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4月23日 筋肉幹細胞に特異的遺伝子改変法の開発(4月18日 Cell オンライン掲載論文)

2023年4月23日
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筋ジストロフィーなど,筋肉に遺伝子を導入すれば治癒が可能な病気は多い。ただ、筋肉は体中に分布しており、それらの全てに遺伝子を導入することはそう簡単ではない。たしかに、アデノ随伴ウイルス(AAV)のように筋肉に効率に遺伝子を導入できるベクターは存在するが、筋肉特異的ではないのと、筋肉全体に導入すべくシステミックに遺伝子を注射すると、ウイルス中和抗体が出来て、繰り返し投与が出来なくなる。

これを克服すべく2021年、ハーバード大学でインテグリンを標的にするペプチドを表面に発現するMyoAAVと名付けられたAAVベクターが開発され、静脈注射でかなり筋肉特異的遺伝子導入が可能になった。そして、これを静注することで、全身の筋肉に遺伝子が導入できることも示された。

 

今日紹介するシンシナティ小児病院からの論文は、AAVではなく、導入遺伝子がホストゲノムに統合されるレンチウイルスを筋肉特異的に導入するベクターの開発で、4月18日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Enveloped viruses pseudotyped with mammalian myogenic cell fusogens target skeletal muscle for gene delivery(哺乳動物の筋肉融合分子を発現したエンベロップ型ウイルスによる遺伝子導入)」だ。

この研究ではコロナウイルスのようにエンべロップを持つウイルスVSVに注目し、筋肉発生時に筋肉同士が融合する過程を調節するMyomakerとMyomergerの2種類の分子を発現しつつ、VSV自身の細胞融合分子を欠損したVSV粒子を合成するパッケージャー細胞をまず作成し、この細胞にレンチウイルスベクターを感染させ、このウイルスがVSVエンべロップにパッケージできるシステムを開発している。

正直、ハーバード大学の論文と比べると、パッケージ法が複雑で、どうしても遺伝子導入効率は低い印象がある。さらに、Myomaker+Myomergerは特異性は抜群だが、筋肉が融合する段階でしか遺伝子導入が出来ない。そのため、筋肉に負荷をかけて肥大を誘導するとか、筋肉を傷害する必要がある。

しかし、レンチウイルスを用いているので、一度導入されると一生遺伝子発現が維持される。さらに、一部の筋肉幹細胞もこのウイルスで遺伝子導入が可能で、この結果、この幹細胞に由来する筋肉細胞は全て遺伝子が導入されることになり、筋ジストロフィーの場合、正常細胞が時間とともに増加することを期待できる。

実際、生後2週間の筋ジストロフィーモデルマウスに2週おきにディストロフィン遺伝子導入をすると、全身の筋肉で2−4割の筋肉にディストロフィンが発現し、機能的にも大きな改善を示すことが示された。

以上が結果で、導入効率という点ではMyoAAVに後れをとっているのと、最終的に問題になる心臓には全く導入できない点で問題がある。ただ、エンベロップ型ウイルスを細胞特異的ベクターとして使えることが示されたことで、今後はより効率の高い方法の開発、あるいは人工エンベロップなど様々な方向への発展が期待できる。おそらくワクチンと一緒で、いくつかの方法を組みあわせて患者さんの根治を目指すことになる気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月22日 温暖化はホームランを増やす(4月7日号 米国気象学会雑誌掲載論文)

2023年4月22日
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ダウンロードした論文の一部しか紹介しきれないので、紹介せずにファイルに残っている論文のサマリーを眺めながら整理するのだが、たまに整理し残した論文で面白いと思って、紹介することがある。今日紹介した古代人ゲノムから人類と感染症との戦いを調べた論文も、昨日整理していたときに目にとまった。

面白いので紹介したところ、読者の方から同じ論文は既に1月17日に紹介していると指摘を受けた(https://aasj.jp/date/2023/01/17)。確認した後、耄碌したと愕然としたが、仕方がない。ただ、毎日新しい論文を紹介するという日課が果たせないことになるので、少し小ネタになるが最近Scienceのメルマガに載っていた、温暖化によって大リーグのホームランが増えたという気象学会誌の論文を改めて紹介する。タイトルは「Global warming, home runs, and the future of America’s pastime(地球温暖化、ホームラン、そして将来の米国娯楽)」だ。

