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6月30日 毛根再生の意外なパートナー(6月23日 Nature Immunology オンライン掲載論文)

2022年6月30日
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全く免疫系が欠損したマウスでも、毛は生えてくることから、毛根サイクルが免疫システムと独立していることは明らかだが、免疫細胞が毛根再生に影響を及ぼしうることは、円形脱毛症が一種の免疫病で、さらにJAK阻害剤で治療可能であることから明らかだ。しかし、これらは病理的な状態の話で、生理的な毛根サイクルにリンパ球が関わることは予想だにしなかった。

今日紹介する米国ソーク研究所からの論文は、驚くなかれ、制御性T細胞(Treg)が、少なくとも人工的に抜いた毛根の再生のスイッチとして重要な働きをしていることを示した面白い論文で、6月23日号の Nature Immunology に掲載された。タイトルは「Glucocorticoid signaling and regulatory T cells cooperate to maintain the hair-follicle stem-cell niche(グルココルチコイド・シグナルと制御性T細胞は協調して毛根幹細胞ニッチの維持に関わる)」だ。

実際には私がフォローできていなかっただけだが、Treg細胞が幹細胞の維持に関わることは、様々な組織で示されているようだ。このグループは、毛を引き抜いた際に起こる毛根再生では、局所にグルココルチコイドが分泌され、それに刺激されたTreg細胞が、毛根幹細胞に働いて再生のスイッチを入れるという作業仮説をたて、これに従って実験を進めている。

まず、背中一面の毛を抜いたとき、48時間をピークに、局所でのグルココルチコイド分泌が起こることを確認する。血中グルココルチコイドには変化がなく、副腎からの全身への分泌ではなく、皮膚に存在する何らかの細胞から、ストレスにより分泌されていることがわかる。同時に、皮膚に存在するTregのグルココルチコイド受容体 (GR) の発現も上昇する。

そこで、TregだけでGRが欠損するマウスを作成し、背中一面の毛を抜く処理をすると、正常では15日目でほぼ再生が完了するのに、GRノックアウトマウスでは全く再生しない。ただ、人工的な毛根除去だけでなく、自然の休止期から活動期への移行も遅れることも示している。この発見が研究のハイライトで、毛根サイクルにTregは必要ないが、Treg活性化がないと休止期が延びてサイクルが長くなることがわかり、Tregが生理学的状況でしっかり働いていることが明らかになった。

後はTregが幹細胞の活性化を助けるメカニズム、そしてそのメカニズムがGRによって誘導されるメカニスムについて実験を進め、

  • Tregが分泌するTGFβ3が、毛根の再生を抑えるBMPシグナルに拮抗することで、毛根幹細胞の増殖を誘導する。
  • TGFβ3をTregからノックアウトすると、毛根再生を助ける機能が完全ではないが、一定程度失われる。
  • GRはFoxP3と協調してTGFβ3遺伝子の発現を誘導する。

などを明らかにしている。

以上が主な結果で、なんと言ってもTregが、Treg本来の機能ではなく毛根幹細胞の再生がスムースに行くよう見守っているというストーリーで、面白い。考えてみると、リンパ球が進化するのは有顎類からだが、毛根の発生は哺乳動物からだ。従って、後から進化した毛根が、前から存在するTregを自分のシステムに組み込んでも何の不思議はない。様々なサイクルの毛を持つ人間の皮膚での役割も知りたいところだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月29日 てんかん発作と免疫性炎症(6月22日Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年6月29日
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てんかん発作の多くは、部分発作と呼ばれるタイプで、局所の神経に過剰な神経興奮が誘導され、それが脳全体に伝搬する。多くの場合、抗けいれん剤で発作を抑えることが出来るが、この治療に抵抗性のケースを薬剤抵抗性てんかん(drug refractory epilepsy:DRE)と分類される。そして発作が繰り返し、日常生活に著しい障害が生じる場合、皮質に電極を設置し、てんかん発作の始まる場所を特定し、そこを切除して発作を抑える治療が行われる。このHPで何度も紹介してきた、広い範囲を多くの電極でカバーする皮質電極を用いて脳の活動を正確に記録し、脳機能を調べる研究のほとんどは、てんかん巣切除のために皮質電極を設置した患者さんにお願いして行われた研究だ。

今日紹介するシンガポール国立大学からの論文は、検査確定後切除されたてんかんの発生源組織をsingle cell RNAsequencingで調べ、てんかんの発症と炎症の関わりについて検討した研究で、6月22日Nature Neuroscienceにオンライン掲載された。タイトルは「Single-cell transcriptomics and surface epitope detection in human brain epileptic lesions identifies pro-inflammatory signaling(Single cellトランスクリプトームと表面分子検出によりてんかん発生源に炎症性シグナルの存在が特定される)」だ。

