6月15日 胃ガン発生過程を試験管内で再現する(6月8日号 Nature 掲載論文)
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6月15日 胃ガン発生過程を試験管内で再現する(6月8日号 Nature 掲載論文)

2023年6月15日
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発ガン過程に、ガン遺伝子の活性化やガン抑制遺伝子の消失などのイベントが起こることはゲノム研究から明らかになったが、一つの重要イベントの後、どの様にガンが進化してくるのかについては、長期の観察が必要で、動物実験でも簡単ではない。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、胃のオルガノイド培養を2年以上続けて、クローンレベルの解析を行い、より高い増殖性を獲得したクローン発生の過程を明らかにした力作で、6月8日号 Nature に掲載された(618:383-393)。タイトルは「Deterministic evolution and stringent selection during preneoplasia(前ガン状態での決定論的進化と厳密な選択)」だ。

この研究がすごいのは、p53遺伝子喪失後に人間の胃上皮で起こる過程を全て試験管内で追跡しようとしている点で、なんと培養期間は800日に及んでいる。おそらく、この論文は手始めで、これからまだまだいろんな話が出てくる予感がする。慶応大学の佐藤さん達が開発した消化管オルガノイド培養は人間の発ガン過程の追跡を可能にすると皆思っているが、しかし2年半にわたって培養を維持し追跡し続ける研究者がどれぐらいいるのか?結果はともかく、この大変な実験をやりきったこと自体に脱帽。

この研究では最初のイベントとして、p53遺伝子をクリスパーで除いている。すなわち染色体の不安定性を引き起こした後、オルガノイド培養を続け、さらに100日目で、レンチウイルスベクターを用いて個々の細胞にバーコードをつけ、染色体変化が始まった各クローンの消長を克明に追跡し、最後に勝利するクローンの性質を調べている。膨大なデータなので、私が面白いと思った結果だけ以下に箇条書きにまとめた。

  • p53喪失により当然様々な染色体異常が発生するが、胃上皮オルガノイド培養という条件では、時間とともに特定の染色体異常へと収束する。実際には胃ガンとの相関が知られているガン抑制遺伝子FHITやCDKN2Aなどが初期から中期に消失したクローンが増殖優位性を獲得する。
  • その後、様々な変異が重なるが構造的な変異などはかなり遅い段階で現れてくる。一方、loss of heterozygousityなどは時間とともに蓄積する。
  • Single cell RNA sequencingを用いて遺伝子発現を調べると、これまで胃ガンと密接に関わることが知られている遺伝子発現パターンが時間とともに現れてくる。ただ、どの遺伝子が中心になるかは、オルガノイドごとに違いがある。
  • 一般的には、p53が欠損した後の食道バレット症候群で調べられてきた遺伝子変化に極めて似ている。これはバレット症候群もp53喪失から進んでいくことを示している。
  • 100日目に細胞にバーコードを挿入して、その後の経過を調べるとこの時点で既に優勢になるクローンが1−2個決まっており、時間経過とともに急速に増大していくケースが多い。ただ、300日を超えてもまだ勝負が決まらないというケースもある。
  • このように進化過程は極めて複雑な経過をたどるが、クローン間の競争の結果最終的に優勢になるのは、これまで知られた胃ガン遺伝子を強く発現するクローンに収束する。

以上の結果は、p53喪失をきっかけとする胃ガン発生の場合、まずいくつかのガン抑制遺伝子の変異による増殖優位性がおこったあと、上皮細胞の増殖を助けるドライバー遺伝子の発現が上昇したクローンが100日前後に現れ、これがその後の発ガンの主役となり、さらに変異を蓄積するというシナリオになる。すなわち、変異はランダムでも、培養条件により正確な選択が起こるため、形質が良く似たガン細胞へと収束するというシナリオになる。

しかし、2年を超えて試験管内で追い続けたことが全てだと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