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7月11日 心筋梗塞の遺伝子再生誘導治療の可能性(6月30日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年7月11日
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我々の体の多くの組織は、発生過程で増殖を繰り返して臓器を形成すると、ピタッと増殖が抑えられる。例えばイモリなどの脊椎動物は、組織が障害されるとこの抑制が外れ、もう一度完全な臓器を作ることができるが、我々哺乳動物になると、残念ながらこのような機能は失われている。このため、心筋梗塞のように、組織細胞が失われても、再生は起こらず、低下した心機能に体の活動を合わすしかない。

再生能力が欠如した臓器を再生するには、試験管内で準備した細胞を治療に用いる再生医療か、あるいは再生能力を再活性させる方法が存在する。幸い、最近の研究で、私たちの再生能力の一部は、抑制を外してやると再活性化することがわかってきた。

特に最近Hippo/Yap経路と呼ばれるシグナルで、多くの組織の再生能力が抑えられており、再生がないとされてきた神経細胞でも、この経路を遺伝子操作することで、再生が可能であることが明らかになってきた。また、今日取り上げる心筋梗塞後の心筋再生も、Hippo経路の遺伝子操作で再生を誘導できることが、マウスで示されてきた。

今日紹介するテキサス・ベイラー医科大学からの論文は、小動物の実験から可能性が示唆されたHippo/Yap経路の遺伝子操作による心臓再生誘導治療の可能性を、ブタを使って確認し、人間での知見に一歩近づけた研究で、6月30日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Gene therapy knockdown of Hippo signaling induces cardiomyocyte renewal in pigs after myocardial infarction(Hippoシグナルをノックダウンする遺伝子治療はブタの心筋梗塞後の心筋新生を誘導する)」だ。

心臓のHippo経路では、Mstと呼ばれるキナーゼと、そのアダプターSavが、マトリックスなど外界の刺激により活性化されると、転写因子Yap/Tazがリン酸化・分解されることで、その働きが抑制され、再生に必要なシグナルが誘導できないことが知られている。したがって、Hippoシグナルを抑えると、細胞の増殖が誘導される。

この研究ではアダプターSavをアデノウイルスに組み込んだshRNAでノックダウンすることで、心筋でのHippo経路を抑制し、心筋再生に必要なYap/Tazの機能再活性化を試みている。

すでにマウスでは様々な方法で明らかにされていることなので、この研究ではブタを用い、できるだけ人間の治療に近づけたプロトコルを開発しようとしている。そのため、NOGAと呼ばれる、心筋の活動を直接電極で測るカテーテルを用いて、梗塞部位を特定し、そこにウイルスベクターを注入するという手間のかかる実験を行なっている。

結果は上々で、

  • この方法で、遺伝子を心筋内に導入し、Yap/Tazを核内に移行させ、下流の遺伝子を誘導し、心筋を脱分化、増殖させることができる。
  • 心筋梗塞モデルで、梗塞部位の拍出力の低下を止めることができる。
  • 心拍出力維持は、Hippo抑制により梗塞部位で続く、残った心筋の脱分化、増殖、そして心筋が梗塞部位に再構成された結果だ。
  • さらに、再生部位にはおそらく炎症を介した血管新生を伴っており、心筋再生を助けている。

以上が結果で、基本的には治験前の前臨床試験になる。残念なのは、若いブタが使われており、中高年の心筋梗塞ではどうなのか、高齢の動物での結果が欲しいところだが、基礎的研究からここまで進んできたことで、心筋梗塞の遺伝子治療の実現も近い予感がする。

特に今回新型コロナワクチン により、遺伝子ベクターなどへの規制はかなり緩和されたと思うので、実現までの時間は短いと思う。現役時代は細胞移植ベースの再生医学のディレクターをしていたが、このままだと遺伝子治療に軍配が上がりそうな気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月10日 統合失調症と世界の内的モデル(8月5日号 Cell 掲載予定論文)

2021年7月10日
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オキーフさんとモザー夫妻のノーベル賞受賞以来、海馬に形成される外部世界の表象についての研究を紹介してきたが、外界の経験を内部イメージ化する過程は決して場所の記憶に限らない。おそらくほとんどの種類のエピソード記憶は同じ仕組みが使われていると考えられる。

実際、今日紹介しようと思っているロンドン大学からの論文の著者らは、2019年に、バラバラに提示されたイメージのセットから、最終的にそれぞれのセットの元になっている6種類のイメージが並んだ順番を、セットを見ながら推察する課題を学習したあと、同じルールに従う新しいイメージセットから、そのセットの背景にあるイメージの順番を構成し直すという課題が、ネズミの場所記憶での脳活動と同じように振る舞うことを発見した。すなわち、それぞれのイメージに対応する神経細胞の活動を脳磁図計で調べると、新しい経験をした後、ネズミの場所細胞で見られる脳活動と同じように、短い周期のリップル波発生に続いて、、それぞれのイメージに対応する神経ユニットの興奮が、経験した順番に順番に再生(replay)される。さらに、推察結果が正しいとわかると、今度は逆順に神経興奮が再生して、内部記憶を書き直すことがわかった。