気象学の専門家の視点だと思うが、1980年から一時期を除いて大リーグのホームラン数が上昇しているという話を聞いて、これは地球温暖化で大気密度が低下したせいでないかと考えたことが、この研究の全てだ。事実、ホームラン数と球場の温度、さらには球場の大気密度は完全に相関している。

それでも他の要因が考えられるので、温度の影響を受けないドーム球場を調べてみると、ホームラン数の増加は認められない。さらに、この傾向はナイターより、デイゲームで強く見られることから、地球温暖化を反映している可能性は高い。

最後に、温暖化にこだわらず、それぞれの試合での温度と、ホームランの数を調べると、温度が高いほどやはりホームラン数が多くなる。大体、1度温度が上昇すると、1.83%のホームラン数上昇が観察できる。

一方で、打者やピッチャーのデータを詳しくビデオに残している球場で見ると、個人の技量が大きく変わったという傾向はなく、やはり大気密度の性だと考えて良い。

以上から将来を予測すると、おそらく私がこの世に存在しない、2050年には全ホームラン数は192本増え、2100年にはなんと467本も増えることになる。

とすると、ベースボールを楽しむために、温暖化を止めるか、あるいはボールやバットをか変えるしかメジャーリグも困るのではと結論している。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月22日 感染と戦ってきた人類先史を探る(2月8日号 Cell Genomics 掲載論文)

2023年4月22日
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今日は、2月に発表されたが見落としていたパストゥール研究所から Cell Genomics に掲載された論文を紹介する。タイトルは「Genetic adaptation to pathogens and increased risk of inflammatory disorders in post-Neolithic Europe(新石器時代以降の病原体や炎症リスクの増大に対する遺伝的適応)」だ。

脳を発達させて様々な環境に適応してきた人類に対して最も大きな選択要因になったのが感染症と言える。昨年10月、ペスト大流行前後で埋葬された人骨のゲノムからペストという選択圧によりゲノムに残された変化を調べ、間違いなく細菌感染抵抗性のSNPが上昇していることを示した論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/20803)、人間のゲノムにはこのような感染症との戦いの歴史が残されていることは間違いがない。

ただ、ペストのように歴史として記録が残っているイベントは、選択を容易に調べることが出来るが、歴史記録が残っていない時代の感染症に対する人間の戦いの後を調べることが出来るのか?

まさにこの課題にチャレンジしたのが今日紹介する論文で、発表されて2ヶ月以上たっているが紹介することにした。

この論文は新石器時代以降、ヨーロッパ先史時代の2400近いゲノムデータを集め、500の現代人ゲノムと比較している。ヒトゲノム解読が終わった後、1000人ゲノムプロジェクトがスタートしたが、まさに10年一昔で、今や先史時代の2500近いゲノムを調べられることに感動する。

さすがにこのレベルの数のゲノムがあると統計学的な検討が可能になり、まずこの1万年で明らかにpositive selectionが起こったと思われる多型をリストアップすると、選択度の強かったトップ102遺伝子は、抗原提示を含む免疫機能に関わっていることがわかる。面白いのはコロナ感染の時に問題になったABOに関わるSNPで500年以降その割合が1. 8倍近くになっている。

では、いつからこのような変化が起こったのかを様々な遺伝子で見ると、ほとんどが新石器時代以降、5000年ぐらい前から始まっていることがわかる。おそらく、人口が増え、人の移動が増えた結果ではないかと思う。

蛋白質自体が変化するSNPも存在するが、ほとんどは遺伝子発現に関わる多型の変化で、同じくネアンデルタール人由来でコロナウイルス抵抗性に関わるとして問題になった、ウイルス増殖抑制分子 OAS1の発現を高めるSNPも、5000年前から急速に割合が増えている。

