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2月14日 RNAレベルでシヌクレインの翻訳を抑える薬剤の開発(1月21日号 米国アカデミー紀要掲載論文)

2020年2月14日
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核酸を媒体とするコードとアミノ酸の対応が生まれて現在の形の生命が誕生する以前、RNAがコードであり機能分子でもあるというRNA世界が存在していたことは、私にとっては納得できるシナリオだ。そんな状況が今でも垣間見られる様々な現象が存在するが、タンパク質への翻訳過程で、RNAでできたリボゾームとmRNAが相互作用している。

今日紹介するスクリップス研究所からの論文はこのRNA同士の相互作用の一部は、個別のmRNAの立体構造に依存しており、これを阻害することで特定の(この場合αシヌクレイン)の翻訳を抑えることができることを示した研究で1月21日号発行の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Translation of the intrinsically disordered protein α-synuclein is inhibited by a small molecule targeting its structured mRNA (αシヌクレインの異常翻訳をmRNAの立体構造を標的にした低分子化合物で阻害する)」だ。

不勉強でこの論文を読むまで全く知らなかったが、mRNAの中にはRNAの特異的立体構造を使ってリボゾームト結合し、これが翻訳の活性を調節できることがわかっているらしい。その一つがパーキンソン病やレビー小体型認知症で蓄積することが知られているαシヌクレインで、著者らによるとmRNAの5‘UTRに鉄イオン依存性の特徴的な構造を持っており、これを阻害することで翻訳の効率を低下させる可能性があることがわかっていた。重要なのは、このような構造は他のmRNAにはほとんど存在せず、αシヌクレインmRNAに特異的で、従ってこの分子を標的にした治療が可能になるというわけだ。

この研究ではαシヌクレイン5’UTRの構造解析から理論的に設計した化合物の中からsynucleozidという化合物を選び出し、これが細胞レベルでシヌクレインの合成を抑えられるか様々な実験を行なっている。はっきり言って、RNAを標的にする化合物が設計できるというのがこの研究のハイライトで、あとは詳細な細胞学、生化学的実験が続いている。

まずシヌクレイン合成中の細胞に転化して効果や特異性を調べると、期待通りほぼシヌクレイン特異的に25%程度の翻訳を抑制できている。ただ、フェリチンの翻訳も低下するが、これについては2次的影響と結論している。データベースの中から、同じような構造を持つmRNAを探索して、シヌクレイン以外には1種類のmRNAしか見つからないことを確認しており、これを標的にするとシヌクレインを標的にする薬剤の開発が可能になる。

生化学的にはアンチセンスオリゴを用いた結合性のマッピング検査というかなりプロフェッショナルな方法を用いてsynucleozidが結合する場所を特定している。さらにタンパク質の介在なしにmRNAと40Sリボゾームの直接の結合を阻害していることを示しているが、詳細はいいだろう。

要するに、翻訳という蛋白合成の基本過程も、特異的分子を標的とした治療の開発対象になるという驚きだ。もちろん抑制の程度は強くないが、薬に特異性があり、25%の抑制が可能なら十分魅力がある。ただ残念なのは、この研究で脳内へ到達できる分子の設計を行なっているが、これはうまくいかなかったことで、まだまだ実現は遠いと思う。

重要なのは、もし同じことが他の薬剤開発が難しいタンパク質についても言えるなら、翻訳が将来の分子治療の標的になることで、例えば分子特異的に蛋白分解酵素を作用させる低分子化合物とともに期待したい分野だと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月13日 臍帯血から抗腫瘍キラー細胞を作成する(2月6日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2020年2月13日
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キラー細胞を移植してガンを制圧する多様な試みが治験段階に入ってきた。1昨日はCRISPR/Cas9という流行りの遺伝子操作を用いて、キメラ抗体/T細胞受容体(TCR)ではなく、ガン抗原特異的TCRを発現したキラーT細胞を調整し治療に用いた第一相治験研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12364)。この研究では、導入したT細胞の特異的発現を高める目的でホスト側のTcRをCRISPRでノックアウトしているが、同じ方法は一旦作れば誰にでも使えるCAR-T細胞作成のためにも利用されている。すなわちキラー細胞のTCRが存在せず、導入したガン抗原特異的受容体だけが発現する場合、組織適合性のない人でも、ガン以外は攻撃されることがないからだ。CRISPRではないが、他の遺伝子編集法でTCR遺伝子などをノックアウトしたキラー細胞はすでに臨床治験が行われている。ただ、ちょっと考えると、様々な遺伝子をノックアウトした細胞となるとコスト膨大な額になるのではと心配する。