単純化して解説すると、内部イメージの表象と、現実の経験とを常に参照しながら新しい内部イメージを作っていく脳過程を人間で調べることができるようになった。これを受けて、今日紹介する論文では同じ課題と脳磁図記録を、統合失調症の患者さんで調べる実験を行って、統合失調症の脳機能に切り込めないかチャレンジした研究で、8月5日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Impaired neural replay of inferred relationships in schizophrenia(関係についての推論を再生する過程が統合失調症では障害されている)」だ。

この研究にはもう一つの伏線がある。すなわち、マウスの遺伝的な統合失調症モデルでは、モザーさんたちが定義した場所細胞の記憶形成が障害されるが、このとき新しく海馬の場所細胞で起こった活動経験を、休んでいる時に再生するという過程が特に障害されていることが報告されていた。

だとすると、実際の統合失調患者さんでイメージの順番を推論する課題と、脳磁図計測を組み合わせれば、人間でも解析が可能になる。それを行なったのがこの研究で、結果をまとめると次のようになる。

  • バラバラに提示されるイメージセットから、元のイメージの順番を推察する課題の達成率は統合失調症で低下している。最終的には、子供でもできる課題なので、順番を言い当てることはできるのだが、正しい推論に至るまでの時間がかかる。
  • マウスの場所細胞の興奮で見られたのと同じで、新しいイメージを経験後、それぞれのイメージに対応する細胞が再興奮する再生が、統合失調症患者さんではほとんど特定できない。
  • ところが、再生の際に海馬で生じる高周期のリップル波の振幅は正常より大きい。明確な過程は解析されていないが、興奮抑制のバランスが壊れているため、再生が起こらない。
  • 新しく経験したイメージは、それまでのイメージと対応した連関地図が脳内で形成される(すなわちAを見るとAとともにA’に対する領域も興奮する)。この連関地図が統合失調症では混乱している。

これらの結果を自分なりに考えてみると、統合失調症の人が経験を積み重ねて内部イメージを不断にアップデートしていくことが難しいことがわかるが、ではなぜそうなのかについては、高周期のリップル波の振幅が大きいだけでは、結局メカニズムはわからない。ひょっとしたら、統合失調症の人ではアップデートを拒否する内部イメージがすでに出来上がっているのかもしれないなどと考えてしまう。

こんな空想が広がるが、いずれにせよこの結果や、マウスとの共通性を勘案すると、統合失調症の患者さんは、方向音痴で場所記憶が苦手という話になるが、実際のところはどうなんだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月9日 Covid-19ワクチン副反応4:ワクチンにより誘導されるPF4抗体の性質(7月7日 Nature オンライン掲載論文)

2021年7月9日
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新規感染者数が再度増加し始めた今、政府もワクチン以外に頼る術はないようだが、ワクチンの効果を示す多くの論文がで始めた昨年秋でも、ワクチンの安全性評価には長い年月がかかるなどと、慎重論が優勢だった。この慎重論は、マスメディアを通じて報道された結果、もともとワクチン慎重論の厚生労働省と政府の動きを鈍らせ、さらに報道された慎重論が、現在もワクチンを忌避する人たちの根拠になっていることは否めない。ポジティブな見解を表明していたメディアも存在はするが、大半のメディアは非難を恐れて慎重論を優先し、今の状況を作ったことも間違いない。結果論と不問にするのだろうが、政府もメディアも、科学との付き合い方をどうするのかについて、もう一度反省しないと、進歩はないだろう。その意味で、昨年春ぐらいからの各国の政府や専門家の対応をしっかり比較する研究は重要だと思う。

今回のワクチン開発がこれまでと全く異なるのは、ワクチンの開発過程が逐一論文としてほとんどリアルタイムで発表されてきたことだ。モデルナのワクチンについて言えば、マウス、サル、人間を用いた抗体誘導治験、高齢者の抗体誘導治験、そして第三相の発症抑制治験など、全てトップジャーナルに掲載されてきた。また、中身もほぼ完全に開示されていることから、認可プロセスなどをさらに早い段階で動かすことは可能だったと思う。

このように、全てを開示するということが信頼性と、決断を後押しする。その意味で、ワクチンの副作用についても、リアルタイムで迅速に開示され、これまで紹介したように、それぞれに対する医学的対応が示されている。学生さんに21世紀のキーワードとして、ゲノム、コホート、IT、そしてコレクティブインテリジェンス、の4つを提示して講義しているが、まさにコレクティブインテリジェンス(多くのインテリジェンスが一つの課題を解決する)が目の前で展開しているのが新型コロナ研究だと思う。

副作用に関しても、なるべく紹介するようにして、すでに3回紹介してきたが、今日の論文は2回目に紹介したアデノウイルスワクチンによるVITT(vaccine induced immune thrombotic thrombocytopenia)を引き起こす抗体についての研究で、昨日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Antibody epitopes in vaccine-induced immune thrombotic thrombocytopenia(ワクチンにより誘導される免疫性血栓性血小板減少症の抗体エピトープ)」だ。