さらに、これまでのゲノム研究で血液細胞数を調節するとして知られるSNPを集めて計算するリスクスコアを使うと、この5000年で我々のリンパ球や白血球が上昇している一方、血小板や好酸球は減る傾向にあることなどもわかる。

感染症で見ると、良い方向に進んでいるように見えるが、この結果炎症性腸疾患など自然炎症に関わる多型は着実に上昇している。

では、ゲノムに残った変化から、先史の人類が遭遇したイベントを推定できるか?結核免疫に関わる遺伝子の変化をリストすることが出来るが、そのほとんどは2000年以降のイベントで、まさに人口増加と移動の増加とともに、選択されているのがわかる。

それぞれの遺伝子の機能まで調べているが割愛する。このように、古代ゲノムを様々な目で見るこで、われわれは人間の文明自体の人類ゲノムへのインパクトを理解できるようになる。おそらく現在我々が経験しているパンデミックは、飛行機という文明がもたらしたパンデミックとして、いつか研究されるのだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月21日 アルツハイマー病治療の新しい標的(4月12日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年4月21日
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アルツハイマー病(AD)で神経死の直接原因となるのが、微小管結合分子Tauの繊維状沈殿で、やっかいなことに異常Tau沈殿線維は神経から神経へと伝搬し、病気を拡大させる。この過程に、Tauのリン酸化と、それによる微小管結合の変化があることがわかっており、この結果微小管から離れたリン酸化Tauが細胞質で増えると沈殿が始まる。従って、Tauのリン酸化を抑えるか、あるいは脱リン酸化を促進することが治療につながるが、簡単ではない。

今日紹介するヘルシンキ大学からの論文は、直接リン酸化酵素や、脱リン酸化酵素を標的にするのではなく、脱リン酸化酵素とTauとの結合を高め、さらにはオートファジーを抑制する機能を持つペプチダーゼ(prolyl oligopeptidase)を阻害して、Tauのリン酸化のみならず、オートファジーを活性化して沈殿Tauの除去を高める一石二鳥の治療法が可能であることを示した研究で、4月12日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A prolyl oligopeptidase inhibitor reduces tau pathology in cellular models and in mice with tauopathy(Prolyl-oligopeptidase阻害剤は細胞とマウスのTau異常症の病理を軽減する)」だ。

Prolyl-oligopeptidase(PP)がTauの凝集を高める活性を持つことに注目し、まず試験管内の実験系で、PPが確かにTauの凝集を促進させ、これをPP阻害剤が抑えることを確認した上で、異常Tauを発現した細胞を用いて、PP阻害剤のTau異常症への効果を確かめる実験を行い、

  • PP阻害剤がPP2Aの活性を高め、リン酸化Tauを減らし、Tauの凝集を阻害すること。
  • 同時にオートファジーによる沈殿Tau分解も促進されること。一方、プロテアゾームによる分解には影響がないこと。
  • その結果、細胞死が抑制されること。

を明らかにしている。

次に、変異Tau遺伝子を持つ実際の患者さん由来のiPSから誘導した神経細胞でPP阻害剤の効果を調べ、変異場所によっては効果に差が見られる者の、患者さんの神経細胞でもリン酸化Tauを低下させること、またオートファジーを誘導できることを確認している。

後は、変異Tauトランスジェニックマウスを用いた治療実験を行い、症状が現れた時に1ヶ月PP阻害剤を投与すると、

  • 様々な記憶テストが改善すること、
  • 運動機能異常が改善すること、
  • 海馬のリン酸化Tauの量が低下すること、
  • 脳内の不溶性Tauの上昇を抑えられること、

を示している。

以上が結果で、割愛したがPP作用の生化学的機序などもしっかり調べており、副作用や臨床にも使える阻害剤などの開発が進めば、ADをはじめ様々なTau異常症の治療に使えるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月20日 年をとると何でも(転写まで)せっかちになって間違う(4月12日 Nature オンライン掲載論文)

2023年4月20日
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老化は遺伝子に変異が蓄積するぐらいで済ましていた我々の時代とは違って、調べれば調べるほど様々な老化の原因が見えてくると言うのが最近の現状だろう。

