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12月1日 同じ研究室で働く重要性(11月29日 Nature オンライン掲載論文)

2023年12月1日
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すでにヨーロッパに来て1週間が過ぎたが、その間自分が主催したり、または参加したリモート会議は今日で5回目になる。以前は考えられなかったが、Covid-19が残してくれた最大のレガシーといえる。おかげで対面で行うコンサルテーションがない週には、ゆっくり外国に行ける様になった。現役時代の忙しい旅行とは雲泥の差で、旅行を楽しむことができる。ただこれは私の様にすでに現役を引退して、自分のラボの運営がなくなった後、様々な会社のアドバイザーとして拘束の少ない仕事についているからで、実際の研究に取り組んでいる現役の人だと、実験はともかく、ディスカッションはリモートで良いと割り切れないのではないだろうか。実際、10年前の感覚を思い起こしてみると、研究員と同じ場所で働くことは絶対必要だと確信する。

さて、今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、離れた研究室同士の共同実験では、イノベーションが起こる確率が減ること、そして研究で概念が形成される過程は、今でも同じ場所での議論から生まれることが多いことを解析した研究で、11月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Remote collaboration fuses fewer breakthrough ideas(遠距離の共同研究はブレークスルーのアイデアを融合させる確率が低い)」だ。

論文のインパクトファクターやさまざまな統計データをどう使うかは議論の多いところだが、この研究の様に1960年から2020年まで60年間に行われ、著者の所属から論文のさまざまな統計までが利用できる2千万にも及ぶ論文のパテントを解析するという様な、科学活動の分析には欠かすことができない。

この研究ではまず、この60年間に論文やパテントでの共著者間の距離が、1960年の100kmから、2020年には1000km近くに達していることを示している。面白いことに、芸術や人文科学の論文ではさらに距離が伸びている。

人分科学でさらに距離を超えた共同研究が行われているとすると、人間同士のアイデア交換には距離がないのかと思えるが、科学論文やパテントがそれまでの考えを変えるほどの破壊的イノベーションだったかを測る Disruptive score(D score) を用いて評価すると、共著者間の距離が離れているほど Dスコアが低く、さらにタイムゾーンが異なるほどその傾向が強くなる。

Dスコアの例として、これまで最もスコアの高い論文がワトソンとクリックの有名な Nature 論文で、0.96(満点は1)、逆に低い例がヒトゲノム解読でー0.017になるそうだ。どちらの論文も極めて重要な論文だが、たしかにゲノム解読は破壊的イノベーションとは言えない。

この様に、距離の離れたもの同士の研究で破壊的イノベーションが生まれにくい原因を探す目的で、研究の着想など概念形成と、実際の実験過程などに分けて共同研究のあり方を調べると、概念形成は距離が離れるほど共同では行われていないことがわかる。

さらに、概念形成に関わった共同著者を、研究社会でのポジションで調べると、遠距離の研究者が共同した場合は、引用数から計算できる研究社会のポジションが同等であることが多いが(例えば教授同士)、近くにいる研究者同士の場合は回想を超えた共同研究が行われていることがわかる。すなわち、教授とポスドクや、学生など様々な階層が一緒に概念形成に関わるためには、同じ場所にいることが望ましいことになる。

以上が結果で、現役の研究者の実感に近いのではないだろうか。完全に読んではいないが、最近最も注目された論文は Google の8人の研究者が2017年に arXiv に発表している「Attention is all you need」論文で、すでに引用は10万回に達しており、いうまでもなく、αFold や ChatGPT などに使われているモデルを提案した論文だ。著者欄を見ると、Google 研究所以外の所属も2人いるが、全ての研究は Google 研究所で行ったとなっているので、まさに破壊的イノベーションは同じ場所での議論から生まれることの典型だろう。

研究助成に関わる組織こそ、この様な解析をしっかり行い、研究者の何を支援するのかまで本当に理解しないと、日本の凋落を止めることはできない気がする。

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