AASJの二人の理事(藤本、麻生)と私は、全身に異所性の骨化が進む病気FOPを通して知り会った。その結果、FOPに関する重要な論文を見落とさない様常にプレッシャーがかかっている。その意味で、今日紹介するミシガン大学からの論文はFOPを理解する上で極めて重要な貢献ではないかと思う。タイトルは「Augmented BMP signaling commits cranial neural crest cells to a chondrogenic fate by suppressing autophagic β-catenin degradation (神経堤細胞でのBMPシグナルの更新はオートファジーによるβカテニン分解を抑えて軟骨への分化を誘導する)」で、1月12日号Science Signaling に掲載された。
少し余談になるが、この論文の責任著者の三品さんは、発生過程でのBMPシグナル研究の第一人者だが、所属がミシガン大学と知って驚いた。というのも、私の頭の中では、日本に戻って定着していると思っていた。結局彼にとって日本は研究し良い環境ではなく、おそらく最近ミシガン大学に移ったと思う。せっかくUターンしてくれた研究者が、また我が国を離れるという状況を見ると、今、問題になっている科学技術力低下の原因を見る様な気がした。
FOPはBMPシグナルを伝達するアクチビン受容体1(ACVR1)の突然変異による分子機能亢進によることははっきりしているが、なぜ発生過程では大きな異常が見られないのか、何が骨化の引き金になるのか、骨化するのは筋肉細胞そのものなのかなど、わからないことが多い。
三品さんたちは以前から、FOP変異をACVR1の活性化型の影響を調べる目的で研究してきた。今回は、この変異を神経堤細胞で発現する様にして調べたところ、FOPと同じ異所性の骨化が誘導できることを発見する。完全に同じとは言えないまでも、初めてFOPの動物モデルができたことになる。
シグナルを熟知した発生学者の仕事で、詳細は省くが、この骨化のメカニズムを追求する中で、神経堤細胞が鰓弓へ分化した後、様々な系列へとコミットする段階の初期にACVR1のシグナルが高まると、軟骨へと分化が誘導され、それが本来骨でないところに移動した後、骨に分化することを突き止める。
鰓弓細胞を培養してACVR1シグナルを抑える実験で、培養1日目には効果が見られるが、それ以降は全く効果がないことから、このシグナルは軟骨系への分化のコミットメント時のみ働くことがわかる。これは、FOP治療にとっても重要で、どの時期かわからないが、かなり早い段階でACVR1をピンポイントで抑えることの重要性を示唆している。
そして最後にFOP型ACVR1のシグナル伝達機構について解析し、ACVR1活性の亢進は、まずmTORの活性化を誘導し、これが鰓弓細胞の軟骨へのコミットメントに関わることを明らかにする。事実、現在iPS研究所でFOP治療にも使われているmTOR阻害剤は軟骨へのコミットメントを抑える活性がある。ただ、これも鰓弓細胞が分化決定する最初の段階だけで、後には全く効果がない。このことから、細胞分化系で特定される薬剤も、投与する時期が重要で、軟骨への分化決定がFOPでいつ起こったのかを再検討することが重要になる。
この研究ではmTORがなぜ軟骨形成を誘導するのかについても明らかにしている。様々なシグナル経路を調べた結果、mTOR活性化は、オートファジーを抑制し、オートファジーによりβカテニンの分解が抑えられて、Wntと同じ様にシグナルが入って、軟骨への分化が促進されることを明らかにしている。
この研究は盛り沢山で、発生過程での軟骨形成が、一般的に考えられているオーソドックスなBMPやWntシグナルだけでなく、両方がオートファジーを介してクロストークする微調整の支配下にあることを示しており、今後発生や疾患を考える上で新しい概念を提供している。
そして何よりも、FOPの成立機序について多くの示唆を与えている。これまで未分化細胞から骨細胞への分化を抑制する薬剤がiPS研究所の池谷さんたちにより特定されており、またACVR1の機能を特異的に抑制する薬剤も開発されている。この研究から、これらの薬剤は軟骨への分化決定過程にピンポイントで投与する必要があることが明らかになった。とすると、この感受性がFOP発症全過程のどの時期なのか明らかにすることが最も重要な課題になる。さらに、一旦コミットした軟骨が骨化する過程を標的にする重要性も明らかになった。
BMPシグナルと骨化というと、そのままわかった気になってしまうことが落とし穴で、この落とし穴から抜け出せたという意味で、三品さんたちの研究は重要だ。