究があったため、バソプレシンでASDを治療する治験が進んでいた。

今日紹介したい2編の論文は、一つはバソプレシンを経鼻的に投与する従来の方法についての治験、もう一編はなんとバソプレシンの受容体のうちのV1AR特異的な阻害剤を用いた治験で、ともに5月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは最初が「A randomized placebo-controlled pilot trial shows that intranasal vasopressin improves social deficits in children with autism(バソプレシンの無作為化盲検法による小規模治験は自閉症の児童に対して効果を示した)」で、もう一編は「A phase 2 clinical trial of a vasopressin V1a receptor antagonist shows improved adaptive behaviors in men with autism spectrum disorder(バソプレシン受容体V1aの阻害剤はASDの大人の適応行動を改善した)」だ。

詳細は省いて治験の概要と結果だけを紹介する。

最初の論文は最終的に条件を満たした30人の6−12歳の児童を無作為化し、両親にも気づかれない形で盲検化したバソプレシン経鼻薬を4週間投与、様々な指標での症状改善を調べている。詳細は全て省くが、社会性、反復行動、過度の不安など全てではっきりとした改善が認められ、また心配される血管や腎臓の副作用もないという素晴らしい結果だ。示されたデータを見ると、素人の私でも改善がはっきりしているのがわかる。また一つ重要な発見として、治療前のバソプレシン血中濃度が高い子供ほど効果がある。この理由は特定されていないが、今後の症例選択に役立つ可能性がある。

もう一編の論文は、アゴニストではなくVA1R 受容体の特異的阻害剤を用いている。なぜ阻害剤が効くのかについてはおそらく受容体が何種類もあり、それぞれの受容体の効果が異なるため、特定の一つを抑えることが、全体のバランスを変えることで効果が見られることがあるのだろう。

この治験では12週間阻害剤を内服させている。AVR1は当然抗利尿作用などもあるので、すぐに児童での治験は難しく、知能は正常でASD症状をもつ大人について、用量を変えて効果を確かめている。

付き添いの人の印象での改善度で見ると4mgまで全く効果がないが10mgでは効果が少しみられている。一方他の客観指標では、用量を増加させるとともに改善が見られ、全体としてはまだ有望だと結論している。副作用では不思議なことに、プラセボ群と比べても最も多い10mgを投与した群が少ないため、おそらく長期の使用にも耐えるだろうと結論している。

片方は刺激剤、もう片方は阻害剤が共に効果を示すという一見理解しにくい結果だが、これが正しいとするとVAIRは逆に自閉症症状を高める働きをしていることになり、オキシトシンを含め今後の治療法開発に大きなブレークスルーになるように思う。何れにせよVA1Rの阻害剤も児童での効果を慎重に調べるところから進めてほしいと思う。いずれにせよ、ASDの薬剤による治療も一歩一歩進んでいる。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日 幼児期のポケモンゲームによる視覚認識の変化(Nature Human Behaviourオンライン掲載論文)

2019年5月10日
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昨日に続いて、テレビゲームを医学に利用する論文を紹介する。昨日の論文はアルツハイマー病の診断にテレビゲームを使った例だが、今日は発達期に自然には存在しない特殊なキャラクター、ポケモンに熱中することで、視覚認識がどう変化し、また他の能力に影響が及ぶのか調べたスタンフォード大学からの論文で、Nature Human Behaviour オンライン版に掲載された。タイトルは「Extensive childhood experience with Pokémon suggests eccentricity drives organization of visual cortex(児童期に頻回にポケモンゲームを経験すると視覚皮質の構造を特殊化する)」だ。

私たちが、顔、景色、文字と言ったみたものをすぐにカテゴリー化して理解できるのは、脳の下面に存在するVTCと呼ばれる場所に、カテゴリーを含むさまざまな情報と見た対象を相関させてしまっているからで、これらの認識力は発生期および発達期に刺激に応じて形成されていく。しかし、顔や景色といったカテゴリーに反応する場所は、個体間の差がないため、発達期にVTCでの新しい回路がどう形成されるのかについては研究が難しい。しかし、おそらくこの時期の特殊な回路形成が、将来の例えば画家としての能力に関わるのだろうと想像できる。この面白い問題に児童期のテレビゲームの経験が使える可能性にチャレンジしたのがこの研究で、5歳から8歳までニンテンドウのポケモンゲームでいつも遊んでいる成人を集めて、ポケモンの経験がない成人と比べている。ポケモンという特殊なキャラクターに反応する脳回路が形成されているのか、そしてそれが他の回路に影響しているのかを検討している。

