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6月6日 ヒト遺伝子エンハンサーを支える基本分子 cofactor の多様性(6月1日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月6日
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私たちのゲノムには、エンハンサーと呼ばれる領域が存在して遺伝子の発現を調節しているということは、専門家でなくても聞いたことがあると思う。実際のエンハンサーの機能は、それに結合する転写因子といくつかの分子から形成される cofactor を、転写が実際に起こるプロモーターへとリクルートすることで、転写を高めている。教科書的、即ち私の頭の中では、cofactor 決まった分子から構成されていことになっている。

しかし最近になって、それぞれの cofactor 構成分子を阻害する分子の作用から、エンハンサーとプロモーターの相互作用に必要な cofactor は決して一様でないのではと考えられるようになってきていた。今日紹介するオーストリアの分子病理学研究所からの論文は、cofactor の要求性がエンハンサーやプロモーターにより異なる可能性を示し、裏付けた面白い研究で、6月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Differential cofactor dependencies define distinct types of human enhancers( cofactor 依存性の違いが人間のエンハンサーの異なるタイプを定義する)」だ。

この研究では、ヒトゲノムを断片化して、レポーター遺伝子と結合させたプラスミドを、細胞内でエンハンサー依存的に増幅させる STARR-seq と呼ばれる方法でエンハンサー活性を測定している。このとき、8種類の異なる cofactor を選んで auxin を加えると、目的の分子が短時間で分解させられる AID と呼ばれる方法を用いて、各 cofactor を分解した時、エンハンサー活性がどうなるかを調べている。

もちろん教科書通りだと、一つの cofactor を壊すと、エンハンサー活性は全て低下するはずだが、実際には壊された cofactor に応じて、エンハンサー活性に差が生じる。そして、最終的に、1)どの cofactor が分解されても影響があるが、特に p300分解の影響が強いグループ、2)同じく特に CDK7分解に影響されるグループ、そして驚くことに、3)Mediator14が分解されてもエンハンサー活性があるグループ、そして 4)BRD4が分解されてもエンハンサー活性があるグループ、の4種類に分類できることを明らかにした。また、それぞれのグループのエンハンサーは、それに結合する転写因子でも分類でき、1)ではAP、3)ではp53、4)ではCCAAT結合NFY分子が特定されている。

1)、2)については、基本的にはどの cofactor も必要という結果なので、論文では 3)、4)について詳しく検討している。

3)については、p53結合エンハンサーであることから、p53下流の分子は MED14 を必要としないことが示唆される。実際、細胞の MED14 をノックアウトしても、p53下流の転写活性は維持される。他の mediator分子の関与などをさらに検討した上で、p53による転写は mediator分子なしに起こると結論している。

さらに面白いのはすでにガンの標的とされて薬剤が開発されている BRD4被依存的エンハンサーで、これは結合するヒストンコードから、Off型のクロマチンに見られるエンハンサーで、レトロウイスルの LTRエンハンサーがその典型として詳しく検討されている。詳細を省いて結論を述べると、TATAボックスとCCAATボックスが一定の間隔で並んでいる調節領域は、BRD-4 が欠損しても、転写活性を維持できる一種の自立的なプロモーターを形成し、CCAAT ボックスに結合する NFY分子が、BRD4非依存的転写に関わっていることを明らかにしている。このエンハンサーの中には、ヒストンやヒートショックタンパク質の転写に関わるエンハンサーが含まれていることも面白い。

以上が結果で、この分野にある程度の知識がないとイメージしづらいと思うが、これまでどれも同じと考えていたプロモーター/エンハンサーを媒介するメカニズムが、エンハンサーにより異なっているという発見は、特にガンで問題になる p53 や BRD4 と関わっていることから、極めて重要な研究だと感じる。また、p53 やヒートショックタンパク質など、ストレス応答に関わる転写が、それぞれ mediator非依存性、BRD4非依存性であることも将来の重要なテーマになるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日 ER ストレスを誘導してガンを抑える薬剤の開発(6月2日 Nature Cancer オンライン掲載論文)

2022年6月5日
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化合物の作用を手がかりに、生化学的過程を明らかにすることを chemical biology と呼ぶ。実際アスピリンなど、現在使われている多くの薬剤は、まず化合物の作用が発見され、薬剤として利用された後、その作用の生化学的過程が明らかにされたものだ。一方、分子生物学が発展して、特定の過程に関わる分子が明らかになった後、その分子の機能を抑制する化合物を開発することが、21世紀に入って加速している。例えば、新型コロナウイルスのプロテアーゼに対するパクスロビドや塩野義 S-217622 などはその例だ。特に最近注目されているこの種の薬剤には多くのガンのドライバーとして働いている変異型 K-ras 阻害剤があり、アムジェンのソトラシブや、Mirati のアダグラシブなど、実際の治験が進んでいる。