すでに副作用2回目に紹介したように、アデノウイルスワクチンを用いると、極めて稀だが、接種後2週間目ぐらいから、血栓性血小板減少症が起こることが知られ、これがヘパリン投与時に起こる血栓(HIT)と同じように、血小板の膜に存在するPF4に対する自己抗体が産生されることにより誘導されること、そして濃縮グロブリン注射で対応が可能であることを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/15740)。

この論文では、5人のVITT患者さんの血清と、10人のHIT患者さんの血清を用いて、PF4への結合性を比べている。モノクローナル抗体と異なり複数の異なるPF4結合抗体がそれぞれの血清に含まれていることから、ピュアな生化学実験は困難なため、例えばPF4の突然変異体を多く用意して、血清総体としての反応部位を特定するなど、いろいろ工夫が行われている。

結論としては、

  • VITTで誘導されるaPF4抗体はHITのaPF4抗体とは異なる特異性を持っており、5例全てでPF4のヘパリン結合部位周辺の領域に反応する。HITの場合、ヘパリンが存在しないと PF4に結合できない血清が半数に見られるが、VITTの場合、ヘパリンは抗体の結合を阻害する。(この結果は重要で、ヘパリンで治療というわけにはいかないと思うが、血栓ということでヘパリン投与してしまっても、それ自体が状態を悪化させることはないことを意味する。また診断にもヘパリン添加は必要ないことも意味する)。
  • 血清総体のPF4との結合性でみると、VITTで誘導される抗体はHITの場合と比べてもかなり高い。

残念ながら、なぜPF4に対する抗体が、アデノウイルスベクターを用いたワクチンで誘導されるのかはわからない。ただ、ワクチン接種後2週間して誘導される抗体は、HITで誘導される抗体とはかなり異なっており、ワクチンによりなんらかの特異的機構が働いて誘導されていることが示唆される。そして、高い結合力でPF4と結合するとともに、抗体のFcγIIaを介して血小板と結合、この凝集体により、血小板が活性化され、血栓性血小板減少症が起こるという話だ。

なぜアデノウイルスベクターでVITTが起こるのかについては、ドイツのグループが、スパイクDNAが間違ってスプライシングを受け、可溶性のスパイクタンパク質が合成されることが、抗体誘導および血栓の引き金になるという可能性を示唆する論文を発表しているが、抗体誘導の仕組みが明らかになった時点でまた論文を紹介する。

我が国ではアデノウイルスワクチンを利用する可能性はますます減ってはきているが、稀に起こったとしても、治療法は確立していることから、医療側でもしっかり準備をしておくことが重要になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月8日 抑制性T細胞による自己反応性T細胞抑制についての革新的組織学(7月22日 Cell 掲載論文)

2021年7月8日
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成熟後の免疫暴走を抑制性T細胞(Treg)が抑えてくれていることは、今や疑う人はいないと思うが、抑制のメカニズムについては、それに関わる分子の名前は上がってくるが、それらがどう働いているのか自分の頭の中でももう一つ明確ではない。例えば、Tregが抗原によるT細胞の活性化を抑えているのか、逆に活性化された後のT細胞を抑えているのか、あるいは両方に働いているのか、よくわかっていない。

今日紹介する米国NIHからの論文はこの問題に対して、ほとんど生体の免疫組織での細胞動態を解析することでアプローチした、少なくとも私にとっては眼から鱗とも言うべき素晴らしい研究で、7月22日号のCellに掲載される。タイトルは「A local regulatory T cell feedback circuit maintains immune homeostasis by pruning self-activated T cells (局所的なT細胞のフィードバック回路が自己抗原に反応したT細胞を剪定し免疫ホメオスターシスを維持する)」だ。

ヘルパーT細胞やTregについては、発現している分子からシグナルまで、かなり詳しくわかっている。ただ、これら複数の因子を組織上で測定し、それを自動的にPCで解析することは、意外と行われていない。実際これによって付け加わるのは、空間情報だけなので、どうしてもsingle cell RNAseqなどと比べて情報価値が少ないと思ってしまいがちだ。

もう一つ重要なのは、組織=顕微鏡=見るという話になって、どうしてもバイアスのかかった自分の目と脳で見てしまうと、見落とすものは多い。これに対し、この研究では、基本的に全てのデータをPCにインプットして、それを様々な視点で解析することで、組織学の問題を解決しようとしている。

最後に、機械に測定を任せるとしても、解析や課題の設定は研究者が決める必要があり、この点でこのグループは素晴らしい。まず、成熟無菌個体に存在する、自己反応性T細胞に注目し、これをTregが抑制するプロセスに絞り、自己抗原により活性化されたT細胞がIL-2を産生し、そのIL-2が周りのTregが、同じ抗原反応性のTregを近くに集めて、自己反応性T細胞を除去していることを示している。

