アデノウイルスやアデノ随伴ウイルス(AAV)は、今や遺伝子治療の切り札として、広く使われるようになってきている。ウイルスとしての増殖力は欠損させているが、今回多くの国で使用されたアストラゼネカのワクチンもチンパンジー由来アデノウイルスを用いている。臨床だけではない。脳の特定の場所を操作する光遺伝学も、おそらくAAVなしにはもう成立しないのではないだろうか。
しかし遺伝子治療でも、光遺伝学でも、現在のところ、ウイルスを脳に導入するためにはどうしても局所に投与する必要がある。というのも、これまでのAAVは脳血管関門を通る確率が低いという問題があった。
今日紹介する米国カルテックからの論文は、ウイルスカプシドに変異を導入して、脳血管関門を通りだけでなく、神経細胞特異性を獲得させルことに成功したという研究で12月9日 Nature Neuroscienceにオンライン掲載された。タイトルは、「AAV capsid variants with brain-wide transgene expression and decreased liver targeting after intravenous delivery in mouse and marmoset(静脈注射により脳神経細胞に広く発現する一方、肝臓での発現が低下したAAVカプシド)」だ。
このグループは、ウイルスをランダムに変異させる実験から、脳血管関門を通過できるウイルスについては開発に成功していた。この研究では、AAVが細胞に侵入するときに使うスパイクの高率を変化させる、近接する部位を変化させることで、ウイルスの指向性を変化させられるのではと着想し、この部位に体系的に変異を導入し、この膨大な数のウイルスライブラリーを静脈から注射、脳を含む様々な臓器について、どのカプシド配列がそれぞれの臓器で濃縮されているのかを調べ、脳細胞で発現が強く、一方で肝臓では発現が低いウイルスカプシドを選んでいる。
書いてしまうと簡単だが、おそらく大変な作業だろう。しかし何度も絞り込みを繰すり返し、ついにほとんどの脳神経細胞で発現し、しかも肝臓での発現が低下しているカプシドを1個探し当てている。他にも、脳と肝臓にもっと強い発現を可能にするカプシドも発見しているが、この場合大きな肝臓にほとんどがトラップされてしまう心配があるので、この研究では、肝臓にトラップされないCAP-B10をその後の研究に用いている。
あとは、CAP-B10 AAVに様々な遺伝子を組み込んで、脳や肝臓での発現を調べ、期待通りこのベクターが、1)脳血管関門を通過できること、2)脳神経細胞での遺伝子発現を誘導できること、そして3)肝臓での遺伝子発現は、他のAAVと比べて一桁低いこと、4)マウスだけでなく、マーモセットでも同じ指向性を持つ、などを示している。
もしこれを人に拡大できれば、この分野では大きな伸展といえるのではないだろうか。脳全体に遺伝子導入が必要な疾患の数は多い。その意味では期待したい。しかし気になる点もある。例えば、小脳プルキンエ細胞や脊髄神経細胞では発現が低く、神経特異的といってお単純ではない。また、グリアやアストロサイトでは発現がない。とはいえ、AAVで細胞特異性を出すのは難しいと思い込んでこれまで進んでこなかった方向に道が開けたという点では意義が大きい。