この研究では、最初から、てんかん発生源に炎症細胞の浸潤があるはずだという仮説に基づいて、研究が行われている。この治療の目的が組織切除なので、患者さんの負担もなく、十分な質の高い細胞が得られると想像できる。その意味で、発作が起こっていない時の神経細胞側の変化についても、詳しく検討して欲しいと思うが、全く調べていないのが残念だ。

従来から治療抵抗性のてんかんの背景には炎症があることが指摘されてきたが、この研究では、まず正常と比べたとき、てんかん発生起源に存在するミクログリア細胞が、予想通り炎症性サイトカインを分泌する活性型に変化していることを確認している。

次に、リンパ球などの浸潤細胞側の解析を行い、マクロファージからリンパ球、NK細胞までほとんどの細胞が浸潤しており、特にT細胞ではグランザイムBの発現を含む炎症性変化が認められることを示している。すなわち、浸潤リンパ球主体の炎症が起こっている。

後は、浸潤細胞間の相互作用を特定するデータ処理法、さらには接合している細胞を純化して遺伝子発現を調べる方法などを組みあわせ、炎症現場で起こっている相互作用を調べ、

  • インテグリンを介する血管外への遊走が浸潤に重要な働きをしており、てんかん発生源にはこの過程を誘導する条件が存在する。
  • ミクログリアが直接CD4及びCD8T細胞と結合して相互作用を行っている。
  • この相互作用には、ミクログリア側のCCL4とIL1β、T細胞側のインターフェロンγ、グランザイムB、XCL1ケモカインがかかわる。

などを明らかにしている。ただ、反応しているT細胞のクローン増殖などについては検討できていないのも残念だ。

最初興味を持って読んだが、予想の範囲の結果で、炎症だとしても、結果なのか原因なのか、何故発生源で炎症が起こるのかなど、重要な問題はそのまま残っている。出来れば、神経側の解析をもっと深めて欲しかったという印象だ。いずれにせよ、薬剤抵抗性の患者さんに炎症、特にT細胞による免疫性炎症を抑える薬剤の効果を調べる研究方向は、今後重要だと感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月28日 運動後に食欲が抑えられるメカニズム(6月15日 Nature オンライン掲載論文) 

2022年6月28日
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運動後のビール一杯は、このために運動するのではと思えるほどたまらない。とは言え、人によると思うが、強い運動後はどうしても食欲が抑制され、暴飲暴食が防がれているのも事実だ。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、エクササイズにより上皮や血液細胞で合成される乳酸とフェニルアラニンが結合した Lac-Phe が、運動後に食欲を抑制し、健康維持に働いていることを示した研究で、6月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「An exercise-inducible metabolite that suppresses feeding and obesity(エクササイズにより誘導され食物摂取と肥満を防ぐ代謝物)」だ。

この研究は運動後に上昇する代謝物を探索し、最も高い上昇率を示す分子として Lac-Phe を特定する。運動により乳酸が上昇するが、Lac-Phe は濃縮された乳酸とフェニルアラニンが結合してできる代謝物だ。これまでの研究に、CNDP2が合成に必要であることがわかっている。ある意味で、不思議な発見だ。CNDP2は名の通りディペプチナーゼなので、ディペプチドに働いて分解する酵素だ。ここでは示されていないが、フェニルアラニンなどを濃縮するプロセスに関わるのかもしれない。さらにCNDP2は、筋肉ではなく増殖する上皮や血液での発現が強い。従って、運動の影響は筋肉にとどまらないこともわかる。いずれにせよ、CNDP2をノックアウトしたマクロファージでは Lac-Phe は合成されない。さらに、2型糖尿病のリスク遺伝子として既にリストされている。

合成経路は完全にわかったわけではないが、Lac-Phe の効果はめざましい。運動後の血中レベル相当のLac-Pheを腹腔注射すると、食事摂取量が50%低下する。そして、効果の様子を調べると、決して嘔吐や悪心が誘導されて食欲が抑制されているのでないこが確認される。また、これまで食欲制御ペプチドとして知られるレプチンやグレリンの分泌にも全く影響はないことから、Lac-Phe 自体が食欲抑制効果を持つことが明らかになった。さらに、持続的に投与すると体重増加を抑制し、インシュリン感受性も挙げることが出来る。

そこでCNDP2ノックアウトマウスを作成し、高脂肪食を投与して体重変化を観察すると、Lac-Phe は低下しているが、残念ながら体重については正常マウスとほとんど変化はない。しかし、同じ実験に適度な運動を加えてやると、ノックアウトマウスでは体重の増加が著しいことがわかる。すなわち、Lac-Phe は運動後特異的に食欲を抑制するメカニズだと結論できる。

最後に、人間でも運動後に Lac-Phe の上昇があるのか調べている。期待通り、ランニング後では乳酸に少し遅れて上昇してくる。また、様々な運動で上昇するが、スプリントで最も高い上昇が見られることも分かった。

