水に溶けない脂肪を細胞から細胞へと運搬するためにはコンテナーに詰め込む必要があり、このコンテナーに入った脂肪が LDL とか HDL として一般に知られている。勿論、食べた脂肪を吸収するときも同じで、胆汁で水との相性を高めた上で、リパーゼにより自由脂肪酸、グリセロール、コレステロール、などに分解され、取り込まれた腸上皮の中でもう一度トリグリセライドと再合成され、大きなコンテナーに入ったカイロミクロンとして血中に供給される。食後血清が白濁するのはこのせいだ。
今日紹介するケルン大学遺伝学研究所からの論文は、腸上皮のカイロミクロン形成がミトコンドリア異常症で傷害されていることを明らかにした論文で、12月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mitochondrial dysfunction abrogates dietary lipid processing in enterocytes(ミトコンドリア異常症により腸上皮細胞での脂肪処理が傷害される)」だ。
実を言うと、私が臨床医としての生活をやめてドイツに留学した先がまさにケルン大学遺伝学研究所で、分子生物学創生記に活躍したデルブリュックのために設立された研究所だ。
さて、この研究ではミトコンドリア症の患者さんがしばしば消化器症状を訴えることに注目し、ミトコンドリア機能が低下の腸上皮機能への影響を調べている。
腸上皮特異的に、ミトコンドリアの酸化的リン酸化に必要な分子合成が傷害される変異を導入すると、小腸は短くなるし、腸上皮の合成がほとんど止まって、マウスは2-3週間で死亡する。ただ、その時の腸上皮を組織学的に調べると、細胞内に脂肪の貯まった小胞が形成され、脂肪細胞と同じように小胞にはペリリピンが結合していることを明らかにする。おそらく、細胞の増殖などの異常は、エネルギー代謝自体の大きな変化の問題だが、このような脂肪が貯まった小胞が出来ることがミトコンドリア症の消化器症状の原因になると想定して、研究を進めている。
そこで、マウスの成長後、酸化的リン酸化に関わる分子をノックアウトできるマウスを用いて調べると、処理後5日ぐらいでゴルジ体が断片化されるとともに、脂肪を含む小胞が細胞内に形成され、7日目には大きな脂肪貯留が出来ることを明らかにする。
次にエサの中にアイソトープラベルした脂肪酸を加えて追跡すると、通常はカイロミクロンとして全身に供給されるのに、ほとんど腸上皮内にとどまってしまうことがわかった。また、脂肪を含まない食事を与えると、この症状は改善されることも示している。
以上の結果から、ミトコンドリアの機能が最も影響するのは、ゴルジ体の維持、特に大量の脂肪を処理するための維持で、この維持に必要なエネルギーが低下すると、カイロミクロン形成が傷害されることになる。
この実験系は、普通なら死亡に至る強い変異を誘導しているので、一般のミトコンドリア病に当てはまるかどうかはわからないが、ミトコンドリア病の消化管症状をこの視点で見直すことは重要だと思う。