そこでもう一つの方法として、もともとTCRを発現していないが、キラー活性のあるNK細胞にガン抗原を認識するキメラ受容体を導入し、組織適合性を気にせずガン治療に用いる方法だ。今日紹介するヒューストンにあるMDアンダーソン・ガン研究所からの論文は、CD19を発現したリンパ系腫瘍に対するCAR-NK治験の報告で、2月6日発行のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Use of CAR-Transduced Natural Killer Cells in CD19-Positive Lymphoid Tumors (キメラ抗原受容体(CAR)を導入したナチュラルキラー細胞によるCD19陽生リンパ系腫瘍の治療)」だ。

現在行われているCAR-T治療と同じで、この研究でもCD19を認識する抗体とTCRを合体させたキメラ受容体(CAR)を用いているが、臍帯血から調整したNK細胞に導入している。同時に、NK細胞の増殖を高めるためのIL-15および、問題が起こった時に移植した細胞を殺すための細胞死遺伝子まで詰め込んでいる。

これを最初は臍帯血と組織適合性がマッチした患者さん、後からマッチしていない患者さんに注入し、経過を見ている。副作用だが、移植のためにホストのリンパ球を除去する処置を行なっているので、どうしても白血球減少症があること、そしてCD19陽性のB細胞の数が低下すること以外は、ほとんど大きな副作用はない。CAR-Tの場合、急にガン細胞やB細胞が死ぬことで起こる副作用があるが、これもほとんどないという結果だ。従って、第1相試験の安全性の問題はクリアしている。

さて治療効果だが、11患者さんのうち8人で明らかな反応が見られ、7例では完全に腫瘍が抑えられたという結果だ。これを裏付けるように、移植したCAR-NKは体の中で増殖し、しかも1年近く生存することも明らかになった。

以上が結果で、めでたしめでたしだが、なぜか全ての患者さんでCAR-NK治療に続いて、一般的リンパ系腫瘍に対する治療を行なっている。従って、CAR-Tのようにこの治療だけでガンを抑えきれるかは明確ではない。

以上の結果は、あらかじめCAR遺伝子を導入したNK細胞を臍帯血から準備しておいて、組織適合性を気にせず全ての患者さんの治療に使える安価なCARキラー細胞の調整法に道を開いたように思う。このように、一度作れば誰にでも利用できる細胞をOff Shelf細胞と呼ぶ。様々な方法が競い合うことは、開発側にとっては気が気ではないと思うが、治療を待つ側からは大歓迎だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月12日 腸内細菌が腸内神経活動を整えるメカニズム(2月13日号 Nature 研究論文)

2020年2月12日
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昨年の大晦日、常在している緑膿菌の密度を知るため、細菌同士が自分たちの濃度を知るために使っているクオラムセンシングメカニズムに関わる細菌が分泌する分子をAhRで検出して、細胞の転写を変化させるという面白い論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12031)。

今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文もAhRが細菌のセンサーとして働いているという点でよく似た論文だが、腸内の神経細胞での話で、2月13日号のNatureに掲載された。タイトルは「Neuronal programming by microbiota regulates intestinal physiology (細菌叢による神経のプログラミングが腸の活動を調節する)」だ。

腸内の蠕動は消化管全域に張り巡らされた腸管神経系と、c-Kit陽性のペースメーカー細胞により調節されている。そして、抗生物質を投与すると便秘になるという観察から、腸内細菌叢もこの活動に関わるのではないかと推察されていた。この腸内細菌叢による腸管神経系の調節メカニズムを解明するのがこの研究の目的だが、このために腸内神経系を標識して各領域から神経細胞だけ精製できるようにし、まず遺伝子発現を比べ、同じ神経細胞でも小腸と大腸では発現している遺伝子が異なることを確かめている。