結果は以上で、生理学的には運動後すぐに食べることは自然でないことを教えてくれる、なかなか面白い分子だ。構造も簡単で合成も容易なので、おそらくサプリとして現れるような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月27日 CRISPR+single cell RNAsequencing = Perturb-seq:生命活動を遺伝子発現ネットワークとして捉え直す(7月7日号 Cell 掲載論文)

2022年6月27日
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今回はテクノロジーの話なので、一般向きではないと思う。

さて、これまでCRISPRを用いて遺伝子を網羅的にノックアウトして、例えばコロナ感染に対する抵抗性に関わる遺伝子をリストするという方法について何度も紹介してきた。また、細胞ごとの遺伝子発現を調べ、細胞内の遺伝子ネットワークも調べ、細胞の様々な特徴とゲノムを相関させるsingle cell RNA sequencing(scRNAseq)については、もはや使っていない論文がないと言えるほど普及している。当然の成り行きとして、この両者を組みあわせ、特定の細胞の中で働いている遺伝子ネットワークをさらに機能的に調べようと考える人が出てきて当然だ。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はまさにこの課題にチャレンジして、この技術の大きな将来性を指し示した研究で7月7日号Cellに掲載された。タイトルは「Mapping information-rich genotype-phenotype landscapes with genome-scale Perturb-seq(ゲノムスケールのPerturb-seqを用いて情報満載のgenotype-phenotypeの様相をマッピングする)」だ。

この研究では、特定の細胞で働いている遺伝子を、 CRISPR-ガイドRNAを導入して網羅的にノックアウトする。例えば、5000種類の遺伝子をノックアウトしたいと思う場合、大体一個の細胞に一種類の遺伝子ノックアウトのガイドRNAが入るようにしてノックアウトすると、当然細胞に様々な変化が生じる。

多くの場合、この変化を、例えば細胞の増殖、特定の分子の発現など、いくつかのバイオマーカーを指標を元に検出し、特定の細胞機能に関わる遺伝子ネットワークを特定してきた。ただ、この研究では特定のバイオマーカーを使うことはやめて、遺伝子ノックアウトした細胞集団をscRNAseqで調べ、トータルの遺伝子発現に及ぼす特定の分子ノックアウトの影響を調べるというものだ。すなわち、細胞の形質自体を、遺伝子発現パターンに帰してしまうことで、先入観なしに小さな変化も見落とさない、細胞レベルのgenotype-phenotype様相を明らかにする技術を目指している。

おそらく同じような開発は他でも行われていたと思う。ただ、scRNAseqでそれぞれの細胞に割り振るバーコードと、ガイドRNAを同時解析して、ノックアウト遺伝子を特定し、それと遺伝子発現を相関させるという膨大な情報処理技術を実用化するまでに時間がかかったのだと思う。この研究は、この難しい技術を完成させたことにつきる。

そして、示されたデーターからその可能性の大きさを実感できる。まずほとんどの細胞機能の変化を、遺伝子発現のパターンの変化として、2次元に展開できる。そして、それぞれのクラスターとノックアウトした遺伝子を重ね合わせた図を見ると、途方もない量の機能情報が得られることが実感できる。

まず、遺伝子発現の変化から推定できる様々な細胞機能に関わることが新たに明らかになる遺伝子が数多く見つかっている。細胞株での話とは言え、バイアスなしにここまでわかると今後の細胞研究は加速する。

また、これまでほとんど同じ機能を持つと考えられていたファミリー分子(ここではIntegrator分子を例に示している)が、なんと予想外の多くの細胞機能の変化を誘導することがわかった。それと同時に、integrator とともに働いている様々な分子も特定できる。その結果、C7orf26がintegrator 10、13、14と一緒に集まって機能していることが明らかになった。

この研究では血液前駆細胞株K562が用いられており、当然赤血球や白血球への文化に必要な遺伝子ネットワークも明らかに出来る。他にも様々な可能性が示されているのだが、最も面白いのは次の二つだろう。

一つは、クロモゾーム不安定性に関わる遺伝子ネットワークを明らかに出来る点だ。すなわち、どの遺伝子が発現するかだけでなく、どの遺伝子がどの程度発現するかを検出できるので、染色体不安定性のような大きな変化も遺伝子発現パターンとして捉えることが出来る。その結果、TTK分子欠損のようなほとんどの細胞の染色体不安定性を誘導する変化と、不安定性に対するp53の役割など、ガンを理解するときに必須の分子ネットワークが明らかになる。

もう一つ面白いと思えるのは、ミトコンドリアにコードされている遺伝子の発現を調節している遺伝子ネットワークの特定が可能になる点だ。その結果、エネルギー代謝、ミトコンドリア内翻訳、蛋白質ストレス、異なる原因によるミトコンドリア遺伝子発現変化を特定できている。今、あらゆる分野でミトコンドリア研究の重要性が示されていることを考えると、この結果はすごい。

