6月24日 ガンの転移を防ぐためには「Nessun Dorma:誰も寝てはならない」(6月22日 Nature オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 2022年 > 6月 > 24日

6月24日 ガンの転移を防ぐためには「Nessun Dorma:誰も寝てはならない」(6月22日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月24日
SNSシェア

まず今日紹介するチューリッヒ工科大学からの論文のタイトル「The metastatic spread of breast cancer accelerates during sleep(乳ガンの転移性進展は睡眠中に促進される)」を見て欲しい。

要するに乳ガンの転移は寝ているときに促進されるという恐ろしい報告で、タイトルを見ただけで引きつけられる。ちょっと知識があると、そもそも転移というプロセスが、一日より短い単位で変動するなどあり得ないと思うので、また羊頭狗肉かなどと思いながら、どんな実験を行っているのか興味津々で読み進めることになる。結論的に言うと、羊頭狗肉ではないし、実験の着想は面白いが、最終結果は至極まっとうで「幽霊の正体見たり枯れ尾花」といった感じだ。

要するにガンの転移が概日リズムに従っているという話だが、一番重要なのは転移の量を時間単位でどう測定するのかだ。この研究では、このHPでもずいぶん前から紹介している Circulationg Tumor Cell(CTC:https://aasj.jp/news/watch/1821)を転移の指標としている。

ここまで読むとなるほどと、着想に感心するが、実際 CTC が多く遊離される乳ガン患者さんの血液を調べると、夜の方がなんと10倍以上高いことがわかった。おそらく予想を超える違いで、この発見が研究の全てと言っていい。

同じ現象を今度は乳ガンを誘導したマウスで調べると、マウスの場合昼に寝るので、寝ている昼をピークとして CTC 数が変動する。より詳細な実験が可能なマウスを使って、

  1. 腫瘍に直結する静脈を調べ、腫瘍からの遊離自体が概日リズムに支配される。
  2. 睡眠中に遊離された CTC は、活動中の CTC と比べて、静脈注射したときより多くの転移巣を形成する。
  3. 遺伝子発現を見ると、睡眠中の CTC は増殖に関わる遺伝子の発現が上昇している。
  4. 全ては概日リズムに従っており、メラトニン投与で睡眠を誘導すると、CTC の数が増える。

など様々な現象を明らかにしている。まさに、トーランドットの名アリア、Nessun Dorma・誰も寝てはならない、がガンと闘う鍵となる。

そして最後に、概日リズムでガンの活性を変化させる要因を探索し、インシュリン受容体、様々なホルモン受容体などの発現との相関を発見する。その上で、デキサメサゾンやテストステロン投与や、インシュリン投与実験を行い、これにより CTC の数を強く抑制できることを示している。すなわち、活動期に様々なホルモンが上昇し、これがガンの増殖や転移を抑えるという結果になる。もし最初にこの現象捉えて、ガンの活動をデキサメサゾンが抑えると結論してしまえば、Nature にはまず通らない。まさに、幽霊、幽霊とまず騒いでみることも論文を面白くするコツであることがわかる。

とはいえ、ガンの治療を考える時、夜にガンだけが活動を始めるのだとすると、治療をそれに合わせる意味は十分にあるだろう。例えば乳ガンでCDK4/6阻害剤が用いられるが、通常食後に投与しているのを寝る前に飲んだ方が、効果の点ではいいはずだ。いろいろ述べたが、面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