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12月7日 繰り返し考える重要性:II GastrulationとPrimitive Streakを考え直す (12月3日 Science 掲載論文)

2021年12月7日
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私たちが習った発生学では、発生している胚だけが対象になっていたが、現在では遺伝子や細胞は見ても、実際の胚と向き合うことがない研究者も数多くいるはずだ。例えば、私のようにマウスES細胞を用いて研究した場合、マウス胚は容易に手に入るので、胚と細胞を行ったり来たりできるが、ヒトES細胞を用いている研究者は、実際のヒト胚を使うことはないだろう。

しかし細胞や遺伝子だけを扱っていても、研究対象は発生する胚の話で、細胞しか扱わない研究者にとっても、胚発生について深い見識のある研究者から意見を聞くことが大変重要になる。しかし胚発生過程について最新の論文まで熟知し、しかも自分の観察経験を核に知見が整理されている研究者となるとそう多くない。

私自身は京大に移ってから、マウス胚とES細胞を用いて中胚葉から血液血管の発生を研究していたが、まさにこの過程はエピブラストから外胚葉、内胚葉、中胚葉が現れるGastrulationと呼ばれてきた発生では最も重要な段階に対応する。知識のない私は、Gastrulationについて深い見識を持つ、ある意味で発生学の思想家とも言える研究者を探すことになるが、幸いそんな思想家と直接出会い、学ぶことができた。Lewis Wolpert、 Claudio Stern、Patrick Tam、そしてJanet Rossantなどが印象に残る人たちだが、自分が研究している過程を広い視野で見直すという意味では、本当に習うことが多かった。

今日紹介する熊本大学Goujun Sheng、スペインPompeu Farba大学のAlfonso Martinez Arias、そしてバージニア大学のAnn Sutherlandによる論文は、発生過程を熟知した新しい世代の思想家が現れていることを示すレビューで12月3日のScienceに掲載されている。タイトルは「The primitive streak and cellular principles of building an amniote body through gastrulation(原腸陥入による有羊膜類発生過程での原条と細胞の原理)」だ。

この論文ではgastrulation期に鳥や哺乳類に見られるprimitive streakの意味について、多くの論文に基づき一つの考えが示されるレビューだ。そのため、何が結論かを紹介するのはなかなか難しいが、結論を簡単にまとめてしまうと以下のようになるだろう。

鳥類や哺乳類のgastrulationを研究するとき、様々なオーガナイザー分子を発現するノードから伸びるbrachyury分子を発現する原条が形態形成と細胞分化をコオーディネートすると考えることが多いが、原条自体は、増殖を続ける上皮構造から中胚葉、内胚葉が分化を誘導される過程が、胚という限られた体制の中で起こることの表現でしかなく、実際原条なしのgastrulationは他の種では当たり前のことだし、しかも形態的原条形成が見られない試験管内でも、胚と同じスケジュールで細胞分化が起こる。

詳しくは自分で原著を是非読んでほしいが、このレビューを読んで私は、Shengの先生、Claudio Sternが行った、ノードを除去すると原条形成を含む全ての形態形成がストップし、その後新しいノードが形成されるの伴い発生が進行するという論文を思い出した(Development 1996 Oct;122(10):3263-73)。実際、Shengも含めて、ニワトリ胚で原条を眺めていた発生学者は、このレビューと同じ結論を感じていたのだと思う。

ただ、3人の新しい思想家たちは、この感覚を新しい時代に脚色し直して示している点が現代的で素晴らしい。すなわち、多能性幹細胞の開発により可能になった試験管内での胎児発生と、実際の形態発生を統合する研究の重要性を強調するとともに、原条形成をヒトの誕生として、それ以上の培養を禁じる倫理規範について、新しく議論し直す必要性を強調する立て付けで、レビューを書き上げている。

このように、全体をまとめることができる思想家でないと、一般社会とのコミュニケーションは難しい。ES細胞培養がただ役に立つと言うだけでは、相互理解はできないのだ。しかし、彼らは思想家であっても政治家ではない。是非思想家からの問題提起を受け止めて、一般の発生学者にとっても難しいGastrulation過程を理解しながら、倫理規範を考える政治的が現れ、ヒト胚培養について深い議論が進むことを期待したい。

最後に個人的なことになるが、Goujun Shengとは彼が神戸理研のチームリーダーになってから、長く付き合ってきた。当時の神戸理研には、思想家と呼べる研究者が多く在籍していたが、中でもShengの知識レベルは驚異的だった。実際、初期の卵黄嚢での血液発生に関する20世紀初頭の研究論文を探していたとき、Shengが全てコピーを持っていて提供してくれたのを覚えている。今後も日本で活躍してほしい研究者の一人だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月7日 繰り返し考えることの重要性1:原人の足跡(12月1日号 Nature 掲載論文)

2021年12月7日
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二足歩行が、他の類人猿から分かれた人類がアフリカを出て世界に広がる最も大きなきっかけになったことは間違いない。この意味で、1976年Leakyにより発表の、タンザニアLaetoliで発見された366万年前の二足歩行の足跡についての論文は(論文1)、大きな反響を呼んだ。

論文1

ただ、その後でこの足跡が発見された場所(SiteA)に近いSite Gから、ほぼ完全な、しかも長い距離にわたる足跡が発見されたため(論文2)、歩行が不自然だったSiteAの足跡は、Leaky自身により小熊が二足歩行した結果ではないかと結論づけられ、忘れられていた。

論文2

今日紹介するオハイオ大学からの論文は、熊の足跡として忘れられたSiteAの足跡を再度分析し直した研究で、12月1日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Footprint evidence of early hominin locomotor diversity at Laetoli, Tanzania(タンザニアLaetoliに残る足跡は初期原人の歩行の多様性を示している)」だ。

現金なもので、SiteAの足跡はケアされずに放置されていたようだ。このグループは、同じ足跡をもう一度クリーンアップし、3D写真装置で計測し、現存の様々な動物の足跡、およびSiteGの足跡などとの比較を行っている。

まず、熊の二足歩行、チンパンジーの二足歩行との比較から、例えば爪の後がない頃、かかとが広いこと、などから原人の足跡と結論している。

その後で、足跡自体の計測結果を、ホモサピエンス、チンパンジー、SiteG, SiteSの足跡と比較し、原人と考えて良いが、SiteGやSiteSの足の持ち主、アウストラピテクス・アファレンシスとは異なる原人ではないかと結論している。

一つの実験で決定的に決められない課題については、何度も何度も、しかもプロの頭で繰り返し検討し直すことの重要性を示す論文だった。

今日は午後には、もう一つ発生学の最も重要な課題について考え抜いた熊本大学のShenさんの研究を紹介する予定でいる。

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