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12月3日 T細胞が認識するペプチド抗原を網羅的に解析するT-Scan(11月27日 Cell オンライン掲載論文)

2023年12月3日
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感染症やガンに対する免疫を解析する時、B細胞の反応する抗原を見つけるのは、受容体即ち抗体が抗原自体に結合するので、比較的簡単だ。実際、コロナの時どの抗原エピトープに対して抗体ができて来るのか調べるのは簡単だった。一方T細胞が反応するのは抗原自体ではなく、抗原がプロセスされてできたペプチドと MHC 抗原の結合した複合体なので、抗原に反応するT細胞が反応しているペプチドの特定は困難だった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、T細胞が反応している短いペプチドを特定できる網羅的方法の開発で11月27日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「TScan-II: A genome-scale platform for the de novo identification of CD4 + T cell epitopes(TScan-II:CD4T細胞の認識するエピトープを新たに特定するゲノムスケールの枠組み)」で、今後この分野での大きな貢献が期待できる。

同じグループは、2019年 TScan-I を Cell に発表しているので、そちらでまず説明する。例えばコロナウイルスに反応していると思われるT細胞があると、CD8キラー細胞の場合、コロナに感染した細胞に反応すれば、免疫が成立していることはわかるが、どのペプチドに反応するかは、ペプチドを一個一個調べる以外に方法はない。これに対しTScan-I は、ペプチドに対応する DNAライブラリーを刺激側の細胞にバーコードと共に導入し、さらにこの刺激細胞がT細胞と反応した時、T細胞から標的細胞へと移行してくる Granzzyme に反応して標的細胞が発色する様にしておくと、反応するT細胞を刺激するペプチドを発現する細胞だけが発色するので、セルソーターで分離することができる。こうして分離した刺激細胞の発現するペプチド遺伝子は、次世代シークエンサーで特定できることになる。

実際には反応するT細胞は一つではないので、数千のペプチドライブラリーの中から20種類ぐらいのペプチドが同定できる。

以上がクラス I -MHC+ ペプチドに反応する CD8T細胞についての TScan-Iプラットフォームになるが、今回チャレンジしたのはクラス II MHC+ ペプチドに反応する CD4T細胞が認識するエピトープを特定する実験システムだ。クラス I の時と同じでいいのではと思われるかもしれないが、クラス II の場合ペプチドのロードされ方が違い、抗原を分解処理するリソゾームシステムが、マクロファージと同じ様な細胞を新たに設計して用意する必要がある。さらに、Granzyme による蛍光標識の活性化についても問題があり、一筋縄では行かなかった様だ。その結果、TScan-I から TScan-II まで、4年の歳月が経過している。

この様に苦労して完成させた TScan-II もパワフルで、例えばエイズウイルスに対するT細胞の反応ペプチドを29種類に絞り込むことに成功し、またこれらに変異を導入して、ウイルスの変異に対するT細胞側の反応を調べ、変異分子に対してもT細胞は反応することが可能であることなどを示している。今後この方法を用いてワクチンの設計なども行えると思う。

この方法をテストするため、HIV に対する反応をはじめ、さまざまな実験系が用いられているが、個人的に最も興味を引いたのは、膵臓ガンのガン抗原エピトープの特定実験だ。この実験では膵臓ガン患者さんの末梢血を膵臓ガンのオルガノイドで刺激、反応しているT細胞のエピトープを、膵臓ガンネオ抗原エピトープから設計したペプチドセットを発現する TScan-II でスクリーニングし、まだ機能がわからない分子由来の一つのペプチドが膵臓ガン抗原として働いていることを明らかにしている。

また、シェーグレン自己免疫反応に関わるペプチドの特定を試み、DDIAS および MTK1キナーゼ由来のペプチドを特定することに成功している。これらの分子は、唾液腺上皮に発言しており、さらに唾液腺上皮はクラス II MHC の発現が見られるので、これが自己光源として働いていることが明らかになった。