今日紹介するテキサス South-Western Medical Center からの論文は、エストロジェン受容体に対する標的薬を修飾するうちに、エストロジェン受容体への反応が消失する代わりに、ERストレスを誘導できる薬剤が開発できたという話で、標的薬開発と Chemical biology が合体したような研究だ。タイトルは「Targeting LIPA independent of its lipase activity is a therapeutic strategy in solid tumors via induction of endoplasmic reticulum stress(LIPAのリパーゼ活性とは異なる部位を標的にすると、固形腫瘍の小胞体ストレスを誘導して治療する薬剤になる)」で、6月2日 Nature Cancer に掲載された。

すでに述べたように、エストロジェン受容体に対する化合物 E-11 を様々に修飾しているうちに、エストロジェン受容体を全く発現していないトリプルネガティブ乳ガンの増殖を抑える薬剤 E-RX41 が出来てしまったところから、この研究は始まっている。即ち、化合物がまず存在し、その作用に関わる生物学的過程を明らかにする chemical biology がこの研究の柱になる。

この論文を読むと、chemical biology はこうあるべきだというお手本になる重厚な研究であることがわかる。順を追って、解説しよう。

  1. まず、エストロジェン受容体を発現しないトリプルネガティブ乳ガン(TNBC)に効果があることを確かめた後、ERX-41 により誘導される遺伝子発現から TNBC のERストレスを誘導して細胞死を誘導している可能性を発見、この可能性を生化学的、細胞学的に確かめている。
  2. 次にクリスパー/Cas9によるノックアウト解析で、ERX-41 抵抗性になる分子を探索、lysosomal acid lipase Aがその標的になっていることを突き止める。即ち、ER で LIPA の機能が阻害されるとERストレスが誘導され、ガン細胞の細胞死が誘導される。
  3. 幸いなことに、LIPA は正常組織での発現は少ない一方、多くのガンで発現が高まっており、今後様々なガンを抑える薬剤として使える。
  4. ERX-41は LIPA のリパーゼ活性ととは異なる、LXXL モチーフに結合し、これにより何らかのメカニズムで、タンパク質の折りたたみに関わる分子の発現を抑制し、その結果 ER に折りたためないタンパク質がたまってストレスが誘導され、ガン細胞が殺される。

以上、構造解析を含む可能な全ての方法が総動員され、LIPA への ERX-41 結合が、分子折りたたみに関わるシャペロンなどの発現を低下させ、ERストレスを誘導することで、多くのガンの弱点を突けることを明らかにしている。

実際には、副作用などについてさらに詳しい解析が必要とは思うが、是非 K-ras 阻害剤や、BRD阻害剤などに続く、新しい抗がん剤として発展してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月4日 キリンの首はなぜ長い(6月3日 Science 掲載論文)

2022年6月4日
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ガリレオにより「科学」という、それまでにはなかった新しい「知」の可能性が示された後も、生物は科学の対象外にあった。勿論科学的に考えようとした18世紀のビュフォンを代表とする自然史研究者も、目的に導かれるように見える生命の進化を、ガリレオが示した真知形成の手続き、すなわち「科学」的に説明することは出来なかった。そこに登場したのが19世紀のダーウィンで、多様化と自然選択で進化を説明した。まさに、物理世界の因果性には存在しないアルゴリズムが、科学に登場した瞬間だと思う。

進化のアルゴリズムについて、用不用説を唱えたラマルクとダーウィンを比較する時に使われるのが、キリンの首の話だ(例:https://edu.glogster.com/glog/lamarck-vs-darwin/2d1tlii5fam?=glogpedia-source)。私も授業に使っているが、自然選択説でも、用不用説でも、首が伸びる目的は、高い木の上の葉を食べるというニッチ獲得になっている。

今日紹介する北京、中国科学アカデミー研究所からの論文は中国ジュンガル盆地で新しく見つかった、1600万年前のキリン科の哺乳類 Discokeryx xiezhi の骨格解析から、キリンの首はメスを巡るオス同士の戦いが選択圧になったという研究で、6月3日号 Science に掲載された。タイトルは「Sexual selection promotes giraffoid head-neck evolution and ecological adaptation(メスを巡る戦いがキリン科の長い首の進化と適応を促した)」だ。