こうしてリストした神経発現遺伝子は腸内に一定の細菌が存在する状況で検出したもので、この一定の細菌が遺伝子発現に影響しているのか、細菌が存在しないマウスの腸内神経の遺伝子発現と比べている。この研究では特に大腸で細菌依存的に発現が上昇する分子を探し25種類の分子をリストし、この中で神経系の活動に最も関わる可能性があるとして、腸内では神経系にだけ発現しているAhR分子に着目し、研究を進めている。

この結果もまたAhRが細菌のセンサーとして働いているという結果だが、この研究はどの分子がAhRと結合しているのかについては特定できていない。しかし、抗生物質を投与するとAhRの発現が低下し、それとともに腸管の蠕動が低下する。次に、人工的AhR刺激分子により誘導され、腸管神経の興奮に関わる分子を探索し、いくつかの遺伝子とともに内向き整流カリウムチャンネルを特定する。あとは遺伝子操作を用いて、神経細胞内のAhRが確実に腸管の蠕動調節に、腸内細菌叢依存的に関わっていることを明らかにしている。 

以上が結果で、確かにAhRが登場すると、腸内細菌叢が合成する分子が直接私たちの様々な細胞に働きかけるチャンネルができることがよくわかった。臨床的には、抗生物質投与で起こる便秘に対して、あるいは腸内細菌の変化による便秘に対してAhRを刺激する治療法も可能性があると思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月11日 CRISPR/Cas9 癌治療:世界初?(2月6日 Science 掲載論文

2020年2月11日
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CRISPR/Casによるゲノム操作はいつでも臨床応用可能な段階にあり、どこから論文が発表されてもて驚くことはない。臨床研究が被験者の権利を毀損することがないのか、正しい選択なのか、そして効果はあるのかを淡々と読み取っていけばいい。とはいえ研究者にすれば一番乗りがしたいことも確かだろう。実用化が時間の問題になったということは、そういうことだ。

今日紹介するCAR-T臨床応用をリードしているペンシルバニア大学からの論文は得意のCAR-T分野にCRISPRを用いて臨床応用一番乗りを目指したと思われる治験研究で2月6日号のScienceに掲載された。タイトルは「CRISPR-engineered T cells in patients with refractory cancer (CRISPRにより操作されたT細胞を治療耐性ガンに用いる)」だ。

論文ではこれが臨床研究1番乗りだと書いているが、対象は遺伝子導入した自己T細胞で、培養中でCRISPRによる遺伝子ノックアウトに使っている。骨髄腫や軟部肉腫に発現しているガン抗原に対するT細胞抗原受容体(TcR)を自己T細胞に導入してガンを殺させるキメラ受容体ではなく、TcRそのものを利用したT細胞治療だ。ただ、この場合導入したTcRαとβがホスト側のTcRとも融合するので、ガン抗原特異的TcRの発現確率が低下する。そこで、ホスト側のTcR遺伝子をノックアウトするのにCRISPRを使うことになる。このためにはα、β二つの遺伝子をノックアウトする必要があり、CRISPRを用いるのが最適の選択と言える。

この研究ではさらにT細胞のチェックポイント分子PD-1もノックアウトを同時に行なっている。具体的にはレンチウイルスベクターでガン抗原に対するTcR遺伝子を導入、同時にCas9と3種類のガイドRNAを導入してランダムに書く遺伝子をノックアウト、細胞を選択することなくそのまま増幅を行なっている。

遺伝子操作に成功した細胞を選択しないというのがミソで、CRISPRの高い効率を信じてのことだ。試験管内で増やした段階で、それぞれの遺伝子がノックアウトされている確率は10−50%ぐらいで確かに高い。ただ、3種類がノックアウトされた細胞はよくても10%しかないことになる。とはいえ、ガンに対するキラー活性を比べると、遺伝子ノックアウトした方が活性が倍になっている。

この治験は第1相試験で、こうして作成したキラー細胞が安全かどうかを確かめている。重要なのはCAR-Tと比べて、強い刺激によるサイトカイン分泌による症状はない。Single cell trascriptomeを用いた方法で調べると、たしかにノックアウトされた細胞が長期間維持されていることがわかる。しかし、PD-1をノックアウトした細胞は長期間培養すると減少するので、キラーとしては使えるが、記憶細胞として維持するにはノックアウトしない方が良いことがわかった。