おそらく可能性は無限に思える。今後、正常細胞やiPS由来細胞などを用いた実験が行われ、細胞ごとのアトラスが完成すると、ひょっとしたら実験などほとんどしなくて、いろんなことがわかる時代が来るかもしれない。この技術についても改めてジャーナルクラブで紹介したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月26日 ALSの中には自己抗原に対するキラーT細胞が発症に関わるケースがある(6月22日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月26日
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多くの変性性神経疾患で、ミクログリアや炎症の役割が指摘されている。これはALSでも同じで、特に遺伝性で若年発症のALSの場合(例えばC90RF72)、ノックアウトすると自己免疫病が発症することが知られており、自己免疫になりやすい基盤の上に、炎症が起っているのではと考える人たちも多い。

今日紹介するマウントサイナイ・アイカーン医科大学からの論文は、さらに進んで突然変異により発生したネオ抗原が引き金となって、ALSが発症する可能性をマウスで確認した後、実際の患者さんでも可能性を確かめた研究で、6月22日号Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Clonally expanded CD8 T cells characterize amyotrophic lateral sclerosis-4(ALS4はCD8T細胞のクローン増殖により特徴づけられる)」だ。

この研究では遺伝性ALSのうちALS4と呼ばれるSetx遺伝子の突然変異により発症する疾患に焦点をあて、ヒトと同じ変異を持つマウスを作成している。このモデルでは8ヶ月目から運動障害が発症するが、期待に反して正常マウスと比べると、炎症性サイトカインの上昇などは全く示さない。

そこで、自己免疫に関わるリンパ球側の変化を調べると、ほとんど違いがないなかで、抗原刺激によって誘導されるPD-1を発現するCD8T細胞が増加していることを発見する。しかも、病気の起こっている場所、すなわち脊髄でこの細胞が全体の36%にもなることを発見する。

このPD-1陽性CD8T細胞をさらに詳しく調べると、T細胞が慢性的に抗原で刺激されたときに発現が高まるTox分子を強く発現した集団が増えていること、そしてT細胞受容体を調べると、一匹のマウスでは60%が一つのクローン由来で、残りのマウスも、それぞれ30%、20%とクローナル増殖が起こっていることを明らかにしている。すなわち、予想通り自己抗原に対して反応して増殖しているクローンが、病気に関わっていることが示唆された。ただ、こうして誘導されたT細胞の一部は、突然変異を持たないグリオーマ細胞も殺すことから、全てが変異を含むペプチドに対するものではなく、おそらくスプライス異常も含めたネオ抗原を認識している。

面白いのは、突然変異マウス骨髄を移植する実験で、突然変異によるリンパ球側の条件を調べると、突然変異マウスでネオ抗原が発現するだけでなく、突然変異によりリンパ球の反応性が変化することも重要な要因であることも確認している。

そして最後に、実際の ALS4患者さん末梢血リンパ球をCyTOFで調べると、マウスとは発現分子は少し異なるが、抗原により活性化されたときに発現が上がるCD45RA陽性エフェクター記憶細胞が増加しており、特定のT細胞受容体βを発現するT細胞が70%近くを占める、クローン増殖が見られることを確認している。

結果は以上で、残念ながら免疫治療でこの患者さんの症状を抑制できるかについては全く検討されていない。しかし、もしこれがALS4の疾患メカニズムなら、必ず対処方法は存在するので、研究を進化させて欲しいと思う。さらに、他の突然変異によるALSについても、同じような可能性が当てはまるのかも是非調べて欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月25日 結核にメトフォルミン:結核病理メカニズム研究がとんでもなく変化していた(6月24日 Science 掲載論文)

2022年6月25日
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10年近く論文ウォッチを続けているが、結核の生物学についての論文は紹介したことがなかった。確かに、BCGがらみの自然免疫や、社会的問題としての結核については何度か紹介しているが、生物学は全くゼロだ。

私が医者になったとき、治療可能でほとんど入院は必要ない病気だったが、外来では結核の患者さんはよく見た。外来で、結核性胸水を抜いたことすら有る。その後、患者さんの数が減っていることを実感するより先に、基礎研究へ移ったが、病理や免疫から考えると、結核は特有の面白さがある様に感じてきた。

まず結核菌がマクロファージに取り込まれると、肉芽腫が形成される。すなわち、一般の炎症とは異なる特殊な細胞が集まる特性を持っている。そして、慢性の炎症が経過すると、肉芽の中心が壊死に陥り、その結果喀血したり、結核菌の排出が起こる。すなわち、自然免疫も、免疫も、他の感染とはかなり違う。

今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、この結核菌をくわえ込んだマクロファージが壊死に陥る過程の分子過程についての研究で、6月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Tumor necrosis factor induces pathogenic mitochondrial ROS in tuberculosis through reverse electron transport(腫瘍壊死因子はミトコンドリアのROSを逆電子流を介して生成し、結核の細胞壊死を誘導する)」だ。