他にも口内細菌叢との関係など、面白い結果も示されているが、TScan-I および II の活用はこれからで、大きなブレークスルーになると期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月2日 うたた寝も数を稼げば十分な睡眠になる:ヒゲペンギンの話(12月2日号 Science 掲載論文)

2023年12月2日
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2日前、新しい発見とは言え、マウスの眠りを完全に遮断する恐ろしい方法を開発して眠りの重要性を調べた後味の悪い中国の研究を紹介した。これに対し、今日紹介するフランスの神経科学研究センターと韓国の極地研究所からの論文は、野生のペンギンに GPS とともに脳内電極とその記録系を設置して、卵やヒナを抱いている時、ヒゲペンギンは一日中短いうたた寝を繰り返して睡眠を確保しているという、ちょっと微笑ましい研究で、12月2日 Science に掲載された。タイトルは「Nesting chinstrap penguins accrue large quantities of sleep through seconds-long microsleeps(巣を守るヒゲペンギンは十分な量の睡眠を数秒のうたた寝を繰り返して確保している)」だ。

南極海にあるキングジョージ島のヒゲペンギンに、GPSトラッカーを設置して行動を調べるのは普通に行われているが、この研究ではこれに加えて、両方の脳半球に電極を2個づつ設置し、脳波を測定できる様にし、さらに頚部に筋電計を設置してうたた寝の身体的側面も記録している。もちろんこれらはテレメーターに集められ、観察基地で記録できる様になっている。また、地上にいるうちはビデオで観察し、目が閉じたなども調べる念の入れ様だ。

野生の生物に脳内電極まで設置するとは、マウスの拷問より酷いと思われる向きもあると思うが、脳波の研究はよく行われている様で、論文ウォッチでも一度ガラパゴスのグンカンドリの脳に電極を挿入し、高く舞い上がったグンカンドリが脳波から見ても完全に睡眠しながら飛び続けていることを示した論文を紹介した (https://aasj.jp/news/watch/5615) 。

まず確かめる必要があるのは、この様な仕掛けを装着されたペンギンも、正常に行動できるかだ。これについては GPSトラッカーの行動から確かめており、巣で卵やヒナを守る仕事が始まると、ペアは交代で餌を探しに行く。この装置を背負っていても、平均1日8時間、34kmにわたって餌を探し、50m近く海に潜る。そして巣に戻ると平均22−36時間、ほぼ立ったまま子供を守る。

ではいつ眠るのか?大事な卵やヒナを寝ずに見守るのか。驚くことに、この時の眠り、すなわち除波の出現は、2秒から長くても30秒続くだけで、しかも8割は10秒以下で終わる。すなわち、ほんの数秒うとうとするという状況が BSW、USW それぞれ800回近く繰り返される。

こんな睡眠で大丈夫かと思うが、狩に出かける番になると、確かに水の中でも短い除波が現れることはあっても、それが続くことはなく、しっかり覚醒状態で狩を何時間も続ける。すなわち、うとうとも数を重ねれば十分寝たことになる。

この様な寝方をするのは、カモメなどの外敵からひなをまもろうとしての習性か調べるため、襲われやすい集団の端に巣を持っているペンギンと、真ん中のペンギンを比べると、期待に反して集団の端にいるペンギンの方が除波が長く続き、また深く眠っていることがわかった。すなわち、中央に巣を持つと、他のペンギンからの介入があるため、短いうたた寝を繰り返すしかないと考えられる。

以上が結果で、巣にいる時は短いうたた寝を繰り返してなんとか睡眠時間を稼いでいる種が存在することが明らかになった。まさに、四六時中夢か現かという状態が続く様だ。前回紹介した論文と比べると、ともかく除波を一定期間発生させられれば、眠りは稼げることになり、人間でもさまざまな睡眠パターンが取れるのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 同じ研究室で働く重要性(11月29日 Nature オンライン掲載論文)