次にCas9で心配されるオフターゲット遺伝子への影響だが、多くはないが確かに0–2%の範囲で検出される。さらに、染色体転座も検出されるが、3例の患者さんでは特に問題にはならなかった。

最後に臨床結果だが、1人は亡くなり、2人が現在生存しているが腫瘍の進行が見られなかった期間は1ヶ月ほどで、現在は他の治療法を合わせてなんとか生存している。

以上が結果で、もともとノックアウトなしに移植が行われているTcRトランスジェニック細胞を用いることで、細胞移植自体の問題を全てクリアーできる形でCRISPRを使ったのはいい選択と言えるだろう。ただ、3種類の遺伝子を全部最初からノックアウトして本当に良かったのか、例えばノックアウトしやすいαだけで良かったのではないかなど、効果が期待ほどではないため反省点は多い気がする。しかし、これを皮切りにCRISPRの臨床応用は爆発的に進むと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月10日 デングウイルスとジカウイルス感染を抑える抗体の作成:コロナ治療でも学べるかもしれない(2月3日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2020年2月10日
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New England Journal of MedicineのWebサイトには刻々コロナウイルス感染についての情報が掲載されており、今日見られる最初のページには、米国の最初の症例、コロナウイルスの最初の感染動態、ベトナムのヒト・ヒト感染例、コロナウイルス分離、そして編集者からコロナについての論文を特別に掲載するサイトを設けたことについてのお知らせなどが掲載されている。もちろんNEJMだけでなく、多くの雑誌でもそうで、これらを眺めていると、中国の研究者たちが大車輪で研究を続け、新しいデータを論文として続々発表しているのがよくわかる。この結果、ウイルスの本態から臨床までかなりのことがすでに明らかになった。SARSを機会にシンガポールの分子生物学研究が急速に発展したのと同じで、中国の研究もこれを機会にさらに加速される気がする。

ただ唯一目にできていないのが免疫反応だが、NEJMを見るとすでにウイルス感染実験系が整備され、ウイルス粒子を精製でき、ゲノムもわかっているので今月ぐらいから発表が始まるのではと期待する。発病する人しない人などを含め、免疫反応の解析は今後ウイルスの治療法開発に必須だ。現在いくつかの抗ウイルス薬が試されているが、最終的にはワクチンと抗体治療が最も確実な方法になる。事実エボラを見ると、多くの薬剤が試されたが、結局安定的治療効果ありと判定されたのは2種類のモノクローナル抗体だけだった。コロナの場合、重症化すると急性呼吸窮迫症候群へ移行する確率が高いので、抗体治療は重要になる。もちろん、今すぐ製剤として用意するのはハードルは高いが、新型コロナウイルスが新型インフルエンザのように一般病として定着した場合、モノクローナル抗体を用意することは重要だろう。

前置きが長くなったが、今日紹介する米国感染症研究所からの論文は昨年問題になったジカウイルスとデングウイルスの両方に効果があるモノクローナル抗体を特定した研究で2月3日Nature Medicineにオンライン発表された。タイトルは「Potent Zika and dengue cross-neutralizing antibodies induced by Zika vaccination in a dengue-experienced donor (デングウイルス経験者にジカウイルスワクチン接種した時に誘導されたジカウイルスとデングウイルス両方に高い効果を示す抗体)」だ。

この研究は不活性化したウイルスを用いたワクチンの効果を調べる過程で、極めて高い反応を示した被験者が見つかったことに始まっている。調べてみると、以前に同じフラボウイルスであるデングウイルスに感染経験があり、できた抗体はデングにもジカにも効果があることがわかった。

そこで同じ人のB細胞から抗原と結合する細胞を精製し、単一細胞レベルで抗体遺伝子を116種類単離、そのうちの一つがジカウイルスとデングウイルスに共通に存在する分子に結合して、ウイルスの細胞への融合を阻止することを明らかにしている。また、動物への感染実験系でも完全にウイルスを抑えることができている。

