コロナ 禍のおかげで公共の場で体温を測るのが当たり前になった。幸いどこで測っても、この2年間発熱したことがないが、何もなければ私たちの体温は狭い範囲で維持できていることを実感する。
体温維持のメカニズムは解明が進んでおり、体温の上下を感じた視床下部の神経回路が、皮膚や筋肉、脂肪組織に指令を出し、汗、筋肉収縮、褐色脂肪組織刺激などを通じて、体温を調節している。これにより、外気温の変化に耐え、運動による熱の発散が行われ、体温を一定に保てている。
これに対し、なぜ感染症などの炎症で病的な発熱が起こるのかについてはよくわかっていないことが多かった。バクテリアやウイルスが増殖してそれが熱の発生源になることはほとんど考えられないので、炎症の誘導物質と、発熱調節神経回路の関係を解明する必要があった。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、昨日のGLP-1による食欲抑制の研究と同じで、炎症感知から発熱までの神経回路を丹念に特定した研究で、6月8日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A preoptic neuronal population controls fever and appetite during sickness(病気の際の発熱と食欲減退を調節する視索前野神経)」だ。
この研究でも、immediate early gene発現を元に興奮神経の特定、神経間結合の特定、光遺伝学的神経刺激、特定の細胞の除去、などの遺伝子改変マウスが駆使されているが、これらを利用する出発点は、炎症刺激を最初に感知して興奮する神経の道程になる。これまでの研究で、この機能を持つ神経が視索前野に存在することがわかっていたので、LPSや人工核酸のような発熱物質を投与したとき、視索前野で興奮する神経を、single cell RNAseqを用いて特定し、これがこれまで内部温度を感受する神経とは異なることを明らかにした。
そして、この神経が炎症の重要なメディエーター、CCL2ケモカイン、プロスタグランディン2(PGE)受容体、そしてIL-1β受容体を発現しており、それぞれの因子に反応して興奮することを突き止める。すなわち、炎症のメディエーターと神経回路がつながった。
あとは、この炎症反応性の細胞を起点に発熱や食欲調節回路を一歩づつ特定する実験が行われ、
- 炎症反応性の視索前野細胞の興奮が異常な発熱を誘導するのに必要かつ十分。
- 炎症反応細胞は脳の12領域に投射しており、炎症時の起こる様々な行動変化に関わる。
- 発熱については、内側視床下部で熱を感知して体温発生を抑制する神経を抑制し、また褐色脂肪を刺激して発熱させる神経を活性化して、異常発熱を促すことを明らかにしている。
- これと同時に、食欲低下誘導についても、食欲関連ペプチドAgRP神経回路を抑制、一方メラノコルチン発現神経回路を刺激して食欲を抑制することを示している。
以上が結果で、ハイライトは視索前野の炎症メディエーターと発熱や食欲に関わる神経回路を繋いでいる神経を明らかにしたことだろう。この神経を抑制すると、実際感染でも熱は出なくなる。
今後、異常発熱がコントロールできないときの薬剤の開発につながる可能性もあるが、発熱自体は私たちにとって病気と戦うための重要な手段なので、医療としてはこのバランスをうまく取ることが必要になる。
このような論文を読むと、また一つ勉強できた気になる。感謝