研究は、骨格の解析、そして時代検証につきる。

私が知らなかっただけだが、この研究の前から首をハンマーのように用いて戦うために、首の長さが伸びたとする説は提唱されていた。ただ、今回解析された Discokeryx xiezhi は、キリン科ではあるが首がどっしりしてそう長くない。

特に頭の骨を見ると、かなり厚く、頭同士をぶつけ合って戦うスタイルに適しており、首の骨もそれに適応して、強い力を分散させる構造になっている。事実、首モデルで有限要素解析を行うと、頭をぶつけ合ったときの力を分散できることが示されている。そして、おそらく戦ったことによる骨髄炎の名残も観察できる。

一方、頭をぶつけ合う戦いに向かないキリン科の化石も見つかっているが、この場合は首がローテートしやすい構造を持っており、首を巻き付けて戦うのに適したようになっている。

即ち、首そのものを戦いに使えるキリンと、頭をぶつけるブルファイト型のキリンが見つかったことで、高い木の葉っぱを食べるという、食料ニッチではなく、他のオスに勝つという戦いが選択圧になったと言う結論だ。

では、当時キリンが生息していた世界は、高い木がニッチにはならなかったのか?これについては、歯のエナメル質アイソトープ解析から、少なくとも Discokeryx xiezhi は、木の上の葉を主食としていたわけではないことが示された。

以上、次回からラマルクとダーウィンの話は、もう少し複雑な話として語る必要がありそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月3日 老いの覚悟:幹細胞システムを襲う急激な変化(6月1日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月3日
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今日で74回目の誕生日を迎えた。なんとかボケまいと、毎朝、論文ウォッチに取り組むが、始めた頃と比べると様々な機能が落ちているのがわかる。それでも、なんとかやれると納得していても、毎日論文を読んでいると、老いる覚悟を残酷にも迫る論文に出会うことになる。

そんな論文の中でも、今日紹介するウェルカムサンガー研究所と、現役時代レビューボードを務めていたケンブリッジ幹細胞研究所が、2日前に発表した、血液幹細胞システムを襲う急激な老化についての論文は、自分の骨髄で今起こっている老いの過程を覚悟させるが、極めてインパクトの高い研究だ。タイトルは「Clonal dynamics of haematopoiesis across the human lifespan(人間の一生を通した造血システムでのクローン動態)」だ。

老化が進むと、遺伝子に蓄積された変異により、他の幹細胞クローンより増殖力の高い幹細胞が選択され、最終的に造血幹細胞の数が減り、またガン発生の頻度が高まることは、血液のクローン性増殖として、重要な老化指標になっている。ただ、これまでの血液細胞全体を deep sequencing する方法では、70以上の高齢者の1−2割にこれが見られるとされており、まだ他人事だった。

この研究は、クローン性増殖の有無をより正確に把握するため行われた驚くほど大規模な全ゲノム解析で、70歳以上4人を含む10人の臍帯血、末梢血、あるいは死後凍結保存された骨髄細胞から、FACSで未熟幹細胞を精製し、細胞を一個ずつ増殖因子とともに培養してできたコロニーごとに全ゲノム解析をおこなっている。14カバレージで解読できたクローンのみをデータとして用いている。各個人から200ー400個のコロニーが得られ、トータルで3500を超す全ゲノム解析が行われている。我々日本から見ると驚くほどの数だ。

まず、試験管内でのコロニー形成能は年齢間でほとんど差はない。そして、予想されるように年齢とともに徐々に突然変位数は上昇し、またテロメアの長さは短くなっている。ところが各細胞クローン内で配列を比較して、細胞間の多様性を調べてみると、低い頻度ではあるがテロメアが長く維持されているクローンも存在し、おそらく長く静止期に合った幹細胞が、造血プールに入ってきたのではと考えている。

次に、全ゲノム配列の変異を元に、クローナル増殖が起こっているかを、それぞれのゲノムの系統樹を書いて比べると、ゲノムから計算される実働幹細胞数は50000から250000で、目立ったクローナル増殖は見られない。