論文を読むまでは考えたこともなかったが、確かに素晴らしい着想だと思う。私自身はポケモンの経験はないが、しかし小さなゲームボーイの中で繰り広げられる同じシーンに世界中の子供たちが熱中した。すなわち新しい一種のテレビゲームが、意図せず発達期の大規模実験をやり遂げたことになる。

研究では、さまざまなカテゴリーの写真とともに、ポケモンの写真を見せた時のVTC各領域の反応を機能的MRIで調べ、その反応を解析している。結果は期待通り、ポケモンで遊んだ場合は、大人になってもポケモン特異的な回路が形成され維持できている。しかし、これが形成されることで他のカテゴリーに対する反応が大きく変化することはない。ちょうど文字を覚える時期なので、文字のカテゴリーに対する反応変化も気になるが、ポケモンで遊んだ影響はない。

その上で、ポケモンを私たちはどう認識しているのか、どの場所にできるのか、またその場所でどのようにポケモン特定き回路が形成されてきたのか(著者らは漫画や動物に反応する回路をベースに新しく作ったと考えている)詳しく調べているが、詳細は省く。要するに、ポケモン特異的回路が形成されて残っていることは確かだ。

この論文の真価は、多くのテレビゲームを、さまざまな時期の脳への共通の刺激実験として使えることに気づいた点だろう。これまで、このようなゲームは発達に悪影響があるとして結論ありきで調べられてきた。しかし、この研究ではっきりと回路の場所や特性が明らかになることで、今後さまざまな能力や行動への影響を、脳の反応をベースに調べることができる。おそらくポケモンに限らず、多くのポピュラーなゲームはこの目的で使うことができるだろう。ぜひ、美大の学生さんでも調べてみたいテーマだと思う。

以前ポケモンGOが世界中で大ブームになった。毎朝散歩するのを日課にしているが、朝早くから大の大人がスマフォを持ってウロウロしているのを見て全く新しい時代がきたのだと感じたが、新しく形成されたポケモン回路が大人になっても残っていることを確認して納得した。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月9日 アルツハイマー病をモバイルゲームで早期診断する(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2019年5月9日
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アルツハイマー病の診断は、記憶を中心に検査がおこなわれるが、同じく海馬が関わるのが、オキーフとモザー夫妻によるノーベル賞研究で、すなわちグリッド細胞に代表される自分の動きをナビゲーションする能力も、かなり初期から異常が出ることがわかっており、診断に使われるようになってきた。

これをうけて2016年、ドイツテレコムはスマフォやタブレットで2分間遊ぶことで、ナビゲーション能力を定量するゲームアプリSea Hero Questを開発して、ウェッブで公開、このゲームで遊んだスコアが、匿名化したあと、ドイツテレコムに集められるようにした。

今日紹介する英国ノーウィッチ医科大学からの論文は、アミロイドβの遺伝子変異でアルツハイマーリスクが極めて高い集団にこのゲームで遊んでもらい、このスコアをこれまで集まった27000人余りのビッグデータと比べてアルツハイマー病の早期診断が可能かどうか調べた研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Toward personalized cognitive diagnostics of at-genetic-risk Alzheimer’s disease (遺伝的にアルツハイマー病のリスクを持っている人の認知機能診断に向けた試み)」だ。

自分でゲームで遊んだわけではないので、ゲームの内容を完全に理解できているわけではないが、自分の乗った船を、前もって見せられた地図の指示に従って、最短距離で目的までナビゲートさせるゲームと、目的地に着いてから自分のこれまでの道筋を構想できる能力を調べるゲームで、最短ルートからどの程度ずれているのか、どのぐらいの時間がかかったのかなどを調べ、遺伝的アルツハイマー病リスクと相関するかどうか調べている。

結果は単純で、最短距離からのズレ、課題を終えるのにかかった時間、自分の道筋を統合して記憶する能力などを調べると、オープンなスペースで地図で目的地へとナビゲートする時、最短距離からのズレがアルツハイマー病の遺伝リスクの高い人で大きいことを発見している。

