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8月29日 Y染色体は急速に多様化しつつある(8月23日 Nature オンライン掲載論文)

2023年8月29日
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奄美のトゲネズミのようにY染色体がなくてもオス・メスの区別ができ、Y染色体なしで正常に性生殖が可能なので、Y染色体は将来滅亡する運命にあるというお話は、一般メディアによく取り上げられる話題だ。しかし、マウスY染色体の完全配列が決まり、Y染色体で独自に遺伝子増幅が進み、多様化していることがわかると(https://aasj.jp/news/watch/2485)、消滅説のような単純な考えは完全に否定され、染色体の中でも最も多様性が高い染色体として様々な機能があるように思える。

考えてみると、人間の男らしさは多様で、しかも人種やY染色体のタイプとも相関が強い。要するに人間でもY染色体の完全ゲノムを解読し、その多様性の程度を調べることは、人間のY染色体の運命を知る意味で重要だ。しかし人ゲノムがほぼ完全に解読された今でも、Y染色体をテロメアからテロメアまで完全に解読することができていなかった。

これはY染色体には膨大な数の重複配列が存在するため、リピートを完全に読み切ることが難しいからだ。すなわち、現在一般に用いられる次世代シークエンサーでは読めるストレッチが短いため、リピート配列には歯が立たない。この問題を、single moleculeシークエンサーを組み合わせてようやく解決し、95%以上Y染色体ゲノムを解読した論文が8月23日 Nature にオンライン掲載された。

ただ、今日紹介したいのはこの論文ではなく、同じ時 Nature に Jakson研究所から発表された、43人のY染色体を single moleculeシークエンサーを合わせて、それぞれほぼ完全に解読、比較した以下の論文を紹介したい。この研究のポイントは、21種類のY染色体のタイプ(ハプログループ)を代表する43人を選んでいる点で、このハプログループの関係から、18万年前ホモサピエンスがまだアフリカで暮らしていた時以来の歴史を追いかけることができることだ。

このように、人類史とY染色体を重ね合わせた面白い研究なのだが、研究の真髄を味わおうとするとY染色体の場合、かなり専門的なゲノム知識が必要で、実はこの論文も紹介するのが極めて難しい。そこで、今日は論文に即して紹介するのをやめ、面白いと思ったポイントだけを紹介する。

まず、Y染色体はオープンな染色体構造(ユークロマチン)の中に、閉じたクロマチン(ヘテロクロマチン)が点在する前半部分と、完全にヘテロクロマチンだけの後半部分に分かれ、機能的遺伝子は前半にしか存在せず、後半は繰り返し配列からできている。

男性の多様性という目でこの染色体を見ると(勝手な見方をお許しあれ)、まず全体の長さがまちまちなのに驚くが、長さの違いは特に後半のヘテロクロマチン部分に集中している。

長さに大きな差はないが、前半のユークロマチン部分も多様性では負けていない。構造的変異、挿入欠失、そして単一塩基の違いを比べると、1Mbあたりそれぞれ、1.9個、165個、994個と驚くべき数だ。

この構造変化の中心は逆位で、その部分のゲノムの向きが逆さまになっている。こんなことが起こるのは、Y染色体には対立遺伝子が存在せず、組み替えでもとに戻ることがないためだ。ただ、人間の歴史の過程で固定してほとんどのハプログループに存在する逆位部分がある。詳しい説明は専門的になるので省くが、これは染色体の交換を抑制し、ゲノムを守る役割があると考えられる。

マウスの解析により、Y染色体上の遺伝子の中にはコピー数の大きな多様性がある遺伝子が示されているが、人間でもTSPY遺伝子は23個から39個までコピー数の多様性が見られる。

後半のヘテロクロマチン領域には機能的遺伝子はなく、ザクっと言うと171塩基配列を持つDYZ3と呼ばれる繰り返し配列に、170塩基からなる α繰り返し配列が組み合わさってできている。当然、長さも違うし、組み合わせも異なる大きな多様性が存在する。これは組み換えのないY染色体でも、繰り返し配列が存在すると遺伝子変換が起こりやすく、多様性の原因になる。

以上が私が勝手に選んだこの論文のポイントだが、読めば読むほどY染色体は多様化するようにできている。この多様化を見ると、遺伝子が存在しないから後半のヘテロクロマチン領域は消失する運命などと言えるはずがない。おそらく、この遺伝子のない多様化も、男性の多様性になんらかの役割をしていると言えないだろうか。

大谷選手や、世界陸上を見ていると、Y染色体がないと到達できない頂点があるように思える。おそらく人間が多様性を維持する限り、Y染色体による男性の多様性も維持されていくと思う。

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