10月31日 トキソプラズマのホスト潜伏戦略(10月28日 Cell Host & Microbe オンライン掲載論文)
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10月31日 トキソプラズマのホスト潜伏戦略(10月28日 Cell Host & Microbe オンライン掲載論文)

2022年10月31日
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2年以上にわたる Covid-19 パンデミックは、それまであまり勉強しなかったウイルスについて詳しく学ぶ機会になった。その時最も驚いたのが、たかだか30種類程度のウイルス分子が、複製や免疫回避のためにホスト細胞を操作する巧妙な仕組みを進化させていることだった。

今日紹介するストックホルム大学とグルノーブル大学からの論文は、人間への感染が比較的多い原虫トキソプラズマのホスト細胞操作術について学ぶいい機会になる論文で、10月28日 Cell Host & Microbe にオンライン掲載された。タイトルは「The Toxoplasma effector GRA28 promotes parasite dissemination by inducing dendritic cell-like migratory properties in infected macrophages(トキソプラズマの分子 GRA28 は感染マクロファージが樹状細胞様の移動能力を発揮して体内に伝搬するのを促進する)」だ。

猫を飼っていたり、あるいは生肉を食べたりすると、トキソプラズマに暴露されるチャンスは多く、現代でも感染率の高い原虫だ。ただ、マラリア原虫のように悪さをすることが少ないので、免疫が抑制されたり、妊娠期以外は問題にならない。

母親から胎児というケースをのぞくとトキソプラズマは消化管を通して侵入し、身体全体に拡がり、筋肉や脳では安定な嚢胞を形成する。昔は、原虫が血液を通して拡がると思っていたが、今ではまずマクロファージに取り込まれ、マクロファージに乗って体中に拡がると考えられている。この時、例えば GABA 反応性のシグナル分子を変化させて脳への侵入を果たすことが以前報告されていた。

今日紹介する研究では、消化管でマクロファージに感染し、それに乗って全身に広がる過程に焦点を当てている。

現象的には、組織マクロファージにトキソプラズマを感染させると、リンパ節や脾臓への移動が促進される。すなわち、トキソプラズマはマクロファージに感染すると、その運動性を高め、またケモカインに惹かれて他のリンパ臓器へと移動するように再プログラムされる。

感染マクロファージの遺伝子発現を調べると、移動型の樹状細胞に似た遺伝子発現を示す。特に、CCL19 ケモカインの受容体 Ccr7 の発現が高まるので、これを指標に研究を進めている。

これまでの研究で、トキソプラズマがマクロファージの機能をハイジャックする2種類の方法がわかっており、一つは ROP 分子によるSTAT3活性化、もう一つは MYR1 分子を介する経路だ。これらの遺伝子をノックアウトしたトキソプラズマの感染実験から、CCR7 上昇を誘導するのは MYR1 であることを確認して、このメカニズムについて調べている。

ホストシグナルに直接影響する ROP と異なり、MYR1 はやはりトキソプラズマ分子である GRA28 をホスト核内に移行させる働きがあるが、シグナルには直接関わらない。そこで、なぜ GRA28 が CCR7 などの転写を変化させるか研究史、思いがけないメカニズムを提案している。

GRA28 はほとんど構造を持たない液体のような蛋白質なので、ホストの染色体にまとわりついてクロマチン構造を変化させるのではと狙いをつけ、GRA28 結合タンパク質を探索すると、NuRD を中心とするクロマチンを閉じる働きを持つ分子群、及びクロマチンを活性化する SWI/SNF 複合体と結合することを確認している。

メカニズムが完全にわかっているわけではないが、クロマチンにまとわりついて、クロマチンリモデリングに関わる分子をリクルートし、自分に都合のいい遺伝子を発現させ、都合の悪い遺伝子を抑えているようだ。不思議なメカニズムなので、おそらくクロマチン調節機構として研究が進展すると期待できる。