期待した通りナビゲーションゲームでアルツハイマー病を記憶などの症状がない時から診断できるという結論だが、結果としては拍子抜けするが、新しい時代の到来を感じさせる。すなわち、全く同じプラットフォームを、何万、何千万の人が同時に使って、低コストでデータを取る新しい疫学が可能になっている点だ。このコホートの経過観察はもちろん、他の病気や、発達にも使える。今後同じようなゲーム・プラットホームがアルツハイマー病だけでなく、様々な脳機能の検査として開発されると思う。

神戸の先端医療財団と仕事をしていた時、東北大学の川島さんが開発した任天堂の脳テストが大ヒットを飛ばしているのを聞いて、認知症の早期診断に使えるのではないかと、打診したことがあるが、その時は任天堂は遊びを提供する会社だからと断られたことがある。当時は、ナビゲーションのことは全く知らなかったが、ナビゲーションだけでなく、あらゆるゲームは点数が出る以上、人間の能力を反映することは間違い無いので、遊びが脳の記録にもなることはわが国でも受け入れられるようになるのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日 免疫抑制剤テリフルミドが難治性てんかんに効く可能性(6月5日発行予定Neuron掲載論文)

2019年5月8日
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てんかんは一過性の神経興奮なので、神経細胞へのイオンの流入を抑えるたとえばバルプロ酸、あるいは抑制性神経を高めて興奮を抑えるジアゼパム、さらにはシナプスでの伝達物質の分泌を抑制するレベチラセタムなどが用いられるが、それでも半分近くが難治性てんかんとして、これらの薬剤が効きにくい。

幸い最近になってカンナビノイド、電磁波、さらにはケトン食など、これまでとは違う作用機序の治療方法の開発が進んでいる。今日紹介するテルアビブ大学からの論文は、ミトコンドリアのカルシウムを調節することで神経の興奮閾値を下げるテリフルミドがてんかんにも使える可能性を示す論文で6月5日発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「Mitochondrial Regulation of the Hippocampal Firing Rate Set Point and Seizure Susceptibility (海馬の興奮頻度のセットポイントと発作の閾値をミトコンドリアを介して調節する)」だ。

この研究では、最初から神経の興奮が誘導される刺激のセットポイントを調節している一つの要因が神経の代謝にあると考え、この代謝を変化させこ神経興奮の閾値を高めて神経を興奮しにくくすることでてんかん発作を止めるという目標を立てて研究を行なっている。

まずてんかん患者さんの脳の遺伝子発現をデータベースから調べ、てんかんの人で発現が最も高まる代謝関連遺伝子の一つとして、ミトコンドリア膜に存在するDihydroorotate dehydrogenase(DHODH)を突き止める。さいわい、DHODHの機能阻害剤として、リュウマチや多発性硬化症にすでに用いられているテリフルミド(TERI )が存在しており、このTERIが神経の興奮頻度を強く抑えることを示している。また、shRNAでDHODHをノックダウンしても同じように興奮を抑制することを示し、この酵素を標的に神経興奮の閾値をあげられることを確認している。

次に、作用のメカニズムを解析し、

  • ミトコンドリアの機能の中心であるATP産生は変化させず、予備の呼吸機能のみ抑える。
  • DHOHはミトコンドリアのカルシウムを調節することで、刺激時のカルシウム濃度のバッファー機能を形成している。TERIによりこれが可逆的に抑えられることで興奮がおさえられる。
  • TERIは海馬の神経ネットワークを阻害することなく、神経自体の興奮性を下げる。
  • GABA刺激による抑制性ニューロンの作用は抑えない。

このように生理学的メカニズムを確認した後、最後に痙攣誘発剤による発作、および幼児期からはじまる難治性てんかんドラべ症候群モデルマウスのてんかんにTERIが効果があるかを調べている。痙攣誘発剤によるてんかんについては高い効果を示している。遺伝的なドラべてんかんモデルでは、発作の起こる回数を抑えることを確認している。

結果は以上で、すでに自己免疫病に使われている薬で難治性てんかんを抑える可能性があるという臨床応用可能性が高い結果だと思う。

しかしこの結果を見ると、神経のネットワークは抑えないと言っても、リュウマチや多発性硬化症でTERIを使うとき本当に神経症状はないのか気になる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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