以上の結果は、すでにデングウイルス感染を経験した人では、ジカウイルスワクチンに対する反応が高いだけでなく、ジカにもデングにも効果がある抗体が作られることを意味する。これを確かめるため、プエルトリコで同じワクチン接種を行い、デングウイルス経験者だけで両方に反応する抗体が誘導できることを示している。

この結果を今回のコロナに当てはめてみると、中国ですでにSARSに感染歴のある人は、新型コロナに対するワクチンの反応性がいい可能性がある。実際、ウイルス感染分子は両者で極めてよく似ている。従って、登録されたSARS感染経験者は、今後治療用モノクローナル抗体遺伝子探索に適している可能性がある。もちろん、現在進行中の患者さんや感染者での抗体反応の解析、そして遺伝子の単離も重要だが、この中からSARSにも新型コロナにも反応する治療用の抗体が作れるかもしれない。そして同じ抗体は、今後のまた新しいコロナにも効果がある可能性がある。

世間は大騒ぎだが、喧騒を取り除いて眺めてみると、研究は着実に進んでいるという実感がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月9日 ミクログリアによる忘れる機構(2月7日号 Science 掲載論文)

2020年2月9日
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以前シナプスを整理する剪定が補体により行われており、補体成分C4が上昇している統合失調症では剪定が高まっていることを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/4790 )。この時は不思議なこともあるものだと思っていたが、その後例えば高齢者になると脳内で補体成分が高まり、またその一つをノックアウトしたマウスは物忘れが起きにくいなどといった論文が発表されると、かなり確かな話になってきたように思う。

今日紹介する中国・浙江大学からの論文はこの過程にミクログリアが関わることを示した研究で2月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Microglia mediate forgetting via complementdependent synaptic elimination(ミクログリアは補体依存的シナプス除去を介して忘却に関わる)」だ。

「忘却とは忘れ去ることなり」などと書くと歳が知れるが、忘れ得ない悲しさを描いた「君の名は」は我々の親の世代の大ヒットで、それが私たちの記憶にも植えつけられている。この研究はこの忘れ得るためのメカニズムにミクログリアが関わっていると着想し、恐怖記憶があると立ちすくむという反応を指標に、立ちすくみが消失する過程でミクログリアの活動を落として調べている。

結果は予想通りで、ミクログリア選択的に除去する遺伝的方法や、ミクログリアの活動を支えるCSF1受容体を阻害すると、記憶が長く続く。すなわち忘れ去ることができない。また、実際の神経活動でみると、記憶の呼び起こしで活動する記憶痕跡細胞の数が増えている。さらに、シナプスの構成要素がミクログリアに取り込まれている。

以上のことから、忘却にはミクログリアが関与するシナプス除去が必要であることが明らかになった。ではミクログリアは何をしているのか?それを確かめるため、ミノサイクリンを用いてミクログリアの貪食を止めると、シナプス分子のミクログリアへの移行が低下する。

以上のことからミクログリアは何らかの機構で破壊されたシナプスを貪食することで、忘却に関わると結論している。これがこの研究のハイライトで、あとはこれまでわかっているシナプス剪定とミクログリアの関わりを詳しく確かめている。

その結果、シナプスの剪定には補体が関与するが、最初のトリガーとなるC1qはミクログリアが分泌すること、このトリガーには神経活動が関わっていること、神経増殖依存性のシナプス形成も、非依存的形成も、ともにミクログリアによるシナプス剪定に関わることを、様々な遺伝学的ツールを駆使して明らかにしている。

正直、ミクログリアのC1qがシナプス選定のトリガーになり、これによりシナプスが破壊される過程でまた、ミクログリアの貪食で最終的後始末がされていること以外は、これまでシナプス剪定と忘却について知られていることを、ミクログリアに関連づけていく研究だが、時間と金のかかった大変な仕事だ。

先日ミクログリアが神経細胞体と相互作用して健康を維持する話を紹介したが、ミクログリアの機能の多彩さがよく理解できた(https://aasj.jp/news/watch/12336)。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月8日 将来予想の神経機構(2月6日号 Cell 掲載論文)