今日紹介するケルン大学からの論文は、DNAをRNAへと転写する酵素PolIIのスピードが年齢とともに増加して、転写の失敗が増えることが細胞の老化につながることを示し、老化の原因が意外なところにも存在することを示した研究で、4月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ageing-associated changes in transcriptional elongation influence longevity(転写伸長の経年変化が寿命を決める)」だ。

全ゲノムについて転写速度の平均値を割り出すことは簡単ではないが、転写中のRNAの配列を決めて、特定のイントロンに注目して転写産物がどこまで到達したかを丹念に読み取ると、転写スピードが速いほど遠くまで読み取られたRNAの数が増える。

これを利用して、線虫から人間まで、年齢と転写速度を比べると、全ての動物で年齢とともに転写速度が上昇する。さらに面白いことに、ダイエットやIGFシグナルを変化させたりして、老化速度を遅くしてやると、転写速度も元に戻る。すなわち、転写速度の指標は老化の指標になる。

では、PolIIを変異させて、転写速度を遅くしたら老化を遅らせられるか?線虫とショウジョウバエで転写速度が低下したPolIIを導入すると、線虫で20%、ショウジョウバエで10%寿命が延びる。

次にPolIIによる転写速度が高まると、老化が起こる原因を調べ、転写が早いためどうしてもスプライシングにミスが発生すること、また転写時のミスマッチによるエラーが増えることを示している。わかりやすく言うと、転写という細胞活性の根幹が少しせっかちになってミスが増え、それが細胞の老化を促進しているという結果になる。

しかし老化したからと言って、PolIIの構造が変化したわけではない。なぜ同じPolIIの転写スピードが速くなるのか原因を調べ、最終的にクロマチンを形成するヒストンの量が減って、染色体がルーズになっている可能性を突き止める。

そこで単純に H3、H4ヒストンの遺伝子量を増やす操作をヒト細胞で行うと、細胞老化を抑えることが出来る。また、ショウジョウバエで同じようにヒストンH3を強発現させると、寿命が1割程度延びる。

以上が結果で、結局は高齢になるとクロマチンが緩んでしまって、その結果転写速度が高まり、変異した転写産物が増えるという、新しい老化のシナリオが示された。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月19日 Covid-19で炎症を抑え高血糖による細胞変化を抑える薬剤(4月14日号 Science Immunology 掲載論文)

2023年4月19日
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Covid-19感染により誘導される間質性肺炎が重症化する大きなリスクとして、糖尿病や肥満が指摘されてきたが、そもそも代謝と炎症は裏腹の関係にある。例えば、ブドウ糖を分解してATPを産生しながらピルビン酸に至るグリコリシス経路は酸素を必要としないが、作られたピルビン酸が酸素が少ない条件でTCAサイクルを回してしまうと、マクロファージを活性化して炎症を誘導することが知られている。

今日紹介するバージジア大学からの論文は、ピルビン酸がミトコンドリア内のTCAサイクルに供給されなくすることで、ミトコンドリアの好気的サイクルを正常化し、炎症を抑えることから、将来Covid-19など間質性感染を誘導するウイルス感染に利用できることを示した研究で、4月14日号 Science Immunology に掲載された。タイトルは「Inhibition of the mitochondrial pyruvate carrier simultaneously mitigates hyperinflammation and hyperglycemia in COVID-19(ピルビン酸をミトコンドリアへと運ぶ分子を阻害することで強い炎症と高血糖による異常を軽減できる)」だ。

この研究では、感染など低酸素でミトコンドリア機能が低下しTCAサイクルが一方向に回りにくい時に、高血糖のために増加したピルビン酸がミトコンドリア内に供給されると炎症を悪化させると考え、ピルビン酸をミトコンドリア内に輸送するMPC2分子を白血球からノックアウトしたマウスでCovid-19感染実験を行っている。