書くと簡単だが、実際には様々な遺伝子改変マウスや抗体によるシグナル抑制を駆使した課題を設定し、その結果をPCで読み取り、ThとTregの空間的関係、および数や、増殖、アポトーシスなどの状態を、組織上で再展開できるようにして出された結論だ。例えば、活性化したThからTregの距離が10μに近くなどのデータは、観察しているだけではなかなか気づけない。

この結果、胸腺で自己反応性が選択された後も、自己反応性の細胞は常に存在することを明確に示したこと、そして自己抗原は、外来抗原と比べると弱い刺激しか受けないが、そこから分泌されるIL-2を介したフィードバックループ、すなわちTregの活性化されたTh周辺への集積、それがTcR、CTLA4等を介して、時間はかかるが自己反応性のThの細胞死を誘導することが示されたことは重要だ。

もう一つ、この論文を読んで、IL-2という単純なサイトカインに対して、様々な受容体が存在し、TregとThがわざわざ異なるシグナル経路を用意していることもよくわかった。すなわち、分泌されるIL-2の濃度に合わせた競合がThとTregの間で起こりやすいようになっている。

あとは、この中心ループに、これまでわかっているCTLA4やTcRのシグナルを組み入れたモデルを形成し、このモデルを元に、様々なセッティングでの実データを機械学習させ、極めて予測性の高い、Tregによる反応抑制システムモデルの構築に成功している。

しかも、このモデルから想定される可能性、例えばCTLA4が片方の染色体で欠損した人では自己免疫が起こりやすく、またIL-2のシグナルにIL-2βが関わっていても、その欠損では自己反応性細胞の活性化が抑制されたままであるといった予想を、実験的に確かめている。

あまりにも内容が豊富で紹介はこの程度にしておくが、組織学的な空間情報を取り込み、そのデータを一度コンピュータに預けることで、Tregについてこれほど理解が深まるのか、感激は大きい。しかも、モデリング嫌いの私にも、ビッグデータから見えないものが本当に見えることがよくわかった。

免疫学を志している人たちにはぜひ読んでほしい論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月7日 糖尿病性腎症の腎不全への進行を抑える分子(6月30日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年7月7日
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進行する腎機能障害は、糖尿病の最も重要な合併症の一つで、急速に高齢化する我が国の医療システムを脅かす重要な要因になるのではと考えられている。ただ、糖尿病の患者さんが同じような経過で腎不全へと進行するのではなく、糖尿病自体の状態で揃えても、急速に進行する人から、進行が遅い人まで、個人差が大きい。

このような個人差を指標に病気の進行に関わる分子を特定する可能性があるが、そのためには患者さんの長期の追跡で経過を把握した上で、指標となるバイオマーカーを検索する必要がある。糖尿病でこのようなコホートが成功した例は、1型糖尿病で50年以上合併症もなく過ごした人(ジョスリン金メダルとして知られている)の糸球体では、ピルビン酸キナーゼM2が活性化されているという研究だろう。

今日紹介する、同じジョスリン研究所から発表された論文は、腎不全への進行速度に関わる分子の探索から、進行を抑えていると考えられる3種類の血中分子を特定したという研究で、6月30日号のScience Tranlational Medicineに掲載されている。タイトルは「Circulating proteins protect against renal decline and progression to end-stage renal disease in patients with diabetes(糖尿病患者さんで末期的腎不全へ進行する腎機能低下を防ぐ末梢血タンパク質)」だ。

この研究では1型糖尿病コホート、2型糖尿病コホート参加者を、7−15年間追跡し、eGFR(濾過率)やACR(クレアチニン/アルブミン比)などの腎不全マーカーとともに、SOMAscanと名付けている方法を用いて、1129種類の血中タンパク質を検査し、この中から腎機能低下カーブと相関するタンパク質を検索している。

79種類のタンパク質が相関ありと特定され、まずその中から腎機能を守る方向に働いているタンパク質を18種類特定している。この中にはピルビン酸キナーゼも含まれる。

この中から各タンパク質間の相関性から、異なるメカニズムで働いていると思われる3種類のタンパク質を特定し、その代表として血管リモデリングに関わるAngiopoietin 1,炎症に関わる TNFSF12、そして腎臓の発生と幹細胞システムに関わるFGF20を選び出している。

次に、この3つの数値を組み合わせて、それぞれの分子のレベルが、1)全て高い、2)2種類が高い、3)1種類だけ高い、4)全部低い、のグループに分け腎機能の低下を調べると、全項目で高いグループ1の人で腎不全が進行しないのに対し、全部低いという人では末期状態へと急速に進行することがわかった。

結果は以上で、メカニズムや治療可能性についてはこれからの研究になる。しかし、アンジオポイエチンに関しては、私たちの研究室に所属していた植村さんが、網膜の血管で、ペリサイトが遊離してもアンジオポイエチンにより血管の構築を守ることを示しているし、FGF20はネフロンの発生と維持に関わることを考えると、なるほどと納得できる結果だ。唯一、炎症誘導性のTNFSF12が機能を守るという結果は意外で、今後の研究が重要だと思う。