2020年2月8日
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動物の行動研究というと、刺激に対して反応する脳細胞の活動を調べることと同義だが、動物であっても脳内ではいくつかの可能性を考えながら行動が選ばれているのは間違いない。このこれまでの経験に基づいて未来を予想する脳のメカニズムを動物で研究するのは容易でない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はみなさんにおなじみの場所を記憶する細胞の活動を用いて、行動が決まるまえにこれらの細胞の活動を組織化している脳のリズムについて明らかにした研究で2月6日号のCellに掲載された。タイトルは「Constant Sub-second Cycling between Representations of Possible Futures in the Hippocampus (可能な未来を表象する海馬細胞同士の秒以下の単位で進む持続的サイクル)」だ。

この研究でもGPS細胞として有名な海馬の場所細胞を用いている。すでにおなじみのように、右か左かを選ぶ迷路の場合、右を選んだ後活性化する細胞と、左を選んだ時に活性化する細胞に別れる。ただ、迷路全体を自由に動いているときに海馬の活動を細胞レベル、集団レベルで記録し、これをミリ秒単位の時間軸にプロットすると、驚くことに125msを単位とする時間サイクルの中で、右側と左側を表象する細胞が交互に興奮していることに気づく。

もっと驚くのは、細胞の集団レベルで見ても、8Hzサイクルの中で右細胞と左細胞が交互に興奮しながらラットは進み、最後にどちらかが選ばれると右なり左なりの細胞だけが持続的に興奮するようになる。

この研究のハイライトはこの発見で、要するに行動が決まるまでは、どこかからくる8Hzの脳のサイクルに合わせて、右左と交互にスイッチが入り、右の細胞は全てが同じフェーズで活動し、左の細胞は全て異なるフェーズで興奮している。さらにいうと、「どちらにしようかな」と、右左と考えがコロコロ変わりながら、最後に行動が選ばれるというプロセスが明らかになった。

詳細は省くが、頭の動きや、動きの方向性など、それに関わる神経活動は全てこの8Hzのサイクルによって組織化されている。すなわち、選ばなかった行動も、未来の可能性として細胞レベルで頭の中で表象され、しかも表象の提示はランダムでないという結果で、感動する。

神経集団で見てもこのサイクルは捕まるので、脳波計なら人間でも研究は可能だろう。もともと8Hzはθ波として抽出されており(人間の場合このサイクルが8H稼働かはわからないが)研究も可能な気がする。とくに、この全体のリズムを決めるサイクルがどこから出てくるのか、興味が尽きない。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月7日 小児の喘息は予防できるか(2月5日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年2月7日
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最近の小児アレルギー研究の最大の成果は、アトピー性皮膚炎の多くが皮膚のバリアーの機能不全で起こることがわかり、生後油性の保湿成分を塗ってバリアー機能を回復させることが一般に行われ、アトピー性皮膚炎の発症が劇的に減ったことだろう。このように、小児期の免疫反応を変化させて将来のアレルギーマーチを防ぐことは重要な課題だ。

今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は生後18ヶ月目の末梢血で調べられる免疫機能を詳細に調べ、この結果と喘息の発症との相関を調べ、発達期に可能な予防手段を探すための研究で2月5日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Distinct immune phenotypes in infants developing asthma during childhood (小児期の喘息へ発展する幼児の免疫形質)」だ。

デンマークはコホート研究が極めて盛んな国だが、この研究は子供を追跡して、喘息が発生する条件を探るためのコホートで、2010年に始まっている。子どもの発達で18ヶ月目というのは、内外の環境の変化を受けてT細胞が成熟する時期で、この研究ではこの時の免疫機能を詳細に調べ、反応性で1−7までのタイプに分けている。検査も徹底しており、末梢血中の細胞の種類や量だけでなく、ウイルス、細菌感染などを想定して、自然免疫に関わるTLRを別々に刺激し、その時に出てくるサイトカインを調べる念の入れようだ。この何百にも及ぶ検査を、500人を超す子供で調べたということ自体おどろく。末梢血で調べられるほとんどの免疫機能検査を行ったといっていいだろう。

その結果まずわかったのは、子供たちの免疫機能を、TLR刺激によるサイトカインの分泌から7タイプに分けられることを明らかにしている。すなわち、ウイルス感染や、細菌感染などの印がこの検査に反映され、子供達の免疫システムの違いを生んでいるということがわかる。例えば、ウイルスなどの細胞内刺激に反応しやすい子供は、TLR7/8やTLR3に反応するし、一方バクテリアに反応しやすい子供はTLR4やNODに強く反応することになる。

ではこの18ヶ月目の免疫のサブタイプと喘息の発症は相関するのか?

