1月9日 RNAワクチン開発のBiontechが考える、ワクチンで免疫を抑えるという新発想(1月8日 Science 掲載論文)
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1月9日 RNAワクチン開発のBiontechが考える、ワクチンで免疫を抑えるという新発想(1月8日 Science 掲載論文)

2021年1月9日
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我が国で最初に接種が始まる新型コロナウイルスに対するワクチンはファイザー/ビオンテックのRNAワクチンになることは専門家でなくても知らない人はいない。しかしほとんどの人が、このワクチンの中核の技術が、ドイツ・マインツ大学発のバイオベンチャー・ビオンテックにより開発されたことを知らないのは残念だ。

今回Covid-19ワクチン開発のトップに躍り出たドイツのビオンテックも、米国のモデルナもほとんど無名のベンチャー企業だが、RNAを用いた地道な研究を続けており、個人的にはガン免疫を誘導する治験に大きな期待を寄せていた。

今日紹介するマインツ大学とビオンテックからの論文は、なんと同じ技術を用いて自己免疫病を抑えるワクチンを作れる可能性を示す研究で1月8日発行のScienceに掲載された。タイトルは「A noninflammatory mRNA vaccine for treatment of experimental autoimmune encephalomyelitis(実験的自己免疫性脳脊髄炎の治療用の炎症を誘導しないmRNAワクチン)」だ。

説明すると長くなるのだが、ビオンテックもモデルナもリポソームに包んでデリバーするmRNAには天然のリボ核酸ではなく、メチル化されたウリジンを取り込ませたmodified mRNAを使っている。これはRNAを細胞内に導入する操作では広く使われている手法で、ワクチンの場合、mRNAの寿命が長くなり多くのタンパク質が合成できることと、細胞内での自然免疫の刺激が少なく、副反応を抑えることが可能だという点が大きい。

この特徴は、自然免疫を刺激して獲得免疫を誘導するという点ではネガティブだが、今回の新型コロナウイルスに対する治験結果を見ていると、ちょうど良い塩梅にこのバランスがとれたと結論できるのかもしれない。いずれにせよ、天然のウリジンとメチル化ウリジンを使い分けることで、自然免疫誘導性の高いものから低いものまで、今後目的に応じてワクチンを使い分ける可能性が生まれる。

今日紹介する論文はまさにこの可能性を追求したもので、T細胞に起因する抗原特異的な炎症による自己免疫病、抑制性T細胞を誘導できるワクチンを用いて抑える可能性を調べている。研究では、実験的自己免疫性脳脊髄炎を誘導するアミノ酸が11個並んだポリペプチドをコードするmRNAを天然のRNA(wRNA)とmodified RNA(mdRNA)を用いて別々に作り、これをリポソームで包んで静脈注射し、脾臓での炎症性サイトカインを調べると、wRNAでは炎症性のサイトカインが強く誘導されているが、mdRNAではほとんど誘導がなく、炎症誘導性で両者は全く異なることを示している。

同じ様な実験はモデルナもすでに発表しているが、このときはワクチンが炎症を強く起こさないことを示す目的で使っている。一方今回のビオンテックの研究では、このとき誘導されるT細胞についても詳しく分析し、mdRNAを用いた場合は強く抑制性T細胞(Treg)が誘導されることを示している。

すなわち、ペプチドの様な短い抗原を用いるとき、炎症誘導性の低いmdRNAはエフェクターの代わりにTregを強く誘導することがわかった。

こうして誘導したTregが自己免疫反応を抑制できるか調べる目的で、同じ抗原を前もって注射して誘導する自己免疫性脳脊髄炎で、症状の出る前にmdRNAによるワクチンを注射すると、発症を抑えることができる。また、発病後にワクチンを注射しても病気の進行を抑えることができる。

さらに、同じミエリン抗原で違う部位のペプチドのmdRNAを用いたワクチンを調整して投与しても、ミエリンに対する自己反応による病気であれば抑えることができる。すなわち、同じ場所で刺激され、IL10などの炎症を抑えるサイトカインを分泌して免疫反応を抑えることがわかった。

このことは、自己免疫に関わるペプチドが同定できなくても、免疫反応を誘導している抗原が特定さえできれば、その一部のペプチド抗原のmdRNAを使うワクチンで治療する可能性を示している。

最後にscRNAseqを用いて、このワクチンを投与された自己免疫性脳脊髄炎マウスでは、抗原特異的T細胞が消失するのではなく、予想通りTregが誘導され、エフェクターT細胞を抑えていること、そしてこの効果はチェックポイントを阻害すると消失することを示している。

結果は以上だが、この論文を読んで私はRNAワクチンの大きな可能性を実感した。もともと、配列がわかればすぐワクチンが作れるという機動性を生かして、ガンワクチンの主流になると予想していた。しかし、今回の新型コロナウイルス感染に対する超迅速なワクチン開発から分かった様に、新しいパンデミックに対する切り札としての役割も実感した。そのうえこの論文から分かる様に、細胞内での自然炎症の強さを調節して、免疫を上げたり下げたりできるワクチン開発まで視野に入ると、可能性は一気に広がる。

マインツ大学の実際の名前はヨハネス・グーテンベルグ大学だが、グーテンベルグによる活版印刷は、ヨーロッパ文化の大改革とともに、文化の大衆化に大きな役割を果たした。その意味で、RNAワクチン手法が、安価な遺伝子操作法、免疫操作法として普及することを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