ここでは詳しく紹介しなかったが、GABA シグナルを利用したり、STAT3 シグナルを変化させたり、そして今回の GRA28 と、それぞれ極めてユニークなホスト操作法を開発し、トキソプラズマの場合は密かな居候として自分を全うしようとしているのがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月30日 一種類の細菌がリュウマチ性関節炎を誘導する(10月26日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年10月30日
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このHPでも取り上げてきたが、リュウマチ性関節炎(RA)の原因を特定することは難しい。症状や自己抗体など臨床所見は似ていても、様々な原因で起こってくると考えていいと思う。とはいえ、一つ一つRA を誘導する原因を特定することが予防や治療に大事なことは言うまでもない。

今日紹介するコロラド大学からの論文は、臨床所見から遡って RA を起こす細菌を特定した論文で、10月26日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Clonal IgA and IgG autoantibodies from individuals at risk for rheumatoid arthritis identify an arthritogenic strain of Subdoligranulum(RA リスクの高い患者さん由来の IgA と IgG 自己抗体産生クローンは関節炎を誘導する細菌種 Subdoligranulum を特定した)」だ。

タイトルにある IgA/IgG クローン自己抗体というのは、これまでの RA 研究から生まれた概念だ。RA は様々な自己抗体出現がその特徴だが、末梢血中に現れる IgA/IgG 発現プラズマブラストが自己抗体を産生しているのではないかと考えられている。

この研究では、RA リスクの高い人、あるいは初期 RA 患者さんの末梢血からプラズマブラストを分離し、それが発現する抗体を96種類再構成して結合を調べるところから始めている。期待通り、こうして再構成した多くの抗体が、RA で見られる様々な自己抗原と反応することから、プラズマブラストの出現が RA の初期段階にあることを示唆している。

これらの抗体を誘導する原因が腸内細菌にあるのではと着想し、再構成した抗体で腸内の細菌を染めてみると、多くの抗体が細菌叢と相互作用し、さらに一部の細菌は、抗体に強く反応する。そこで、これらの細菌の全ゲノム解析から細菌種を絞っていくと、Subdoligranulum didolesgii にたどり着いている。

細菌が特定できると様々な実験が可能で、一番重要なのはこの細菌を移植するだけで RA が誘導されるか確かめる実験だ。この目的で、無菌マウス腸内に Subdoligranulum を移植すると、驚くなかれこれだけで RA が誘導された。またこうして出来る RA では自己抗体とともに IgA も上昇、さらにこの細菌により刺激される Th1 や Th17 細胞が高まっている。

組織学的には、Subdoligranulum の移植により腸のリンパ濾胞が形成され、Th17 細胞が集まることも確認できる。

これまで RA に関わることが示唆されたバクテリアについても対照として検討しており、この細菌でも少しは炎症が誘導され、軽い関節炎に発展することがあるが、程度は全く異なることを示している。

最後に、RA のリスクが高い方の便中に Subdoligranulum が存在するか調べると、正常人には全く存在せず、一方 RA リスクの高い群では16%の人に発見されている。

以上が結果で、Subdoligranulum が全てを説明できるわけではないが、一種類の細菌を移植して RA が起こることがあることを示したことが重要だ。今後は他にも同じような細菌が特定されるかも知れない。いずれにせよ、Subdoligranulum が正常人に存在しないとすると、この細菌は常在菌と言うより病原菌といった方がいいかもしれない。そして、RA の中には感染症として捉えるべき(コロナだって重症化すると同じだ)ケースがあることも示唆している。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月29日 内因性レトロウイルスを使ってウイルスを制する(10月28日号 Science 掲載論文)

2022年10月29日
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内在性のレトロウイルス(ERV)は私たちのゲノムの大きな部分を占めており、ジャンク DNA と言われている。実際、ほとんどの ERV はゲノムに入った途端、メチル化されて活動を抑えられる。しかし、場合によってはウイルスがコードする遺伝子は利用されることもある。最も有名でよく研究されているのがマウスの Fv4 で、Murine leukemia virusの envelop(Env) 蛋白だ。Fv4 を発現する細胞はフリーの Env がウイルスの受容体と結合することで、外界からのウイルス感染を防いでくれる。まさに、ウイルスを用いてウイルスを制するというわけだ。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、同じような仕組みが人間にもないか探索し、いくつかの候補遺伝子を特定した研究で、10月28日号 Science に掲載された。タイトルは「Evolution and antiviral activity of a human protein of retroviral origin(レトロウイルス起源の抗ウイルス蛋白質の起源と活性)」だ。

