今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は内容的にはかなり専門的で、おそらく医学部の学生さんでもすぐ理解できない点も多いと思う。ただ、研究課題がユニークで面白いので、出来るだけ Wikipedia などを引用しながら多くの人にわかってもらえるように解説する。論文のタイトルは「Nuclear morphology is shaped by loopextrusion programs(核の形態はループ押し出しプログラムにより決められている)」で、2月14日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルにあるようにこの研究の課題は、細胞の核の形を決めるメカニズムの解明だ。特に注目しているのが、多型核白血球と呼ばれる細胞で、こんな形の核がどうして出来るのか、細胞は生きておられるのかなど、誰もが疑問を抱く核の形だ。百聞は一見にしかずで Wikipedia の写真をまず見て欲しい(https://en.wikipedia.org/wiki/Neutrophil#/media/File:Neutrophils.jpg)。私自身、医学部の学生時代から今まで50年以上この形態がどうして出来るのか、全く理解することなく過ごしてきた。
ただ、最近、核の中で染色体が一定のルールで折りたたまれることで核の形が決まることがわかってきた。これは Topologically Associative Domain(TAD) と呼ばれる染色体同士が形成する構造を解析する技術のおかげだ(https://aasj.jp/news/watch/3533)。そして、この TAD を決めるのが Loop extrusion と呼ばれる染色体の折り畳みを決めるメカニズムで(Wikipedia参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9D%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3) CTCF分子結合部位を起点に集まる分子複合体の巧妙な仕掛けに基づいていることがわかってきた。
従って、多型核白血球の核の形の謎も、Loop extrusion のメカニズムの変化によることが想像されるが、不思議なことにこれまでこの可能性はチャレンジされてこなかった。
この研究では丸い核から多型核への分化が起こる実験系を用いてまず遺伝子発現を調べ、分化とともにTAD内での相互作用が低下し、さらに loop extrusion に関わる分子の発現が低下することを発見する。すなわち、loop extrusion を調節する分子が減ることで、特徴的な核の形が生まれる可能性が示唆された。
そこで、loop extrusion に関わる分子 NIPBL や MAU2分子を、細胞内で蛋白質分解させると、核の形態が多型角形に変化することを明らかにする。
ただ、この形態変化は決してランダムに起こるのではなく、白血球の機能を高率に維持するための形態変化であることも明らかにしている。具体的には、TAD内での相互作用が低下する。逆に、離れた領域間の相互作用が新たに生まれる。すなわち小さな領域での extrucion が低下し、大きなメガループ形成、さらには異なる染色体同士の相互作用が起こるようなコンパートメント化が起こっている。この構造変化は、エンハンサーとプロモーターの相互作用をリモデリングする。
ただ loop extrusion に関わる分子の発現が減るだけで、核の形だけでなく、転写も白血球型に変化することは驚きだ。すなわち、量の変化を質の変化に変える染色体側の準備が整っていることを示している。これについては、loop extrusion の変化が始まると強い発現が始まる PU1、Ikaros分子が、extrusion部位の CTCF に集まって、新しい loop extrusion を外祖するのではと説明しているが、今後の課題になる。
結果は以上で、loop extrusion に関わる分子の量の変化が、目的に応じた新しいコンパートメント化を誘導し、その結果、増殖を止め、さらに白血球の機能が発揮しやすいような遺伝子発現を安定的に保証していることがわかった。
初めて白血球を顕微鏡下で観察してから50年以上たって、形を理解できたことの喜びは大きい。