この研究では小児期に一過性に起こる喘息と、発症後持続する喘息に分けて調べている。このコホートでは一過性、持続性を合わせてなんと16%が喘息を発症し、7%は持続性の喘息になっている。このように小児の喘息の頻度は極めて高い。

このなかで、TLR7/8に対する反応が異常で、特に好中球からの炎症性サイトカイン産生が高まっている子供は、一過性の喘息にはなるが、持続はしない。しかし、これにより強くT細胞の反応(TH2反応)によるIL-5やIL-13の産生亢進が合併すると、今度は持続性の喘息になることがわかった。

最後に、ではこのTH2反応と相関する出来事はあるかと調べると、喘息の発生しなかった子供と比べ1ヶ月までに気道感染症状が出た患者さんで喘息発症が高いことを明らかにしている。

データをよくみると、もちろん全ての喘息に当てはまるのではなく、相関があるというレベルの結果だが、しかし10%程度の子供の喘息発症を、気道感染を防ぐことで抑えることができるとすると、大きな数字だ。

要するにここまで様々な項目による分類が進むと、今後様々な免疫の発症につながるホストの条件もますます明らかになるように感じる。特に目新しい検査をしているわけではないが、徹底して行うことで新たなことが見えてくるという典型だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月6日 パーキンソン病とiPS (1月27日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2020年2月6日
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昨日ニュースで現在京大の高橋淳さんらによって進められているパーキンソン病にiPS由来ドーパミン産生細胞移植治験の経過が順調で、最初予定して患者さん7例全員に移植が行われることを知った(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200205/k10012272871000.html)。現役時代、再生医学の実現化ハイウェイプロジェクトを、当時文科省ライフサイエンス科の石井康彦さんと始めた時(https://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n1045_03.pdf)、パーキンソン病の人が自動車を運転して病院から帰れたらこのプロジェクトは100点と決めていた。もっというと、ヒトES細胞が樹立されて再生医学のミレニアムプロジェクトを始めたときから、パーキンソン病の移植治療は最初のゴールと考えていた。もちろん、治験が終わり有効性がわかるまで、軽々に結論は出せないが、患者さんとともに期待している。

ちなみにこのときiPSを用いた再生治療を行うと手を挙げてくれた4プロジェクトは高橋政代さんを皮切りに、臨床研究までこぎつけた。当初の計画より、2−3年は遅れたと思うが、それでもiPSから安全に移植可能な細胞ができればよしとするゴールは達成できたと、当時を思い出しながら満足している。

このプロジェクトはあくまでも治療にiPSを使うための研究を支援したが、iPSのもう一つの重要な柱は、疾患iPSを用いて新しいメカニズムを明らかにし、治療標的を開発することだ。今日紹介するロサンジェルスにあるSedor-Cinai再生医学研究所からの論文はiPSを用いて若年性パーキンソン病研究メカニズム研究で1月27日Nature Medicineにオンライン出版された。タイトルは「iPSC modeling of young-onset Parkinson’s disease reveals a molecular signature of disease and novel therapeutic candidates (若年発症パーキンソン病のiPSモデルは病気の分子的特質を明らかに新しい治療法を示す)」だ。

ParkinやPinkといったミトコンドリアのオートファジーに関わる分子の変異がパーキンソン病の一つの原因であることがわかってから、パーキンソン病での細胞死にミトコンドリアとその分解が関わることがわかってきたが、細胞死の最初の原因になるのはシヌクレインの蓄積になる。従って、ミトコンドリアとともに、シヌクレインの分解を高めることはパーキンソン病の進行を遅らせる切り札になる。