まず、マウス Fv4 と同じような、Env 蛋白質の一部が組織で発現されている可能性をゲノムデータから調べると、Env 由来で少なくとも70アミノ酸以上の大きさを持つ蛋白質をコードする遺伝子が1507種類も存在し、しかも40%近くが発現遺伝子発現データベース中で見つかることを確認している。このうち20種類は、人間の遺伝子として名前がつけられている。

ただ、これらの Env 由来遺伝子は主に発生期に特定の組織だけで発現し、成熟した後はほとんど発現がない。ただ、免疫系の細胞では刺激されると発現が見られることも確認している。

以上の結果は、かなりの数の Env 由来蛋白質が人間の主に胎児組織で発現しており、おそらくウイルス受容体と結合して、様々なタイプのレトロウイルス感染を防いでいる可能性を示唆している。

そこで実際に Env 由来蛋白質がレトロウイルス感染を防ぐか調べるために、胎児のウイルス感染の前線胎盤の細胞で発現している Suppressyn(SUPY)に着目し、

  1. この分子はゲノムに挿入された HERVH48 ウイルスの LTR から、胎盤特異的に転写が行われること。
  2. SUPY を発現する細胞は、細胞膜上、エンドゾーム上で D型レトロウイルス受容体に結合して、直接感染を防ぐとともに、受容体の分解を誘導して発現量を低下させること。

などを明らかにし、胎児期でのウイルス感染防御に関わっていることを明らかにしている。

その上で、ゲノム上の SUPY 遺伝子のサルでの系統樹を調べると、この遺伝子は6000万年前のサル、ヒトの進化過程でゲノムに挿入され、その後完全型の SUPY はヒトを含む全てのサルで保存されていること、一方旧世界ザルでは遺伝子は存在していても完全でない場合が多く、発現も低いこと、そして旧世界ザルの SUPY ではレトロウイルス感染防御効果は低いことを明らかにしている。

以上、ジャンクと呼ばれる遺伝子の中には、新たなウイルス感染防御に備えるために利用している内因性ウイルスも存在するという面白いお話だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月28日 チェックポイント治療の進化(10月26日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月28日
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チェックポイント治療のための CTLA4 抗体が認可されたのが 2011年、PD1 抗体が認可されたのが2014年で、それから約10年が経過して、ガンによっては一般的な抗ガン剤を代換えするところまで来ている。我が国の現状は把握していないが、例えば手術後の腫瘍抑制治療としてのアジュバント治療がいくつかのガンで進められている。ただ、個人的に最も期待しているのが、手術前に治療を始めるネオアジュバント治療だ。一般的な抗ガン剤についてみると、例えば乳ガンではネオアジュバントが標準になっている。

ネオアジュバントが期待される最大の理由は、治療に対する反応を、臨床経過だけでなく、手術した腫瘍について組織学的にも調べられる点だ。これは、術後の予後の予想にも極めて大きな情報になる。

実際チェックポイント阻害抗体を用いた様々な治験が進んでいるが、今日紹介するテキサス・MDアンダーソンガンセンターからの論文は、ステージ III で切除可能なメラノーマのネオアジュバント治療に関する研究で、10月26日 Nature にオンライン掲載された。チェックポイント治療がさらに進化している点についても知ることが出来る。タイトルは「Neoadjuvant relatlimab and nivolumab in resectable melanoma(切除可能なメラノーマに対するニボルマブとリラトリマブのネオアジュバント治療)」だ。

このグループは、これまで PD1 抗体単独、あるいは PD1 抗体+CTLA4 抗体組みあわせで、ネオアジュバント治療の可能性を探っている。PD1 抗体単独では効果が弱いので、両方を組みあわせると強い効果は得られるものの、心筋炎など強い副作用のためにステロイド使用を余儀なくされ、その結果手術が最長で10週間遅れる問題を報告していた。現在では、それぞれの抗体の量を工夫して、より副作用の少ないネオアジュバント治療も開発しているが、それでも2−4割の人が副作用で手術が遅れる。