しかし、この論文は結核研究に馴染みがあると思っていた私にとって、衝撃の論文だった。まず何よりも、ゼブラフィッシュを使って感染実験を行っている。勿論人間の結核菌ではないが、Mycobacterium marinum(Mn)と呼ばれる水生動物の病気を誘導する菌種を用いている。調べてみると、人間にも感染するようで、魚の飼育に携わる人たちの皮膚に感染するようだ。

これまでの研究で、人間のマクロファージでも、またMnを感染させたゼブラフィッシュでも、細胞の壊死が起こるためには、感染により誘導されるleukotorienを介してTNFが上昇し、これにより誘導される活性酸素ROSの誘導が加わると、細胞壊死が起こることが知られており、またこの過程をゼブラフィッシュの中での肉芽病巣としてフォローできる。ゼブラフィッシュでは、様々な遺伝的方法が利用できるのと、様々な阻害剤を使った実験も培養細胞同様に容易なので、メカニズム研究にうってつけというわけだ。

この研究では、TNFによりROSが生成する経路を徹底的に調べているのだが、実際にTNF添加後30分の間で起こっている現象なので、TNFにより炎症が誘導される私たちが馴染みの過程とは全く異なる過程を研究しているのにも戸惑った。

ROSはミトコンドリアの電子伝達系から発生するので、菌に感染した細胞やゼブラフィッシュにTNFが加わったとき、ミトコンドリアROS合成経路のどこが亢進しているかについて、阻害剤を用いて詳しく検討している。詳細を省いて結論をまとめると、TNFによりグルタミン酸の取り込みが上昇し、これがTCAサイクルに流入することで、TCAサイクルでのコハク酸合成が上がる。これにより、電子伝達系コンプレックスIIが還元型コエンザイムQの合成を高め、これが電子伝達系Iでの水素イオンの逆流を促す結果ROSが産生することを示している。

この研究では、何故TNFでグルタミン酸の取り込みが上がるかといったメカニズムは全く探索されていない。もっぱらミトコンドリアのTCAサイクル、電子伝達系での反応だけを追いかけており、私にとっては異分野という印象が強い。

そして、TNFによりROSが誘導されれば、細胞の壊死が誘導されるので、TNFの役割はこれだけという結論になる。ただ、残念ながら結核感染の最も大きな問題が残ったままで終わっている。すなわち、TNFもROSも、細胞の壊死が誘導されるためには、結核菌に感染している必要があり、正常のマクロファージにいくらTNFを加えてもROSも壊死も起こらないし、またROSを生成させても、結核菌に感染していないと壊死は起こらない。

これについては他の研究が進んでいるのだろうと思うが、頭が完全にクリアになったというわけにはいかなかった。しかし、ゼブラフィッシュを用いていること、代謝、しかも電子伝達系とTCAサイクルがここまで特異的に関わるとは驚いた。そしてその結果、ROSを合成する呼吸コンプレックスIの阻害活性が知られているメトフォルミンを加えると、ROS合成が抑えられることを示している。メトフォルミンなら明日からでも利用可能なので、この結果はすぐにトランスレーションされるだろう。

久しぶりの結核病理メカニズム論文だが、頭の中の代謝経路を整理する意味では最適の論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月24日 ガンの転移を防ぐためには「Nessun Dorma:誰も寝てはならない」(6月22日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月24日
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まず今日紹介するチューリッヒ工科大学からの論文のタイトル「The metastatic spread of breast cancer accelerates during sleep(乳ガンの転移性進展は睡眠中に促進される)」を見て欲しい。

要するに乳ガンの転移は寝ているときに促進されるという恐ろしい報告で、タイトルを見ただけで引きつけられる。ちょっと知識があると、そもそも転移というプロセスが、一日より短い単位で変動するなどあり得ないと思うので、また羊頭狗肉かなどと思いながら、どんな実験を行っているのか興味津々で読み進めることになる。結論的に言うと、羊頭狗肉ではないし、実験の着想は面白いが、最終結果は至極まっとうで「幽霊の正体見たり枯れ尾花」といった感じだ。

要するにガンの転移が概日リズムに従っているという話だが、一番重要なのは転移の量を時間単位でどう測定するのかだ。この研究では、このHPでもずいぶん前から紹介している Circulationg Tumor Cell(CTC:https://aasj.jp/news/watch/1821)を転移の指標としている。

ここまで読むとなるほどと、着想に感心するが、実際 CTC が多く遊離される乳ガン患者さんの血液を調べると、夜の方がなんと10倍以上高いことがわかった。おそらく予想を超える違いで、この発見が研究の全てと言っていい。

同じ現象を今度は乳ガンを誘導したマウスで調べると、マウスの場合昼に寝るので、寝ている昼をピークとして CTC 数が変動する。より詳細な実験が可能なマウスを使って、