この研究では若年発症性のパーキンソン病PD患者さんからiPSを樹立、ドーパミン神経へ分化させた後、同じように調整した正常人や高齢発症のPDと比べ、若年発症のPD由来iPSのみでシヌクレインの蓄積が起こることを発見する。一方、iPSのままではこのようなことは起こらない。すなわち、ドーパミン神経でのシヌクレインの分解が低下していると考えられるので、その原因を調べると、プロテオソームやオートファジーによるタンパク分解ではなく、リソゾームに取り込まれた後のタンパク分解が低下していることを明らかにする。

そこで、リソゾームの活性をあげるPKC刺激剤を細胞に添加すると、分解が促進する。このメカニズムを化合物を変えたり、濃度を変化させてさらに追求し、おそらくリソゾームを活性化するだけでなく、プロテアソームのタンパク分解システムも活性化することで、シヌクレインの蓄積を抑えることを明らかにしている。

以上の結果から、遺伝性がはっきりしない、しかし進行の早い若年発症のPDをリソゾーム病として位置付け、治療する可能性が出てきた。この研究でも、これがわかって、21人の若年発症PDで新たに同じ方法で調べると、1例を除いて全てがリソゾームの機能低下によるシヌクレインの蓄積が起こっていることを示しており、期待が持てる。

外野から見ていると最近iPSの分野が騒がしいが、そこでうごめく個人の思惑を全て消し去ってみると、着実に臨床へのあゆみが進んでいると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月5日 ミクログリアが神経細胞を保護するメカニズム(1月31日 Science 掲載論文)

2020年2月5日
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ミクログリアというと、変性した神経細胞を貪食して炎症を促進するイメージがあるが、逆にアミロイドプラークを除去してアルツハイマー病の進行を止めるなど良い側面もあり、2面性を持つ。。

今日紹介するハンガリーの実験医学研究所からの論文は、神経細胞の代謝状態をモニターして守る働きがあることを示した論文で1月31日号のScienceに掲載された。タイトルは「Microglia monitor and protect neuronal function through specialized somatic purinergic junctions(特別なプリン作動接合を使ってマイクログリアは神経細胞機能をモニターし守る)」だ。

この研究はほとんどビデオモニターも含んだ形態学を中心に進められる。ただ、じっと形を見てもシナリオは浮かんでこない。それまでの様々なデータを頭に入れて、一つの仮説を立て形態学で確かめることになる。その意味で、この研究で示された結論は最初から著者らの頭の中にあったようにすら思える。

そこで今日は、実験を割愛してミクログリアと神経細胞の相互作用の方法と目的について明らかにされた結論から述べる。

この研究はミクログリアが突起を伸ばして神経細胞の細胞体と直接相互作用しているという形態学的観察から始まっていると思うが、

  • この細胞同士の接触を媒介するのが分泌されたATPを感知するミクログリア側の受容体P2Y12 で、これが神経細胞からでたATPで活性化されると接触が長期間維持される。
  • この安定な相互作用は、神経細胞隊のミトコンドリアの集まっている場所で形成される。すなわち、ATPはミトコンドリアの活動の指標として使われ、これによってミクログリアの神経活動がモニターされる。
  • P2Y12の機能を阻害すると、ミクログリアの突起と神経細胞の相互作用が抑えられるが、同時に卒中を誘導して神経細胞変性を誘導すると、変性が強くなることから、この接触が何らかの形で神経細胞を守っていることがわかる。
  • ミクログリアと神経細胞隊の接触自体は、神経細胞の小胞体と膜の融合に関わるKv2.1陽性サイトで起こり、この小胞はミトコンドリアに由来して、シナプス小胞のようにATPを運ぶ。

もう一度まとめると、ミトコンドリアは細胞の活動や細胞死に深く関わるが、この活動はミトコンドリア由来の小胞が膜に輸送されてきた場所でミクログリアによりチェックされ、主にミクログリアのATP受容体を介する活性化により、神経細胞との接触の程度を調節し、細胞を守っているという結論になる。

この結論を、主に免疫染色とビデオ、電鍵、電験トモグラフなど様々なテクノロジーを駆使して確かめている。たとえば、P2Yを抑制すると相互作用時間が低下するとか、ミトコンドリア、小胞体、P2Yなどがひとかたまりになってシナプス用構造を作るなどを示す実験だが、やはり実際の写真を見てもらったほうが早いだろう。

形態学とは何かがよくわかる研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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