胸腺トレランスは1950年代から、自己と非自己を区別する免疫学の重要なドグマとして多くの研究者を魅了し続けてきたが、昨年6月(https://aasj.jp/news/watch/19920)及び今年9月(https://aasj.jp/news/watch/22849)に紹介したように、自己抗原を胸腺内で提示する仕組みについては全く新しい進展を見た。ただ、この新しい進展も自己反応性のT細胞は胸腺内で細胞死が誘導され除去されるというドグマはそのまま継承している。というのもこのドグマについてはトランスジェニックマウスを駆使して行われた von Boehmer 達の見事な論文があるからだ。
ただ、ドグマもよく調べてみると例外が見つかることが多い。今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、CD8T細胞の少なくとも一部は胸腺内で細胞死せず、未熟な内に末梢へ移行し、そこで一部は疲弊し、一部は抑制性T細胞へと分化することを示した研究で、11月3日号の Science に掲載された。タイトルは「CD8 T cell tolerance results from eviction of immature autoreactive cells from the thymus(CD8T細胞のトレランスは未熟自己反応性T細胞を胸腺から排出することで達成される)」だ。
以前から自己反応性CD4T細胞は胸腺内で完全に除去されることが確認されているが、自己反応性のCD8T細胞は末梢に一部流れているという指摘があった。すなわち、胸腺内での除去が完全でない可能性が高い。そこで、Y染色体上に存在するオスだけで発現する自己抗原に対するT細胞の反応を調べると、胸腺で確かにY抗原に対して反応する細胞は存在するが、PD-1を強く発現して刺激を緩和しており、その結果細胞死に必要なカスパーゼの活性化がほとんど見られないことを発見する。逆にクラスII 抗原に対するT細胞はPD-1をほとんど発現していない。
以上の結果からクラス1+自己抗原に対する細胞のかなりの部分が胸腺内で除去されていないと確信をもち、反応性のT細胞の抗原受容体もY抗原特異的なモデルマウスを駆使し、胸腺内で細胞除去が出来ないとしたら、どのようにトレランスが維持されているのかを調べている。膨大な結果なので、詳細を省いて結論だけを箇条書きにする。
- クラス1+Y抗原で刺激された未熟T細胞(CD4/CD8陽性)は胸腺内で自己抗原の刺激を受けるが、除去される前に胸腺外に排出される。
- この排出には通常成熟した細胞が胸腺から末梢に移行するときに利用するスフィンゴシン受容体S1P1 が関わっており、T細胞で SIP1 がノックアウトされると、未熟CD4/8T細胞は胸腺にとどまり、そのままCD8細胞へ分化する。残った細胞はしかし完全に除去されることなく、胸腺内でインターフェロンを発現し炎症を起こす。すなわち、CD8T細胞は早く胸腺から排出されるから細胞死へと向かわないのではなく、PD-1の発現などからみてもともと除去されにくいと考えられる。そう考えると、除去ではなく胸腺から排出することが、CD8T細胞トレランスには重要な経路であることがわかる。
- さらに、CD4とCD8の胸腺を離れる時期の違いについて、S1P1発現調節に関わる転写因子FOXO1の発現が成熟CD4T細胞では抗原刺激が低下してから誘導されるのに対し、未熟T細胞では強い抗原刺激を受けたときに誘導されると説明している。
- では、末梢に排出された自己反応性未熟CD8T細胞の運命はどうなるのか。まず胸腺を離れたばかりのT細胞をラベルし、CD4/CD8陽性細胞はCD8細胞へと分化するが、末梢CD8T細胞ではほとんど自己反応性が認められないことから、トレランスが成立していることを明らかにする。
- そして、このトレランスは、末梢で出会った自己抗原により一部は細胞死で除去される可能性は残るが、多くはCD8特異的抑制性T細胞、すなわちCD8Tregへと分化することで、トレランスを維持することを示している。
結果は以上で、CD8T細胞では最初から末梢でのTregを誘導する仕組みが組み込まれたトレランス維持が行われていることが見事に証明された。これは、CD8T細胞によるガン免疫や自己免疫を考える上でも重要な発見だと思う。