そこで、最近 PD1 と併用が進み始めた第3のチェックポイント分子 LAG3 に対する抗体の組み合わせがネオアジュバントとして使えるかを調べている。

結果は期待通りで、30人の患者さんに3回 PD1+LAG3 抗体を投与、9週目に残っている腫瘍を切除、その後も同じ量の抗体をアジュバント治療として10回続けるというプロトコルで治験を、対照群をおかずに行っている。

結果だが、ネオアジュバント治療時の副作用は治療を要するほどではなく、30例中29人が計画通り手術を受けることが出来た。残りの1人も、他の転移が判明して手術をやめたためで、副作用によるものではない。このことから、PD1+LAG3 抗体組み合わせはネオアジュバントに最適の組み合わせであるという結論になる。

後はフォローアップの期間が平均2年と短く、最終的評価は難しいが、手術可能だった29例では2年間再発や増悪が見られない率が97%と、他の治験と比べて高いと結論している。

ただ、手術後アジュバント治療を続けられたのは50%で、やはり副作用の問題は逃れられない。ただ、本当にアジュバント治療を続ける必要があるのかは重要な問題で、今後両者が比較されることで、アジュバント治療の必要性は明らかになるだろう。

PD1+LAF3 というブリストルマイヤーの組み合わせの宣伝を Nature が行っている印象まであるが、免疫の複雑性を考えると、一つの抗体にとどまらず、最適の組み合わせを考える会社だけが成功していくことを示す例になると思う。いずれにせよ、患者側としては、100点の免疫治療を早く開発して欲しい。

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10月27日 なぜ黒いオオカミが北米に存在するのか(10月21日号 Science 掲載論文)

2022年10月27日
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白いオオカミがいるのは聞いたことがあるが、真っ黒なオオカミが北米で生息していることは、今日紹介するフランス・モンペリエ大学からの論文を読むまで知らなかった。調べてみると、黒いオオカミの話はなかなか面白い。

オオカミもかってはすべて灰色のオオカミだったが、北米に人間が移住してきたとき、犬からオオカミに生体防御に関わるデフェンシンの3塩基が欠損した CBD103遺伝子が導入され、これが毛色を黒くする優性遺伝子として働いていることがわかっている。これを K遺伝子座と呼んでいる。

ただ、まだまだわかっていない問題は多い。まず、何故デフェンシンの変異が黒い毛色につながるかだが、この分子が Agouti とメラノコルチン遺伝子の相互作用をブロックするため毛色が黒くなるとされているが、この詳細なメカニズムはさらに詰める必要がある。

もう一つの問題は、何故この K遺伝子座が急速に北米で拡がったのかという問題だ。これについては、オオカミのディステンバーに対する抵抗力が K遺伝子座で付与されるため、これが K遺伝子座が拡がる原因になったという考えがあり、これをフィールドワークで検証したのがこの研究で、10月21日号 Science に掲載された。タイトルは「Disease outbreaks select for mate choice and coat color in wolves (病気の発生が相手選びを変化させオオカミの毛色を決める)」だ。

オオカミの場合、K座を両方の染色体で持つ個体は、出産率が高い。従って、K遺伝子座が維持されるためには、他の自然選択要因が必要で、これがディステンバー感染の発生と考えている。

実際、イエローストーンのオオカミ群では、2−3割の個体がディステンバーに対する抗体を有しており、この率は黒いオオカミの方で多い。すなわち、K座を持つ方がウイルス感染後生き残る確率が高い。

そこで、2年間のイエローストーンでの黒いオオカミの出現率を含むコホートデータを調べると、まずディステンバーにかかったとき、確かに黒いオオカミの生存率は高く、特に生殖率も正常の K座ヘテロの個体の生存率が高い。

この生存率を加えて、個体数の変動を調べると、ディステンバーが選択圧として K座が維持されているモデルと実際の観察数とが一致すること、またディステンバーの発生が5年に一度以上の頻度で起こると、色が違う相手を見つけることが、黒いオオカミだけでなく、個体数の維持に役立つことを示している。