以上、目的を持ったコホート研究の重要性がよくわかる論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月6日 ダイエットと腸内細菌叢(6月23日 Nature オンライン掲載論文)

2021年7月6日
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腸内細菌叢が、生活環境や食事により大きく変化することはよくわかっているが、コントロールされたダイエットの効果については、今まで論文を目にしたことがなかった。

今日紹介するドイツ・ベルリンにあるシャリテ大学病院からの論文は、肥満の治療目的で、1日800kcalという、過酷な制限食(ネスレ社から販売されているOptifastを持ちいている)を2ヶ月続けた80人の更年期女性について、ダイエットの効果と共に、腸内細菌叢の変化を調べた研究で、6月23日のNatureにオンライン出版された。タイトルは「Caloric restriction disrupts the microbiota and colonization resistance(カロリー制限は腸内細菌叢を破壊し、細菌侵入抵抗性が低下する)」だ。

さて、このぐらい徹底してコントロールすると体重が13Kg近く低下し「(といっても対象者は90−100Kgの巨漢だが)、同時に体脂肪が低下、そしてグルコース代謝の改善が見られている。

これと並行して、腸内細菌叢の量と内容も大きく変化する。しかし、元の食事に戻ると、体重は維持されていても細菌叢は元に戻る。細菌叢の変化の原因を探るため、細菌叢全体が発現している遺伝子を調べると、利用したダイエット食品に合わせて、グリカンを代謝できるAkkermansiaが上昇し、植物性炭水化物を代謝する細菌が低下していることがわかる。また、メタゲノム解析でも、Akkermansiaだけでなく、グリカン代謝に関わる酵素が上昇、CAZymesと呼ばれる植物性炭水化物分解酵素が低下する。

通常の研究は、このような解析を繰り返して、なるほどという結論を出して終わるのだが、この研究ではさらに進んで、無菌動物への便移植を行い、細菌叢の変化がホストの代謝に影響するかを調べている。

  1. 体重減少率の高かった人のダイエット後の便を移植したマウスは、ダイエット前の便、あるいはコントロールの便を移植したマウスより体重が低くなる。
  2. これと並行してブドウ糖代謝能も高まり、体脂肪も低下する。
  3. 便移植による体重減少に関わる最も重要な要因は、病原性で知られたクロストリジウム菌で、他の菌とともにクロストリジウム菌を移植すると、体重の低下が強くなる。
  4. クロストリジウム菌といっても、このとき増加するのは病原性のトキシンの発現はなく、下痢などの症状は誘導しない。
  5. しかし、病気を誘導するところまではいかないが、クロストリジウム菌が持っているトキシンが、腸内での好中球浸潤を誘導し、体重減少に関わっている。
  6. クロストリジウム菌の現象は、単純の分泌低下と相関している。

他にもあるとは思うが、主な結果は以上のようにまとめていいだろう。独断を交えて解釈すると、厳しいカロリー制限によって腸内細菌叢が変化し、それが体重減少を助けることは間違いなさそうだが、この影響は単純な代謝だけを介するのではなく、病原性はないにせよ、クロストリジウム菌のトキシンを利用した変化で、炎症が起こることから、注意が必要だということになる。

この研究ではOptifastが用いられているが、例えば胆汁量を維持するための成分を加えるなど、まだまだ改良の余地があると思う。さらに、炎症が起こることを考えると、若い妊婦さんが間違ってもこのような方法を用いることがないよう周知も必要かと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月5日 スプライシング阻害剤を用いてガン免疫を高める。(7月22日号 Cell 掲載論文)

2021年7月5日
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チェックポイント治療は、ガン免疫が成立するかどうかにかかっている。ガン細胞といえども、自己細胞由来であり、通常免疫トレランスがかかっている。幸い、ガン自体様々なストレスを跳ね返して増殖している結果、正常細胞にはない多くの突然変異が蓄積し、それが新しいガン抗原として働く。メラノーマや肺ガンでチェックポイント治療の効果が見られる人が多いのは、これらのガンでは紫外線やタバコなどにより、多くの突然変異が存在する確率が高いからだ。

とすると、ガン抗原として働く変異ペプチドをできるだけ多く作らせることができると、チェックポイント治療の確率を高めることができる。ゲノムレベルの変異以外で、これを可能にする方法として、当然スプライシングを阻害して、新しいペプチドを合成させることが考えられる。ただ、ガンでより依存性が高まっているとはいえ、スプライシングはガン特異性が期待できないことから、試みられてこなかったようだ。

今日紹介するスローンケッタリング ガン研究所からの論文は、ガンの免疫療法を高めるためのスプライシング阻害剤利用の可能性について詳しく検討した研究で7月22日号のCellに掲載された。タイトルは「Pharmacologic modulation of RNA splicing enhances anti-tumor immunity (RNAスプライシングを薬理的に変化させることで抗腫瘍免疫を高める)」だ。

