11月30日 マウスを眠らさない新しい拷問法を開発し、サイトカインストームでマウスを殺すことに成功した(11月27日 Cell オンライン掲載論文)
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11月30日 マウスを眠らさない新しい拷問法を開発し、サイトカインストームでマウスを殺すことに成功した(11月27日 Cell オンライン掲載論文)

2023年11月30日
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これまでも動物を眠らさないと何が起こるか調べた研究はあったと思う。もちろん、人間でも眠らさない拷問は常套手段だったのではないだろうか。しかし、眠りを完全に妨げることは簡単ではない。例えば眠りを妨げる外側からの刺激にも関わらず、寝てしまっていることはありうる。

今日紹介する北京の国立生物学研究所からの論文は、確実に眠りを妨げる方法を開発して、48時間以上全く睡眠が取れないとサイトカインストームが起きて死に至ることを示した論文で、読んでいて少しゾッとした。タイトルは「Prolonged sleep deprivation induces a cytokine-storm-like syndrome in mammals(哺乳動物で、長く睡眠を妨げるとサイトカインストーム様の症状が発生する)」だ。

ちょっとゾッとしたと述べたのは、この研究の売りが、これまで達成できなかった睡眠を完全に妨げる方法を開発できたことを、誇らしげに述べている点だ。

研究では、マウスが眠る時どの様な姿勢を取るのかビデオで仔細に観察し、眠りで意識が失われると鼻が下向きの体勢に陥ることを発見する。この発見から開発された方法が、マウスをくるぶしまで水につからせて生活させる方法で、眠り始めると鼻が水に浸かるため、息ができないためすぐに起きてしまう。もちろん足が水に浸かっているというストレスはあるとは思うが、水があってもプラットホームに上がると息ができ、寝られる様にして、ストレスの影響だけを測定できる群も作っている。

この新しい方法で、脳波上でもほぼ完全に眠らせないことができること、そしてこの状態を4日も続けると多くのマウスは力尽きて死んでしまうことを、新しい工夫として淡々と記述している。私はヒューマニズムや一方的倫理を振りかざして実験動物愛護を訴える人間ではないが、それでもこの部分の記述は新しい拷問法の開発を誇っている気がして、これが中国独自のメンタリティーでないことを祈った。

4日でマウスは力尽きるのだが、何が起こっているのか。組織的には肝臓や肺、そして脾臓にまで血液浸潤がおこり、組織構造の破壊が起こっている。これはサイトカインストームと呼ばれる状態に近いと考え、血中のサイトカインを調べると予想通り IL-6、IL-17A を中心にサイトカインストームが起こっている。そしてこの状態は睡眠できないと24時間ぐらいから始まる。

これまで使われていた外からの刺激で眠りを妨げる方法ではここまで強いサイトカインストームは起こらない。すなわち、眠らさない拷問は体の内部から臓器を傷害する。

Single cell RNA sequencing を用いて細胞レベルの変化を調べると、リンパ球ではなく、ほぼ完全に白血球の関わるサイトカインストームで、骨髄と末梢血を比べると、眠らないことで骨髄の白血球が末梢に動員され、これがサイトカインストームを起こしていることがわかる。

眠れないのは頭の中の問題で、これがなぜ白血球の骨髄からの動員とサイトカインストームを誘導するのか調べ、眠れないことで脳血管関門からの分子の湧出が上昇すること、そして脳内でプロスタグランジンD2 の濃度が高まり、これが障害された脳血管関門から末梢に流れ出し、サイトカインストームの原因になっていることを突き止める。実際、脳血管関門から抹消への流出に関わることが特定できたトランスポーターABCC4 が欠損したマウスでは眠らなくてもサイトカインストームは起こらない。

以上が結果で、メカニズムはよくわかるが、読後感はよくなかった。

ただ読みながら、学生時代に生化学を習った早石先生が頭に浮かんだ。早石先生は日本の生化学を国際レベルに高められた大先生で、本庶先生をはじめ多くの研究者を育てられたが、大阪バイオサイエンス研究所に移られてから、プロスタグランジンD2 が睡眠物質の一つであることを見つけられた。それを考えながらこの論文を読むと、眠らせないと、脳の方では頑張って睡眠物質としてプロスタグランジンD2 をこれでもか、これでもかと作り始める。そして、それでも眠れないと、体に漏れ出して体を蝕むという話になる。なんと酷い拷問か。

カテゴリ:論文ウォッチ