6月27日 CRISPR+single cell RNAsequencing = Perturb-seq:生命活動を遺伝子発現ネットワークとして捉え直す(7月7日号 Cell 掲載論文)
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6月27日 CRISPR+single cell RNAsequencing = Perturb-seq:生命活動を遺伝子発現ネットワークとして捉え直す(7月7日号 Cell 掲載論文)

2022年6月27日
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今回はテクノロジーの話なので、一般向きではないと思う。

さて、これまでCRISPRを用いて遺伝子を網羅的にノックアウトして、例えばコロナ感染に対する抵抗性に関わる遺伝子をリストするという方法について何度も紹介してきた。また、細胞ごとの遺伝子発現を調べ、細胞内の遺伝子ネットワークも調べ、細胞の様々な特徴とゲノムを相関させるsingle cell RNA sequencing(scRNAseq)については、もはや使っていない論文がないと言えるほど普及している。当然の成り行きとして、この両者を組みあわせ、特定の細胞の中で働いている遺伝子ネットワークをさらに機能的に調べようと考える人が出てきて当然だ。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はまさにこの課題にチャレンジして、この技術の大きな将来性を指し示した研究で7月7日号Cellに掲載された。タイトルは「Mapping information-rich genotype-phenotype landscapes with genome-scale Perturb-seq(ゲノムスケールのPerturb-seqを用いて情報満載のgenotype-phenotypeの様相をマッピングする)」だ。

この研究では、特定の細胞で働いている遺伝子を、 CRISPR-ガイドRNAを導入して網羅的にノックアウトする。例えば、5000種類の遺伝子をノックアウトしたいと思う場合、大体一個の細胞に一種類の遺伝子ノックアウトのガイドRNAが入るようにしてノックアウトすると、当然細胞に様々な変化が生じる。

多くの場合、この変化を、例えば細胞の増殖、特定の分子の発現など、いくつかのバイオマーカーを指標を元に検出し、特定の細胞機能に関わる遺伝子ネットワークを特定してきた。ただ、この研究では特定のバイオマーカーを使うことはやめて、遺伝子ノックアウトした細胞集団をscRNAseqで調べ、トータルの遺伝子発現に及ぼす特定の分子ノックアウトの影響を調べるというものだ。すなわち、細胞の形質自体を、遺伝子発現パターンに帰してしまうことで、先入観なしに小さな変化も見落とさない、細胞レベルのgenotype-phenotype様相を明らかにする技術を目指している。

おそらく同じような開発は他でも行われていたと思う。ただ、scRNAseqでそれぞれの細胞に割り振るバーコードと、ガイドRNAを同時解析して、ノックアウト遺伝子を特定し、それと遺伝子発現を相関させるという膨大な情報処理技術を実用化するまでに時間がかかったのだと思う。この研究は、この難しい技術を完成させたことにつきる。

そして、示されたデーターからその可能性の大きさを実感できる。まずほとんどの細胞機能の変化を、遺伝子発現のパターンの変化として、2次元に展開できる。そして、それぞれのクラスターとノックアウトした遺伝子を重ね合わせた図を見ると、途方もない量の機能情報が得られることが実感できる。

まず、遺伝子発現の変化から推定できる様々な細胞機能に関わることが新たに明らかになる遺伝子が数多く見つかっている。細胞株での話とは言え、バイアスなしにここまでわかると今後の細胞研究は加速する。

また、これまでほとんど同じ機能を持つと考えられていたファミリー分子(ここではIntegrator分子を例に示している)が、なんと予想外の多くの細胞機能の変化を誘導することがわかった。それと同時に、integrator とともに働いている様々な分子も特定できる。その結果、C7orf26がintegrator 10、13、14と一緒に集まって機能していることが明らかになった。

この研究では血液前駆細胞株K562が用いられており、当然赤血球や白血球への文化に必要な遺伝子ネットワークも明らかに出来る。他にも様々な可能性が示されているのだが、最も面白いのは次の二つだろう。

一つは、クロモゾーム不安定性に関わる遺伝子ネットワークを明らかに出来る点だ。すなわち、どの遺伝子が発現するかだけでなく、どの遺伝子がどの程度発現するかを検出できるので、染色体不安定性のような大きな変化も遺伝子発現パターンとして捉えることが出来る。その結果、TTK分子欠損のようなほとんどの細胞の染色体不安定性を誘導する変化と、不安定性に対するp53の役割など、ガンを理解するときに必須の分子ネットワークが明らかになる。

もう一つ面白いと思えるのは、ミトコンドリアにコードされている遺伝子の発現を調節している遺伝子ネットワークの特定が可能になる点だ。その結果、エネルギー代謝、ミトコンドリア内翻訳、蛋白質ストレス、異なる原因によるミトコンドリア遺伝子発現変化を特定できている。今、あらゆる分野でミトコンドリア研究の重要性が示されていることを考えると、この結果はすごい。

おそらく可能性は無限に思える。今後、正常細胞やiPS由来細胞などを用いた実験が行われ、細胞ごとのアトラスが完成すると、ひょっとしたら実験などほとんどしなくて、いろんなことがわかる時代が来るかもしれない。この技術についても改めてジャーナルクラブで紹介したい。

カテゴリ:論文ウォッチ