結果は期待通りで、Covid-19でも、インフルエンザでも炎症性サイトカインが抑えられ、感染による死亡率を抑えることが出来る。また、同じ分子を阻害する薬剤でも感染による死亡率を抑えることが出来る。

MPC2阻害剤の場合、白血球だけに聞いているわけではないので、感染と薬剤投与後の肺細胞をsingle cell RNA sequencingで調べると、肺のマクロファージが最も強く影響され、様々な炎症性サイトカインの分泌が低下することが明らかになった。これは、マクロファージが代謝異常の影響で変化しており、MPC2阻害剤はこれを正常化していると考えられる。

次に、MPC2阻害剤が炎症を抑えるメカニズムを調べると、TCAサイクルが正常化することで、低酸素反応に関わるHIF1αレベルが正常化することで、炎症性サイトカインの転写が低下することを明らかにする。すなわち、代謝と炎症をつなぐTCAサイクル自体を正常化することで、感染による炎症及び代謝異常による重症化をMPC2で抑える可能性がある。

そこで、高脂肪食で肥満誘導したマウスの感染実験で、間質性肺炎及びそれによる死亡率を抑えることを明らかにする。さらに、高脂肪食による肥満マウスは、インシュリン抵抗性が発生して、高血糖、高コレステロールになっているが、この薬剤で全身のインシュリン感受性を高めることも可能になっていることも示している。

ただ、この薬剤だけでは死亡率の低下の程度は強くないので、最後に抗ウイルス薬との併用実験を行い、抗ウイルス薬の効果をさらに高めることも示している。

以上が結果で、現在炎症の重症化は副腎皮質ホルモンで防ぐことが多いと思うが、この薬剤も視野に入れて使用法を考えるのは良さそうだ。元々この薬剤は、ピオグリタゾンに代わる第二世代のインシュリン抵抗性を防ぐ薬剤として治験などが進んでいるようで、その意味でも期待できる。しかし、代謝と炎症の関係をしっかり復習させてくれる面白い論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月18日 バレット食道から食道ガンへの進展と染色体外DNA(4月12日 Nature オンライン掲載論文)

2023年4月18日
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染色体が不安定になると、特に転写活性が高い遺伝子部分が染色体外にも移行して、勝手に増幅を始めることが知られている。このような染色体外DNA(ecDNA)に間違ってガン遺伝子が含まれてしまうと、染色体内での変異を超える高いガン遺伝子活性が発生することが容易に想像される。実際、Mycなど遺伝子コピー数の増幅している遺伝子の場合ecDNAとして存在していることも知られている。

今日紹介するケンブリッジ大学やスタンフォード大学などいくつもの施設が共同で発表した論文は、食道ガンをモデルに、前ガン状態からガンへと発展する過程でecDNAが寄与しているかどうかを調べた研究で、4月12日Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Extrachromosomal DNA in the cancerous transformation of Barrett’s oesophagus(バレット食道からガンへの形質転換での染色体外DNA)」だ。

バレット食道は、食道の扁平上皮が胃の上皮へと転換することで起こる病態で、食道ガンの下地を作ると考えられている。そして、食道ガンといっても、ここから発生するガンは扁平上皮ガンではなく、腺ガンになる。その意味でバレット食道患者さんは、前ガン状態からガンの発生まで、追跡するための重要なグループで、現在経過を追跡するコホートが世界中でいくつも走っている。

この研究では、英国、及び米国で進んでいる2つのコホートを対象に、バレットから食道腺ガンまでのバイオプシーや切除標本の全ゲノム解析データから、コピー数が上昇している部位を特定し、そこからecDNAを特定している。

バレット食道は組織学的に異形成が少ないバレットと、異形成が進んだバレットに分けることが出来るが、どちらでもecDNAは全く見つかっていない。しかし、食道腺ガンになると、初期でも25%でecDNAが認められ、ステージが進むとその比率は半分にまで高まる。すなわち、ecDNAがバレットと食道腺ガンを分ける指標になる。

