再生医療のハイウェイプロジェクトを引き受けたとき、選ばれた臨床の先生に、Nature やScienceなどに論文を出版するより、臨床的成果を上げたかどうかを評価したいとお願いしたのは、ほぼ15年前のことだが、最近、NatureやScienceも、臨床研究を採択するようになっている。ただ、臨床や前臨床研究の場合、他の分野の研究と比べると、採択基準は甘いなという印象を受ける。すなわち、あくまでも臨床応用ですぐに期待できるかどうかに基準が置かれ、詳しいメカニズムの解析が採択基準から外されると言うことだ。そんな例の典型を読んだのでこの点も考えながら紹介したい。
テキサス大学からの論文は、メラノーマをBRAF/MEKを標的にして治療を行う時、アンドロゲン受容体が誘導され、しかも標的治療の効果を落としてしまうと言う研究で、6月15日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Androgen receptor blockade promotes response to BRAF/MEK-targeted therapy (アンドロゲン受容体の阻害により、BRAF/MEK標的治療の反応が高まる)」だ。
タイトルだけ見ても、メッセージはすぐわかるし、多くの臨床雑誌で目にするタイトルと同じだ。事実、アンドロゲン受容体阻害剤をBRAF/MEK阻害剤と組みあわせればメラノーマ治療効果が高まるという結果が、この研究の主要メッセージと言っていい。
逆に言えば、何故こんなことが臨床現場でわかっていなかったのかが不思議になる。この研究ではまず、様々なステージのメラノーマに対して行われたBRAF/MEK阻害治療の効果を男女で比較して、ほぼ全ての場合、男性の方が女性より治療効果が低いことを明らかにする。
本当にこれまでこのような結果が示されなかったのか驚く結果だが、後の実験方向は見えている。
まずこの結果は男女でアンドロゲンの血中濃度が異なるという話ではなく、治療を始めるとガンのアンドロゲン受容体の発現が上がってくる結果であること確認している。そして動物実験から、このように誘導されたアンドロゲン受容体が、男性ホルモンの多い男性で刺激が続くため、BRAF/MEK阻害剤の効果が低下することを示している。
そして最後に、より臨床的な状態に似せるため、標的治療を始めると同時に、テストステロンを注射する実験、アンドロゲン受容体阻害剤enzalutamideを注射する実験、また両方を阻害する実験などを行い、確かに治療開始によりアンドロゲン受容体が上昇して、これがテストステロンで刺激されると、BRAF/MEK経路の阻害効果が低下すること、またenzalutamideでのアンドロゲン受容体阻害効果は、完全にテストステロンレベルを抑えた、すなわち去勢状態が必要であることを示している。
結果は以上で、ガン研究としては拍子抜けする。すなわち、何故RAF/MEK阻害でアンドロゲン受容体が上昇するのか、また何故アンドロゲン受容体刺激で、RAF/MEK阻害が抑えられるのか、メカニズムについては全く何も示されていない。しかし、臨床の立場では、こんな簡単なことで治療効果が高まるなら、明日からでも治験に取り組んで欲しいと思える結果だ。特に、BRAF/MEKに限るのか、他のMEK経路にも共通なのかも大事だと思う。
ただ、やはりNatureはもう少しメカニズムを追求した論文だけ掲載して欲しいと個人的には願っている。