10年近く論文ウォッチを続けているが、結核の生物学についての論文は紹介したことがなかった。確かに、BCGがらみの自然免疫や、社会的問題としての結核については何度か紹介しているが、生物学は全くゼロだ。
私が医者になったとき、治療可能でほとんど入院は必要ない病気だったが、外来では結核の患者さんはよく見た。外来で、結核性胸水を抜いたことすら有る。その後、患者さんの数が減っていることを実感するより先に、基礎研究へ移ったが、病理や免疫から考えると、結核は特有の面白さがある様に感じてきた。
まず結核菌がマクロファージに取り込まれると、肉芽腫が形成される。すなわち、一般の炎症とは異なる特殊な細胞が集まる特性を持っている。そして、慢性の炎症が経過すると、肉芽の中心が壊死に陥り、その結果喀血したり、結核菌の排出が起こる。すなわち、自然免疫も、免疫も、他の感染とはかなり違う。
今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、この結核菌をくわえ込んだマクロファージが壊死に陥る過程の分子過程についての研究で、6月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Tumor necrosis factor induces pathogenic mitochondrial ROS in tuberculosis through reverse electron transport(腫瘍壊死因子はミトコンドリアのROSを逆電子流を介して生成し、結核の細胞壊死を誘導する)」だ。
しかし、この論文は結核研究に馴染みがあると思っていた私にとって、衝撃の論文だった。まず何よりも、ゼブラフィッシュを使って感染実験を行っている。勿論人間の結核菌ではないが、Mycobacterium marinum(Mn)と呼ばれる水生動物の病気を誘導する菌種を用いている。調べてみると、人間にも感染するようで、魚の飼育に携わる人たちの皮膚に感染するようだ。
これまでの研究で、人間のマクロファージでも、またMnを感染させたゼブラフィッシュでも、細胞の壊死が起こるためには、感染により誘導されるleukotorienを介してTNFが上昇し、これにより誘導される活性酸素ROSの誘導が加わると、細胞壊死が起こることが知られており、またこの過程をゼブラフィッシュの中での肉芽病巣としてフォローできる。ゼブラフィッシュでは、様々な遺伝的方法が利用できるのと、様々な阻害剤を使った実験も培養細胞同様に容易なので、メカニズム研究にうってつけというわけだ。
この研究では、TNFによりROSが生成する経路を徹底的に調べているのだが、実際にTNF添加後30分の間で起こっている現象なので、TNFにより炎症が誘導される私たちが馴染みの過程とは全く異なる過程を研究しているのにも戸惑った。
ROSはミトコンドリアの電子伝達系から発生するので、菌に感染した細胞やゼブラフィッシュにTNFが加わったとき、ミトコンドリアROS合成経路のどこが亢進しているかについて、阻害剤を用いて詳しく検討している。詳細を省いて結論をまとめると、TNFによりグルタミン酸の取り込みが上昇し、これがTCAサイクルに流入することで、TCAサイクルでのコハク酸合成が上がる。これにより、電子伝達系コンプレックスIIが還元型コエンザイムQの合成を高め、これが電子伝達系Iでの水素イオンの逆流を促す結果ROSが産生することを示している。
この研究では、何故TNFでグルタミン酸の取り込みが上がるかといったメカニズムは全く探索されていない。もっぱらミトコンドリアのTCAサイクル、電子伝達系での反応だけを追いかけており、私にとっては異分野という印象が強い。
そして、TNFによりROSが誘導されれば、細胞の壊死が誘導されるので、TNFの役割はこれだけという結論になる。ただ、残念ながら結核感染の最も大きな問題が残ったままで終わっている。すなわち、TNFもROSも、細胞の壊死が誘導されるためには、結核菌に感染している必要があり、正常のマクロファージにいくらTNFを加えてもROSも壊死も起こらないし、またROSを生成させても、結核菌に感染していないと壊死は起こらない。
これについては他の研究が進んでいるのだろうと思うが、頭が完全にクリアになったというわけにはいかなかった。しかし、ゼブラフィッシュを用いていること、代謝、しかも電子伝達系とTCAサイクルがここまで特異的に関わるとは驚いた。そしてその結果、ROSを合成する呼吸コンプレックスIの阻害活性が知られているメトフォルミンを加えると、ROS合成が抑えられることを示している。メトフォルミンなら明日からでも利用可能なので、この結果はすぐにトランスレーションされるだろう。
久しぶりの結核病理メカニズム論文だが、頭の中の代謝経路を整理する意味では最適の論文だった。