だいぶ間が開いてしまったが、自閉症の科学として紹介したい論文が溜まってきたので、連続で紹介したいと思っている。
最初は、6月2日 Nature Medicine にオンライン掲載された、炎症性腸疾患(IBD)と自閉症の関係について調べた英国ブリストル大学からの論文だ。
多くの方は「IBDと自閉症?どんな関係があるの?」とその取り合わせを不思議に思われるのではと思う。ところが、両者の関係はこれまで何度も議論の的になっており、なんと捏造スキャンダルまで発生しているのだ。
1998年臨床のトップジャーナルThe Lancet に、麻疹ワクチン接種により、回腸の炎症性疾患と自閉症が合併して誘導されるとする論文が発表された。しかも記者会見まで行いこの論文が大々的に宣伝された結果、当時英国で麻疹ワクチン拒否がおこり、接種率が5割に低下、その結果多くの児童が麻疹にかかり、死者が出た。
これだけなら、リスクとベネフィット問題で終わるのだが、その後一人のジャーナリストの執念により、この論文が全くの捏造であることが明らかになり、12年を経てThe Lancetもようやく論文を取り下げることになる。
おそらく自閉症と炎症性腸疾患が簡単に結び付けられる要因の一つは、自閉症児に慢性の便秘や下痢が高頻度に見られること(https://aasj.jp/news/watch/6791 )だが、これ以外にも統計的解析から、自閉症児は典型児より5割多くクローン病になりやすく、潰瘍性大腸炎に至ってはほぼ2倍なりやすいという報告が発表されている。
この原因については、自閉症に関わる遺伝子の中にIBD発症とリンケージする遺伝子があるとする考え方と、母親の持つIBD(当然子供も同じゲノムを受け継ぐが)が、妊娠期から授乳期にかけての子供の発達に影響を及して、独立に子供の自閉症発症を助けるという考えが提唱されてきた。ただ、どうしても調べる対象の数が少なく、はっきりとした結論を得るまでには至っていない。
これに対し、自閉症についての情報も含まれている、現在得られる最も大規模なデータベースを駆使してこの問題を解こうとしたのが、今日紹介する英国ブリストル大学からの論文で、6月2日Nature Medicine に掲載された(下図)。
この研究では自閉症の、1)自閉症の親がIBDと診断される頻度、2)IBDと自閉症と相関するゲノム多形のリンケージ、3)母親のIBD発症に相関する遺伝子多形と、子供の自閉症発症に関わる遺伝子多形の相関、などが調べられている。2)、3)は、要するにIBD と自閉症に関わる共通の遺伝子があるかについての検討と言っていいだろう。
スウェーデン人大規模家族調査、50万人UK バイオバンク、AVON大規模親子コホートなどのビッグデータをもとに、私も理解が難しいビッグデータ処理法を用いた研究なので、詳細は全てすっ飛ばして、結論だけをまとめると、
親のIBD、特に母親がIBDと診断される場合、子供に自閉症が発症する率はオッズ比で1.32倍で、明らかな相関がある。 一方、自閉症とIBDのリスク遺伝子が、リンケージや相関している可能性はほとんどない。
となる。すなわち、ゲノムから見た時IBDと自閉症は全く独立した状態だが、しかし母親のIBDは妊娠中、あるいは乳児期の幼児の脳発達に影響する可能性が高いという結論だ。
おそらくIBDに限らず、妊娠中の母親の炎症は胎児の脳発達に影響すると考えられるので、妊娠を希望する場合は、歯周病も含めできるだけ炎症の元を遮断する必要がある。
β アミロイドを除去する治療法の失敗を見て、アミロイド仮説は消え去ったと勘違いする人もいるようだが、遺伝変異やダウン症の研究から、多くのアルツハイマー病でも Aβ の蓄積がアルツハイマー病の引き金を引くことは間違いない。
ただこれはかなり病気の初期の話で、一旦引き金がひかれると神経細胞内でのTauの蓄積は自立的に進むので、Aβ を除去しても手遅れになる。従って、Aβ 仮説に基づく治療を進めるためには、引き金が引かれる初期段階を捉えて治療する必要がある。
この初期段階を捉える手掛かりとして注目されるのが、Aβ 蓄積が始まると神経の興奮が上昇すること、そして神経細胞自体は正常でもシナプスの密度が低下する可能性が、動物実験から示唆されている点だ。
今日紹介するイェール大学からの論文は、このグループが発見したメタボトロピックグルタミン酸受容体に対する化合物が、動物モデルのアルツハイマー病進行を止めるという発見の、細胞学的メカニズムを明らかにした論文で、シナプス密度の現象を食い止め、アルツハイマー病(AD)の引き金を止める可能性があると期待できる。タイトルは「Reversal of synapse loss in Alzheimer mouse models by targeting mGluR5 to prevent synaptic tagging by C1Q(アルツハイマー病マウスモデルでmGluR5を標的にすることで、シナプスに C1q が結合を止めることでシナプス喪失を抑制できる)」で、6月1日 Science Translational Medicine に掲載された。
2017年、このグループは mGluR5 に結合するが、アゴニストやアンタゴニストに見られる神経症状を全く起こさない silent modulator、BMS-984923 をブリストルマイヤー社のライブラリーから特定し、これがアルツハイマー病初期に起こるシナプス喪失を止める作用があることを Cell Reports に報告した(下図)
この研究はこの続きで、この化合物の作用機序を探っている。ネズミや猿を用いて、この化合物が経口摂取可能で、神経症状を誘導しない有望な化合物であることを示している(実際に臨床治験が始まっているので当然の結果だ)。
その上で、この薬剤の効果を調べるには脳のシナプス密度を調べることができる小胞体グリコプロテイン(SV2A)を標的と標的にしたトレーサーを用いた PET をバイオマーカーとして用いられること、すなわち AD モデルマウスにこの薬物を1ヶ月服用させると、シナプス密度を回復させられることを明らかにしている。
あとは、薬剤投与による遺伝子発現変化を single cell RNA seq で調べ、AD 進行に関わるとして知られる遺伝子を含む多くの遺伝子の発現を、特に神経細胞で正常化できること、さらにはシナプスを元に戻すことで、Tau のリン酸化を防げることも明らかにしている。
そして最後に、この薬剤がおそらく Aβ と mGluR5 との結合が、シナプスに保体成分 C1q が結合して穴が開き、局所的にシナプスが失われるプロセスを防ぐことを明らかにしている。
以上が結果で、mGluR5 modulator 化合物が AD 進行を抑えるという現象論が、しっかりとメカニズム研究で裏付けられた感じだ。
基本的には Aβ 除去療法と同じ時期を狙っているのだが、Aβ と細胞との相互作用を標的にしている点で、より効果は高いように感じる。しかも経口投与可能ということで、大きなヒットになるチャンスはある。
ただ、治療可能性だけでなく、AD の初期過程を詳しく調べる大きなツールができたことも重要だと思う。