CRISPR/CasについてのCharpentierとDoudnaさんの業績がノーベル賞に値することは誰も異論がないが、ノーベル化学賞と聞いて驚いた人も多いと思う。事実、医学生物学に対する彼らの貢献は大きく、折しもタラセミアや鎌形赤血球症のCRISPR/Casを用いた治療が昨年の10大ニュースに選ばれた。当然医学生理学賞を頭に描くのが道理だ。
しかし、受賞理由を読んでみると、化学賞がふさわしいというより、今この2人だけにノーベル賞を授与するとするなら化学賞しかないということが伝わってきた。というのも、生物学としてCRISPR/Casシステムの発見は重要だし、また遺伝子操作技術としての未来は計り知れない。ただ、ここには多くの科学者が関わっており、誰を選ぶのか難しいし、文句も出そうだ。
そこで、元々crRNAとtracrRNAが結合してCasに認識されるガイドが形成されるという生物学を、crRNAとtracrRNAをキメラにして一本のガイドRNAにまとめることで、配列特異的遺伝子操作をプログラムできるとした2人の初めてのScience共著論文(図)をノーベル化学賞の対象にすることで、この2人以外を排除した絶妙の判断だった様に思える。
しかし、技術としてまとめられたシステムだけを見ると、失うものも多い。すなわち、CRISPR/Casシステムは、本来機能しているバクテリアの中でこそ面白い。
今日紹介するジョンズ・ホプキンス大学からの論文はtracrRNAの一つで最も長いものが、Cas9と結合してCRISPR/Casシステム全体の転写を調節することを示した研究で2月4日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「A natural single-guide RNA repurposes Cas9 to autoregulate CRISPR-Cas expression (自然の一本鎖ガイドRNAはCas9をCRISPR/Cas発現の自己調節に使い回す)」だ。
このグループはCRISPR/Casシステム全体をプラスミドに導入して、このシステムが存在しないバクテリアを用いて、システム全体の発現レベルを決めるメカニズムを探っていたようだ。トランスポゾンにより変異を誘導して細菌のウイルス感受性に影響する分子を探索した結果、なんと最も高い影響が見られたのが、トランスポゾンがcrRNAと結合してCas9と結合して働くパートナーのtracrRNAに飛び込んだ時だったことを発見する。そして解析を進めて、tracrRNAをコードする領域から転写される最も長いtracrRNA(tra-L)が欠損すると、CRISPR/Casシステム全体の転写が高まることを明らかにする。このことは、CRISPR/Casシステム自体から転写されるRNAがCRISPR/Casの発現を抑えていることを示している。
さらにtra-LはCRISPR/Casシステムにコードされる全ての分子の発現を抑制しており、これにより新しい外来DNAをクリスパーアレーに組み込む活性も低下する。
次にメカニズムについて検討し、このtra-Lは、crRNAのパートナーとして働くtracrRNAだけでなく、もともとcrRNAが持っているtracrRNAとの相補配列も持っており、現在使われているキメラ型ガイドRNAにそっくりな構造を取れることが明らかになった。さらに驚くことに、これに続いてCRISPR/Cas転写を調節するプロモーター領域と相補的な10塩基対がつながっている。
このことは、tra-Lはそれ自身でガイドRNAとしてCas9と結合し、しかもCRISPR/Casのプロモーター領域にCas9をリクルートすることを示している。言ってみれば、CharpentierさんとDoudnaさんが構想したキメラガイドRNAが、実際には自然に存在していたことになる。とすると、Cas9でCRISPR/Cas領域が切断される心配があるが、Cas9のDNA切断活性には16塩基対以上の相補配列が必要で、10塩基の相補配列では切断する代わりにCas9は転写のリプレッサーとして働く。その結果、CRISPR/Casシステム全体のリプレッサーとしてCas9が使われ、self-feedbackがかかる様になっている。
さらにTra-Lが独立したガイドとしてCas9に結合することは、本来のcrRNA/tracrRNAガイドと競合することを意味する。実際、外来遺伝子がスペーサーとして組み込まれたCRISPRアレーが存在しないと、tra-Lによる転写抑制が強くなる。すなわち、外来遺伝子に対応する必要がないときは、CRISPR/Casシステム全体の転写を抑えていることがわかるが、外来DNAの侵入と戦うためcrRNAが働いているときには、Cas9のリプレッサーとしての役割は抑えられる。
ではなぜこの様なシステムが必要なのか、tra-Lの機能をノックアウトした細菌を用いて調べると、24時間以降増殖が低下することがわかる。すなわち、tra-Lが働かなくなると、CRISPR/Casシステムの転写が上がり、外来因子に対する免疫能力は上昇するが、その結果自己のDNA をスペーサーとして組み込んで、自己のゲノムを切断することで、増殖が止まることになる。すなわち、CRISPR/Casシステムが自己に対する免疫に働かないように活性を落とす一つのメカニズムになっていることがわかる。
最後に、この様なtra-Lは2型CRISPR/Casシステムの半分に存在し、進化的にもよく保存されていることも示している。
元免疫学者から見ると、T細胞をエフェクターと制御の両方に使って、免疫の促進と自己免疫の抑制を調節している免疫システムと重なる極めて巧妙なメカニズムだ。システムは生物全体の中で見るのが一番面白い典型といえる研究だ。とはいえ、ここから新しい技術も生まれるだろう。新しいガイドが見つかったわけで、遺伝子切断ではなく遺伝子調節に直接使える可能性もある。大いに期待したい。