これを裏付けるように、ecDNAの出現はp53の変異と密接に関わっており、p53異常により染色体の不安定性が増すことでecDNA発生が起こることを示している。

後は、バイオプシーで経過観察中に食道腺ガンが発生したケースについて、ecDNAを詳しく調べることで、ガンと診断される以前にもecDNAが発生することがあり、この場合新たなecDNAが発生しない場合は異形成でとどまっているが、新しいecDNAが発生した細胞がガン化するという経過も観察している。すなわち、p53変異、ecDNA発生と多様化、ガン促進性ecDNAによる強い細胞増殖、そしてガン化という過程がバレット食道から起こりうることを明らかにしている。

実際、ecDNAには様々な発ガン遺伝子が含まれる確率が高く、またガンの進展とともに、特定のecDNAが優勢になっていくことから、ガンの進化にecDNAが強く関わっていることが確認できる。

以上が主な結果で、バレット食道も、多くは発ガンに至ることは少ないものの、p53など染色体が不安定になる変異が重なると、ecDNAの発生がおこり、これが細胞の増殖優位性につながり発ガンまで至るケースがあることがよくわかった。ecDNAは染色体から離れているため自由度が増しており、これが食道腺ガンが治りにくい原因かも知れない。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月17日 ガン抗原を導入した機能的プロバイオ(4月14日号 Science 掲載論文)

2023年4月17日
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昨日はガン免疫を助けるプロバイオの論文だったが、本当によく使われる乳酸菌などがガン抑制に寄与するかは臨床研究が必要だ。以前紹介した観察研究では、菌を問わずヨーグルトをいつも食べている人では逆にチェックポイント治療が逆効果になることすら示されていた。このように、一般的なプロバイオだけでは確実にガン免疫を誘導できると結論できないとすると、当然人工的にプロバイオ菌を操作して、確実にガン免疫を誘導できるプロバイオを目指すことになる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、皮膚に常在して皮膚菌叢を変化させることが知られている表皮ブドウ球菌(Se)の遺伝子操作法を開発し、これによりガン抗原を発現したSeを作成し、ガン免疫を安定的に誘導できることを示した研究で、4月14日号 Science に掲載された。タイトルは「Engineered skin bacteria induce antitumor T cell responses against melanoma(操作した皮膚常在菌によりメラノーマに対する抗ガンT細胞を誘導できる)」だ。

常在細菌Seは上皮を超えて侵入すると感染症が成立するが、それをT細胞が防いでいることが知られている。すなわち体外にいても、上皮に存在する樹状細胞などにより処理され、免疫が成立している。そこで、ガン抗原をSeに発現させて、ついでにガン免疫も成立させようというのがこの研究の目的だ。

まず、抗原ペプチドから反応するT細胞までほぼ完全にわかっている卵白アルブミン(OVA)に対するT細胞免疫系を利用して、OVAを発現するメラノーマに対する免疫を、OVAを発現するSe細菌を皮膚に塗布することで誘導できないか調べている。

といっても、モデル細菌と異なりSeに遺伝子を導入するのは簡単ではないようだ。まず大腸菌に導入した後、DNAを熱ショックとグリセロール処理後に電気ショックを与える方法を開発し、この方法でSeにOVAを導入している。

とはいえ、ただOVA遺伝子を導入するだけではOVAに対する反応は誘導されず、最終的にCD8T細胞を誘導するペプチドが細胞表面に発現したSeと、OVAを分泌するSeを組みあわせて用いることで、遺伝子操作したSeを皮膚に塗るだけでガン免疫を成立させることに成功している。

重要なのは、CD8、CD4両方のT細胞が誘導される必要があること、および細菌を殺して塗布しても何の効果もないことだ。すなわち、単純なアジュバントと抗原の供給ではなく、皮膚常在によるホストとの免疫バランスが生まれて初めてガン抑制効果が発揮できる。

また、一旦、抗ガン作用が誘導されると、皮膚のメラノーマに限らず、多臓器に転移したメラノーマの増殖も抑制できることから、ガンに対するT細胞は全身に移動して働くことが出来る。