ところが70歳以上の4人を調べてみると、驚くことにこれまでの計算を遙かに超すクローナル増殖が見られる。実際の図と数字を見ると本当に驚くが、まず1−2割の高齢者ではなく、4人とはいえ全員にクローナル増殖が見られる。しかも、クローナル増殖に由来する血液細胞の割合は、これまで計算されてきた3−5%の10倍で、30ー60%に達している。すなわち、70歳を超すと、これまで見られなかったクローン増殖が一人あたり10−20幹細胞で起こり、その結果半分近くの造血がクローン増殖由来になっていることがわかった。まさに、私の骨髄で今起こっている。

しかしどうして70歳の壁なのか。これについては、アミノ酸変換を伴う変異が少し高いことから、増殖優位選択が行われている以外は、明確ではない。しかし、クローナル増殖を、いくつかの変異や選択を組みあわせて考えるABCモデルでは、4人のクローナル増殖動態をモデル化できることから、変異は時間をかけて蓄積し、必要な条件が合わさる確率が指数的に上昇するとすることで、説明できるとしている。

もちろん、ニッチの状態や、老化細胞の脆弱性など今後さらに調べるべきことは多い。しかし、時間をかけて老化が進むとは言え、それが突然のように現れることがよく理解できた。これはおそらく血液だけではない。様々な幹細胞臓器でこれが進んでいる。そのことをしっかり覚悟した誕生日の論文ウオッチになった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月2日 臭いを感じて認識するダイナミックス(5月18日号 米国アカデミー紀要 オンライン掲載論文)

2022年6月2日
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日本の研究は、研究機関やメディアで紹介されるので、紹介は控えているが、今日の論文は毎日ワインを飲みながら感じていることに近いので、あえて紹介することにした。

どんなことを考えているかだが、ワインテースティングは決して感覚の問題ではない。香りと味の様々な要素を言葉にするとともに、様々な記憶を呼び起こして判断する。おそらく言葉にすることで、より鮮明に記憶を呼び起こせる。これが面白いので、失敗をいとわず、なるべく違うワインをトライして楽しむようにしている。もちろん私の余命と比べたとき、ワインの種類はほぼ無限と言っていいので、飲み尽くす心配はない。

さて、今日紹介する東京大学からの論文は、10種類の同じ強さの異なる臭い(快適な臭いから不快な臭いまで)を嗅いだときの脳波を調べ、最初の刺激がどのように認識として脳内に表象されるかについて調べた研究で5月18日米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Spatiotemporal dynamics of odor representations in the human brain revealed by EEG decoding(人間の脳内に形成された臭いの表象の時間空間的ダイナミックスが脳波の解読から明らかになる)」だ。

研究では22人の被験者について、10種類の臭いに対する主観的な印象を調べるとともに、脳波を記録し、それぞれの臭いに対する脳波の反応から臭いの種類をデコードできるモデルを作成し、このモデルから臭いが認識されるまでの過程を追いかけた研究だ。脳研究では普通の手法で、頭皮の外側からの脳波記録なのでどこまで正確なモデルを作成できるのかちょっと心配になるところだが、臭いの刺激を受けてから1秒間程度の経時的変化を記録して、64電極による空間的記録と合わせることで、基本的には臭いの種類を十分区別できるモデルが出来ている。実際、言語認識の研究を別にすると、時間ファクターも含め総合的に判断するモデルの論文はほとんど読んだことがなかった。いわばビッグデータ解析なので、全ての詳細を省いて、結論だけをピックアップすると、以下のようになる。

  1. 臭い刺激に対する脳の反応は150msぐらいから始まり、これが刺激に対する一次感覚を反映している。
  2. これが刺激の認知として始まるのは、300msぐらいからで、不快な臭いほど反応が早い。
  3. その後、それぞれの臭いを特徴付ける反応は脳全体に広り進化して、ほぼ1秒間かけて認識のピークに達する。
  4. 脳の各領域に応じて、反応のピークは異なる。即ち、臭いの認識が時間をかけて進化することを示している。
  5. 特に臭いの質を判断する認識に、言語に関わる Broca 領域が関わっているのは面白い。

以上、全てすっ飛ばして自分がワインを感じている時を思い出しながらまとめてしまったので、著者には申し訳ないことをしたかもしれない。しかし、個人的体験を後追いでき他という意味で、本当に楽しめる論文だった。

