6月3日 老いの覚悟:幹細胞システムを襲う急激な変化(6月1日  Nature オンライン掲載論文)
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6月3日 老いの覚悟:幹細胞システムを襲う急激な変化(6月1日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月3日
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今日で74回目の誕生日を迎えた。なんとかボケまいと、毎朝、論文ウォッチに取り組むが、始めた頃と比べると様々な機能が落ちているのがわかる。それでも、なんとかやれると納得していても、毎日論文を読んでいると、老いる覚悟を残酷にも迫る論文に出会うことになる。

そんな論文の中でも、今日紹介するウェルカムサンガー研究所と、現役時代レビューボードを務めていたケンブリッジ幹細胞研究所が、2日前に発表した、血液幹細胞システムを襲う急激な老化についての論文は、自分の骨髄で今起こっている老いの過程を覚悟させるが、極めてインパクトの高い研究だ。タイトルは「Clonal dynamics of haematopoiesis across the human lifespan(人間の一生を通した造血システムでのクローン動態)」だ。

老化が進むと、遺伝子に蓄積された変異により、他の幹細胞クローンより増殖力の高い幹細胞が選択され、最終的に造血幹細胞の数が減り、またガン発生の頻度が高まることは、血液のクローン性増殖として、重要な老化指標になっている。ただ、これまでの血液細胞全体を deep sequencing する方法では、70以上の高齢者の1−2割にこれが見られるとされており、まだ他人事だった。

この研究は、クローン性増殖の有無をより正確に把握するため行われた驚くほど大規模な全ゲノム解析で、70歳以上4人を含む10人の臍帯血、末梢血、あるいは死後凍結保存された骨髄細胞から、FACSで未熟幹細胞を精製し、細胞を一個ずつ増殖因子とともに培養してできたコロニーごとに全ゲノム解析をおこなっている。14カバレージで解読できたクローンのみをデータとして用いている。各個人から200ー400個のコロニーが得られ、トータルで3500を超す全ゲノム解析が行われている。我々日本から見ると驚くほどの数だ。

まず、試験管内でのコロニー形成能は年齢間でほとんど差はない。そして、予想されるように年齢とともに徐々に突然変位数は上昇し、またテロメアの長さは短くなっている。ところが各細胞クローン内で配列を比較して、細胞間の多様性を調べてみると、低い頻度ではあるがテロメアが長く維持されているクローンも存在し、おそらく長く静止期に合った幹細胞が、造血プールに入ってきたのではと考えている。

次に、全ゲノム配列の変異を元に、クローナル増殖が起こっているかを、それぞれのゲノムの系統樹を書いて比べると、ゲノムから計算される実働幹細胞数は50000から250000で、目立ったクローナル増殖は見られない。

ところが70歳以上の4人を調べてみると、驚くことにこれまでの計算を遙かに超すクローナル増殖が見られる。実際の図と数字を見ると本当に驚くが、まず1−2割の高齢者ではなく、4人とはいえ全員にクローナル増殖が見られる。しかも、クローナル増殖に由来する血液細胞の割合は、これまで計算されてきた3−5%の10倍で、30ー60%に達している。すなわち、70歳を超すと、これまで見られなかったクローン増殖が一人あたり10−20幹細胞で起こり、その結果半分近くの造血がクローン増殖由来になっていることがわかった。まさに、私の骨髄で今起こっている。

しかしどうして70歳の壁なのか。これについては、アミノ酸変換を伴う変異が少し高いことから、増殖優位選択が行われている以外は、明確ではない。しかし、クローナル増殖を、いくつかの変異や選択を組みあわせて考えるABCモデルでは、4人のクローナル増殖動態をモデル化できることから、変異は時間をかけて蓄積し、必要な条件が合わさる確率が指数的に上昇するとすることで、説明できるとしている。

もちろん、ニッチの状態や、老化細胞の脆弱性など今後さらに調べるべきことは多い。しかし、時間をかけて老化が進むとは言え、それが突然のように現れることがよく理解できた。これはおそらく血液だけではない。様々な幹細胞臓器でこれが進んでいる。そのことをしっかり覚悟した誕生日の論文ウオッチになった。

カテゴリ:論文ウォッチ