さらに、免疫チェックポイント治療と組みあわせると、多くのマウスでほぼ完全にメラノーマを除去することが可能になる。

最後に、OVAだけでなく、メラノーマが発現するガン抗原ペプチドをバクテリアの表面に発現させたSeと同じペプチドを分泌するSeを作成し、これを塗布しても、OVAに対するのと同じ免疫が成立できることも示している。

以上が結果で、細菌をガン治療に利用する方法の開発はこのブログでも何度も紹介してきたが、常在菌を塗布するという方法でガン免疫を誘導できるというこの研究は新鮮だ。これならガン抗原さえ決まれば臨床研究をすぐ始められるのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月16日 プロバイオはガンの敵か味方か(4月6日 Cell オンライン掲載論文)

2023年4月16日
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プロバイオは、バクテリアなどの生きた微生物を使って体を良い方に調整することを指しており、一番わかりやすいのがヨーグルトなどで乳酸菌やビフィズス菌を摂取することで、人間は発酵食品などで古代からプロバイオを利用してきた。

今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、乳酸菌の中でもさまざまな効果を持つことが示されたことで有名な乳酸菌の一種、ロイテリ菌が、メラノーマのチェックポイント治療を増強する効果とそのメカニズムを調べた論文で、4月6日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Dietary tryptophan metabolite released by intratumoral Lactobacillus reuteri facilitates immune checkpoint inhibitor treatment(食べたトリプトファンは腫瘍組織内のロイテリキンにより代謝され免疫チェックポイント治療を促進する)」だ。

最初はロイテリキンがガン免疫にも効くのかと読んでみたが、読み終わってさまざまな問題を感じる論文で、ある意味よく採択されたなと感じた。

この研究ではメラノーマの免疫チェックポイント治療(ICI)にプロバイオの効果を調べるために、乳酸菌やビフィズス菌を経口摂取させガンを移植する実験系で、ロイテリキンが最も強いガン免疫増強効果を示すことを発見する。また、メカニズムを探ると、腫瘍組織のCD8T細胞のTc1転写因子の発現が高まり、その結果インターフェロンγが分泌されることによる。

次にガン局所の免疫系が経口摂取したロイテリ菌で変化するのは、ロイテリ菌がガン局所に移動したからではないかと考え、ガン組織をすりつぶして培養すると、ロイテリ菌を摂取した動物では腫瘍組織で1mgあたり1万個から1億個ぐらいのロイテリ菌が存在していることがわかる。

本当にそんな簡単にロイテリ菌がガン組織に移動できるのか気になるが、この論文では元々メラノーマ組織には様々な細菌がおり、ロイテリ菌を摂取したマウスは、これら細菌が押しのけられて、ロイテリ菌がガン組織の主要な細菌になる。

ロイテリ菌がガン組織に移行できるとして、ではロイテリ菌の何がCD8T細胞のインターフェロンγ誘導に関わるのか?この研究では最初から、代謝物センサーとして知られるAhR転写因子のリガンドになるトリプトファンの代謝物indole-3-aldehyde(I3A)に当たりをつけ、

  • I3A合成能が欠損したロイテリ菌では免疫促進作用がないこと、
  • I3Aを直接ガン組織に注射しても同じ効果があること、
  • CD8T細胞のAhR分子を欠損させたマウスではロイテリ菌の効果が見られないこと、
  • I3Aの原料となるトリプトファンを多く摂取させると、ガン抑制効果が高まること、

などを明らかにする。

そして極めつけは、メラノーマ患者さんの血清中のI3Aを測定し、高い血中レベルを示す患者さんではガンのチェックポイント治療の効果が高いことも示している。

以上が主な結果で、この論文だけを読むとロイテリ菌など、AhRのリガンドを合成できる細菌はガン免疫増強効果をしめし、トリプトファンの多い食事と一緒に投与すると、治療を助けることになる。

