皮膚の上(すなわち体の外)に常在する黄色ブドウ球菌が、内部に侵入することなく我々の体の細胞と複雑な関係を持っていることはこのブログでも何度も取り上げてきた(例えば、今年2月の黄色ブドウ球菌による神経再生誘導など:https://aasj.jp/news/watch/21477)。ただほとんどは、元々細菌に反応する血液系細胞との相互作用を介して起こることが多い。
これに対して今日紹介するハーバード大学からの論文は、黄色ブドウ球菌の発現するプロテアーゼが直接神経に働きかけてかゆみの原因になっていることを示し、「エ!こんなことが本当にある?」と驚く、極めて特殊な細菌とホストの関係を明らかにした研究で、11月22日号の Cell に掲載された。タイトルは「S. aureus drives itch and scratch-induced skin damage through a V8 protease-PAR1 axis(黄色ブドウ球菌は V8プロテアーゼと PAR1 の直接作用を介してかゆみを誘導し、その結果引っ掻き傷による皮膚損傷を起こす)」だ。
黄色ブドウ球菌を皮膚の上に塗りつけると、マウスは痒くてその場所を引っ掻き皮膚に損傷が生ずる。一方、皮下に注射すると膿瘍を作り、痛みの原因になる。このかゆみを誘導するのは、これまでマスト細胞など血液系からヒスタミンやサイトカインが誘導され、これが神経を刺激すると考えてきた。
この研究ではマスト細胞や、現在アトピー治療の標的になっているサイトカインをノックアウトしたマウスを用いて、黄色ブドウ球菌に関しては血液系の関与は全くなく、細菌の直接作用であることを発見する。
次に、細菌側で神経刺激に関係しそうなトキシンやプロテアーゼをノックアウトした黄色ブドウ球菌を皮膚に植える実験を行い、最終的に10個あるうちの一つのプロテアーゼ V8 が直接神経に働くことを突き止める。
プロテアーゼにより直接神経興奮が起こるためには、切断されると受容体の一部がリガンドとして働く PAR 受容体が働いていると考えられるので、V8プロテアーゼがどの PAR受容体を切断するかを調べ、トロンビン受容体として知られる PAR1 に最も強く反応すること、さらに抹消感覚神経がかなりの割合で PAR1 を発現していることを発見する。そして、トロンビン受容体の刺激を抑制する Vorapaxar がブドウ球菌によるかゆみを抑え、引っ掻き傷による皮膚損傷が怒らなくなることを明らかにしている。
結果の概要は以上で、人間でも同じことが言えるのかについては判断が難しいが、黄色ブドウ球菌が人間のアトピーの原因になっていることもあるので、可能性は高い。とすると、ステロイド軟膏や抗ヒスタミン剤以外にも、痒みを抑える可能性は出てくる。