  1. 腫瘍に直結する静脈を調べ、腫瘍からの遊離自体が概日リズムに支配される。
  2. 睡眠中に遊離された CTC は、活動中の CTC と比べて、静脈注射したときより多くの転移巣を形成する。
  3. 遺伝子発現を見ると、睡眠中の CTC は増殖に関わる遺伝子の発現が上昇している。
  4. 全ては概日リズムに従っており、メラトニン投与で睡眠を誘導すると、CTC の数が増える。

など様々な現象を明らかにしている。まさに、トーランドットの名アリア、Nessun Dorma・誰も寝てはならない、がガンと闘う鍵となる。

そして最後に、概日リズムでガンの活性を変化させる要因を探索し、インシュリン受容体、様々なホルモン受容体などの発現との相関を発見する。その上で、デキサメサゾンやテストステロン投与や、インシュリン投与実験を行い、これにより CTC の数を強く抑制できることを示している。すなわち、活動期に様々なホルモンが上昇し、これがガンの増殖や転移を抑えるという結果になる。もし最初にこの現象捉えて、ガンの活動をデキサメサゾンが抑えると結論してしまえば、Nature にはまず通らない。まさに、幽霊、幽霊とまず騒いでみることも論文を面白くするコツであることがわかる。

とはいえ、ガンの治療を考える時、夜にガンだけが活動を始めるのだとすると、治療をそれに合わせる意味は十分にあるだろう。例えば乳ガンでCDK4/6阻害剤が用いられるが、通常食後に投与しているのを寝る前に飲んだ方が、効果の点ではいいはずだ。いろいろ述べたが、面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月23日 中心体を通してしか見えない世界(6月17日 Science 掲載論文)

2022年6月23日
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できる限り分野を広げて論文を読もうと思ってはいるが、偏りが出ることは否めない。従って、一定間隔で面白い論文に当たって頭の中をアップデートする必要がある。でないと、どうしてもその分野から遠ざかることになる。そんな一つの領域が中心体(Centrosome)だが、この知識をアップデートするためにミュンヘンのヘルムホルツセンターのMagdalena Götzラボからの論文は最適だ。特に神経発生学の深い知識の中で中心体を見ている点で、専門外にもとっつきやすく、多くの学びがある。3年前彼女のラボからの論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/9768)、今日紹介する6月17日号のScienceに掲載された論文は、中心体からしか見られない新しい世界を教えてくれる面白い論文だ。タイトルは「Spatial centrosome proteome of human neural cells uncovers disease-relevant heterogeneity(ヒト神経細胞の中心体に集まる蛋白質の解析から疾患に関わる多様性を見ることが出来る)」だ。

中心体はどうしても微小管オーガナイザーとして見てしまい、細胞種によりそれほど大きな違いはないと思ってしまうが、この研究の最初の疑問は、「中心体に集まる蛋白質に、細胞の機能に応じた違いはないのか?」だ。このために、ヒトiPSから神経幹細胞、さらには神経細胞を誘導し、それぞれから中心体に集まる蛋白質を特殊な方法で探索している。その方法は、中心体の必須蛋白質10個を選び、これと相互作用する蛋白質を精製する方法で、つまり一種の蛋白質を餌として食いつく蛋白質を釣り上げるフィッシングのような方法だ。例えば中心体の真ん中に位置するCEP63を餌にすると、神経幹細胞では233種類、神経細胞では529種類の蛋白質が釣れてくる。

重要なことは、こうして釣れてくる分子は、神経幹細胞と神経細胞のような近い関係でも、共通の分子は一部で、大半はそれぞれの細胞特異的な分子が釣れてくる。そしてさらなる驚きは、この方法で中心体と相互作用すると特定された蛋白質の多くが、RNAスプライシングや、mRNAのプロセッシングに関わる分子で、通常は核内で行われていることが中心体でも起こっていることを示唆している。

次の問題はこの変化する分子リストの中から、どのようにその機能的意味を見いだしてくるかだが、Götzが用いた方法は、深い知識に裏付けられたさすがと思える方法だ。これまで自閉症の科学の記事の中で、小児神経疾患に生殖細胞形成過程や発生初期に新たに発生するデノボの変異が大きく寄与していることを示してきたが、これまで神経疾患に関わるとされているデノボ変異のリストを、中心体と相互作用する分子のリストと比較して、中心体に集まる分子の機能を特定しようとした。

結果は期待以上で、多くの神経発生異常に関わるデノボ変異は、中心体と相互作用する分子に濃縮されている。すなわち、神経発生に中心体が重要な働きを示すことがわかる。ただ、例えば自閉症に関わるデノボ変異で中心体と相互作用する分子はそれでも400以上存在することから、それぞれの機能については他のアプローチが必要になる。