以上の結果は、ディフェンシンという感染防御分子が、選択圧としてのディステンバーにより選択された結果が黒いオオカミの個体数維持であることを示すが、それだけでなく、この状態を維持するために、オオカミの方でも毛色の違う相手方を選ぶ傾向を獲得したことを示している。すなわち、ディフェンシンが、本来とは全く異なる機能を発揮して、毛色を変えたおかげで、オオカミの行動を変化させ、感染症に対するより有利な適応を果たしたという、本当なら驚くべき話だと思う。今後も注目の遺伝子だ。

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10月26日 またまた蚊の好みのメカニズムに関する研究 (10月18日 Cell オンライン掲載論文)

2022年10月26日
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今年の5月、ネッタイシマカの脳の反応を調べて、蚊が好む人間の臭いを探った、プリンストン大学が Nature に発表した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/19624)。「たかが蚊、されど蚊」と言うべきか、これほど大がかりな研究が小さな蚊で可能になっているのに驚いたが、今度はロックフェラー大学から、蚊の行動を指標に、蚊が好む人間の臭いの元を探った研究が10月18日 Cell にオンライン発表された。タイトルは「Differential mosquito attraction to humans is associated with skin-derived carboxylic acid levels(蚊が人間に寄せ付けられる時の好みは皮膚由来カルボン酸レベルで決まる)」だ。

蚊を寄せる刺激は、炭酸ガス、熱といった基本的な刺激に加えて、蚊に刺されやすさを決める一人一人異なる皮膚の臭いが存在する。この刺されやすさが、多くの研究の焦点で、前回紹介した論文では、蚊の好みを決めているのは長鎖のアルデヒドをベースにした臭いカプセルだったし、乳酸ではないかという論文も存在する。

この研究では蚊が存在するチェンバーに腕や、臭いのついたストッキングを晒して、蚊の集まりを見る方法で、28人の臭いについて調べ、最終的に最も蚊に好まれる人物と、全く蚊が寄りつかない人物を特定している。その上で、この違いが長期間維持されるか、場合によっては1年半実験を繰り返して、蚊の好むヒトの臭いは、その人の臭いとして定着していることを確認している。

蚊の嗅覚システムはよく研究されており、臭い受容体を助ける分子のノックアウト実験から、人間の臭いの違いを区別するのは、アンテナに発現して酸性分子を識別するのに必要な Ir25a 及び Ir76b の寄与が極めて大きいことを発見している。

このように Ir 分子の寄与が大きいことは、感知される成分は酸性であることを示唆しており、蚊に好まれる被験者にはいてもらったストッキングから化合物を抽出し、蚊が反応する分子を個別に探索、蚊に好まれる人は3種類のカルボン酸を多く発生させていることを突き止めている。

最後に、別の集団で蚊が好きな人と、嫌いな人を分け、それぞれのカルボン酸の発現を調べると、好まれる人で3種類のカルボン酸を発生させている人が多いことから、カルボン酸が蚊に好まれる人と好まれない人を分ける分子であることを提案している。

ただ、蚊に好まれないにもかかわらず、カルボン酸を多く発現している個体も存在することから、これに加えて蚊の嫌いな分子を出している人もいるようで、結果は必ずしもシャープではない。しかし、これほど大がかりに蚊の好みを突き止めようとすること自体に脱帽だ。

今後、このような好みを打ち消す分子などの研究が進んでいくのだろう。いずれにせよ、蚊が人間を避けるようになれば、多くの伝染病を克服することを期待できる。

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10月25日 エラの機能進化を探る(10月19日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月25日
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エラを持たない哺乳動物の発生学にとってもエラの発生は重要で、魚でエラへと発生する pharyngeal pouch は内耳を含む頭頸部の重要組織へと発生し、さらに胸腺という免疫系最重要組織もここから発生する。しかし考えてみると、発生学になじんできた私も、エラからどんな組織が進化したかについては知識があったが、エラ自体がどのように進化してきたのかを考えたことはなかった。

今日紹介するカナダバンクーバーの British Columbia 大学からの論文はヤツメウナギの胎児やギボシムシのエラの機能を調べることで、エラの進化を考えた研究で、10月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ion regulation at gills precedes gas exchange and the origin of vertebrates(脊髄動物進化でエラのイオン交換機能はガス交換機能に先行する)」だ。