ただ、AhRについては、これまでガン自体の増殖を高める効果や、膵臓ガンではマクロファージを変化させガン免疫を抑制するという報告もある、2つの顔を持つ分子だ。この研究でもI3Aを合成しない大腸菌でも、おそらく別のAhRリガンドを合成して抗腫瘍効果があることを示しており、AhRが絡む現象は、極めて複雑で、一筋縄ではいかない。従って、もしロイテリ菌がAhRリガンドを分泌するとすると、単純にガンのチェックポイント治療にロイテリ菌と思い込むのは危険な気がする。やはりもう少し臨床的研究が必要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月15日 冬眠のクマからエコノミー症候群治療法を学ぶ(4月14日号 Science 掲載論文)

2023年4月15日
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深部静脈血栓症はエコノミークラス症候群として知られており、要するに水分をあまり取らずにじっと座っていることで、これが肺血栓塞栓症へと発展すると命にかかわる。

今日紹介するミュンヘン大学を中心とする研究施設が発表した論文を読むまで全く気づかなかったが、エコノミー症候群と同じ問題が、冬眠状態ではどうして起こらないのか確かに不思議だ。動物の多様性と済ませることもできるが、同じ様に車椅子に拘束されざるを得ない脊髄損傷の患者さんではなぜエコノミー症候群が起こりにくいのか?確かに不思議だ。

この疑問を冬眠中の熊の血液を調べて解明し、これが脊髄損傷患者さんでも同じメカニズムで血栓を防いでいることを示したのがこの研究で、4月15日号 Science に掲載された。タイトルは「Immobility-associated thromboprotection is conserved across mammalian species from bear to human(じっとしていることによる血栓を防ぐメカニズムは人間からクマまで広く哺乳動物に保持されている)」だ。

このグループが提起した問題については既に紹介した。事実、冬眠中に死んだスウェーデンのヒグマを調べた研究では、血栓を認めることは0.4%にしかすぎない。

この差を調べるために、夏活動中のクマと冬眠中のクマの血液を採取、ヘリコプターやスノーモービルまで用いた輸送作戦で実験室に運び、血栓形成に関わる凝固機能、血小板機能を徹底的に比較し、

  • 冬眠中のクマ血液は血栓が起こりにくい。
  • この原因は凝固系の変化ではなく、血小板自体の変化にあること。

をまず明らかにする。

次に、冬眠中と活動中の血小板で発現するタンパク質を比較し、血小板活性化に関わるさまざまなタンパク質の発現が低下しており、確かに冬眠中のクマでは血栓を起こしにくくなっていることを確認するとともに、特にセリンプロテアーゼ阻害剤HSP47の発現は50分の1に低下していることを発見する。

この結果はHSP47を低下させることで血栓形成が防がれる可能性を示唆する。そこで、遺伝子操作でHSP47が血小板で欠損させた骨髄細胞を移植し、運動を抑制すると血栓の形成を強く抑制することができる。HSP47には阻害剤も存在するので、トロンピンによる血小板凝集反応を調べると、阻害剤により強く抑制できることもわかった。

HSP47は線維芽細胞内でコラーゲンの折りたたみを助ける分子だが、血小板膜状でコラーゲンを安定化させインテグリンを介する血小板の活性化に関わることも知られている(メカニズムは読み飛ばしてほしい)。そこで、HSP47の機能について検討し、HSP47はトロンビンの血小板表面への結合を支持する働きがあり、血小板凝集を高めることを明らかにした。これに加えて、血小板由来のHSP47は白血球の自然炎症反応を高めて、血栓内での炎症を増強することもわかった。

最後に、同じメカニズムが脊髄損傷で下肢の運動が阻害された患者さんで言えるかを調べ、脊損患者さんでも血小板の凝集による血栓が起きにくくなっており、HSP47レベルも強く抑えられていることを臨床例で明らかにしている。

以上が結果で、熊の冬眠から始まり、脊髄損傷患者さんまで、深部静脈血栓が起こりにくくなるメカニズムが示されたこと、さらにHSP47という標的が見つかったことで、エコノミー症候群に限らず深部静脈血栓の予防法の開発につながると思う。

しかし、慢性の運動抑制がどうしてHSP47の発現低下を誘導するのかについては明らかになっていないのが残念だ。ここがわかれば、さらにエコノミー症候群の対策が可能になる様な気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ
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