スプライシングが失敗すると、イントロンが翻訳されたり、フレームの変わったペプチド断片が翻訳されたり、通常存在しないペプチドが細胞内で合成されることはわかっている。ただ、これが正常細胞の生存を脅かすと元も子もない。

この研究では、スプライシングに関わるRBM39を特異的に分解する薬剤や、スプライシング機能に必要なタンパク質のアルギニンメチル化を阻害する化合物を用いて、ガン細胞の試験管内の増殖には影響がないがガンを移植したときの免疫反応が高まる処理方法を探し、indisulam及びMD-023を特定している。

次に、免疫機能をはじめ、様々な生体機能が保持される濃度を決めたあと、ガンを移植したマウスをanti-PD1抗体で治療するとき、同時にそれぞれの薬剤を投与して、スプライシング阻害によりガン免疫を高められるか調べている。結果は期待通りで、いずれの薬剤も完全ではないが、明らかにPD1抗体治療の効果を高めることがわかった。

あとは、それぞれの薬剤が実際にスプライシングを変化させて、新しいガン抗原を誘導しているかどうかを、様々な方法を用いて調べ、

  • それぞれの薬剤は、イントロンをはずし損ねたり、あるいはエクソンを飛ばしてしまうというスプライシングの異常を誘導し、正常にはないペプチドを合成する。また、人間、マウスを問わず、共通の新しいペプチドが多く合成される。Indisulamはスプライシングの効率を下げることで前者の異常が多く、一方MS023は後者の異常が高まる。
  • こうして生成した異常ペプチドはMHCと結合できる能力があり、実際indisulam処理した細胞のMHC Iを免疫沈降して、結合しているペプチドを質量分析で調べると、スプライシングミスで生成したペプチドが多く同定される。例えばIndisulam 処理により、H-2D結合ペプチド518種類、H-2K結合ペプチド366種類発見している。
  • こうした発見したペプチドの中から、MHCとの結合性の高いペプチドを39種類選び、それぞれに対してT細胞免疫ができるか調べると、11種類がガン免疫を誘導することがわかった。
  • ペプチドとMHCのテトラマーを用いて抗原反応性T細胞を定量する方法を用いると、indisulam処理、あるいはindisulam+aPD1処理により、ガン抗原となるペプチド反応性のCD8T細胞が上昇する。

以上、様々な角度からスプライシング阻害剤を免疫チェックポイント治療と組み合わせると、効果が期待できることを示している。この2種類の薬剤は、少なくともマウスでは全身影響を許容できるようなので、チェックポイント治療の適用を高める意味でも、臨床治験の進展に期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月4日 線維筋痛症は自己抗体により誘発される(7月1日号 The Journal of Clinical Investigation 掲載論文)

2021年7月4日
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線維筋痛症(fibromyalgia: FM)は全身に痛みが生じる病気で、症状は激烈なのに、原因が全く特定されていないだけでなく、確定診断に必要な検査もないため、それが余計に患者さんの不安を増強させてしまう、医学に残された重要な課題の一つだ。

今日紹介する英国キングズカレッジからの論文は、この難しい病気の解明と治療に大きな変革がもたらされるのではと期待される研究で7月1日号のThe Journal of Clinical Investigationに掲載された。タイトルは「Passive transfer of fibromyalgia symptoms from patients to mice (線維筋痛症の症状を患者さんからマウスに移行させる)」だ。

このHPでもFMについては既に2回紹介しているが(https://aasj.jp/news/watch/9681)(https://aasj.jp/news/watch/10184)、内容といえば「診断が難しいが、痛みの閾値が低下していることから、メトフォルミンなどでこれを上げることで改善できるかもしれない」といった、ある意味では慰め程度の論文しか紹介できなかった。

しかし今回紹介する研究は、これまでとはレベルが違う。研究は、FMの原因が神経端末に存在して興奮の閾値を決めている何らかの分子に対して抗体ができることで、この自己抗体が痛みの閾値を下げて、全身の痛みを誘導している、という仮説に基づいて計画されている。この仮説が正しければ、自己抗体を他の個体に投与すれば、当然同じ症状が起こることになる。ただ、もちろん他の人に患者さんの血清を投与することは許されない。代わりに、この研究では患者さんの血清からIgGを精製して、それをマウスに注射した。

すると、注射して次の日から、足の裏の刺激を用いたテストで見られる痛み感受性の上昇が見られるようになる。しかも、投与した全ての患者さんの血清で同じ症状を誘導できるが、健康な人の血清では何も起こらない。

痛みを誘導する方法を変化させて調べる実験で、様々な痛みに対する反応を調べ、痛み受容体が関わる興奮であれば、ほぼ全ての種類の痛みの感受性が高まることを明らかにした。さらに、この抗体を注射された個体では、活動性が低下するという点でもFMの患者さんに酷似している。そして、これがIgG、すなわち抗体によることも確認している。

どうして今までこの着想が生まれなかったか悔やまれるが、極めて古典的な方法で、FMが神経細胞膜に作用して痛みを増強させる生理学的抗体による免疫病であることを明らかにしたことになる。

