6月29日 ここまでわかる野生アリの脳活動(6月14日 Cell オンライン掲載論文)
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6月29日 ここまでわかる野生アリの脳活動(6月14日 Cell オンライン掲載論文)

2023年6月29日
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生命科学の実験的研究の多くは線虫、ショウジョウバエ、アフリカツメガエル、マウスといった様々なモデル動物について行われてきたが、ゲノム解析の進展やCRISPRなど遺伝子操作法の開発のおかげで、少しづつ野生動物を用いた研究が増えてきた。その結果、実験室のモデル動物ではわからない行動などについての理解は進んできている。とはいえ、野生動物を用いる研究は研究人口が極端に少なく、全て自分で材料や方法を用意する覚悟が必要になる。

今日紹介するロックフェラー大学からの研究は、女王アリを必要としない無性生殖で増殖するクビレハリアリ(Ooceraea biroi)と呼ばれる特殊なアリを用いて、アラームフェロモンに対する脳の反応を調べた研究で、6月14日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Sparse and stereotyped encoding implicates a core glomerulus for ant alarm behavior(嗅球糸球体の決まったパターンで存在する少ない神経が、フェロモンによるアラーム行動を決めている)」だ。

このロックフェラー大学のグループはクビレハリアリの生態についてコンスタントに論文を出しており、昨年12月にもサナギの分泌するミルクが幼虫の成長を助けることを明らかにし、このアリが群れ全体で、産卵から発生まで見事な同期性を示す秘密を解き明かした研究をこのHPでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21037)。

今日紹介する論文は、このグループは行動観察だけでなく、それを支配する脳にまで遡って研究しようとしている明確な目的を感じる研究で、仲間が危険を知らせるために分泌するアラームフェロモンに対する脳細胞の特定を試みた研究だ。

クビレハアリは危険を知らせるフェロモンを察知すると、パニックを起こし、巣から遠くへ離れようとする。これまでの研究で、2種類のフェロモン物質が特定されている。この研究ではこの2種類に加えて、他のアリのアラームフェロモン2種類に対する反応を詳しく調べ、パニック反応を起こす3種類のフェロモンと、パニックは起こさないが巣から遠ざかろうとするフェロモン1種類を特定する。重要なことは、同じパニック反応でも、フェロモンごとに反応の強さが違うことで、脳がそれぞれを区別していることを示している。

それぞれのフェロモンを感知した感覚細胞は、クビレハアリの場合糸球体と呼ばれる500個の細胞からなる嗅覚中枢に投射する。従って、フェロモン刺激を受けた感覚神経シグナルが、糸球体のどの細胞へと受け渡されるかが、まず行動全体の脳回路を解明するための最初のステップになる。

そこで糸球体の全神経活動をモニターするためには、糸球体細胞特異的にカルシウムセンサー分子を発現させ、カルシウム流入による発光で神経活動全体をモニターするトランスジェニックアリの作成が必要になる。

モデル動物では普通に行われていることだが、野生動物では簡単でない。幸い、このアリは無性生殖で繁殖するので、卵にトランスポゾンで遺伝子を挿入して発生してきた中から、ようやく糸球体全体にカルシウムセンサーを発現したアリの系統を作成することに成功した。まさにこれが出来たことがこの研究のハイライトで、リアルタイムにフェロモンに対して反応する細胞を特定することが出来る様になった。

後は、4種類のフェロモンを感知したときの反応を、一般の臭い物質に対する反応と比べ、フェロモンに対する反応の特徴を明らかにしている。

結果をまとめると以下の様になる。

  1. 一般的臭いに対しては、多くの細胞が重複して反応することで、複雑な臭い感覚のパターンが形成されることがわかる。
  2. 一方、一つのフェロモンに対してはたかだか6個ぐらいの細胞が反応している。
  3. 臭い物質に対する反応と異なり、それぞれのフェロモンに対して反応する細胞の重複はない。
  4. しかし、それぞれのフェロモンに対する細胞クラスターは隣接して反応している。
  5. パニックを起こすフェロモンに対する反応と、巣から遠ざかる反応だけを誘導するフェロモンでは、神経反応の時間パターンが異なっている。

すなわち、パニック反応は糸球体の決まった場所限局する神経が興奮して誘導されるという結論だ。すなわち、行動回路の入り口にようやく到達したという結果で、物足りないと思う人もいるかも知れないが、これからパニック行動の回路が解き明かされると考えると、大きな前進だとわくわくする。

カテゴリ:論文ウォッチ