そこで、Götzは、お得意の神経幹細胞から神経細胞への分化過程で起こる細胞移動に注目し、この過程の以上として知られる「脳室周囲結節性異所性灰白質(PH)」として知られる、神経幹細胞の脳室周囲から皮質への移動が傷害される病気に注目し、この病気に関わるデノボ変異の一つでスプライシングに関わるPRPF6分子の機能と中心体について詳しく検討している。

詳細を省いて結果を述べると、

  1. 中心体は、核外オルガネラではあるが、RNAスプライシングに関わる分子を集めて、スプライシングに関わっている。PPRP6も中心体に局在している。
  2. PRPF6のデノボ変異により、神経幹細胞は分化しても、皮質への移動が出来ない。
  3. この移動異常は、様々な遺伝子のスプライシング異常に起因するが、特に微小管の胴体に深く関わるキナーゼBrsk2分子のスプライシング異常が、移動を阻害している。また、正常Brsk2を細胞に導入すると、発生異常を抑えることが出来る。
  4. PPRP6蛋白質と同じで、Brsk2-RNAは中心体近くに局在し、そこでスプライシングされる。

以上が結果で、中心体がもう一つのRNAプロセッシングサイトとして働いていること、またそれにより効率よく細胞の基本機能を分化に合わせて調節しているという、全く新しい世界が見えてきた。今後、フラジャイルX症候群のようなスプライシング異常はもとより、多くのデノボ変異の機能を中心体から見ることで、病気の理解が大きく進むのではと期待できる。素晴らしい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月22日 ガンのアンドロゲン受容体抵抗性獲得メカニズム(6月15日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年6月22日
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2回にわたって、ガンの生存戦略を突く治療法の開発論文を紹介してきたが、せっかくなので今日も、アンドロゲン阻害薬抵抗性の前立腺ガンの治療法について検討したワシントン大学からの研究を紹介することにする。タイトルは「Chronologically modified androgen receptor in recurrent castration-resistant prostate cancer and its therapeutic targeting(去勢抵抗性前立腺ガンの再発過程で順番に起こってくるアンドロゲン受容体の修飾は治療標的になる)」で、6月15日号の Science Translational Medicine に掲載された。

何度も紹介しているように、前立腺ガンでは治療がうまくいったと思っていたのに、急に転移が見つかってステージ4ですと告げられることがしばしばある。ただ、この段階でもガンはアンドロゲンを駆動力にして増殖しているので、去勢など徹底的にアンドロゲンが利用できなくする治療が行われる。ただ再発は必至で、これに対してアンドロゲン受容体(AR)自体を抑制する薬剤 enzalutamide が開発され、効果を上げている。ただ、前立腺ガンはしたたかで、ほとんどのケースで薬剤抵抗性が発生し、打つ手がなくなってしまう。

ガンの薬剤抵抗性というとすぐにゲノムの変化を考えるが、このグループはほぼ全例で抵抗性が生まれる背景には、ARの活性を変化させる修飾機能が新たに獲得された結果ではないかと考え、enzalutamide抵抗性を獲得した前立腺ガンから、enzalutamideに結合するARを精製し、質量分析によって、ARの609番目のリジンがアセチル化されていることを発見する。

この発見といい、その後の解析といい、このグループの生化学の力量を感じさせる膨大な実験が続くが、詳細は省いて箇条書きに紹介する。

  • enzalutamideはARの核内移行を阻害するが、アセチル化されたARはenzalutamideと結合しても、アセチル化されていないARと結合し、核内移行する。
  • アセチル化はzinc fingerドメインに起こるが、この結果AR本来のDNA結合部位とは全く異なる結合部位の転写を活性化する。しかも活性化される遺伝子には、AR自身や、ARリン酸化に関わるACK1が含まれる。
  • ARがアセチル化されるためには、ACK1によるリン酸化がまず必要で、その後p300によりアセチル化される。ACK1はアセチル化ARにより活性化されることから、ARのリン酸化とそれに続くアセチル化がいったん始まると、ARとACK1の転写が活性化し、アセチル化ARの量がどんどん上昇する、悪いサイクルが始まる。
  • 以上のことから、ARのアセチル化を防げば、enzalutamide耐性を元に戻すことが出来るはずだ。生化学的にはアセチル化阻害剤でこの過程を抑制できるが、このような薬剤は機能が多様で利用しにくい。そこで、アセチル化の前に必要なARリン酸化を行うACK1に対する阻害剤を開発している。
  • おそらく、まだ実験的な阻害剤で、薬剤として使うためには、さらに至適化することが必要と思うが、この薬剤で、enzalutamide耐性の前立腺ガンの増殖をin vitro、 in vivoで抑えることが出来る。
  • 開発した薬剤R-9bは、経口投与可能で、用量依存的にガンの増殖を抑制する。ただ、アセチル化と同じような立体構造を形成できる突然変異(609番目のリジンがアラニンに変換している)では、アセチル化非依存的に同じ効果を示すため、R-9bは効果がない。
  • 実際の臨床例でも、ARのリン酸化及びアセチル化は悪性度に伴って上昇する。また、リン酸化とアセチル化は相関している。