あとは、神経細胞上のどの分子に結合して閾値を下げているのかが問題になる。この研究では、患者さんのIgGが、病的疼痛に関わると考えられている後根神経節のサテライトグリア細胞と神経細胞に結合していることまで確認しているが、残念ながら分子の同定にまでは至っていない。ただ、結合して直接神経興奮が誘導されるような分子ではない。また、炎症を介して閾値が下がっているということも否定している。

あと少し頑張って分子を特定すればホームランだったとは思うが、患者さんにとっては大きな朗報だと思う。全力をあげて、分子の特定を行うとともに、自己抗体を低下させる方法を確立して欲しい。まだまだ乱暴な検査だが、動物の後根神経節を患者さんの血清で染めるという方法も、確定診断法になる可能性が高い。大きな期待を抱かせる研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月3日 皮膚細菌叢による炎症には内因性のレトロウイルスが関わる?(7月8日号 Cell 掲載論文)

2021年7月3日
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昨年紹介したが、皮膚の難治性の炎症には内在性のウイルスの再活性化が関わることがある(https://aasj.jp/news/watch/12272)。日本語での総説がワンクリックして貰えばダウンロードされるので、是非私の友人の橋本・愛媛大名誉教授のDiHS(薬剤過敏症症候群)の総説を読んでいただきたいが 、皮膚の炎症が一つの原因だけで語るのを難しくしている。

今日紹介する米国衛生研究所からの論文は同じラインの研究で、皮膚のように細菌が繁殖しにくい環境でも、内在性のレトロウイルスが活性化され、自然免疫が誘導されると、強い炎症になることを示した研究で7月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Endogenous retroviruses promote homeostatic and inflammatory responses to the microbiota(内因性レトロウイルスが細菌叢に対する定常的・炎症性反応を促進する)」だ。

研究は比較的単純で、Cellによく採択されたなという印象はあるが、意外性のある結果なので、本当なら新しい視点が開ける。皮膚細菌の代表として表皮ブドウ球菌をマウス皮膚に移植したとき、炎症はそれほど強くないのに様々なT細胞の浸潤が起こることに注目し、皮膚ケラチノサイトの反応を調べている。すると、炎症反応は強くないのに、1型インターフェロンの強い反応が誘導され、結果抗ウイルスに関わる分子が強く誘導されている。

炎症の助けなしに強いT細胞反応が誘導できる理由をさらに探索すると、表皮ブドウ球菌により数種類の内在性のレトロウイルスが活性化され、これが逆転写されることで、途中で転写が止まった短いcDNAが細胞内で蓄積し、これがTLR2等の自然免疫シグナル系を介して、T細胞誘導性のサイトカイン分泌を誘導していることを突き止める。

また、逆転写されたcDNAが細胞浸潤を誘導していることを明らかにするため、逆転写酵素阻害剤を投与する実験も行い、これによりT細胞の浸潤が強く抑制されることも明らかにしている。加えて、この内在性レトロウイルス誘導に、細菌側のLPSとタイコ酸が関わることも明らかにしている。

この他にも、cDNAがSTING/GASにより感知されていることや、損傷治癒との関わり、さらには肥満による慢性炎症の影響まで、いろいろ実験が加わっているが、割愛してもいいだろう。

まとめ直すと、表皮ブドウ球菌の場合、LPS/タイコ酸刺激により、内在性のレトロウイルスが活性化されることで、特異的に抗ウイルスの主役、1型インターフェロンが誘導され、ある意味で今流行のサイトカインストームを抑えながらも、T細胞を主役とする細胞浸潤を誘導し、細菌に対する免疫が成立する、になるだろう。

ヘルペスウイルスのケースと比較すると、ウイルスの関与の仕方も様々で大変面白い結果だが、内因性レトロウイルスとなるとあらゆる細胞に、大量に存在すると考えられるので、皮膚だけの話か、あるいは肺や腸まで拡大できる話なのか、少し気になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月2日 新型コロナウイルスの抗体回避を網羅的に定量してmRNAワクチンに対する免疫を評価する(6月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年7月2日
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現在我が国でも急速にワクチン接種を受けた集団が増えている。そのほとんどが完全に同じpre-fusion formのスパイク抗原を安定に形成できるmRNAワクチンであることを考えると、日本人の免疫機能を調べるためのまたとない機会が、研究者の前にあることを示唆している。しかし、抗体反応は様々な抗原反応B細胞の集まりで形成され、その全体像を定性的、定量的に検出するのは簡単でない。

この問題に酵母の細胞膜にウイルスの受容体結合ドメインを発現させて、抗体との相互作用を網羅的に調べようとしたのが、昨年9月、フレッドハッチソン・ガン研究所からCellに発表された論文で、RBDに理論的に可能な点突然変異をあらかじめ網羅的に導入して、FACSを用いてACE2と変異RBDを発現した酵母との反応を解析し、ACE2結合性が上昇or 下降した変異を全て特定するのに成功した。それまでウイルスの変異は、forward geneticsで調べられていたのが、この方法のようにreverse geneticsを利用することで、変異体の出現を予測する方法に道を開いた点で画期的だ。

