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8月2日 エピジェネティック発ガン過程を解明する(7月25日 Cell オンライン掲載論文)

2023年8月2日
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遺伝子変異なしに起こる腫瘍がどのぐらい存在するかわからないが、例えば体全体に腫瘍が広がった後に、急速に収束する神経芽腫などを見ると、稀ではあっても確かに存在しているのではとおもう。ただ、どんな細胞でも様々な遺伝子変異を積み重ねていることを考えると、これを証明することは簡単ではない。

しかし、エピジェネティックな過程を調節する分子をコードする遺伝子変異から始まる腫瘍では、腫瘍増殖のドライバーやガン抑制遺伝子の制御などは全てエピジェネティックに進んでいくと考えられる。その例の一つがグリオーマで、これまで何度も紹介した様にIDH遺伝子の変異により、αケトグルタレートから2ハイドロオキシグルタレート合成が高まり、これがDNA脱メチル化酵素TETの活性を阻害する。結果、様々な領域でDNAメチル化が上昇し、これが細胞の増殖を狂わすことになる。ただIDH遺伝子の変異からグリオーマの発生までのエピジェネティックな過程はまだ解明されていない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、DNAメチル化によりグリオーマが発生する過程を明らかにした研究で、7月25日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Modeling epigenetic lesions that cause gliomas(グリオーマの原因になるエピジェネティックな異常のモデル)」だ。

グリオーマの研究から、PDGFα受容体(PDGFRA)遺伝子の発現上昇と、CDKN2Aがん抑制遺伝子の発現抑制が一部のグリオーマの増殖を支えていることがわかっており、この研究ではこの変化をエピジェネティックな過程として説明し、再現できるかが問題になる。

まずPDGFRA遺伝子領域のクロマチントポロジー(TAD)、DNAメチル化、そしてTAD形成に重要な働きをするCTCF分子の結合箇所などを、正常グリア細胞とIDH変異グリア細胞で比べると、PDGFRA遺伝子支配エンハンサーの領域を決めている境界に、DNAメチル化される領域が存在し、IDH変異によりこのメチル化の程度が高まり、その結果CTCF結合が消失することを発見する。すなわち、PDGFRA領域の境界が失われて、他の領域のエンハンサーの作用を受ける可能性が示された。

そこでマウスグリア細胞でTAD境界にあるCTCF結合部位をクリスパーでノックアウトすると、PDGFRAの発現が高まり、細胞の増殖性が高まることを示している。また、この時PDGFRA領域に作用を及ぼすエンハンサーについても特定し、これをノックアウトすると領域境界のCTCF結合が失われても、細胞の増殖には変化が起こらない。

次にCDKN2Aガン抑制遺伝子プロモーターを、Cas9にDNAメチル化酵素活性を付与した分子を用いてメチル化すると、発現がシャットオフされ、細胞の増殖が亢進することを確認している。そして、この二つの要因を遺伝的に組み合わせると、グリオーマと同じ様な増殖様態を示す腫瘍が発生することを示している。

以上が結果だが、マウスとヒトのPDGFRA領域のトポロジーは極めて似ているが、境界を決めるCTCF結合領域のメチル化されるCpG領域の密度が、ヒトではマウスと比べ極めて高い。すなわち、メチル化されやすいことから、CTCF結合が失われやすく、その結果グリオーマの発生リスクが高い。なぜこの様な違いがあるのかだが、発生過程で同じCTCF結合場所をDNAメチル化制御でずらすことで、グリア細胞の増殖を調節している可能性を示唆している。

以上が結果で、グリオーマを支える増殖機構のエピジェネティックスを見事に説明した面白い研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月1日 リピッドナノ粒子を用いた骨髄幹細胞遺伝子治療(7月28日号 Science 掲載論文)

2023年8月1日
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骨髄幹細胞の遺伝子治療は症例数も増えていると思うが、CRISPR/Casによる遺伝子編集が登場してから、ヘモグロビンの遺伝子変異による鎌形赤血球症の治療が一つの焦点になっている。現在治療として試みられている方法の一つは、変異ヘモグロビンの代わりに、成体では抑えられている胎児型ヘモグロビンを作らせる方法で、抑制に関わるBCL11Aをノックアウトする方法だが、もう一つは変異自体を組み換えやデアミナーゼを用いて正常化する方法で、どちらもおそらく臨床治験まで進んでいる。

ただ、どちらの場合も遺伝子編集は体外に取り出した骨髄幹細胞に対して行われるため、自分の細胞でももう一度身体に戻すためには、既に存在する骨髄幹細胞を減らしてニッチを開けるため、骨髄アブレーションと呼ばれる処理が必要となる。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、生体内の骨髄細胞に直接働きかけて遺伝子編集を可能にする方法の開発で、7月28日号の Science に掲載された。タイトルは「In vivo hematopoietic stem cell modification by mRNA delivery(mRNAを直接体内の血液幹細胞に届けて遺伝子改変を行う)」だ。

この研究では、RNAワクチンで一般の人も広く知る様になったリピッドナノ粒子(LNP)に、血液幹細胞に発現しているc-Kitに対する抗体を発現させ、直接骨髄幹細胞へ遺伝子を届ける方法を検討している。

LNPに抗体などを発現させて特定の細胞へ遺伝子を運ばせる方法は様々な研究機関で開発が行われており、実際この論文を見たとき、逆に何を今更と思ったほどだ。自己再生能力のある骨髄幹細胞は全てc-Kitを発現していることから、標的としては最適で、とっくに試みられていると思っていた。

この研究では、このテクノロジーを、一つは直接骨髄幹細胞の遺伝子編集を行い鎌形赤血球を治療するため、もう一つは放射線や抗ガン剤による骨髄アブレーションをせずに、骨髄幹細胞を傷害してニッチを開ける方法に使えるか検討している。

まず期待通り、c-Kitに対する抗体を発現させたLNPの効果は抜群で、試験管内ではほぼ全ての幹細胞に遺伝子導入が可能で、導入された幹細胞は移植されたマウスの中で長期に造血を維持できる。

また、LNP自体がマクロファージに取り込まれるため、肝臓や肺に多くがトラップされる問題はあるが、抗体を発現させたLNPは骨髄まで届き、静脈注射するだけで6割を超える血液細胞でCre-分子による遺伝子改変が可能になっている。

次に、試験管内で人間の鎌形赤血球骨髄幹細胞の遺伝子編集が可能か、Cas9にデアミナーゼの活性を付与した遺伝子編集法を用いて、特定の部位の塩基を変化(アデニンからグアニンへと代える)させ、正常ヘモグロビンに代える実験を行い、これもほぼ100%編集が可能であることを示している。ただ、モデルマウスを用いて生体内で高率を調べる実験は行われていない。

同じc-Kit抗体LNPで生体内の骨髄幹細胞を特異的に傷害できるか調べるのがもう一つの目的で、骨髄幹細胞の生存に必要なMCL-1を抑制するPUMA分子をLNPに詰めて注射している。ただ、この実験では肝臓や肺に対する毒性のために、どうしても量を減らす必要があり、処理動物に移植した細胞は5−10%の割合にとどまり、現状では利用は難しそうだ。

以上が結果で、なぜこれまで調べられなかったのかが不思議なくらい、遺伝子デリバリーとしては優れていると思う。ただ、骨髄アブレーションの実験に関しては、より骨髄幹細胞特異的分子を探索する必要があるが、他の細胞に毒性がない分子が見つかればこれも期待できると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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