このグループは稚魚の呼吸やイオン交換を調べる特殊なチェンバーを設計し、エラや皮膚の生理機能を調べている。実験システムについての論文はなんと1996年に遡る、ある意味でマニアックなプロの研究者だ。

この実験系を使うと、エラと皮膚別々に、ガス交換、イオン交換などを調べることが出来る。これを利用して、エラがどの機能を受け持つために進化してきたかを考えている。

というのも、脊椎動物が進化する前は、ガス交換やイオン交換はほとんど皮膚を通して行われていた。イオン交換自体は極めて複雑だが、この実験ではアンモニアやナトリウムの交換が調べられている。

皮膚で済ませていたガス交換のためのエラが進化する背景には、カラダが大きくなり、酸素を多く取り込む必要が発生したと考えられるが、おそらく脊椎動物の先祖に近いと考えられるヤツメウナギ幼生の呼吸とガス交換を皮膚とエラで比べてみると、ガス交換は身体のサイズが増大するとともにエラで行われるようになるが、イオン交換は身体のサイズに関わらず、エラと皮膚でコンスタントに行われる。

そこでさらに進化を遡って半索動物のギボシムシを、エラを持つ前方と、エラの内後方に分けて酸素吸収を調べてみると、酸素接種率は全く変わらない。ただ、低酸素状態になるとエラを持つ方が交換率が上がる。ただ、酸素の接種率と、アンモニアの交換率は全く同じように振る舞うことから、エラは様々なストレスに対し、イオン交換やガス交換を高める仕組みとして発生したと考えられる。

最後に、イオン交換に関わる分子が皮膚全体から局在してくる進化過程を調べ、ナメクジウオのエラには皮膚と比べて様々なイオン交換に関わる分子が集中してきていること、しかし半索動物では、イオン交換機能プログラムに関わるFoxlのみの局在発現が見られることを示しており、半索動物から、脊索動物、脊髄動物へと、イオン交換機能にガス交換機能が付与されていく過程を跡づけることが出来た。

以上の結果、後口動物が進化した後、前の口から食べ物をこしとるように摂取する濾過接触が始まり、そこにイオン交換能とムチン産生を持つ細胞が発生、これがイオン交換を高めるため皮膚とは独立したエラへと発展し、これがガス交換も受け持つようになるというシナリオが示された。

結構クラシカルの研究だが、エラが出来るまでの進化という、これまでほとんど手つかずの領域に踏み込んだことが評価される面白い論文だと思う。

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10月24日 ペストによる自然選択を解析する(10月19日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月24日
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ペストは、グラム陰性菌 Yersinia Pestis により発症する感染症で、我々の文明に最も深く関わってきた。実際、西暦500年、最初のペストが発生したプラハ(Plague)がペストの名前(plague)として使われている。古代ゲノム研究のおかげで、ペストは約5000年前から感染症として成立し、その後様々な変異を繰り返して1346年に始まるヨーロッパの大流行を引き起こす菌が生まれている(https://aasj.jp/news/watch/4277)(https://aasj.jp/news/watch/19901)。

ヨーロッパの大流行では流行した4年以内に人口の30−50%が死亡するという壮絶な結果をもたらし、人間の文明、文化に大きな影響を与えた。とはいえ、半分以上の人間は生き残り、その後は限定的な流行でとどまっている。ペストで死亡した共同墓地のゲノム解析から、現代のペスト菌とほとんど変化がないものの、大流行後 DFR4 と呼ばれる遺伝子が欠損し、毒性が弱まったと考えられる。

これに対し、人間側の変化もその後のパンデミック予防に重要な働きをしている。その第一が、衛生学、疫学の進歩だろう。とはいえ、短期間に半分近くの人間が死ぬようなパンデミックの場合、生死を分ける要因として、ゲノムの違いも当然考えられる。

今日紹介するカナダ・マクマスター大学と、米国シカゴ大学を中心とする国際研究チームの論文は、ロンドン及びデンマークで、大流行前、流行中、そして流行後の人骨を採取し、感染免疫に関わる多型の変化を調べ、ペストによる自然選択の影響をゲノムから読み解けるか調べた研究で、10月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Evolution of immune genes is associated with the Black Death(黒死病に関連する免疫遺伝子の進化)」だ。