当然ウイルス変異で心配になるのは、ACE2との結合活性だけでなく、ウイルスに対する抗体を回避する変異だが、今年1月、このグループは、網羅的に変異を導入した酵母と、ウイルス感染後の抗体との反応を調べ、抗体回避変異は、患者さんの抗体というダーウィン選択圧存在下で現れることを明らかにした。

そして今回、私たちの最大の関心事であるワクチン接種により誘導される抗体から回避するウイルス変異について検討し、6月30日、ScienceTranslational Medicineに掲載した。タイトルは「Antibodies elicited by mRNA-1273 vaccination bind more broadly to the receptor binding domain than do those from SARS-CoV-2 infection (mRNA-1273(モデルナワクチン)により誘導された抗体は、ウイルス感染により誘導された抗体より広範囲に受容体結合ドメインと結合できる)」だ。

繰り返すが、この研究ではスパイクのRBD遺伝子をとりだし、それぞれのアミノ酸をあらかじめ可能な限り変異させ、最初の研究でACE2に結合性があることを確認した2034種類の変異体を作成し、全てを酵母の表面上に発現させたライブラリーを作成し、抗体との反応性を見ている。

このライブラリーを患者さんの血清と混合すると、RBDに対する抗体がある場合、酵母は抗体で染色されFACSで検出できるが、抗体との反応性が低い変異RBDを持った酵母は、染色性が低下する。すなわち、抗体回避変異体を、FACSで可視化し、それをソーティングすることができる。こうして回収した酵母のRBD配列をシークエンスすれば(バーコードでもできるようになるだろう)、どの変異が抗体回避するか予測できる。しかも定量性が高い。

ただ、この方法が抗原決定基を調べる方法でないことには注意が必要だ。抗原抗体反応の立体構造を見ると、抗体ごとに抗原と接触する範囲は異なる。したがって、抗原上に存在する抗体反応領域を単純に1個、2個と数えることができない。一方この方法だと、血清中に存在する抗体の総体がどの変異に対応しているのか、明確に定量できる。

これまでスパイクに対する抗体の研究から、中和活性の複雑性が議論されており、RBDの変異だけで全てを網羅できるかという問題はあるが、最初にRBDで血清を吸収する実験を行い、中和抗体の90%はRBDに対応していることを確認して、その後の研究の妥当性を示している。しかし驚くのは、感染により誘導された抗体はRBDだけで吸収しきれない点だ。すなわち、感染ではRBDだけでなく、多くのエピトープに対して抗体ができていることを示唆している。

さて、ワクチンによる免疫は変異体に対して抵抗性を持っているのか? 研究では14人のワクチン接種者(普通の量より2.5倍高い量を注射した第一相試験の参加者:ただ現在用いられている量を接種したグループでも同じ結果であることは確認されている)を、接種後1ヶ月、4ヶ月目で調べている。

既に述べたように、これまでの免疫学で考えるのとは全く異なる検査方法なので、結果をうまく表現するのは難しい。しかも、抗体回避性と言っても、そのまま変異体が拡大することを意味するわけではない。言ってみれば、抗体総体の反応性が少しでも低下する抗原表面上の変異が、FACSソートされる頻度で表現されている。それをあえてわかりやすく翻訳し直すと、結果は次のようにまとめられる。

  1. ワクチン接種を受けると、できてきた抗体の総和は、多くのRBD変異に影響を受けるが、特に強く影響される変異があるわけではなく、様々な変異が低いレベルで抗体結合性を低下させる。
  2. しかし、4ヶ月になると、その中でいくつかの変異が特に強く抗体回避能を獲得するようになる。これが反応クローン数とどう関係するか分からないので、結論はできないが、免疫が成熟すると、一定エピトープに対するクローンが増えるという状況になるのかもしれない。
  3. 一方、感染によって誘導された抗体の場合、最初から抗体回避を強く起こす特定の変異体が優勢になる。多くの患者さんで同じようなパターンが見られるので、おそらく以前紹介したように、中和抗体の場合、最初から生まれついて持っている抗体遺伝子が対応しているのかもしれない。(https://aasj.jp/news/watch/13476
  4. 以上の結果、少なくともモデルナワクチンを接種した場合は、様々な変異をうまくカバーして抵抗力のある抗体が誘導される。

先に述べたように、これまでの免疫学的方法を頭に、この結果を読むと間違うと思う。しかし、reverse geneticsを用いて、全く違う視点で眺めたことで、新しいものが見えてきている。今後、これまでの免疫学での結果(例えば反応抗体クローン数)などと対応させることで、表裏が揃った素晴らしい検査に発展すること必至だ。もっと予測性をあげたいなら、スパイク全体をしかもpre-fusion formで発現させ、網羅的変異を導入することも可能だ。

今でも遅くないから、この方法を導入して日本人でも調べてほしい。

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