2023年12月1日
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すでにヨーロッパに来て1週間が過ぎたが、その間自分が主催したり、または参加したリモート会議は今日で5回目になる。以前は考えられなかったが、Covid-19が残してくれた最大のレガシーといえる。おかげで対面で行うコンサルテーションがない週には、ゆっくり外国に行ける様になった。現役時代の忙しい旅行とは雲泥の差で、旅行を楽しむことができる。ただこれは私の様にすでに現役を引退して、自分のラボの運営がなくなった後、様々な会社のアドバイザーとして拘束の少ない仕事についているからで、実際の研究に取り組んでいる現役の人だと、実験はともかく、ディスカッションはリモートで良いと割り切れないのではないだろうか。実際、10年前の感覚を思い起こしてみると、研究員と同じ場所で働くことは絶対必要だと確信する。

さて、今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、離れた研究室同士の共同実験では、イノベーションが起こる確率が減ること、そして研究で概念が形成される過程は、今でも同じ場所での議論から生まれることが多いことを解析した研究で、11月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Remote collaboration fuses fewer breakthrough ideas(遠距離の共同研究はブレークスルーのアイデアを融合させる確率が低い)」だ。

論文のインパクトファクターやさまざまな統計データをどう使うかは議論の多いところだが、この研究の様に1960年から2020年まで60年間に行われ、著者の所属から論文のさまざまな統計までが利用できる2千万にも及ぶ論文のパテントを解析するという様な、科学活動の分析には欠かすことができない。

この研究ではまず、この60年間に論文やパテントでの共著者間の距離が、1960年の100kmから、2020年には1000km近くに達していることを示している。面白いことに、芸術や人文科学の論文ではさらに距離が伸びている。

人分科学でさらに距離を超えた共同研究が行われているとすると、人間同士のアイデア交換には距離がないのかと思えるが、科学論文やパテントがそれまでの考えを変えるほどの破壊的イノベーションだったかを測る Disruptive score(D score) を用いて評価すると、共著者間の距離が離れているほど Dスコアが低く、さらにタイムゾーンが異なるほどその傾向が強くなる。

Dスコアの例として、これまで最もスコアの高い論文がワトソンとクリックの有名な Nature 論文で、0.96(満点は1)、逆に低い例がヒトゲノム解読でー0.017になるそうだ。どちらの論文も極めて重要な論文だが、たしかにゲノム解読は破壊的イノベーションとは言えない。

この様に、距離の離れたもの同士の研究で破壊的イノベーションが生まれにくい原因を探す目的で、研究の着想など概念形成と、実際の実験過程などに分けて共同研究のあり方を調べると、概念形成は距離が離れるほど共同では行われていないことがわかる。

さらに、概念形成に関わった共同著者を、研究社会でのポジションで調べると、遠距離の研究者が共同した場合は、引用数から計算できる研究社会のポジションが同等であることが多いが(例えば教授同士)、近くにいる研究者同士の場合は回想を超えた共同研究が行われていることがわかる。すなわち、教授とポスドクや、学生など様々な階層が一緒に概念形成に関わるためには、同じ場所にいることが望ましいことになる。

以上が結果で、現役の研究者の実感に近いのではないだろうか。完全に読んではいないが、最近最も注目された論文は Google の8人の研究者が2017年に arXiv に発表している「Attention is all you need」論文で、すでに引用は10万回に達しており、いうまでもなく、αFold や ChatGPT などに使われているモデルを提案した論文だ。著者欄を見ると、Google 研究所以外の所属も2人いるが、全ての研究は Google 研究所で行ったとなっているので、まさに破壊的イノベーションは同じ場所での議論から生まれることの典型だろう。

研究助成に関わる組織こそ、この様な解析をしっかり行い、研究者の何を支援するのかまで本当に理解しないと、日本の凋落を止めることはできない気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ
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