研究では1348、1349年の2年間に死亡したことが確実な516体のゲノムから、まず DNA量が十分な360体を選び、ゲノムの中の免疫に関わる領域にのみ遺伝子キャプチャーし、こうして得られた3万近い多型の中から、パンデミック前後に大きな頻度の変化が見られた領域を特定している。

実際には245種類のコモンバリアントがパンデミック前後で大きく変化していることがわかったが、統計的検討から最も変化が大きな4領域に絞っている。それぞれの変化を見ると、ERAP遺伝子領域の多型は、なんと0.4から0.7へと上昇しており、他の領域でも頻度で1割の上昇、あるいは下降が見られる。この結果は、免疫に関わる遺伝子の様々な多型が、ペスト抵抗性に寄与したこと、そしてこれほど強い自然選択圧にさらされると、ゲノムレベルで選択が起こったことを確認できることを示している。

ただこれらの結果だけでは現象論に終わるので、このグループは実際にこれらの領域がペスト免疫に関わるのかどうかを、対応する遺伝子多型を持つ人を集めて実験的に検証している。

まず細菌感染の主体になるマクロファージにペスト菌を感染させたときに強く変化する遺伝子の中に、今回リストされた4領域7遺伝子は全て含まれる。次に、その領域にある一塩基多型と発現との関わりを調べると、例えばケモカインCTLA4 ではリスクの高い人では最初から発現が低い。

最後に、多型によりスプライシングが変化する ERAP2 と連関する一塩基多型 rs249794 に絞って詳しい解析を行っている。このペプチダーゼは、発現が高まるとペプチド合成が高まり、キラーT細胞活性を高めることが知られており、スプライシングの違いで獲得免疫が上昇することから、自然選択されるのも納得できるが、これだけでなく、サイトカインの発現に多型が関わることも明らかにしている。

例えばマクロファージ内のペスト菌が殺される効率は多型間で大きく変化し、それに対応して、様々なサイトカインの発現も変化することがわかった。すなわち、ゲノム情報が得られれば、実際に起こった自然選択のメカニズムを、実験で確かめることも可能であることが示されている。

ペーボさん達が開拓した古代ゲノムの研究は、次のパンデミックに備えるためにも役立っていると実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月23日 夜食べると太る複雑な理由(10月21日号 Science 掲載論文)

2022年10月23日
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夜食べると太るというのは誰でも知っている事実だが、そのメカニズムはと聞かれると曖昧になる。実際には、食べた後動かないからと考えてきたが、例えば運動せずに一日中ゴロゴロしている場合は、夜も昼もいつ食べても差がないのかなど、結局知識は不足している。

今日紹介するシカゴ・North Western大学からの論文はこの当たり前と思っていた現象の理由を詳しく解析した研究で、10月21日号 Science に掲載された、タイトルは「Time-restricted feeding mitigates obesity through adipocyte thermogenesis(食事時間を制限することで脂肪細胞の熱生産を通して肥満が軽減される)」だ。

マウスは、昼休んで夜活動する。ただ、自由に食べられる環境では、我々が夜も食べてしまうのと同じで、マウスの場合、休んでいる昼も食べる。高脂肪食の場合1週間で食べ過ぎの効果がでる。

そこで、昼だけ、あるいは夜だけ高脂肪食を与えると、活動性は変化なく、昼食べたグループの体重が上昇する。この原因を代謝レベルで調べると、昼休んでいるときだけ食べさせたグループは、カーボンの代謝が低下している。

これらの結果から、既に多くの研究で示されてきた、代謝レベル自体が食事とは関係なく概日リズムに支配されているという法則に、食事時間が逆らった結果ではないかと着想し、脂肪組織で概日リズムが壊れるマウスを作成すると、昼食べても肥満は起こらない。

次に、概日リズムにより変化する遺伝子発現を調べるため、脂肪細胞だけを分離し、Atak-seq を用いてクロマチンの領域を調べると、概日リズムを支配する遺伝子及びその下流の遺伝子が、リズムに合わせて開いたり、閉じたりしているのを観察できる。その中の一つが、褐色脂肪組織で熱生成に関わる UCP1 遺伝子で、活動時の夜だけ染色体が開く。

