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6月28日 運動後に食欲が抑えられるメカニズム(6月15日 Nature オンライン掲載論文) 

2022年6月28日
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運動後のビール一杯は、このために運動するのではと思えるほどたまらない。とは言え、人によると思うが、強い運動後はどうしても食欲が抑制され、暴飲暴食が防がれているのも事実だ。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、エクササイズにより上皮や血液細胞で合成される乳酸とフェニルアラニンが結合した Lac-Phe が、運動後に食欲を抑制し、健康維持に働いていることを示した研究で、6月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「An exercise-inducible metabolite that suppresses feeding and obesity(エクササイズにより誘導され食物摂取と肥満を防ぐ代謝物)」だ。

この研究は運動後に上昇する代謝物を探索し、最も高い上昇率を示す分子として Lac-Phe を特定する。運動により乳酸が上昇するが、Lac-Phe は濃縮された乳酸とフェニルアラニンが結合してできる代謝物だ。これまでの研究に、CNDP2が合成に必要であることがわかっている。ある意味で、不思議な発見だ。CNDP2は名の通りディペプチナーゼなので、ディペプチドに働いて分解する酵素だ。ここでは示されていないが、フェニルアラニンなどを濃縮するプロセスに関わるのかもしれない。さらにCNDP2は、筋肉ではなく増殖する上皮や血液での発現が強い。従って、運動の影響は筋肉にとどまらないこともわかる。いずれにせよ、CNDP2をノックアウトしたマクロファージでは Lac-Phe は合成されない。さらに、2型糖尿病のリスク遺伝子として既にリストされている。

合成経路は完全にわかったわけではないが、Lac-Phe の効果はめざましい。運動後の血中レベル相当のLac-Pheを腹腔注射すると、食事摂取量が50%低下する。そして、効果の様子を調べると、決して嘔吐や悪心が誘導されて食欲が抑制されているのでないこが確認される。また、これまで食欲制御ペプチドとして知られるレプチンやグレリンの分泌にも全く影響はないことから、Lac-Phe 自体が食欲抑制効果を持つことが明らかになった。さらに、持続的に投与すると体重増加を抑制し、インシュリン感受性も挙げることが出来る。

そこでCNDP2ノックアウトマウスを作成し、高脂肪食を投与して体重変化を観察すると、Lac-Phe は低下しているが、残念ながら体重については正常マウスとほとんど変化はない。しかし、同じ実験に適度な運動を加えてやると、ノックアウトマウスでは体重の増加が著しいことがわかる。すなわち、Lac-Phe は運動後特異的に食欲を抑制するメカニズだと結論できる。

最後に、人間でも運動後に Lac-Phe の上昇があるのか調べている。期待通り、ランニング後では乳酸に少し遅れて上昇してくる。また、様々な運動で上昇するが、スプリントで最も高い上昇が見られることも分かった。

結果は以上で、生理学的には運動後すぐに食べることは自然でないことを教えてくれる、なかなか面白い分子だ。構造も簡単で合成も容易なので、おそらくサプリとして現れるような気がする。

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