今後、それぞれの領域が、一つの臭いの構成にどのような意味を持つのか、AI を超えた解析が進むことを読者として期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月1日 思春期に睡眠が妨げられると、新しい出会いへの好奇心が低下する(5月26日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年6月1日
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私たちの精神形成にとって、思春期の重要性を疑う人は誰もいない。しかし、我々がこの時期に受ける社会からの影響は極めて複雑で、発達に影響する様々な行動を特定し、それを是正することは簡単でない。また、この時期に神経学的な介入を行える動物モデルを作ることはさらに難しい。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、人間を含むほとんどの動物で共通にみられる行動の一つ、睡眠を取り上げ、思春期に慢性的に睡眠を妨げられたマウスが、新しい経験への好奇心が低下すること、およびそのメカニズムを神経学的に解明した論文で、眠りを取り上げたことで、マウスと人間をつなぐ将来の実験が可能にできる研究だと言える。タイトルは「Adolescent sleep shapes social novelty preference in mice(思春期の睡眠は新しいものへの好奇心形成に関わる)」で、5月26日 Nature Neuroscience にオンライン掲載された。

この研究では脳波を調べながら、生後35〜42日(この時期をマウスの思春期としている)の1週間、睡眠に入ったとき、床を動かせて眠りを慢性的に阻害する介入を行っている。42日以降は普通に過ごさせ、56日目に、マウスの社会性を調べる実験を行っている。

行動実験の概要だが、まず1番目のマウスと対面させ、一定期間後、今度は、1番目のマウスに加えて2番目の初対面のマウスを用意し、それぞれに対する反応を調べるというものだ。

元々マウスは好奇心旺盛な動物で、1番目のマウスに出会ったときはそちらに興味を引かれるが、次に一度出会ってなじんだ動物と、初対面の動物のどちらに興味を示すかを比べると、初対面のマウスの方により興味を示すことが知られている。ところが、思春期に眠りを妨げられたマウスでは、1番目のマウスと出会ったときの反応はコントロールと違いはないが、次に1番目と初対面のマウスを同時に提示したとき、初対面の方にはほとんど興味を示さない。これは思春期に眠りを妨げたときだけに起こる現象で、大人になってから同じような処置をしても、この変化は現れない。

後は、この変化の神経学的メカニズムについて調べている。初対面マウスへの好奇心に関わる腹側被蓋のドーパミン産生ニューロンに焦点を絞り、カルシウム流入を調べながら行動を追跡すると、行動と一致して、1番目のマウスと出会ったときの反応には変化がないが、次のトライアルで1番目と初対面マウスに出会ったときに、コントロールで見られる初対面マウスに対して見られる強い反応が、思春期に睡眠を妨げた群では強く抑えられているのが明らかになった。

腹側被蓋ドーパミンニューロンは、側坐核と前島皮質へと投射しており、そこでのドーパミン分泌を調べると、正常マウスでは1番目のマウスと出会ったとき、側坐核でのドーパミン分泌が上昇した後すぐに低下するのに、眠りを妨げられた群では、上昇したドーパミン分泌が、ほとんど低下しないこと、そして2回目のトライアルでは、初対面のマウスに対して反応したときに起こるドーパミンの分泌が全く起こらないことが明らかになった。即ち、最初に出会ったマウスに強く反応が固定されてしまって、その後他のマウスへの興味が断たれていることがわかった。

そして、睡眠を妨げられることで、腹側被蓋と側坐核の投射が強まり、一方腹側被蓋と前頭皮質との結合が低下することが、このドーパミン分泌、および行動の差につながっていることを明らかにしている。

以上、わかりやすくまとめてしまうと、特に思春期の睡眠が阻害されることで、腹側側坐核ドーパミン神経の投射が大きく変化し、その結果最初に出会った方のマウスに好奇心が固定化されることが、この行動変化のメカニズムであることがわかった。

この最初でに出会ったマウスに好奇心が固定され、新しいマウスに向かない現象は、マウスの自閉症モデルでも見られるので、最後にこの自閉症モデルマウスの症状も、睡眠障害で説明できないか調べている。結果は期待通りで、モデルマウスでは思春期の睡眠が自然に妨げられおり、その結果腹側被蓋ドーパミンニューロンと側坐核の投射増加していることがわかった。すなわち、思春期に睡眠を妨げたのと同じ状態を、自閉症モデルマウスが示すこが明らかになった。

驚くことに、自閉症モデルマウスの思春期の睡眠を、薬剤で正常化してやると、このドーパミン神経の変化が起こらないことを示し、少なくとも自閉症モデルマウスの好奇心欠如を、睡眠を正常化させることで治療できる可能性を示している。

以上、大変面白い研究だと思うが、これを人間に当てはめていくにはまだまだ時間がかかる印象だ。

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