UCP1 は、ミトコンドリアのプロトン勾配をショートさせるだけでなく、様々なメカニズムで脂肪での熱生産を上昇させるが、リズムに逆らった食事による肥満に最も重要なのが、アルギニンやグリシンからクレアチニンを通して熱産生を誘導する回路であることを、この経路の酵素をノックアウトする実験により確定している。

以上まとめると、概日リズムは UCP1 を介する熱生産の回路を通して、代謝をバランスさせているが、このリズムに逆らう食事の摂取は、特にクレアチンの合成を低下させ、そしてクレアチニンにより駆動されるミトコンドリアの活動低下により、熱産生が低下がおこり、その結果肥満に陥るというシナリオになる。

当たり前と思っていることでも、メカニズムを理解することがいかに重要かがわかる研究で、勉強した。まだまだ知らないことは多い。

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10月22日 喫煙者のニコチンによる肝臓病はバクテリアにより守られている(10月19日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月22日
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10月号の Nature Medicine に、様々な生活習慣と病気について、医学会のコンセンサスを形成しようと行われたメタアナリシスの結果が何報も発表されていた。野菜は心臓病や糖尿病を防ぐこと、勿論タバコは多くの病気のリスク要因になること、赤身の肉は大腸ガンと関連はあるが、タバコと肺がんや喉頭ガンほどの関連はないことなどがうまくまとめられているので、保存版としての価値がある。

特に喫煙と病気の関係は論文も多く、詳しく調べられており、病気のリスクが5つ星でグレーディングされている。5つ星は、喉頭ガン、肺がん、動脈瘤、咽頭ガンだ。勿論ガンであれば全てと相関するわけではなく、肝臓ガンは喫煙量と病気のリスクは相関がなく1つ星でとどまっている。

ところが今日紹介する北京大学を中心とする研究グループは、喫煙、特にニコチンは非アルコール性肝臓病(NFAFLD)の原因になる(従って肝がんのリスク要因になるはず)のだが、腸内細菌叢の中のB. xylanisolvensがニコチンを分解してくれてNAFLDから守ってくれているという研究だ。タイトルは「Gut bacteria alleviate smoking-related NASH by degrading gut nicotine(腸内細菌叢が喫煙によるNASHからニコチンを分解することで守っている)」だ。

この研究は、ニコチンのNAFLDとNASH発症への関わりと、ニコチン分解細菌 B. xylanisolvens の特定の2つのパートに分かれている。論文は細菌叢の報からスタートしているが、紹介はニコチンの作用から始める。

喫煙者の回腸の粘膜や便を調べると、ニコチンが著明に上昇していることがわかる。また、マウスにニコチンを飲ませると、高脂肪食による脂肪肝が促進される。そこで、ニコチンの腸上皮に対する作用を調べると、ストレスに反応して代謝を脂肪酸合成、ケトン体合成の方に引っ張るキナーゼ AMPK がリン酸化され、活性化されることがわかった。事実、上皮の AMPK をノックアウトすると、NAFLD の悪化は起こらない。

そこで、回腸上皮のオルガノイドを形成し、ニコチンからのシグナル経路を探索すると、AMPK 活性化により、スフィンゴミエリン分解酵素の安定性が高まり、上皮のセラミド合成量が高まり、これが NAFLD を悪化させることを明らかにしている。

ただ、喫煙の肝臓病との相関は高くない。この研究の参加者の回腸ニコチンレベルをベースに、ニコチンの高い人、低い人を分類しても、喫煙量と相関しない。このことは、腸内でニコチンが分解されやすい人と、されにくい人が存在することを示している。そこで、細菌叢の中でニコチン分解出来る細菌を探索し、ついに B. xylanisolvens と、それが持つ分解酵素を特定している。

最後に、B. xylanisolvens の量と NAFLD や NASH の相関を調べると、B. xylanisolvens の割合が高いほど、病気が抑えられることが明らかになった。

以上、喫煙、特にニコチンは非アルコール性肝疾患のリスク因子だが、幸いニコチン分解能を持つ細菌がこの害を除去しているという話になる。面白い結果だが、喫煙者のためのヨーグルトなどと行った本末転倒が起こらないことを願う。

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