病気や人間の形質と相関する遺伝子多型が何百万人レベルで明らかにされてきた。こうして特定された遺伝子多型のほとんどは、コーディング領域ではなく、遺伝子発現を調節している領域に乗っている。我々のゲノムに占めるエクソンの割合が1.5%程度であることを考えると、当然の話だ。問題は、調節領域の多型による遺伝子発現の変化を調べる方法だが、ゲノムと形質をつなぐ重要な方法論が eQTLが使われる。 ゲノムの上にRNA-seqで得られるリードをマッピングする手法だが、多型と相関させるRNA-seqデータの準備の仕方で相関の出方が変わる。例えば、脳を考えると、領域ごとに遺伝子発現は異なり、組織を形成する細胞も多様だ。この時ミクログリアのみ多型による遺伝子発現の差が見られるとすると、脳全体でこの差を見ることはより困難になる。そこで、組織全体ではなくそれを構成する細胞レベルで eQTLを準備しようとするのは当然の成り行きだが、single cellレベルのテクノロジーの進歩を待つ必要があった。
今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は、single cell RNA sequencingデータとゲノム多型解析を相関させるsingle cell eQTL (sc-eQTL) を行い、炎症性腸疾患のメカニズムをより深く理解しようとする研究で、6月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cell-type-resolved genetic variation shapes inflammatory bowel disease risk(炎症性腸疾患のリスクに関わる細胞種レベルでの遺伝子変異)」だ。
この研究では295人の正常人と125人のクローン病患者さんから、血液細胞だけでなく、腸の様々な部位から細胞を採取し、single cell RNA seqencingで、各細胞ごとに遺伝子発現を調べられるデータを構築している。このデータセットで、遺伝子多型の表現を調べると、7割近い多型は細胞種を問わず発現差が見られるが、残りは特定の細胞だけで差が見られる。炎症性腸疾患 (IBD) に関わる多型と相関する細胞も、腸上皮細胞から白血球、B細胞、T細胞まで多様にわたり、如何に細胞レベルの解析が重要かわかる。これまで多くの eQTL解析がクローン病などで行われてきているが、細胞レベルでの遺伝子発現と相関させることで、病気に関わる遺伝子の発見確率は何倍にも上がる。おもしろいのは、細胞特異的発現差が見られるゲノム多型の多くが、プロモーターではなくエンハンサーに対応することで、このことからも細胞レベル eQTLの重要性がわかる。
後は、これまで明確になっていなかった個々の多型を、細胞レベルの eQTLから調べている。MAML2遺伝子はNOTCHシグナル下流で働く転写因子で、多型解析から潰瘍性大腸炎との相関が特定されている。これを細胞レベルの eQTLと対応させると、樹状細胞の eQTLとの相関のみ検出される。また、同じNotchシグナルに関わるZMIZ1の多型はクローン病と相関するが、これも樹状細胞のみ eQTLが特定できる。以上のことから、Notchシグナルが樹状細胞の免疫調節を介して、潰瘍性大腸炎を誘導していることがわかる。
IBDの重要な要因の一つは腸上皮のバリア機能だが、RASGRP1遺伝子の発現上昇が腸上皮で起こっていることが検出できる。一方、IBDリスクと相関するLPIN3の eQTLがやはり腸上皮で見られる。この2種類の遺伝子は増殖シグナル分子で、腸上皮のWntシグナルによる調節の変化が、腸管バリアを変化させIBDリスクを高めると考えられる。他にも上皮細胞特異的eQTL多型が示され、ほとんどが同じWntシグナルであることもわかる。
このように、細胞レベルでeQTLを調べることで、今回多くの新しい遺伝子が特定されたが、最後に、これら分子の機能を調節できる化合物のリストを作成し、細胞レベルの大規模 eQTLを構築することで、新しい治療可能性を発見できることについても示している。
以上サンガー研究所ならではの大規模研究で、なかなかまねは出来ないが、細胞レベル eQTLの重要性を実例を持って示した重要な研究だと思う。
