野生動物にとって睡眠は極めて危険な状態なのに、なぜ睡眠に依存するようになったのか、進化の謎だとよく言われる。しかし、ペンギンのうたた寝もそうだが、この危険を克服できる知恵を身につけた動物が生き残ることを考えると、睡眠が逆に脳の進化を促進している可能性もある。いずれにせよ、睡眠中は外界からの刺激に煩わされないことがぐっすり眠るための条件になる。
今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、ノンレム睡眠でぐっすり寝ているときに外界の刺激に煩わされないための神経回路を探った研究で、12月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Circuit mechanism for suppression of frontal cortical ignition during NREM sleep(ノンレム睡眠中の前頭皮質の興奮を抑える回路)」だ。
睡眠中に一次感覚野が正常に興奮することは知られているので、刺激に煩わされない理由は一次感覚野から先の神経興奮が抑制されるからと考えられる。そこで、この研究ではまず一次視覚野を光遺伝学的に刺激したとき起こる、他の脳領域への興奮伝搬について、睡眠中と覚醒時を比べている。
この実験にはまず脳全体の興奮を調べる必要があるが、この目的で使われた方法が変わっていて、私も初めて見た。実際、こんな方法があるのかと思ったのが、この論文を取り上げることにした決め手になった。脳内の神経伝搬により血流が変化することが知られており、機能的MRIの基盤だが、この研究では血液量の変化をなんと超音波で検出している。その結果、一次視覚野の興奮は、覚醒時には脳の様々な領域へ伝搬するが、ノンレム睡眠時には特に前帯状皮質への伝搬がつよく抑えられることを発見する。
超音波で本当に大丈夫かと思ってしまうが、伝搬が抑えられる領域が特定されると、今度は神経興奮を直接カルシウム検出で調べ直して、感度は落ちるが超音波でもかなり正確に脳内の神経伝搬を捉えることが出来ると結論している。
このように、一次視覚野から前帯状皮質への神経回路が抑制されることが明らかになると、後は特定の神経集団を標的にした遺伝子改変を行い、この抑制神経回路を形成する神経集団を特定していく。その結果、
- 視覚野から前帯状皮質へ興奮を伝えているのは、コリン作動性の神経回路。
- この回路を特異的に抑制するのが、PV陽性の抑制性神経。
- PV陽性抑制性神経を刺激すると覚醒中でも前帯状皮質への神経伝搬が低下する。
ことを明らかにし、ノンレム睡眠時に外界からの感覚刺激を皮質へと伝搬しない神経回路を明らかにしている。
結果は以上で、今後腹外側髄質から視交叉上核と続くノンレム睡眠誘導中枢と、PV陽性抑制神経との関係がわかれば回路は閉じることになると思う。わざわざこんな回路を持っていることからも、ぐっすり眠ることの重要性がわかる。