ジャレットダイアモンドのベストセラー「銃、病原菌、鉄(Guns, Germs, and Steel)」で取り上げられたように、世界史を形作ってきた最も大きな要因は、戦争と疫病だった。中でも中世の1346年から始まったペスト大流行は、10年でヨーロッパの人口が半減するほどの猛威を振るった。当然多くの記録が残され、それを手がかりに、この大流行がどのように始まったのか、研究が続けられている。
既に論文ウォッチでも2回紹介しているように、最近では疫病の起源と歴史を調べる手段として、ゲノム研究が加わり、大きな成果を挙げている。この結果、人類は5000年前よりペストと付き合っており(https://aasj.jp/news/watch/4277)、また中世大流行のペスト菌だけでなく、他の系統も地域的流行に関わってきたことなどが示されている(https://aasj.jp/news/watch/4768)。
今日紹介するライプニッツ マックスプランク人類進化研究所、チュービンゲン大学、そして英国スターリング大学からの論文は、中世のペスト大流行に関わるペスト菌の起源を、キルギスタンのKara-Djigach墓地に埋葬された遺骨から特定した研究で6月15日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「The source of the Black Death in fourteenth-century central Eurasia(14世紀ヨーロッパの黒死病は中央ユーラシア起源)」だ。
この研究では、中央ユーラシアで1338年に墓碑の数が急増しており、疫病についての記述が残されている墓地から、1338年に疫病で亡くなったと思われる人骨を掘り出し、ゲノムを調べている。まず、7体について民族的由来を確認した後、同じゲノムに混在しているペスト菌を再構成している。実際には3体の骨から、最終的には同じペスト菌ゲノムが再構成され、これまで知られている古代から現代まで、様々なペスト菌ゲノムと比較している。
この地区でエンデミックが起こった時期を1338年と特定できることから、これがヨーロッパパンデミックからほぼ8年前なので、その起源に近いため大きな期待が持てる。結果は期待通りで、ヨーロッパパンデミックに関わった系統、Branch1が、他のBranch 2、3、4から分岐する起点に存在することがわかった。
この分岐が起こった時期をゲノムから計算すると、大体ヨーロッパ流行の直前、1317年以降であると計算している。以上の結果から、天山地域を含む中央ユーラシアで発生したペスト菌が、この地域での短いエンデミックを起こした後、ヨーロッパに伝播したと考えられるが、これが戦争によるのか、交易によるのかについては今後の研究が必要になる。
いずれにせよ、それ以前、天山地域では、6世紀以降ヨーロッパ系統以外のいくつかの系統ペスト流行が確認されており、この地域でペスト菌のreservoirが形成され、ここから起源後のほとんどのペスト菌が供給されたと考えられる。とすると、reservoirを特定することが、パンデミック予測の鍵になるので、この分野への研究が進むと思う。細菌学もどうやら地震予知学に似てきた。