以上が結果で、最も驚いたのはARがアセチル化されることにより、転写のレパートリーを拡大し、それまでとは全く異なる分子の発現を高めている点で、急速に悪性化が進む秘密の一端を見ることが出来た。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月21日 IL6はガンを染色体不安定ストレスから守る(6月15日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月21日
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昨日に続いて、ガンの弱点を突く治療法の開発研究を紹介するが、昨日のBRAF/MEK阻害剤をアンドロゲン受容体阻害剤で抑えられることを示した現象論に徹した研究と比べると、細胞内のメカニズムを明らかにして研究を進めているので、読んだ満足感は高い。

今日紹介するオランダ・フロニンゲン大学からの論文は、正常細胞ならすぐに細胞死に陥る染色体不安定性をガン細胞は許容できるのかについて、染色体不安定性が引き金となるシグナル経路を徹底的に詰めて、メカニズムを明らかにし、新しいガン治療の可能性を示した研究で、5月15日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「cGAS–STING drives the IL-6-dependent survival of chromosomally instable cancers(cGAS-STINGはIL-6依存性に染色体不安定性を示すガン細胞の生存を助ける)」だ。

タイトルにあるGAS/STINGについては自然免疫の知識が必要なので、ザクッと説明しておこう。GAS-STINGは細胞質に存在するDNAセンサーで、DNAウイルスが侵入したときに、自然免疫系を活性化する分子だ。ただ検出する細胞質のDNAは、必ずしも侵入したウイルスDNAだけではなく、分裂時に染色体不安定性生じると、ちぎれたDNAもGAS-STINGに検知され、細胞死を誘導することで、異常な細胞を除去する仕組みにもなっている。

この研究では「ガンはしばしば染色体不安定性を示すのに、このシグナルによる細胞死から逃れているのか?」と言う不思議にチャレンジしている。

これに対する答えは、ガンでは全くGAS-STINGが機能していないと言うものだが、染色体不安定性を示す乳ガンを調べてみると、細胞分裂を阻害して染色体不安定性を高めると、このシグナル経路がはっきりと活性化されていることをまず確認している。すなわち、GAS-STING経路は働いているが、細胞はアポトーシスから守られていることになる。

そこで発想を逆転させ、GAS-STINGが染色体不安定性にによる細胞死を守る働きがあるかどうか、GAS-STINGをノックアウトしたガン細胞の染色体不安定性を誘導して調べると、驚くことにGAS-STINGシグナルが欠損すると、細胞死が誘導されることを発見する。

ここまで来ると、GAS-STINGシグナル経路は詳しく研究されているので、下流のシグナルを一つづつたどっていくことで、染色体不安定性から細胞を守るシグナル経路を特定できる。

GAS-STING経路は、主にIRF3およびNFkBの2つの回路を通して、自然炎症や細胞死を誘導しているが、この研究では、細胞レベルのノックアウトやシグナル阻害剤を用いて、染色体不安定性のストレスから細胞を守るシグナルを検索し、STAT3およびnon-canonical NFkB経路として知られるシグナル経路を介して、細胞が守られていることを明らかにする。

この経路は、IL-6の誘導路として知られているので、次にこの経路で分泌されるIL-6が細胞を守る鍵ではないかと着想し、染色体不安定性を誘導したガン細胞にIL-6 を加える実験を行い、予想通りIL-6だけで染色体不安定性を誘導した細胞を守れることを明らかにしている。

以上をまとめると、GAS-STINGは通常IRF、インターフェロン、STAT1経路を介して細胞死を誘導するが、これをもう一つのNFkB経路によって誘導されるIL-6が抑制していることになる。即ち、GAS-STINGはもともと相反する効果を誘導する、微妙なシグナルであることが想像される。

いずれにせよ、染色体不安定ストレスにさらされているガンでは、細胞を守るシグナルが強いので、下流のIL-6シグナルを抑えて、このバランスを崩すことで、ガン細胞を殺せないか、IL-6受容体の阻害剤を用いて調べると、染色体ストレスを誘導したガン細胞が殺されることを試験管内、およびガンの移植系で確認している。即ち、染色体の不安定性を強く示すガンや、染色体不安定性を誘導する薬剤を治療に用いる場合、IL-6シグナルを止めてやることで、ガンの治療効果を高められる可能性を示している。

最後に、人間のガンのデータベースから、IL-6Rを高発現しているガン患者さんでは生存が短いことも示し、この研究結果を実際の治療に利用できる可能性が大きいことも示している。

以上、徹底的にシグナル経路をたどることで、明日からでも可能な新しい治療法の可能性を示した研究で、読者としても様々なシグナル分子をたどりながら満腹した。

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